真・女神転生Ⅲ DEEP WONDERFUL JOURNEY   作:明日歩

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遥かなる旅路.1

 月こそ出ているものの、明かりは信号ぐらいしかない真っ暗闇。日付が変わる少し前の事だった。地方の中でも更に地方であり、寂れた田舎町の片隅にあるコンビニである。

 

 面した道路は閑散としており店内に客は1人もいない。足の速いレジ側の商品が1つもない事から、その売上が予想できた。事実として交代でスタッフルームに来たばかりの男は伸び伸びとしており、始業時間にも関わらず未だに制服すら羽織っていない。従業員が自分1人にも関わらずだ。

 

「それじゃあ先にあがるわ。お疲れさん」

 

「おう、お疲れさん」

 

 今の今まで働いていた男の方も慣れたもので、軽く挨拶をすると自分の荷物を下げる。そうして彼がスタッフルームを出ようとした時、その相方も一緒に付いて来た。どうやらタバコを吸いに行こうとしているらしい。彼等は特に気にした様子もなく、店外に出て顔を顰める。エアコンの効いた店内からじっとりと汗ばむ野外に出たからだ。深夜の為日中に比べれば幾分ましだが、真夏である以上不快なことに変わりはない。男が自分の車に向かいながら大きな溜息を吐く。

 

「いつまでこんなこと続けるんだろうな・・・」

 

 彼は自嘲気味に呟くと軽く首を振り、車のドアを開いた。助手席に荷物を載せ、エンジンをかける。エアコンから吹き込む風の温さに辟易としながら、改めて忘れ物がない事を確認すると帰路に就いた。猫などが飛び出して来たことのある場所では速度を大きく落とし、ぼんやりとしながら運転を続ける。

 

「こんなはずじゃなかった」

 

 男は昔のことを思い出すと、無気力にそう呟いた。彼は以前の仕事のことを思い出す。別段業績は悪くなかった。いや、全体を見れば優秀な部類に入るだろう。親会社からの出向組でさえ助けを求めるほどに。それは売上という明確な数字だけでなく、同僚たちとの会話や緊急時に頼られた実績からも証明できた。

 

 ただ、彼を使う側に大きな問題があったのだ。

 度重なる条件の詐称に給与計算や振り込みミスなど、会社は男を使うにはあまりにも稚拙だった。将来的には現場から事務に移りたいという願いもあって、怒りは必死に我慢していた。だがそれも左遷のごとき転勤が止めとなる。その後も杜撰な事務方とのやり取りを終えて無事に退職したのだが、運命の女神はまるで天使の様に醜悪だった。中国が世界規模のバイオテロを起こしたのである。アメリカ本土への攻撃を成功させるという彼らにとっての大金星は、当然世の中を不況へと向かわせた。面接先はかなり好感触だったものの、緊急事態宣言がそれを覆す。

 

 男はもはや諦めの境地だったが、過去の職歴から今の状況でも募集をしている地方の工場は入替りが激し過ぎて年中募集をかけている、いわばブラックだと辺りを付けていたために最後の手段としていた。結局男は知己を頼ってコンビニのアルバイトを始めることになる。次を狙うための腰掛とはいえ、それが男の現状だった。

 

「何年も祈って何年も願った。努力して結果も出した。悪い事もそんなにしてないってのに、何で何1つ旨くいかないんだよ」

 

 信号で待ちながら爛々と光る月をちらりと見た男は、自分だけではないとわかりつつも、濁った眼をして恨み言を呟く。もう何度目になるかわからない嘆きだった。

 

「あれ? そういや、もう満月だっけ? 早過ぎんだろ・・・」

 

 ふと前回のことを思い出そうとするのだが、それよりも信号が変わる方が早く意識を運転に切り替える。また無為にひと月が過ぎたことで胸の重さだけが募った。

 

「糞が」

 

 呟くように、無気力に、だが恨みだけは心の底から込めてそう吐き捨てる。またいつもの繰り返しを嘆きながら月に照らされた田んぼを横目で見た瞬間、車が砂利道を走ったように跳ねた。

