マルタでの会談から数日後、エイラはガリアの首都パリへと来ていた。
「はぁ」
パリに来た理由が観光であったのならばエイラがため息を吐く事もなかっただろうが、ネウロイの進行により花の都と謳われたパリもその面影はなく観光に適しているとは言えなかった。ではなぜため息を吐くような思いをしながらもパリにきたのか。
「まだガリアに大使館が設置されてないって言ってもなんでわたしが来ないといけないんだよ」
いうまでもない事だがスオムスは人手不足である。ネウロイから祖国を守るためリベリオン、扶桑、オラーシャなどのような主要国以外には駐在武官を派遣する事ができていなかった。復興が始まったばかりのガリアにおいてはそもそも大使館すらなく、普段は隣国のブリタニアの大使館がその業務を代行していた。
「はぁ。迷ったな」
誰かに道を聞こうと周りを見渡すとパン屋からバゲットの入った紙袋を持った扶桑皇国陸軍の制服を纏ったウィッチが出てくるのが目に入った。
「ちょっといいか?」
「なんですか?」
「カプシーヌ通りにあるル・セリエって言う食堂に行きたいんだけどどこにあるかわかるか?」
宮藤のような親切なウィッチである事を願いながら尋ねた。
「あっ!それだったら今から行くところなんで案内しますよ!」
「ありがとう。えっと…」
「あ、黒田邦佳です!扶桑皇国陸軍に所属しています」
「わたしはスオムス空軍ウィッチ、エイラ・イルマタル・ユーティライネン。エイラって呼んでくれ」
「はい!スオムスのウィッチってあまり見た事がないんですけどエイラさんはどうしてここに?」
「人と会う約束があるんだ。黒田の方こそどうしてパリに来たんだ?」
「私は今日は休みなんで遊びに来ました。あ、ここですよ」
意外と近くにあったル・セリエは半地下となっていて初見では見つけにくい見た目となっていた。
階段を下り店内に入ると薄暗い店内では客とギャルソンが3人の女性に向けて銃を向けていた。
「ごめんなさ〜い。パン焼けるの待ってたら遅くなっちゃいました〜」
そんなの知った事かと言わんばかりに銃を向けられる女性達の元に向かう黒田の様子に驚きながらも目的地がここである以上引き返す事もできないエイラは恐る恐る店内に入っていった。
「あ!教授さんでしたったけ?生きてたんですね!逃げようとして射殺されたって聞いてたんですけど、あれ間違いだったんだ」
女性達の前に座っている初老の男に黒田が駆け寄った。
「私の生存を目の当たりにして笑顔を見せてくれるとは驚きだね」
その男は一瞬困惑の表情を浮かべるとそう言った。
「だってやっぱり人が死ぬのは嫌いですよ」
黒田は椅子を引っ張ってくると男の横に座った。
「ほう、何故かな?生きている限り苦しみや悲しみの種は尽きない。死んでしまえば全てから解放されると言うのに」
「も〜またそう言う難しい事を!」
どうやら物々しい雰囲気とは裏腹に黒田とその男の仲はそう険悪なものではないようで黒田は親しげに男の腕を叩いた。
「確かに我らガリア人は饒舌が過ぎるようだね。もっとも、君も寡黙と聞いていた扶桑人の標準からは随分とかけ離れているようだが」
「うう、よく言われます」
頷いた黒田の視線が男の前に置かれた机の上のチーズに固定された。
「…よかったら」
「ありがとうございます!」
男に礼を言うと黒田はバゲットを大きめに千切ると縦に裂きチーズを挟んで食べ始めた。
「ん〜!最高!!!」
「さて中佐、あまり状況は変わっていないようだが」
そこでエイラはようやく銃を向けられていた女性の一人がリベリオン陸軍の制服を着たウィッチであることに気がついた。
「この場にいる連中に死はビジネスの一環でね、引き金を引く事に躊躇いはないよ」
「そこは躊躇いましょうよ〜」
黒田がそうツッコミを入れた。
「なんの準備もせずに狼の巣に飛び込むと思うか?」
そう言うと女性の一人がコートの襟を掴むと広げて中を見せた。
「君も死ぬのでは?」
男が言った。
「あんたらもな」
エイラの位置からはコートの中が見えなかったが会話の内容から爆発物だろうとあたりをつけるとエイラはいつでも逃げ出せるよう出口に近づいた。
すると一瞬、男の視線がエイラの方に向くと男が右手を上げ、一斉に銃が降ろされた。
「なかなか楽しい会話だった」
リベリオン陸軍のウィッチがそう言うと立ち上がりコートの女性とは別の金髪の女性の肩に手を置いた。
「行こう」
「ああ…。ってお前もだ!」
肩に手を置かれた金髪の女性は立ち上がるとポケットにチーズを突っ込んでいる黒田の首根っこを掴んた。
「そうそう。こいつは貰っていくぞ」
さらに金髪の女性は身を乗り出すと男の横に立っていた女の胸ぐらを掴んで言った。
「え、あ、ちょっと!?」
女の顔から血の気が引いた。
「ご自由に」
