ペテルブルクへの補給の責任者に同じウィッチとしてエイラがつくことになり輸送ソリの数を計画通りに集め終わった時、補給が行われる事を通達するために第502統合戦闘航空団隊長、グンデュラ・ラル少佐と通信を行った。
「ムルマンスク港からの鉄道が途絶えたことに伴って輸送ソリを使った補給が決まった。わたしを司令官兼護衛としてもう一人サーニャ・リトヴャク中尉が護衛につく」
『ありがたい話だ。だがすぐにどうこうなる程備蓄が逼迫しているわけではないぞ』
エイラ達司令部の人間もオラーシャ有数の都市であったペテルブルクに備蓄されている物資の数は把握している筈であり、普段なら何かと軽視されがちな補給が今回に限って司令部の方から改善の申し出をしてきたことにラル少佐は訝しんだ。
「それはこちらも把握している。けど不測の事態に備えて少しでも補給を安定させておく必要があるだろ」
『だがそれだけなら態々ユーティライネン少佐が護衛についてまで来る必要はないだろう。なにが目的だ』
基本的にはネウロイが出ない安全なルートを通ることから補給部隊の司令官を兼ねるとはいえ、エイラが護衛としてにつくこと自体が過剰だった。
「…会議の後、マンシュタイン元帥からフレイアー作戦に備えて502部隊の練度を司令部が把握するために視察を行う要請があった」
それはエイラにとっても予想外の要請だった。多少の問題行動はあるとはいえウィッチとしても、ウィッチ隊の司令官としても有名を馳せる稀有な存在であるラル少佐の指揮する部隊を補給のついでとはいえフレイアー作戦目前のタイミングで司令部から人員をさいて視察するとは思っていなかったからだ。
『私からの報告では不満か?』
「ラル少佐の事は信用していると思う。けど司令部、というよりマンシュタイン元帥は第三者による客観的な評価を望んでいるんだと思う」
『…必要なのは雁淵ひかりの評価か?』
「よくわかっているじゃないか」
502部隊は扶桑から増援として送られてきた二人のウィッチのうち本来502部隊に配属されるはずだった雁淵孝美中尉が負傷により扶桑へと帰還した。ラル少佐はそれを隠匿して雁淵ひかり軍曹を代わりに配属させていた。
雁淵ひかり軍曹に実戦経験がなかった事、また魔法力の量が平均以下で不足している事からマンシュタイン元帥はその実力を測ることも兼ねて今回送られる補給部隊の司令官にエイラを任命していた。
『一定の戦果を挙げているんだ。それで充分じゃないか?』
「改竄されていないか調べる必要があるだろ」
そしてもう一つ、ラル少佐の大きな欠点がマンシュタイン元帥がこの件をより詳しく調べようとする気持ちに拍車を掛けていた。
『心外だな。まさか私が改竄するとでも言うのか?』
「散々してるだろ」
スオムスにきて約5年、今ではスオムスにいる軍人の殆どがこのグンドュラ・ラルの手癖の悪さを知っていた。
エイラも散々ミーナ中佐からラル少佐の行った不正行為については聞かされていた。さらに言うならばブリタニアでの任務期間のうち最後の一年ほどはエイラが501部隊の書類仕事の殆どを担当していた関係からラル少佐が不正に取得した予備部品などの補填はエイラが行なっていたのだからその手腕はよく知っていた。
『私が改竄してるんじゃない。担当士官が親切にも私のためになるよう自主的に行動しているだけだ』
「物は言いようだな。賄賂を渡してるんだから少佐が改竄したような物だろ」
『賄賂と言うと語弊があるな。心付けだ』
「一緒だろ」
言葉が違うだけで物を渡すと言う意味では変わりがなく思ったエイラはそう言った。
『全く違う。賄賂は邪な気持ちを持って物事を自分に都合の良いように動かそうとする時に渡す物だ』
「心付けは?」
『物事が自分に都合の良いように動くよう願って渡す物だな』
「気持ちの問題かよ」
『だが大きな違いだ。少なくとも私は邪な気持ちで渡してはいない』
「そんな主張が通ると思っているのか?」
どう思っているかなんか本人しかわからないのだから証明のしようがなかった。
『今私がここで502部隊の司令官を務められているのが一番の証拠だろう』
収賄で軍法会議送りになっていないのだから合法と言いたいのだろうがそれを判断する人間が賄賂を受け取っていたのならばなんの意味もない話だった。
「お前わたしの今の役職わかっていて言ってるんだろうな?」
502部隊に対する人事権はマンシュタイン元帥が持っているが、立場上ラル少佐を解任するくらいなら簡単にできる力がエイラにはあった。
