デッキを組み替えるでもなくいじくりまわしながら、ドリルはWikiのカードセット一覧を眺めていた。近々新しいカードセット、ゼンディカーの夜明けが発売される。ゼンディカーという次元は少し前のカードセットで神話生物めいた化け物の巣になっていて、主人公格であるプレインズウォーカーたちとの戦いの場になった。
MTGにはいろいろな化け物がいる。ゼンディカー次元やイニストラード次元で大暴れしたエルドラージ。一人のプレインズウォーカーが生み出した機械生命体ファイレクシア。なんならイコリア次元でゴジラが出た。
「閃きましたわ」
「大丈夫? 通報する?」
信頼のこもった反応にドリルは少しだけ涙がにじんだ。ドリルだって毎回下ネタを飛ばしているわけではない。思いついたボケを口にしないと死んでしまうだけだ。
「今日こそはセーフでしてよ。イコリアのスペースゴジラ、ありましたわよね」
「あー……《死のコ〇ナビーム、スペースゴジラ》*1だっけ。なに、転売の話? 通報する?」
「まあ最後までお聞きになって。スペースゴジラに《ぎらつく油》*2つけて感染疫病デッキとか組んだらショップの大会でどういう扱いになるのかしら」
「エンチャント1つか土地1つを対象とし、それを破壊してたりする……?」
「……ああ、《冒涜の疫病》*3ですのね。知識量が足りなくてボケが読めないのは普通に悔しいですわ、芸人として」
「芸人なの?」
「いいえ?」
対戦を押した。
今日はお互い妙に疲労があるようで、会話のテンポもいつもより緩めだ。聞けばモノポリーは丸一日オフで友達と遊んでいたらしい。ドリルは仕事である。きつめの締切と要件を受け取って胃をキリキリさせながら一日を過ごしたのだ。舌打ちで済んだ自分を褒めてやりたいとドリルは思っていた。
先日の指名対戦でモノポリーに指摘された通り、少しだけ除去カードを入れるか検討している。黒は除去を多く保有する色だが、素直なカードは少ない。生贄が必要なもの、マイナス修整で疑似除去をするもの、やたらコストが重いもの。
最初は《肉儀場の叫び》*4に目をつけていたが、これは次のローテーションでスタンダードから消える。気になったカードが使えなくなると萎えるのはドリルの悪い癖だと自覚してはいるが、こればかりはすぐに直るものでもなく、ただカードリストを眺めるばかりだ。
「来た来た。対よろー」
「対よろですわ」
ドリルの手札は《ラゾテプの肉裂き》*5、《ロークスワインの元首、アヤーラ》*6、《不気味な教示者》*7、《アスフォデルの灰色商人》*8、そして《沼》が3枚だ。
相手が序盤からクリーチャーを並べてくるならブロッカーとして《ラゾテプの肉裂き》を出し、そうでないなら《ロークスワインの元首、アヤーラ》を出してから《ラゾテプの肉裂き》を出すことでドレインを稼ぎたい。盤面次第では《不気味な教示者》で《悪夢の番人》*9か《ボーラスの城塞》*10を持ってくれば決着が早くなるだろう。
総じて、良好なハンドだと言える。
「キープですわ!」
「私もキープ!」
「では私の先攻!」
1ターン目先手、ドリルは1枚目の《沼》を置いてエンド。このデッキは1マナ帯の動きに《どぶ骨》*11しかいない。《どぶ骨》がいないときは初動が少し遅れるのだ。
後手、モノポリーは1枚目の《平地》を置き、《癒し手の鷹》*12を唱えた。
「その性能でコモンっておかしくありません? 神話レアで伝説のクリーチャーにしたほうがよろしいのではなくて?」
「え、じゃあどんな性能なら納得いく?」
「飛行なくしましょう」
「それ鷹じゃないじゃん」
「昔は飛行を持たない鳥がいたんですのよ*13」
とにもかくにも盤面がよろしくない。《癒し手の鷹》が出たということは十中八九白単ライフゲインだ。
ドリルの経験によると、1ターン目に《癒し手の鷹》、2ターン目に《アジャニの群れ仲間》*14が来る。3ターン目は現環境だと選択肢が多いが、いずれのカードも強力だ。
何よりまずいのが、ドリルの組んだ黒単には回答がないということ。
「やっべ、ピンチですわね」
「1ターン目の台詞じゃなくない?」
「なくなくなくないですわ」
「どっちだそれ……」
2ターン目先手、ドリルのドローは《沼》。2枚目の《沼》を置き、《ラゾテプの肉裂き》を唱えた。早いゲームになりそうな以上、ブロッカーを立てておきたい。
