「ねぇエイラ、本当に行かなくてよかったの?」
クルピンスキー、菅野、ニパ、ひかりの4人が輸送船団の出迎えに出撃したのを見送ったサーニャがどこか不安そうに尋ねた。
「いいよ、べつに。この海域にネウロイが出るとも思えないしひかりはともかく他の3人は実力的にそうそう負けることもないしな」
直前になってクルピンスキーからサーニャも護衛について来てほしいと言われたが、そのまま502に連れていかれかねないと思ったエイラは許可を出さなかった。
「そうかもしれないけど」
「何か不安があるのか?」
「ニパさんと菅野さんは新しいユニットでしょう?
何かあった時いつも通り動けるのか少し心配なの」
「あー、確かに機種変更してすぐだから実戦になったら少し危ないかもな」
新型だからと言って前まで使っていた機体が劣るかと言えばそうではない。機体の癖などは当然前に履いていたものの方がよくわかっている。そのため機体の性能を引き出せるようになるまでその実力が十全に発揮されないことが予想できた。
「けど今回のは護衛よりも新型受領とその慣熟飛行がメインだからな」
「そうなの?」
「うん。ペテルブルク軍集団が使う兵器なのに誰も護衛を出さないのは外聞が悪いから誰か派遣してくれって言われたんだ。たまたま502に新型が届いていたからそれの受領ついでに秘密兵器の護衛をラル少佐に依頼したんだ」
「けど来る可能性はあるわよね」
「あるけど今までこっち方面に来てるのは全部弱いネウロイだしなぁ」
ムルマンスク近辺でのネウロイの目撃例はゼロではないがそれらのネウロイは攻撃力や防御力を犠牲にして航続距離と速度に特化したタイプが多く大きな脅威になるとは言い難かった。
「少なくともまともな戦闘になると思って護衛を出したわけじゃないな。
それに本当に危ないなら他の航路から引き抜いてでもブリタニアが護衛ウィッチを増強するはずだからな」
数年に渡るネウロイとブリタニア上空で行われた空戦、バトルオブブリテンによって疲弊しているとはいえ未だ洋上飛行技術を持ったウィッチを多く有しており世界中の航路の安全を守っていた。
海上補給とその護衛の重要性を熟知しているブリタニアがいくら人手が不足していると言っても船団護衛に妥協するとも考えにくくそもそも必要であればペテルブルク軍集団なり北方方面軍なりが要請して十分な護衛を用意するはずだ。
「まぁ、だからそんなに心配する必要はないさ。502は性格はともかく実力は高い奴らが多いからな」
「そんなことないわみんないい人達だったわ」
エイラよりも長く502と接していたためエイラよりは各々の性格を知っているサーニャはそう言って擁護した。
「いい奴は書類を改竄したり任務中に酒を呑んだりしないだろ」
「その人たち以外はみんないい人だったわ」
スッと目を逸らすとサーニャはそう言った。
サーニャも内心ではラル少佐やクルピンスキーに対して思うところがあったようだ。
「そういえばエイラはサーシャさんと仲が悪いみたいだけど何かあったの?」
502で思い出したのだけどと前置きをすると今まで気になっていた2人の関係性をサーニャは尋ねた。
「特に何も。思い当たる節がないわけじゃないけど本人しかそれは分からないからな。ポクルイーシキン大尉に直接聞いてくれ」
何が原因かは明確に分かっているがそう言ってエイラは言葉を濁した。
「サーシャさんはエイラに聞いてって言ってたんだけど…」
どうやらポクルイーシキンにも既に尋ねていたようだ。
エイラ自身、ポクルイーシキンのこと自体は嫌いではない。しかしポクルイーシキンのエイラへの態度から自分から話しかけるのも躊躇われるため自然とどこか硬い対応をするようになっていた。
「…バルバロッサ作戦が原因だろうな」
はぁ、と一つため息をつくとエイラは続けた。
「アイツにとってはわたしは戦友の仇みたいなもんだ」
そう言ったきりエイラはこれ以上話すことないとばかりに口を閉ざした。
この話をした数時間後、サーニャが再び502部隊に行くことが決定した。
「お前、本当にわざとじゃないんだよな」
エイラはサーニャが502部隊に再び出向くことになった原因のクルピンスキーに尋ねた。
「当たり前じゃないですか。だれが好き好んでこんな大怪我を負うんですか」
そう答えたクルピンスキーは足にギプスを巻いていてしばらくは復帰できそうになかった。
「もともと軽症で済ませるつもりがミスしたんじゃないのか?」
「一体何のためにそんなことするんですか?」
クルピンスキーとサーニャの実力差では仮にサーニャが502部隊に加入しても総合的な力はやや下がる。部隊の指揮能力まで考慮すればまず間違いなくクルピンスキーの方がサーニャよりも使い勝手の良い人材と言えた。
もちろん夜間戦闘に関しては格段に強くなるが果たしてそこまでしてサーニャを獲得する必要があるかと問われると現状、夜間視を持つ下原でもかろうじて戦えているためあまり意味があるとは考えにくかった。
「サーニャを502に引き入れるためだろ。もちろん初めは出向って形になるだろうけどそのまま返さずに既成事実を作って書類上も502所属にするつもりだったんだろ」
「少なくとも僕はそんな命令受けてないですよ」
エイラに返すまでの間にどうにか正式に502の所属にできないかとラル少佐が動き回っていたようではあるがクルピンスキー自身はエイラへの引き渡しをできる限り伸ばすように言われただけでそれ以外の命令は受けていなかった。
「本当か?」
「本当ですよ」
まるで信じていないエイラに思わず苦笑いを浮かべながらそう言った。
「まぁいい。どうせここで問いただしたところでサーニャが502に行くのは止められないからな」
「なんならずっといてもいいんだけどね」
「ダメに決まってるだろ!」
※
「そんなに禁酒が嫌だったのか?」
「はい?」
見舞いに来て開口一番にそう言ったラル少佐に思わず何を言っているんだとばかりにそう言った。
「お前がそう簡単にネウロイやられる事はないだろう。わざとなんだろ」
「隊長も同じこと言うんですか」
実力が高いと評価されていると喜ぶべきか、酒のために手を抜いたと疑われたことを悲しむべきかなんとも言えない気持ちになりながら呟いた。
「誰かに同じことを言われたのか?」
「エイラ少佐にサーニャちゃんを502に置いておくためわざと負傷したんじゃないかと疑われたんですよ」
「違うのか?」
「違いますよ。いくら禁酒が嫌だからってそこまではしませんよ」
「…そうか。まぁ結果としてリトヴャク中尉を留めることに成功したがお前がしばらく動けない分戦力的には少しマイナスだな」
疑わしな目を向けながらもそう言った。
「夜間戦闘に関してはプラスじゃないですか」
「お前が負傷せずにリトヴャク中尉がうちに加入するのがベストだ」
「隊長は欲張りですねぇ」
呆れたように言った。
「お前が復帰するまでにはリトヴャク中尉を正式にウチ所属にできるようにしたいものだ」
「殺されるんじゃないですか?」
心配そうに言った。
「誰にだ?」
「エイラ少佐にですよ」
「お前の少佐の印象はどうなっているんだ」
呆れたような口調で言った。
「だってサーニャちゃんを返すのゴネたら人を殺しそうな目でこっち睨んできたんですよ」
その時のことを思い出して少し顔を青ざめさせながら言った。
「冗談はほどほどにしておけ。上官侮辱罪になるぞ」
「本当ですって」
まるで信用していない様子のラルにそう訴えたがまともに取りあわれることはなかった。