『勿論だとも。これから暫くの間世話になる。補給にきた際には基地をあげて歓迎のパーティーを開かせてもらうとしよう』
言外に正す気はないと言っているような物だった。
「…はぁ。もういい」
色々と言いたい事はあったがどうせ煙に巻かれるだけだと察したエイラは思わずため息を吐いた。
『それで、補給はいつ頃の予定なんだ?』
「今年のサトゥルヌス祭には間に合わせるつもりだ」
できればも少し早くしたかったがどこの部隊も輸送ソリを手放したがらず予定の数を揃えるのに思いのほか時間がかかり、サトゥルヌス祭にまでもつれ込むことになっていた。
『それはいい。ぜひ美味い酒を持ってきてくれ』
「勿論だ。そのかわり飯には期待して良いんだろうな」
『任せておけ。ウチには優秀なシェフがいるからな。期待していいぞ』
「楽しみにしている」
余程小さな部隊でない限り料理の得意なウィッチは一人くらいはいるもので、これは戦場におけるウィッチの楽しみの一つだった。
『いっそのこと直前まで他の連中には黙っておくか』
「別に教えてやったらいいじゃないか」
『ユーティライネン少佐も一枚噛まないか?』
「なにをするつもりだ?」
不穏な空気を感じて思わず尋ねた。
『どうせならサトゥルヌス祭に合わせてユーティライネン少佐とリトヴャク中尉がサンタクロースのコスプレでもしてサプライズとして基地に来るのはどうだ?』
「それに一体なんの意味があるんだよ」
『ウチの連中は単純な奴が多いからな。サトゥルヌス祭に空からコスプレをしたウィッチが補給物資と共に降りてきたらテンションも士気も上がるだろうしなにより私が楽しい』
後者が本音な気がするが本当に士気が上がるのならやる価値はある。
「本当にそれで士気が上がるのかぁ?」
『勿論だ。ウチにある最もいい酒を賭けよう』
「そんなに酒好きじゃないんだけど」
その申し出は他のウィッチなら喜ぶかもしれないがエイラはそうでもなかった。
『スオムスの、それも最前線で戦い続けてきたユーティライネン少佐のようなウィッチが酒が苦手というのは意外だな』
「厳密には酒そのものが嫌いなんじゃなくてわたしの周りに酒癖の悪い奴しかいなくてあまりいい思い出が無くて苦手意識があるんだ」
『…あぁ。たしかに酒癖の良いウィッチはあまり見ないな』
年頃の少女が最前線で生死をかけて戦っている以上そのストレスの発散で酒癖が多少悪くなる事はよくある事だった。
『だがそういう事なら大丈夫だ。執務室あたりで二人で飲めば問題はない』
「賭けるとか言いながらラル少佐も一緒に飲むのかよ」
『酒は一人で飲むより人と飲む方が美味い。人と飲む酒にいい思い出がないのなら尚更それを経験した方がいいだろう』
「そういう事ならわたしも背嚢に一本いい酒を入れていくよ」
本当にラル少佐の酒癖がいいのか疑問に思いつつも了承の言葉を口にした。
『決まりだな。だがくれぐれもその酒は他の連中にバレないよう持ち込んでくれ。ウチにも酒好きは何人もいるから勝手に飲み干されては敵わんからな』
「流石に上官の私物を漁るような奴はいないだろ」
『いや、そうでもない。たまに戸棚から酒瓶が消える事がある』
「軍紀が乱れてるんじゃないか?ちゃんと引き締めろよ」
いくらウィッチ隊とはいえありえない話だった。
『安心しろ最近はそんな事起きていない』
「それは良かった。罰則でも与えたのか?」
『いや、戸棚に鍵をつけたんだ』
「出来る事なら保管方法ではなく部隊の管理方法で改善してほしいな」
『部隊の管理方法か…それは思いつかなかったな。次同じ事が起こればそちらの方法を考えるとしよう』
「普通は先にそっちが思い浮かぶんだけどな。やっぱり部下ってのは上官に似るのかもな」
思わずそんな言葉がエイラの口から溢れた。
『私は人のものを盗んだりはしない。それにもし部下が上官に似るのならニパのことはどうなる。ユーティライネン少佐の元部下なのだからユニットの損耗率はもう少し低くてもいいんじゃないか?』
どの口が言うのかと小一時間問いただしたくなったがニパの話を持ち出されてはエイラとしても答えに困った。
「…この話題はやめにしよう。お互い無駄に傷つくだけだ」
『それが良さそうだな』
「じゃあまた何か進展があったりしたら連絡する」
『了解した』
フレイアー作戦ってオラーシャ領での出来事なのにマンシュタイン元帥が指揮を取った理由ってなんだったんですかね?
東部戦線に優秀な将軍がかかりきりになっていて比較的手の空いているカールスラントがフォローに入ったとかでしょうか?