 

「嘘だろ!?」

 

 頭の中によぎるのは車道を外れ過ぎたか飛び出して来た動物を轢いたかだ。今までこの時間に散歩をしている人間を見たことがないので、最悪はないだろうと願いながらも車を停める。

 

「頼むぞ、おい! 」

 

 半ばパニックになりながらもサイドミラーに後続車のが見えないことを確認して車を降りたのだが、地面に足が着いた瞬間に彼は絶句した。

 

「は? え? 工事なんてしてたか? 」

 

 男の足は舗装された現代日本の車道ではなく、荒れ果てた農道の上に立っていたからだ。そのまま辺りを見回してみるが、赤い月に照らされて少し不気味さが増してはいるもののいつもの帰り道である。

 

 その姿に気味の悪さを感じた彼は急いで携帯のライトを点けると直ぐに車の左側へ向かい、傷や凹みがない事に安堵して車の下を覗き込んだ。そこにも異常は見当たらず走ってきた道を見るが、動物の死骸はもちろん縁石もガードレールもないあぜ道だった。

 

「砂利道走っただけか・・・良かったぁ」

 

 よそ見から来る只の勘違いであったことに胸をなでおろした男は乾いた笑み浮かべながら空を見上げる。気色の悪い赤さにのまれていたのだろう。彼は深呼吸をすると車に戻ろうとするのだが、急に感じた臭いに足を止める。

 

「なんだこの臭い、うぇっ」

 

 男を襲ったのはとてつもない悪臭だった。

 

 真夏の生ごみが可愛く思えるほどの腐臭だけでなく、糞尿や嘔吐物などが混ぜ合ったかのような激臭にたまらず吐き気を催す。だが、常軌を逸した臭いに我慢の限界が訪れ、いざ吐こうと胃が鳴動した瞬間にそれは背後から聞こえた。

 

『グ・・・ギギ・・・グ、ガガ・・・ギ』

 

 道路に嘔吐する瞬間など誰かに見られたら社会的に死ぬ。男は恐怖で吐き気を無理やり抑えると声のした背後を振り返って愕然とした。

 

「餓鬼? いや、ありえないだろ」

 

 そこにいたのは栄養失調で腹以外がガリガリになり紫色の肌をした子供だったのだ。

 

『グガ・・・ギギ・・・マガ、ツ・・・ヒ』

 

 だが男が愕然とした理由はその一見子供の様に見える大きさの相手が未知のものだからではなかった。

 

『クワ・・・セロ・・・』

 

 むしろ一方的だが馴染み深いと言っても良い相手であることに驚いていたのだ。

 

「ゲームじゃねぇんだぞ・・・」

 

 自らの咽が緊張で乾きヒューヒューと鳴る。

 そう、そこにいたのは自分の好きなテレビゲームで散々倒して来た化け物だった。個人的なシリーズ最高傑作がリメイクされると聞いて、喜んだ自分が幻を見ているのだと一笑しようとする。

 

 だがこの臭いは何だと自問した。

 

『マガツヒ・・・グガギ・・・クワセロ! 』

 

 力強く欲深いその言葉を聞いて男は我に返る。いつのまにか餓鬼が2mほどの距離にまで近づいていたのだ。

 

 それを見た彼はこの化け物相手に最も印象深かった行動が頭をよぎる。

 

 その瞬間だった。餓鬼が跳躍し、枯れ木のような右腕を振り上げて飛び掛かってきたのだ。同時に左横へ飛んだのは偶然だった。

 

 自らの分身である最弱の悪魔が、餓鬼の鋭利な爪で切り裂かれて力尽きたことを思い出していたからこその偶然である。

 

 ただ思いっきり飛んだ先で見たのは、愛車のバックドアに爪が突き立てられ、ガリガリと景気のいい音が鳴り響く瞬間だった。

 

 悪戯にしてはやり過ぎだろう!