後手。最悪のカードを目にしてドリルは悲鳴を上げた。深夜3時半である。
「アイエーッ! 対ありバッドゲーム! ファッキンゲロシャブ!」
「ただの2マナ1/2飛行絆魂だよ?」
「常在能力がインチキなんですわよそのカードは!」
2枚目の《平地》を置いたモノポリーが唱えたのは《静寂をもたらすもの》*15だ。
まず、ドリルのデッキに入っているカードの大半はETB誘発、つまり入場時に能力を発動する。そして、ドリルはあれこれ考えながらも結局まだ単体除去を《残忍な騎士》しか入れていない。よって、ドリルは《残忍な騎士》を引き当てつつ、モノポリーが後続の《静寂をもたらすもの》を引いてこないことを祈るしかなくなったのだ。
「糞ったれ羽虫風情がよ……お静かにみたいなポーズ取るならそのブンブンうるさい翅ももぎ取ったほうがよろしいのではなくて? ホグワーツに連れていってセブルス・スネイプに突き出したらお薬にしてくれるかしら……インチキフェアリー絶滅プロジェクトにご協力くださいませー」
「ヘイト高すぎるでしょ」
「当たり前ですわ! 人のやりたいこと邪魔するゲームって楽しいんですの?」
「楽しい!」
「糞アマ……まあゲームってそんなもんですわよね。馬鹿みたいにうるさいシャカパチだって戦いの技ですわ」
「あれ落ち着きと知性がないだけでしょ」
珍しく暴言を吐き捨てるモノポリーはどうやら疲労でハイになっているらしく、鼻歌まで聞こえてきた。放課後でクライマックスな女の子のアイドルユニットが歌っている放課後賛歌である。
モノポリーの《癒し手の鷹》がドリルを攻撃し、1点ダメージ。絆魂の効果でモノポリーは与えたダメージ分、つまり1点ライフを得る。これで19対21だ。
3ターン目先手、ドリルのドローは《ボーラスの城塞》。悪いツモではないが、6マナのコストを要求する《ボーラスの城塞》を唱えるには普通の進行であと3ターンかかる。
3枚目の《沼》を置き、ドリルは苦肉の策で《不気味な教示者》を唱えた。《残忍な騎士》をライブラリーから探すのだ。
「お、ここで切る?」
「そらそうよの花の色ですわ。回答引っ張ってこないとなにもできませんもの」
ライブラリーを確認したところで、ドリルは別の回答を見つけた。
「あら、これ入れてましたかしら」
「え、ドローでカードを創造するタイプ?」
「それは別のゲームの決闘者ですわ。より厳密に言うならアニメの中のゲーム」
ドリルはそのカードを手札に加え、《不気味な教示者》の効果で3点のダメージを受ける。残りは16点。
後手、モノポリーは3枚目の《平地》を置き、《アジャニの群れ仲間》を唱えた。もちろんドリルの手札にカウンターカードはないし、土地は全部タップされている。できる反応は罵声と奇声だけだ。
「タカ! トラ! 羽虫だからおおむねバッタ! タトバコンボをぶつけていいのは怪人に対してだけでは? え、仮面ライダーって無辜の市民にも暴力を振るいますの?」
「仮面ライダーオーズは欲望から生まれた怪人、ヤミーと戦うんだよね。ドリルちゃんはおおむねヤミーだと思うんだけど」
「人をショッカー扱いしないでくださる!?」
《癒し手の鷹》と《静寂をもたらすもの》で攻撃。ドリルのライフは残り14点、モノポリーのライフは23点。そしてライフを得たことで《アジャニの群れ仲間》の能力が誘発。+1/+1カウンターが2つ乗り、《アジャニの群れ仲間》は4/4にサイズが膨らむ。さらに1マナで《天界の語り部》*16を出してターンエンドだ。
ここまでの動きは白単ライフゲインの基本的な戦法である。絆魂持ちを含むライフ獲得の手段を大量に用意し、《アジャニの群れ仲間》を育てて殴る。《アジャニの群れ仲間》が除去されても他のクリーチャーで殴り勝てるうえ、ライフ獲得によってできた余裕が再展開の時間を与えてくれる。
4ターン目先手、ドリルのドローは《沼》。4枚目の《沼》を置き、先ほど引いてきた「回答」を叩きつける。
「これがわたくしの答えや!」
「うわっ、そうくるかあ……!」
