一佳ルート   作:白黒パーカー

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1話:門限前の運動

 

 

「あん?拳藤のやつ何してんだ」

 

場所は1年B組の寮。1階にある共同スペース。

鉄哲徹鐵(てつてつてつてつ)はそこでソファに座りテレビを見ていると、玄関に向かう拳藤一佳(けんどういつか)の姿目に入った。

もう時刻は夜なのにラフな格好でタオルとドリンクを手に持つ彼女。

 

「おい、拳藤。こんな時間からどこ行くんだよ」

「ちょっと走り込み。今日はあんまり運動できなかったし」

 

不満げな顔をする拳藤。

彼女の言う通り、今日はまったく運動することができない日だった。

授業は珍しく座学ばかりで実践形式の授業がなく、放課後も委員長としての仕事もあり、自主練をするほどの時間はあまり取れなかった。

彼女としてはもう少し体を動かして汗をかかないと寝れない。

 

「おやおや〜?しっかり者の委員長がこんな時間に外出なんてしてもいいのかなぁ?」

 

そんなやり取りをしていると目ざとく反応したのが同じクラスの物間寧人(ものまねいと)

ソファから起き上がり体をゆらゆら揺らしながらねちっこい視線で見てくるのはまさに怨霊のよう。普通の生徒なら軽く引くレベルだ。

 

「門限までには帰ってくるよ。その辺を走ってくるだけだから」

 

とはいえ物間との付き合いももう半年くらいになる。

拳藤たちにとっては物間の習性(これ)にも慣れたものだ。ルールは守るとだけ伝えると、彼女は一人寮を後にした。

 

 

(夜にランニングなんて、寮に入ってからは初めてだな)

 

雄英の寮生活になってしばらく。最近は、設備がそれなりに揃っている雄英で家に帰っていた時間もヒーロー訓練に充てられていたわけだから、わざわざ夜に走り込みをする必要もなかった。

シューズのつま先でトントンと軽く地面を叩く。

 

「よしっ、やるか!」

 

外に出てしばらく軽い準備運動をした拳藤は走り込みを始めた。

リズムを刻むように息を吐きながら、地面をしっかりと踏みしめる。

辺りに人はいない。

学生寮が並ぶエリアとはいえ、わざわざ夜遅くに出歩く生徒もいないので走るにはちょうどいいコースになっている。

 

広大な土地で人を気にせず走れるとなるとランニング好きにとって素敵な環境になるのだろう。

 

「ちょっと薄着すぎたかな?寒いや」

 

もちろん今の季節に目を瞑ればだが。

走る度に体に当たる風が冷たい。寒気で体がぶるっと震えてしまう。

季節はもう秋になる。とっくの昔に夏は過ぎ去り、ヒーローインターンも終わらせた今、着実に冬へと進み続けている。

そうなると当然、夜は冷えてくるわけで走れば暑くなるだろうとタカをくくっていた拳藤は軽く後悔した。

こんなことならもう少し厚着にすればよかった。

 

早く身体が温まってほしいと願いながらも走り続けていると、どこかから風を切りさく音とともに誰かの声が聞こえてきた。

 

「いち!に!さん!し!」

「ん?この声どこかで……」

 

それはどこかで聞いたことのある声だった。

足を止めた拳藤は少しばかり思案する。声の方に行くかどうか。おそらくヴィランではないだろう。とはいえこんな時間だ。様子ぐらいは見ておくべきだろう。

即決した拳藤はうんと頷くと足音を殺しながら謎の音と声の発生源に近づいていく。

 

 

目的地は割とすぐ近くにあった。そこには1年A組と書かれた寮が見える。どうやらこの寮の庭から聞こえているみたいだ。

木の影に隠れながらそっと中を覗いてみると、

 

(あれって、緑谷?)

 

それは当然ヴィランではなく同じヒーロー科に所属しているA組の緑谷出久(みどりやいずく)だった。拳藤自身、クラスが違うからあまり関わりはないが、直接話したのは期末試験のときに試験内容の傾向を教えたことぐらいか。

掛け声とともに何度も何度も蹴り技の練習をしているのか、時折悩むように近くに置いてあったノートを見ては、再び蹴り技をしている。

どうやらこんな時間まで自主練に励んでいるようだ。

 

(さすがに邪魔するのは悪いな)

 

脇目も振らず集中する緑谷の様子を見て拳藤はゆっくりとその場を後にしようと決めた。

しかし、

 

「やば、は、はっ……へくちっ!……あ」

 

タイミングが悪いというか自業自得というか薄着で冷えた野外にいたせいで、声を抑えることができずくしゃみをしてしまった。

 

「だ、誰っ⁉︎」

 

当然、緑谷にバレてしまう。

一瞬隠れるかどうか迷ったが、別に隠し立てする必要もないしそれは相手に失礼だと判断した拳藤は素直に緑谷の前に出た。

 

「ごめん、盗み見するつもりはなかったんだけど」

「け、拳藤さん ッ⁉︎」

「そんなに驚かなくてもいいじゃん」

「す、すみません!」

「あはは、いいよ」

 

なんというかクラスメイト以外の生徒と話すのは新鮮だ。特に物間や取蔭(とかげ)といった癖の強い面々を普段相手にしているからか、こうオドオドしながらも素直に反応してくれるのは真っ直ぐな性格をした一佳としては嬉しい。

