それはとても難しい物だった。
命の重みに違いがないのなら、生殺与奪の決定なんてどうしてできるだろうか。
ましてや人間は復活もできない。
その問題に対する先生の答えに考えていると、リグルが何やら面白い物を見たと言い出した。それは、耳にしたことはあっても見た事はない…。
先生は点呼を取ると、黒板にイラストを描き始めた。一つの線路があって、先が枝分かれしている。A線路には人が1人。B線路には人が5人。その線路の分岐前には1つのトロッコがある。
そのイラストに更に1人の人間とスイッチの様なものを描き加えた。
「このイラストのトロッコは、このままだと直進して先にいる5人を撥ねてしまう。君らはこのトロッコの進路先を変える事ができるスイッチの前にいる。切り替えればこの5人は助かるが、切り替えた先の1人を犠牲にすることになる。彼らに対して何ら働きかける事で回避を促す事はできない。彼らは何の変哲もないただの人間だ。君らならどうする?」
クラスがざわざわとする。みすちーが手を挙げた。
「スイッチを切り替えます。命の重さは量れませんが、犠牲は少なくあるべきです」
「ふむ。なるほどそうか」
リグルが手を挙げた。
「ちなみにこの1人と5人はどんな人物なんですか?」
「特に指定はない。好きに当てはめてくれ」
軽く流された。でも重要な事ではある気がする。どういう経緯で線路の上に立っているかは知らないが、例えばその5人は逃亡中の犯罪者で1人の方が善良な一般市民だったなら…。
そう考えていると何かが引っかかる。大ちゃんに意見を聞いてみよう。
「大ちゃんはどう思う?この6人を何で考える?」
「とりあえず一般市民かなぁ」
「この5人が極悪な犯罪者だったりしたら、犠牲になるのはこっちがいいかな」
「ううん…チルノちゃん、難しい事だよ。主観的に死んでいい生物、生きてていい生物なんて分からないから。もしそのご極悪な犯罪者の中に家族の治療費を稼ぐために犯罪に手を染めている人がいたら、そんな人でも犠牲になっていいと思う?」
「そんなに条件を複雑にされちゃ余計にどっちを選んでいいかわからないよ」
けーね先生はうなずいた。
「それでもいい。簡単な事じゃないんだ。選べないと言うのも一つの答えだよチルノ」
「もしかして即答できた私って人情味に欠けるのかな…」
みすちーが不安な顔をする。
「実際にそういう状況に居合わせたら多くの場合は何もできずにいるだろう。でも、判断が早く勇気がある人なら被害の少ない方を選ぶ事ができる人もいる。時に英雄や救世主と呼ばれる事もあるな」
リグルもうなずいている。
「私もみすちーと同じ考えかな」
ルーミアはぼんやりと頬杖をついて話を聞いている。さっきから一言も発しないが、授業はちゃんと聞いているんだろうか。
「ルーミアはどう思う?」
「見殺しにすれば事故。助ければ殺人。スイッチに触れる理由が無いよ」
「さ、殺人だなんて…」
「仮に罪に問われなかったとして、遺族にあれは事故だったと面向かって言える?」
「う…」
そう言われてみるととても難しい。あれこれ考えてみたけれど、それでも結論なんてでなかった。私がその状況に居合わせたとして、何ができるんだろう。ダメ元でも避けるように叫んでみるかもしれない。
クラスメイトが意見を述べるたびにけーね先生はそれについて賛否を述べていた。
「私、迷ってる間に5人を死なせてしまいそう」
ため息をつきながら言った。
「私もだよチルノちゃん。頭の中でシミュレートしてみたけれど、とてもスイッチを切り替える勇気が出ない」
だよなぁ…。
「先生、これ何が正解なんですか」
「正解なんてない。時と場合、社会的立場、主義主張でどんな風にでも変わる。この授業で私がやりたかったのは、同じ命に関しての考え方、向き合い方について視野を広めてもらう事だ。実際、かなり考え方に相違があっただろう?」
正解がない、と言う言葉に少し安心した。
心のどこかでそんな風には思っていた。もしそれに対する答えが提示されたとしたら、それは恐ろしい事なのかもしれない。
考えていると大ちゃんが手を挙げた。
「この問題、先生ならどうします?」
「頭突きでトロッコを止めるだろうな」
先生がウィンクをしながら肩をすくめて見せると、ドっと笑いに包まれた。
「やっぱりさすが先生だなぁ、憧れるよ」
帰り道、リグルが授業を思い出しながら言った。
「先生ならやりかねない」
私もうなずいた。
「トロッコを止めるぐらいになると、さすがの先生でも満月の夜の時ぐらいじゃないとできないと思ってた」
大ちゃんが不思議そうに言った。
「でもこの間頭突きで木を折ってたよ」
見ようと思えばたまにそんな姿を見る事ができる。折った木をどこへ持って行っているのかは知らないが。
「破壊力Cなんでしょ」
ルーミアが小声でつぶやいた。
それにしても、もし本当に満月の夜以外にトロッコを止めるだけの身体能力が日頃からは持っていないとしたらあの答えはどういう意味なんだろう。単にはぐらかされてしまったんだろうか。
しばらく考えているとみすちーが急に何かを思い出したように手を叩いた。
「そう言えば忘れかけてた。チルノ、明後日のライブ来てくれない?」
「うん、いいよ」
リグルは叫んでるだけだって言ってたけど…。割と気になっていた。それからみすちーと別れて歩く。大ちゃんとルーミアも用事があるからと言って別の道へ行った。リグルと一緒に歩いて帰る。
リグルが蹴った石を私が蹴る。そんな事を繰り返していると一緒に蹴っていた石が田んぼに落ちた。
「実は最近面白いものを見つけたんだ」
「面白い物?」
「うん。…笑わないなら教える」
リグルの顔は真剣だった。
「この幻想郷で、海を見たんだ」