「致命的な事実に気づいてしまいましたわ」
「うん、まあ、聞こうか」
「灰色商人ローテ落ちしたらスタン黒単信心は終わる……?」
「珍しくまともなこと言ってる、すごい。そうだね、信心テーマのテーロスが落ちるなら信心は消えるよ」
ドリルはアイスカフェオレの氷を噛み砕いた。やってらんねえですわ、と吐き捨てて背もたれに寄りかかる。夜にも関わらず外気温は30℃。ぬるめのプールレベルの外気を阻むためにエアコンを全力稼働させているが、最近デスクトップPCに買い替えたことも合わせると電気代が怖い。
黒とともに育ち、黒とともに生きるドリルにとって、黒単信心はあまりに魅力的だった。しばらく触っていなかったアリーナもテーロスで《アスフォデルの灰色商人》*1が再録するや否や飛びつき、爆速でデッキを組んだのだ。
「わたくし、アリーナ引退します」
「MTGへの信心低すぎない?」
「信心が低いからエンチャントになりますのよ*2」
「《払拭の光》*3撃ちまーす」
「特別のお計らいをどうも、ですわ。*4実際のところ、黒単信心使いすぎて他のデッキの回し方忘れたまでありますわねこれ」
つい先ほど野良対戦でぼろ負けしたばかりのドリルは眉間を揉みしだきながら自分のカード資産を眺めた。白単ライフゲイン*5を組んでみたが、運が悪いのか下手なのか、やたら負けるのだ。《癒し手の鷹》*6が初期手札にいるときに限って相手が先攻かつ飛行クリーチャーを出してきたり、切削*7で《アジャニの群れ仲間》がすべて墓地に落ちたり、勝ち筋が潰れ続けているのだ。
では勝ち筋が潰れないようなデッキ、つまりアグロ*8を組めばいいかというと、ことはそう単純ではない。ドリルは赤のカード資産があまり潤沢ではないのだ。《遁走する蒸気族》*9すら1枚も持っていない。
加えて、次のカードセットが来るまであと数日という事実もあり、ドリルは既存のパックを剥く気が起きなかった。ゲーム内通貨を残しておいて新パックを剥きまくりたいのだ。
「結局黒使うんでしょ? 信心ギミック抜きの黒単組んでみれば?」
「んー、それが賢明ですわね。組みますわ。黒単……コントロール。いや、今日はアグロにしましょうかしら」
「お、その心は」
「デモンズソウルがPS5に来るからとテンション上がってPS3のデモンズソウル起動したら、ボーレタリア王城で雑魚に囲まれる苦しさを思い出させられまして」
「フロムゲーわからないや」
「ラダトームの城を出たらがいこつに群れで襲われる感じですわね」
「ああうん、なんもわからん」
雑な問いに雑な答えで返しながらカードのコレクションを確認していく。カードゲームは高レアを詰めればよいというものではない、というのがドリルの持論だ。いつか紙束で世界大会に出場してカス扱いを受けているカードを再評価させ、高騰したところで売り払う遊びをしたいと思っている。
残念ながら今回目に留まった低レアカードはいずれもプロプレイヤーが現環境で評価してデッキに入れているものばかりだったが、それはそれでよしとして、ドリルは躊躇なくデッキを組んでいった。
「組めましたわ。ひりたてほやほやの牛糞なみにゆるくて弱い肥やしデッキが」
「なんでこう、臭いたとえを」
「露骨にかっこいいことを臭いって言いますでしょう? わたくしのカリスマで圧倒してしまわぬよう、言語化して和らげております」
「カリスマを無限に損ねてるんだよなあ。対よろ」
「対よろですわ」
対戦開始。
ドリルの手札は《鋸刃蠍》*10、《漆黒軍の騎士》*11、《見栄え損ない》*12、《ヤロクの沼潜み》*13、《肉儀場の叫び》*14、そして《沼》が2枚だ。
「キープかなあ」
「こちらもキープですわ。あなたの先攻でしてよ」
「あーい。んじゃ、さくさくやろっか!」
1ターン目先手、モノポリーは《ラウグリンのトライオーム》*15を置き、ターンエンド。
後手、ドリルのドローは《沼》。1枚目の《沼》を置き、《漆黒軍の騎士》を唱える。
「ぐえ、そのカードきらーい」
「好き嫌いすると大きくなれませんわよ。ちゃんと吸血鬼も残さず食べないと」
「私、エルドラージじゃないもん*16」
「ロリムーブ普通に可愛いですわね。録音してもよろしくて?」
「だめ」