 

「ランニングしてたら緑谷の声が聞こえてきてさ。こんな時間まで練習してるなんて熱心だな」

「いや、その……いま復習しておかないと今日覚えたことが頭から抜け落ちる気がして……。あとはもうただの習慣というか」

「なるほどな。でもなんで足技?緑谷って確か手のほうがメインじゃなかったっけ?」

 

体育祭のときはデコピンやパンチを多様していたのを覚えている。林間学校の個性伸ばし訓練でも殴りがメインだった気がするし。どちらにしても最後は目も当てられないぐらいに腕を壊してたけど。

 

「実はこれ以上腕をケガするのは良くなくて……リカバリーガールからも、これ以上腕を酷使するならもう治癒しないって言われてて」

「まぁ、そうだな。腕を壊す前提で個性を使うなら、私も無理やり止めるだろうし」

「あ、あはは……」

 

拳藤が傍にいたなら腕を酷使しようとする緑谷を実力行使で止めていたはずだろう。

武闘派らしい止め方に緑谷の顔がひきつる。

 

「それで足技に切り替えたってことか」

「うん。僕自身シュートスタイルにしたことでできることも増えたし、今はそれを自分の物にしたくて。腕や手を使うよりも足のほうが僕には合ってるかもしれないし」

「……なんだか楽しそうだね」

「え、そうかな?」

 

オドオドしながらもどこかワクワクしている緑谷。おもちゃを買ってもらえた子どものような雰囲気で個性の活用法を話してくれる。

それを感じ取った拳藤はなんだか緑谷のことが微笑ましく思ってしまう。

本当にヒーローになりたいんだなって気持ちがよく伝わってきたのだ。

 

その気持ちはすごくわかる。彼女自身も心からヒーローになりたいから。そのために今日まで日々頑張ってきた。これからだって頑張り続ける。

誰かの助けになりたいから。そして、好きでヒーローを目指しているのだ。

だからこそ、拳藤は緑谷の足技完成のための手助けをしたいと思ってしまった。

 

「ねぇ、緑谷。足技の練習私が見てあげようか?こう見えて私、武道にはそれなりに自信があるんだ」

「えーっ⁉︎」

 

緑谷に提案してみると口をあんぐりと開けて驚く。打てば響くようなリアクションがおもしろくて拳藤は笑いそうになる。

 

「そ、そんな恐れ多いこと!それに、拳藤さんの迷惑になるし……」

「別に迷惑にならないよ。見るっていっても今の時間にたまに来て、ちょっとアドバイスするぐらいだし」

「でも……」

 

どうやら拳藤に迷惑をかけることを嫌がっているのだろう。噂では1年A組でも上位には入る問題児だと聞いていたが、物間に比べればまだまだ可愛らしい。ぐにゃぐにゃにひねくれてないし。まぁ、あれはあれで物間らしくて良いと思っている。

個性使用で腕を壊すってのはかなり問題に入るのかもしれないが、こうやって今も使いこなそうと頑張っているのだ。それを踏まえても緑谷の力になってあげたいのが1年B組の姉貴分、拳藤一佳という人間である。

 

「それじゃあさっき覗き見したことのお詫び。ヒーローは助け合いなんだから、私にも頼らせてよ」

 

どこまでも譲らない両者。

真っ直ぐな拳藤の目が緑谷のオドオドと揺れ動く目と合う。

どちらも黙って話さない。

 

互いに見つめ合って体感時間10秒。先に視線を逸らしたのは緑谷だった。

拳藤の勝利である。A組の女子となら多少話せるが、他のクラスの女子にはまだ免疫のない緑谷だった。

 

「そ、それじゃあ……お願いしても、いいですか?」

「おっけー!私に任せとけ」

 

しずしずとお願いする出久の言葉を聞き、胸元をどん、と叩いて任せろと笑みを浮かべる拳藤。それはどこか頼れる姉のような雰囲気を醸し出していた。

 

「さて、それじゃあ何回か蹴り技を見せてよ」

「は、はい!」

 

緑谷は緊張しながらも返事をする。

まだお互いに会話の中にはズレがあり、当分こんなやり取りが続くだろう。

 

けれど2人はヒーロー科。やると決まればその行動も早かった。

緑谷が蹴りを放てば、逐一拳藤が見ていて気づいたことを伝える。時には彼女自身が実践して観察してもらうこともあった。

その繰り返しを2人は門限ギリギリになるまで続けたのだった。

その頃には拳藤が感じていた夜の寒さもいつの間にかどこかへと消えていた。

 

(あっ、物間にバレたらめんどくさいな、これ。……秘密にしとくか)

 

ふと練習の合間中、ネチネチと嫌味を言ってくるクラスメイトが一瞬頭に浮かび、拳藤は思わず苦笑した。

練習が終わったら後で緑谷にも伝えないと。

 

そして、この夜。緑谷の足技習得に向けた訓練がスタートしたのだった。

 

 

 

 






「よう、お帰り拳藤。……ってなんだか嬉しそうだな」
「ただいま鉄哲。私笑ってた?」
「おう。ランニング中に良いことでもあったのか?」
「んー……まぁ、そうだな。ちょっとした楽しみができたかな?」


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