ドリルが唱えたのは《肉儀場の叫び》だ。どうやら確認しているうちにデッキへと放り込んだのを忘れていたらしい。全体が-2/-2修整される。《癒し手の鷹》、《静寂をもたらすもの》、《天界の語り部》が死亡し、追放。ドリルのコントロールする《ラゾテプの肉裂き》とゾンビ・クリーチャー・トークンも追放されるが、まだましな盤面になる。
「滅びのバーストストリームっていいですわね……自分でも入れたのを忘れていたカードでピンチを打破。軽くイキましてよ」
「最後の一言がなければ、うん」
「そうですわね。あとでパンツ替えてきますわ」
「言わなくていいよ!」
次の手番で《アジャニの群れ仲間》に殴られるが、それを乗り越えればまだ動ける。
ドリルにはまだ勝つ意志があった。
後手、モノポリーは4枚目の《平地》を置き、《黒き剣のギデオン》*17を唱えた。
ドリルは状況がかなり悪化したことを悟った。《黒き剣のギデオン》で《アジャニの群れ仲間》に絆魂を付与すれば、《アジャニの群れ仲間》は自分で殴って自分で大きくなる。このままでは押し負けるだろう。
「くっそ……イケメンゴリラがよ……ジェイスとリリアナのデート中に押しかけてきて仕事の話始めた空気の読めなさ*18がカードテキストにもにじみ出ていますわ」
「あはは、そこで仕事を優先しちゃうジェイスもジェイスだけどね」
「女の子一人幸せにできないやつが世界を救おうだなんて、おこがましいと思いませんこと? まあわたくしは思いませんけど」
案の定モノポリーは絆魂を付与した《アジャニの群れ仲間》で攻撃。4点のダメージで、10点対27点。そして《アジャニの群れ仲間》は5/5に成長する。あと2回攻撃されたらドリルの負けである。
ドリルの勝ち筋があるとすれば、ここでプレインズウォーカーも除去できる《残忍な騎士》を2ターン連続で引いてくるか、《ラゾテプの肉裂き》を引いてきてひとまず1ターンを凌ぐかくらいだ。
「光ってくださいまし、わたくしの左手……!」
「ここでディスティニードローされたらへこむなあ」
「この糞アマをべっこべこに凹ませるために……!」
「動機が不純すぎる」
5ターン目先手、ドリルのドローは《ヤロクの沼潜み》。
「くそったれーッ! おまえ、嫌なやつだな! チョコになっちゃえ!」
「急に魔人ブウ入るじゃん」
「魔人ブウ善って別に善ではありませんわよね。相対的にまだマシってだけで。強盗犯か強盗放火凌辱殺人犯か、くらいの」
「うーん、正しい」
ひとまず5枚目の《沼》を置く。
「考えますわ」
「どうぞー。ここから回答あったら普通にビビるけど」
「ビビり散らかして放尿なさいませ。顔写真付きの瓶で売れば高くつきますわよ」
「キモすぎてビビったよ」
「放尿は?」
「するわけないでしょ!」
手札は2マナの《ヤロクの沼潜み》、3マナの《ロークスワインの元首、アヤーラ》、5マナの《アスフォデルの灰色商人》、6マナの《ボーラスの城塞》だ。《ヤロクの沼潜み》と《ロークスワインの元首、アヤーラ》を唱えれば2点ドレインして12点。焼け石に水だが、次のターンで《アスフォデルの灰色商人》を唱えれば7点ドレインできるようになる。次のモノポリーのターンで最低9点のダメージを受けることを考えると、差し引き10点。そこからブロックして凌げばぎりぎり延命できている。
まずは《ロークスワインの元首、アヤーラ》を唱え、1点ドレイン。続いて《ヤロクの沼潜み》*19を唱え、1点ドレイン。
「おお、動くね」
「そら動きますわよ、何ですのそのリアクション。実家の倉庫で見つけたゲームボーイの電源入れたときとだいたい同じイントネーションでしたわよ?」
「いや、正直投了すると思ってたよ。やるなあ、私も負けてられないね!」
後手。モノポリーは《天界の語り部》と《生命力の天使》*20を唱えた。
ドリルはここで眠気の限界がやってきた。
《アジャニの群れ仲間》の攻撃を《ヤロクの沼潜み》でブロック。当然死亡する。《黒き剣のギデオン》の攻撃は素通しした。《アジャニの群れ仲間》が絆魂で得たライフで成長し6/6に。ドリルのライフは8、モノポリーのライフは31だ。
「え?」
「え?」
「いや、なんでブロック?」
「……たぶん、アヤーラの起動効果で生贄にしようとしたんだと思いますわ。召喚酔い中なので起動できませんけど」
「あー……」
「え? わたくしは一体何を……手が勝手に……スタンド攻撃を受けているぞーッ!」