「心配せずともわたくしの夜のおかずになるだけですわ」
「だからだめなんだよなあ」
2ターン目先手、モノポリーは《氷河の城塞》*17をアンタップイン。そして《アズカンタの探索》*18を唱える。
「2ターン目にしてゲボ吐きそうですわ。世界の水洗便所全部アズカンタに流せばよろしいのではなくて?」
「やめてよ、貴重な観光資源かもしれないのに!」
「どうせ海賊だってこの上でしょんべんしてますわよ」
《アズカンタの探索》が着地したため、次のターンからはモノポリーがほしいカードを引いてくる確率が上がった。デッキは通常60枚。そこからほしいカードをベストタイミングで引いてくる確率は思っているより低くない。それを《アズカンタの探索》は底上げしてくるのだ。
だからこそドリルは早く動く必要があり、そしてこのデッキは幸いにして早いデッキだ。
後手、ドリルのドローは《残忍な騎士》*19。2枚目の《沼》を置き、《鋸刃蠍》を唱えた。
「なんだっけそれ。……え、コストとレアリティに対して性能がおかしくない?」
「蠍ってオリオンも殺してますし、接死と死亡時にプレインズウォーカーの除去も持っていていいと思うのですけど、いかがでしょうか」
「神話レアでも禁止だよそんなの、刷った日に禁止」
《漆黒軍の騎士》で攻撃。20点対19点。ドリルの盤面には《沼》が1枚立っている。次のモノポリーの動きでクリーチャーが出てきても《見栄え損ない》で落とせる計算だ。
3ターン目先手、モノポリーは《アズカンタの探索》の効果でデッキトップを確認。墓地には送らず、そのままドロー。2枚目の《ラウグリンのトライオーム》を置き、モノポリーが唱えたのは《静寂をもたらすもの》*20だ。
「あぎゃあ、糞にたかる蠅が湧きましたわ!」
「今日はうんちで揃えてるの? うんちデッキなの?」
「馬鹿な、そんなはずは――と、言うとでも思ったかい? この程度、想定の範囲内だよぉ!*21」
ターン終了時、ドリルは《見栄え損ない》を唱えた。《静寂をもたらすもの》は死亡し、墓地に送られる。
「げえっ!」
「推定美少女が出してはいけない声を出しましたわね!」
「いいじゃんオフくらい」
「どうせならアクメボイスも聴かせてくれると嬉しいですわ」
「疲れも吹き飛ぶキモさ……商品価値あるよ。いや、ないか」
後手、ドリルのドローは《沼》。3枚目の《沼》を置き、《ヤロクの沼潜み》を唱えた。入場でモノポリーの手札を1枚追放し、勢いをそのままに《漆黒軍の騎士》と《鋸刃蠍》で攻撃。20点対17点。
4ターン目先手、モノポリーは《アズカンタの探索》の能力でデッキトップを確認し、これを墓地へ。そしてドロー。
「へ? カーン*22捨ててよろしいんですの?」
「あー……そのデッキにアーティファクトそんななさそうだし」
「まあ、ええ、そうですわね」
実は《影槍》*23を搭載していたりするのだが、それをわざわざ語るドリルではない。
ドリルがほくそ笑んでいるうちに、モノポリーは2マナで《宝物の地図》*24を唱えた。そして残りの1マナで早速《宝物の地図》を起動し、占術。トップを確認し、そのままトップへ戻した。
モノポリーはすでにドローを安定させ始めている。ドリルは改めて速攻の意思を固め、缶を取ってプルタブを開けた。
「今日何飲んでるの?」
「バレンシアオレンジの炭酸ですわ。果汁の割合が多いと聞いて取り寄せたのですけれど、味が濃いめなので割り材によさそうですわね」
「急にお嬢様要素出してくるじゃん。牛丼チェーンのクーポンでテンション上がってたドリルちゃんを返してよ!」
「普通にAmazonでワンクリックですわよ。グラスとシャリキン取ってきてもよろしいかしら?」
「すごく安心した。いいよー、私も冷蔵庫漁ってこようかな」
飲み物を用意し、ついでにトイレを済ませ、夜が更けて涼しくなってきたことに夏の終わりを感じながら冷房の温度を上げて、ゲームを再開。
後手、ドリルのドローは《沼》。4枚目の《沼》を置き、3体で攻撃。そして3マナで《漆黒軍の騎士》の能力を起動、4/5にサイズアップ。4点、1点、1点で6点ダメージを与え、残り11点だ。そして4点以上のダメージを与えたため、《漆黒軍の騎士》は能力で+1/+1カウンターが1つ乗った。