 

 沸々と怒りが沸き上がる。

 

 お前も仕事で相手をしてきた、あの人でなし連中と同じか!

 

 無意識に右手が拳を握る。

 

 どうして終業後も相手の意を酌まないとないといけないんだ!

 

 男の生きていない、死んでいなかっただけの目に強い意志が宿る。

 

 目の前の光景が常軌を逸していたことも大きかったのだろう。行き過ぎた怒りが殺意に代わるのは一瞬だった。

 たまたま左に飛んで運良く転ばずにしっかりと両足で着地していた男は、餓鬼が腕を勢いよく振り下ろしたその姿を見る。

 

「らぁっ! 」

 

 間髪入れずに踏み込んで、右腕で餓鬼の横顔を振りぬいた。

 

『グガ!? 』

 

 彼が車を素手で傷つけられる化け物と自分のパワー差を考えたのは殴ってからである。だが餓鬼相手に圧倒的に優れているものが1つだけあった。体重である。

 前職中にストレスでいっそ暴食と呼べる過食の進んだ男の体は15キロの無慈悲な増量に成功しており、アラサーは見事な中年腹をしていた。

 素人の打撃とは言え、小学生サイズでガリガリの餓鬼より、単純に40キロ以上は重い男の1撃は思わぬ副産物を呼び起こす。

 

「うおっ!? 」

 

『ギギギ! 』

 

 体当たりからの転倒であった。

 

 爪の振り抜き後でバランスの崩れた所に殴りかかり、10キロの米袋8個分が勢いを殺しきれずに体当たった結果である。男は倒れた餓鬼の上に落ちることで、意図しない右膝落としの追撃を行う。その上でマウントポジションを手に入れていた。恐ろしく有用な状況ゆえに危険な流れである。

 

 やり過ぎた!?

 

 全身がゾっと冷え、慌てて下敷きにした餓鬼の様子を見て彼は後悔した。餓鬼が口から泡を吹いているのである。

 

 キレて殴り合いをしてしまったが、ペイントをさせられた猿じゃないと言えるのか?

 もし最底辺の動画投稿者による悪趣味な悪戯の類だったらどうするのか?

 そもそも何で女神転生のデザインをしているんだ?

 

 当然答えは無い。問題だけをグルグルと考えている内に体から力が抜け、拘束が弱まった一瞬をついて餓鬼が暴れだす。

 

『ガガ! 』

 

「うあっ! 」

 

 拘束から逃げるために必死で腕を振る餓鬼の右爪が左腕から左胸にかけて引き裂いたのだ。今まで感じたことのない鋭利な痛みと二の腕から流れる少なくない血を見た瞬間、男の体は理性ではなく本能に突き動かされた。

 

「うおおおおあああああああああああああああああああああああああああああ! 」

 

 落とした右膝に体重を込める。生死をかけた雄叫びに餓鬼の身が竦み、拳を握った右腕を肩の高さにまで上げてその顔に打ち込む。左腕の痛みに顔を顰めながら、また右手を挙げて顔に落とした。

 

「ローンだって残ってんだぞおおおおおおおおおおおおおおおおお! 」

 

 有利な状況に持ち込めたことから多少は余裕が出てきたのだろう。骨の堅い額は避けるように打ち込んで叫ぶ。鼻の下を、痛みに身をよじった瞬間の側頭を、打ち易い所に来た顎を、狙いが逸れて首を。

 

 何度も何度も繰り返し、筋トレで筋肉量だけは鍛えているが当然持久力は無いので息が上がる。指の感覚は既に無い。

 

 ぜぇぜぇと荒く息を吐き、これで最後だと力を込めて打ち下ろす。完全にスタミナの切れた攻撃は子供が叩く程度に弱まっていた。膝立ちのまま息が整いだすと、身動ぎ1つしない餓鬼を眺め、自分の左半身が出血で真っ赤になっていることに気が付く。慌てて傷を確認しようとして右手に走った激痛で我に返った。

 

「あ・・・」

 