「プレミを誘うスタンドとか普通に戦闘で強そうじゃん」
6ターン目先手。ドリルのドローは2枚目の《アスフォデルの灰色商人》だ。出ている《沼》は5枚。《アスフォデルの灰色商人》を唱え、《ロークスワインの元首、アヤーラ》の誘発能力で1点ドレイン。そして《アスフォデルの灰色商人》の入場能力で5点ドレイン。14点対25点。ぎりぎり生き延びている。
しかしなぜかプレイミスが続いた。先ほど発動できなかった記憶に引きずられてか、《ロークスワインの元首、アヤーラ》で《アスフォデルの灰色商人》を生贄に1枚ドローしたのだ。これでブロッカーがいなくなった。
「はえ?」
「はえじゃないでしょ、どうしたの」
「いや……土地がフルタップですわね」
「うん、灰色商人唱えたからね」
「ドローしても唱えられないってことですの?」
「大丈夫? ティーチングキャラバン行く?*21」
「いや、その……脳みそ洗いたい……」
ドローしたのは《忘れられた神々の僧侶》*22だ。序盤で引いていればあるいは戦況が変わったかもしれない。
後手、モノポリーは出ているクリーチャーすべてで攻撃。《ロークスワインの元首、アヤーラ》は能力を発動する際にタップしたため、すべての攻撃が通る。ドリルのライフは-1点。
「うぐぐ……対ありですわ……」
「うん、対あり。なんか、こう、うん」
お互いコメントに困る対戦だった。
5ターン目の攻撃をブロックせず、6ターン目と7ターン目で《アスフォデルの灰色商人》を連打していればぎりぎり逆転の目があったかもしれない。具体的には《悪夢の番人》を引いてきて出し、《ロークスワインの元首、アヤーラ》で《アスフォデルの灰色商人》を生贄にし、コピーを出してドレインするのだ。計算上は11点ドレイン。十分に可能性がある数字で、ドリルもそこまでは考えていたはずだった。
「ドリルちゃんってよくやるよね、目先の起動能力に釣られて主目的忘れるやつ」
「視野が狭いと父にもよく叱られますわ……お恥ずかしい限りです……」
「いまランクどれくらい?*23」
「一応プラチナに乗りましてよ」
「うん、まあ、デッキが強いからプラチナは届くよね」
そう、プレイミスと事故さえなければ強いデッキのはずなのだが、いかんせんプレイヤーが使いこなせていない。
「むぎゃおーって感じですわ。脳を機械化すればMTG勝てるようになるかしら」
「それ人間やめてない?」
「どうせカードゲーマーなんて人間終わってますわ。プレミは今後気を付けるとして、静寂がきついですわね。全部止まりますわよ、あれ」
《静寂をもたらすもの》は今回のゲームを決定づけた1枚だ。黒単信心は《アスフォデルの灰色商人》の着地時に誘発するドレインをフィニッシャーとしている。デッキの核を対策されたら動きようがない。
では《静寂をもたらすもの》を除去すればいいかというと、そう簡単な話ではない。単体除去に枚数を割けば動きが遅くなる。ドリルが組んだ黒単信心はアグロ寄り、つまり「素早く展開してリードし、優勢をそのまま《アスフォデルの灰色商人》で火力に変える」というコンセプトであり、遅さは弱さに直結するのだ。
「肉儀場は悪くないチョイスだと思うよ、悪くはない」
「冷静に考えて相性はよろしくないんですわね。小さいクリーチャー並べるデッキなのに小さいクリーチャーをすべて除去するカードですわよ、あれ」
「うーん、単体除去を少し入れるしかないのかな」
「そうすると今度はクレンコ*24で押し切られるのですわ」
「《灯の収穫》*25は?」
「あー……軽いですし、差すだけ差しておいても腐らないですわね。ありがとうございます、入れておきますわ」
一瞬眠気に意識を失って崩れたドリルの手が缶コーヒーを弾き飛ばした。
「アギャア! え、なに、なんですの? 狙撃?」
「え、どうしたの?」
「缶コーヒーが吹っ飛びましたわ! うっわ……歩きながらゲロ吐いた人の服みたいな柄になってしまいましたわ」
「シンプルに汚いたとえやめてくれる?」
「いやそうとしか見えないんですって。写真送りますわよ」
「初自撮りお披露目ここでいいの?」
「確かに……」
ドリルはいそいそとパジャマを脱いだ。どうせもうすぐ朝である。軽く仮眠をとってまた勤労タイムだ。
「もう一戦する?」
「いや普通に洗い物ぶちこんで寝ますわよ」