「っくー、深夜1時半に飲む酒はたまりませんわね。焼酎を冷凍用パウチにして売るって発想は悪魔的だと思いませんこと? ジュースが神の飲み物になりますわよ。このオレンジサワーは3マナで布告除去できますわね*25」
「私、まだ成人してないからなあ」
「いいですこと、モノポリー。大学で楽しそうなサークルに入っても、未成年にお酒をすすめるようなら絶対に逃げなさい」
「急に真面目じゃん」
「屑と飲む酒よりは屑を見下しながら飲む酒のほうがうまいですわ」
「急に屑じゃん」
5ターン目先手、《アズカンタの探索》はトップをそのままにしてドロー。2枚目の《氷河の要塞》を置き、2枚目の《静寂をもたらすもの》を唱える。
ドリルとしては1マナを立たせることで《見栄え損ない》を警戒してくれないかというブラフも込めていたのだが、そこはドリルより経験のあるモノポリー、無駄な警戒を捨ててしっかり唱えるべきところを唱えてきた。
そして《宝物の地図》を起動し、占術はボトムへ。
「2枚目来るの早すぎませんこと?」
「まあね、4積みだし。思ったより発狂しなくて驚いてるんだけど、お酒入ったほうが冷静になるの?」
「普通に眠いだけですわよ。わたくし、ロリなので」
「は?」
「は?」
いたいけな幼女であることを否定された悔しさで自作のオレンジサワーを煽り、ドリルは冷蔵庫から引っ張り出してきたつまみを口に運んだ。
「あ、なんか食べてる!」
「白菜チンしてポン酢と柚子胡椒ぶっかけたやつですわ。うっま、やば、うっま」
「くっそ……盤外戦してくるじゃん……」
後手、ドリルのドローは《どぶ骨》*26。3体で攻撃。
このままでは1/1の《ヤロクの沼潜み》を1/2の《静寂をもたらすもの》でブロックされると無駄死になのだが、《ヤロクの沼潜み》は3マナでサイズアップできる。ただし、ここで《ヤロクの沼潜み》をサイズアップすると《漆黒軍の騎士》の能力を起動するマナが足りなくなり、《静寂をもたらすもの》の絆魂と合わせるとこのターンは2点しか削れず、《漆黒軍の騎士》の誘発能力も機能しない。
案の定モノポリーは《静寂をもたらすもの》で《ヤロクの沼潜み》をブロックしてきた。
「よろしいんですの?」
「なにが?」
「膨らみますけど」
「……え、あっ」
ど忘れだったようだが、もう取り返しはつかない。《静寂をもたらすもの》が犬死にし、2点のダメージを与えて残り9点。1マナで《どぶ骨》を唱えてターン終了である。
「そろそろ疲れてプレミ増えてますわね」
「ここまで何戦したっけ」
「ちょっと解析見ますわ。*27……うわ、18戦してる」
「頭のおかしい数字だなあ」
「頭がおかしいのは我々でしてよ」
この対戦が終わったら寝ると約束をして、6ターン目。先手、モノポリーは《アズカンタの探索》でトップを墓地へ。墓地へ送ったのは《パルン、ニヴ=ミゼット》*28だ。強力なカードだが、今引いても遅いと判断したのだろう。
《硫黄の滝》*29を置き、《古き道のナーセット》*30を唱える。そして忠誠度能力で2点のライフを得ながら白1マナを出し、《宝物の地図》を起動。3回目の起動で《宝物の地図》は《宝物の入江》に変身した。
「宝物ってロマンじゃありませんこと? わたくし、某千葉のネズミの巣でコンパス持ってないアラブ人とエテ公の船旅に付き合わされるアトラクションが大好きでしたの」
「言い方よ。あれいいよね、歌も好きだし、乗ってる間の景色も好き」
「バナナ巨人のあたりで本当にバナナの匂いするあたり丁寧な作りしてますわよね。台風破砕ミサイル空挺も大好きだったんですけれど、クローズ直前の雨の日に乗って出たら雨止んでて、普通に号泣しましたわ」
「ウェザーライト号再登場で泣いた?*31」
「胃痙攣起こしました」
「やっば」
土地はフルタップ。宝物トークンを生贄にすればマナは出るが、残り1枚の手札はここで切るものではないらしく、そのままターンエンドした。
後手、ドリルのドローは《どぶ骨》。《ヤロクの沼潜み》を唱え、最後の1枚の手札を追放する。追放されたのは《呪文貫き》*32だった。
「あっ、やられた」
「カウンター構えてやがったとは、なかなか思慮深いですわね。土地はフルタップですけれど」