 改めて見下ろせば、そこには化け物が転がっている。ゆっくりと立ち上がりその醜い腹を見るが、明らかに呼吸はしていない。

 

 殺した。

 

 理性は警察沙汰になるのではと警鐘を鳴らし、恐怖で心臓が早鐘を打つ。だがそれ以上に胸中で暴れまわるものがあった。

 

 それは勝利という喜びである。呆然と餓鬼の死体を見ながらも緩む頬を止められない。

 

「やった、やっちまった・・・」

 

 火照る体では考えもまとまらず、確認のためにそう呟く。全身の震えが恐怖なのか喜びなのか彼は未だにわからず立ち尽くしていた。

 

 だが、事態とは自分の望む通りには動かない。

 

「恐れ多くも、坊ちゃまは貴方に興味を持たれています」

 

 正面から聞こえる老婆の声に男は飛び上がって後退る。そこにいたのは喪服を着た女性であった。その姿を画面の向こうで見たことのある男は震え上がる。

 

「ヒトに過ぎない哀れな貴方に、特別に贈り物をあげようと申しております」

 

 老婆はこちらのことなど一切気にせず、淡々と告げる。

 

「あなたはこの贈り物を受け取らなくてはなりません」

 

 拒否権どころの話ではなかった。先方からすればまるで流れ作業の一環である。絶対的な強者を前に恐怖で震える体を必死に動かし辺りを見回す。だがそこに坊ちゃまと呼ばれた金髪の人物はいない。

 

「動いてはいけません」

 

 老婆のその言葉とともに男の全身から力が抜け、仰向けに倒れる。恐怖に屈した中で指一本動かせない状況に気が狂いそうになるが、老婆は一切の関心を寄せていない。

 

「痛いのは一瞬だけです」

 

 老婆はそう言うと何処からか生きたミミズの様なものを取り出す。これ見よがしに見せてくるのは嬲る為だろうか。

 

 ゲームで何度も見たシーンがいざ自分自身に降りかかろうとして、必死に逃げようとするが動かない。止めろと叫ぼうとするが、咽が軽く震えるだけで音にすらならなかった。

 

 人修羅になりたい。

 

 男は過去に女神転生Ⅲを遊んだあと何度もそう思ってきた。もちろん東京受胎やICBMなどのポストアポカリプスはお断りだ。

 だが史上最弱でありながらもあの地獄を生き延び、名立たる神話の主神すら殴り殺すに至るその冒険譚と成長は、何度も努力しては挫折し、結果を出しても評価されない男にとってある種の理想だった。

 

 しかし、目の前で百足の親戚にしか見えないワームが蠢けば、未来の可能性よりも今の絶望に悲鳴を上げのが人間である。

 

 落ちてくる虫は生誕を喜ぶかのように口と思われる部分の牙を開閉した。それが口の中に入り、慈悲無く咽に入り込む。

 

 錠剤をのどに詰まらせた時とは桁違いの圧迫感に苦しみ、それが胃に落ちた。鳩尾の少し下から全身へ、なにかが流れた感触とともに体がビクリと大きく跳ねる。

 

「これでキミはアクマになるんだ」

 

 何処からか少女の声が聞こえたが、酩酊したかのように揺れる視界は幾筋もの赤い線が入るだけで声の主を捉えることはない。筋は鼓動に合わせて脈打ち、それに合わせて体中が内側から無理やり作り替えられていく。

 

「求めるものが違うから、カレのようになれとは言わない」

 

 視界が黒に染まりだし、意識が落ちていく中で嬉しそうな少女の声だけが響いている。

 

「でも折角選んだんだ、もう少し楽しませてくれ」

 

 少女の声音には嗜虐的なものだけでなく、僅かとはいえ惜しみの無い称賛が混ざっていた。

 

「さっきのような美しい霊になる事を期待しているよ」

 

 好意的なその言葉を最後に、鈴を転がすような声は聞こえなくなる。男は最後に1度、横たわる体をビクリと跳ねさせると、完全に意識を失うのだった。

 

 

 

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