ふとエイラは金髪の女性の声に聞き覚えがあることに気がついた。しかしそれが誰であったのかすぐに思い出せなかった。
「中佐」
男がリベリオンのウィッチに声をかけた。
「共和制の一番の欠点は愚者が政治家になる事を止める手段がない事だ」
「今更王政に戻れると本気で信じているのか?ガリアの国民がそれを認めると?」
リベリオンのウィッチが聞き返した。
「こう言う実験を知っているかね?カエルを熱湯に入れるとカエルはすぐに飛び出す。だが普段の水温よりも少しだけ温度が高い水に放り込んでもカエルは自ら出ようとはしない。そのまま徐々に水温を上げてゆくとカエルは温度が上がっていることに気が付かず茹で上がってしまう」
男が肩をすくめた。
「要は慣れだ」
「人間はカエルじゃない」
店から出るために扉に近づいてきた事でよリベリオンのウィッチの顔がはっきりと見え、それが第506統合戦闘航空団B部隊隊長ジーナ・プレディ中佐である事を知った。
「そう祈るよ」
そしてプレディ中佐もエイラに気がついたのだろう。僅かに目を見開くと会釈をしてエイラの横を通って店から出ていった。
「待たせて申し訳ない」
プレディ中佐達が完全に店からいなくなったのを見計らって男が口を開いた。
「なかなか面白いものを見させてもらいました。ガリアでは話し合いの場で銃を用いるんですね」
「これは失礼」
教授が左手を上げると店内にいた人間が銃を取り出し弾を抜き机の上に置いた。
「さて、中佐。早速だが要件を聞きたい」
「…スオムス政府からは王党派組織の最重要人物に伝えろと言われている。貴方がその人物で間違いないか?」
「最重要かどうかは分からないがスオムス政府から要請があった組織の長は私だ。本名は教えることはできないから私のことは教授と呼んでくれ」
「…分かった。スオムス政府から伝えろと言われたことは一つだ。共和派に協力しろ」
「…なに?」
その言葉が予想外だったのだろうか、教授の眉間に皺が寄った。
「スオムス政府は戦後の安全保障の中心国の一つにガリアを望んでいる」
「理解できんな。スオムスはオラーシャと親しかったはずだ。オストマルクではないのか」
マルタでの会談にこそ呼ばれなかったが教授はその内容を把握しているようでそう問いかけた。
「ブリタニアとも親しいさ」
「だがブリタニアからはスオムスからいい返事はもらえなかったと聞いている。是非とも今接触してきた理由を知りたいものだな」
「オストマルクはカールスラントに近すぎると政府は考えているみたいだな」
「戦後の仮想敵がカールスラントだと言うことか?」
「教授の言うようにオラーシャとは良好な関係を築けている。軍上層部は戦後スオムスの仮想敵国はバルトランドそしてバルト海を挟んで国境を接するカールスラントだと考えているみたいだ」
バルト海に置いて最大の海軍を持つのがカールスラントだ。当然スオムスの警戒も高い。
「見返りはカールスラントの押さえ込みか」
その問いかけにエイラは無言で頷いた。
「だがそれならこんな非公式の場で中佐ではなくもっと政府の高官が来るべきではないかな」
そう言う教授はどこか苛立たしげだった。
「政府相手ならそうなっていただろうな」
暫く無言の睨み合いが続いた後、教授が再び口を開いた。
「…スオムスの主張はよく分かった。検討させてもらうとしよう」
「次の六カ国会議までに結果が出る事を願う」
「善処しよう」
その言葉を聞くとエイラは席から立ち上がり出口へと向かった。
「ああ、そうだ。わたしがこんな足になった原因に貴方は心当たりがあるか?」
はたと思い出したかのようにエイラは問いかけた。
「さぁ?中佐の足と言うのが何を指すのかは知らないが、当時我々は中佐がネウロイのコアを何処かに移送していると言う情報を入手していた」
エイラは首だけ振り返ると無言で続きを促した。
「もっとも、我々の組織の諜報力はブリタニアよりは下でね、ガセネタだったよ」
「…そうですか。ありがとうございます」
絞り出すようにエイラは礼を言った。
「ああ、それともう一つ。君の足は本当にそうならなければならなかったのかな?」
「どういう事ですか?」
「詳しいことは私も知らないさ。だがあの病院はブリタニアの諜報組織の息が掛かっていたそうだよ」
それを聞いたエイラは思わず目を見開いた。
「それを知らせてわたしに何をしろというんですか?」
「なに、スオムスが我々に味方してくれたほんのお礼だよ」
一瞬教授を睨みつけるとエイラは荒々しく扉を開け店から出ていった。
パリっての破壊状況ってどれくらいだったんでしょうか。ふと疑問に思いました。描写も少ないですからまともに考察もできませんけど意外と被害軽微なのかなと思わなくもないです。
ノーブルウィッチーズを見ると結構早くに店とか出ているっぽいですし人も戻っているみたいなのでカールスラントほどではなかったのかなと予想しています。