《古き道のナーセット》とモノポリーに攻撃を振り分け、《古き道のナーセット》は死亡、モノポリーに1点ダメージ。残りは10点。
そして1マナで《どぶ骨》を唱え、ドリルはターンエンド。
「……あれ、負け見えてない?」
「1点でも残っていれば勝ちのゲームですわよ」
「まあそうだけど、横広がりされるとなあ」
7ターン目先手、モノポリーは《アズカンタの探索》でトップの《硫黄の滝》を墓地へ。
「考えまーす」
「よろしくてよ。その間、踊ってますわ」
「何踊るの?」
「ケチャを」
「ケチャ?」
「バリ島の儀礼的な男声合唱ですわ。上裸の男が100人ほど焚火を囲んでリズミカルに叫ぶんですのよ」
「何もかもが状況とあってなくない? ……よし」
モノポリーは《宝物の入江》で宝物トークンを生贄にし、1ドローした。そして唱えたのは《発破》*33だ。払ったコストは7マナ、つまり3点火力。《漆黒軍の騎士》を死亡させ、そして3ドローした。
モノポリーの土地はフルタップで動けないが、ドリルのクリーチャーのパワー合計は7。つまり、他のダメージがなければひとまず延命はなされた。
「生き汚さとしぶとさは緑と黒の領分ではなくて? 疾く死になさいな」
「お生憎さま、負けず嫌いなんだ」
「鼬の最後っ屁。いや、季節的にはあれですわね、セミファイナル」
「いつか絶対ドリルちゃんの背中に蝉入れてやる……」
「蝉っておいしいんですのよ。ニンニク醤油で味付けして素揚げにすると神のつまみでしたわ」
「ナチュラルに昆虫色の話突っ込んでくるじゃん」
後手、ドリルのドローは《鋸刃蠍》。そのまま唱え、着地。そして動けるすべてのクリーチャーで攻撃。《ヤロクの沼潜み》を3マナでサイズアップして8点ダメージ。残り2点、かなり追いつめた。
「さーて、どうするかな」
「声に張りが出てきましたわね。さっきまで老婆の垂れ乳みたいでしたわよ」
「最悪」
8ターン目先手、《アズカンタの探索》がとうとう《水没遺跡、アズカンタ》になる。
残り2点というのはなかなか絶妙で、全体除去を撃てば2体の《鋸刃蠍》の死亡誘発能力で4点のダメージが生じるが、《鋸刃蠍》を避ければ攻撃で2点入る。《鋸刃蠍》を死亡以外の形で盤面から消しつつ、他のクリーチャーも排除しなくてはならない。
そして、モノポリーが動いた。
「……フッ、どうやら俺はここまでのようだ。……だが、俺はお前の拳法では、死なん! サラダバー!」
モノポリーが唱えたのは《時の一掃》*34だ。当然《鋸刃蠍》が死亡し、4点ドレインする。
「はあ、対ありグッゲー」
「グッドゲームですわ。んー、悪くないデッキにはなりましたわね」
雑に組んだが、雑に強かった。デッキ構築に少しだけ真剣なドリルとしては少し複雑だった。それはそれとして勝てた事実は喜ばしい。今日の対モノポリー戦は勝率50%、上々である。
「蠍強いね、いいカード。青にちょうだい」
「やーですわ。死亡誘発が強いクリーチャーってやっぱいいですわね、ちょっとした除去耐性のようなものですし」
「序盤にクラリオンとか引いてたらなあ」
今回のMVPはやはりちまちまと削りフィニッシュも決めた《鋸刃蠍》だろうか。本当は他にも優秀なクリーチャーを見つけて仕込んだのだが、引くことはなかった。
本当はサイズアップした《漆黒軍の騎士》や《帆凧の掠め取り》*35に《影槍》と《悪魔の抱擁》*36をつけて殴り勝つつもりだったが、ワイルドカードが不足していて2枚ずつしか積んでいなかった。少し消化不良だ。
「静寂で沼潜みブロックしたのはプレミですの?」
「あー、や、悪い判断ではなかった気がしないでもない。発動忘れてれば1体落とせるし、発動したら2点止められるし。日和って蠍止めてたら騎士がサイズアップするじゃん」
「なるほど、普通にあのときサイズアップのこと忘れてましたわね」
「プレミはドリルちゃんのほうでは?」
「毎秒プレミしてますわね。人生はデッキ構築ミスってますが」
「悲哀を感じる」
「ヤギ出ますわよ*37」
ドリルは口を動かしながらもデッキを確認した。全体除去が飛んでくる程度には遅いことが分かったため、もう少し早く動くギミックを考えねばならない。
「もう一戦する?」
「睡眠ってご存知かしら。調整するから少し時間くださる?」