真・女神転生Ⅲ DEEP WONDERFUL JOURNEY   作:明日歩

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自然と人間の狭間、希望の光溢れるアントリ.2

『続いてのニュースです。先日の深夜、○○県○○市で路上に止まっていた車から大量の血痕が見つかった事件ですが、警察は本日、付着していた血液が人間のものではないと発表しました。』

 

 

 自宅に帰ったばかりの男がテレビをつけると、丁度夜のニュースが始まったところであった。彼は見向きもせずに洗面所へと向かう。

 

 

『当初は車の所有者であるコンビニアルバイトの佐藤実さんのものではないかと言う話もありましたが、警察はやはり何らかの事件に巻き込まれたのではないかと見て捜査を進める方針です。』

 

 

「嫌よね。○○市って通ることはないけど、結構近くじゃない・・・」

 

 

 洗面所からリビングに戻って来た男に、台所にいた女がそう答える。

 

 

「確か車に大きな引っ掻き傷があったって話だろ? この辺に動物園なんて無いし、人を襲うのなんて猪とか猿ぐらいなんだけどなぁ」

 

 

 男はそう受け流すと冷蔵庫からビールを取り出してリビングに戻る。テレビでは既に天気予報に移っており、今週はずっと晴れのようだ。

 

 

「まあ、子供たちも集団登校になったし、うちには関係ないだろう」

 

 

 プルタブがカシュッと音を立てる。男はうまそうにビールを飲むと、切り替わったスポーツ中継に熱中し、先の件など完全に頭から追い出していた。台所の女もそれは同じで、出来上がった料理を温めなおしている。

 

 結局、常識の外で行われたことを感知できるものなど当然いなく、常識内であれ自分に関りがない以上は誰も気に留めないのだ。

 

 

 それは人に非ずとも、悪魔に非ずとも。

 

 

 

 

 

 冷えて苔むした岩肌に這いつくばり、それはその時を今か今かと待っていた。耳に聞こえるのは小さな子供たちの話声。無邪気な笑い声が洞窟内を反響し、近くにいた茶色の襤褸布に手足の生えた悪魔達も燥いでいた。それを聞いて今度は縄で縛られた、青白い肌の女性が嫌そうに芋虫のような下半身を揺らす。

 

「早く・・・早く何処か行け」

 

 発光する刺青を極力晒さない様にするため地面へと這いつくばり、岩の隙間から覗き込んでいた悪魔は苛立たし気に呟く。氷の張りつく岩は容赦なく体を冷やし、既に彼女から結構な体力を奪っていた。ふーっふーっと静かに荒い息を繰り返す。前途多難で文句が腐るほどあるが、目の前に広がるのが経験値だと思えば苦はなかった。

 

 目覚めた地に繋がる横穴を抜けた先に広がっていたのは、氷の張りつく冷たい洞窟だった。既にピクシーとの激闘から半日ほどが経過している。

 

「落ち着け、集団は不味い。こっちは1人なんだぞ?落ち着け」

 

 彼女は逸る自分に何度もそう言い聞かせて息を殺す。それはレベルが上がったことと、新たなピクシーを見かけたことでわかったことがあるからだった。

 

 今の自分が漸くピクシーと同格であるということが。

 

 ミノリは、予想している『この地』で己が如何に脆弱であるかを知ったとき、あまりの衝撃に心が揺れ、膝を崩しそうになった。隠れて悪魔達の会話を盗み聞いても、やはり言葉がわからないことから仲魔にすることは出来ないのだろうと、絶望が募る。狙うのは黄色い襤褸布の悪魔たち。岩に隠れながら進む先で偶然見つけた2体のノッカーである。覚悟を決めて挑もうとしたのだが、ピクシーやオキクムシが集まって来たのだ。御馳走を目の前にお預けを食らい、その時を今か今かと待ち続けていたのだが、ようやく状況が動いた事に安堵する。一部の悪魔達が何処かへ行ったのだ。

 

「何度見ても、怒る親がいないってのは問題だな」

 

 最初に動いたのはオキクムシだった。彼女は妖精たちの話に呆れて洞窟の奥へ向かったのだが、それを見たピクシーたちが態と追いかけて行ったのだ。過ぎた悪戯を戒めず、それどころか一緒になるモラルの外れた親子を何度も見てきたミノリは少しだけオキクムシに同情した。

 

「だけどまあ、今はありがたいよ」

 

 最後に少しだけ待つが他の悪魔は現れない。ミノリは四肢に力を入れ、ゆっくりと体を起こす。爛々と輝く目は我慢の限界を迎え、もはや血走っていた。

 

「マガツヒ! 」

 

 1匹の悪魔はそう呟くと、瞬く間に駆け出す。彼女に気が付いた悪魔たちは一瞬驚いて硬直するが、それも一瞬だけ。片方が慌てて打ち出した拳大の氷は、防御のためボクサーの様に前へ出した両腕をすり抜けて腹の左側に直撃した。ミノリは激痛に膝を折りそうになったが、歯軋りが聞こえるほどに歯を噛締めて耐える。

 

「身の丈に合った大きさにしろよ! 」

 

 走り続ける彼女は涙を溜めてそう怒鳴る。矛先は魔法を使った悪魔だけではない。小さなノッカーではなく、己の拳大ほどの氷塊を作れると想定しなかった自分へも向かった。左右に広がるうち、何もしていなかった左側のノッカーが動く。だが先に、氷結魔法を放ち動きが固まっている右側のノッカーを捕まえた。先伸ばした左手で、スカートの様になびく襤褸布の下側を。後から続く右手で、そこから覗く左足を。

 

「軽いけど、強い!? 」

 

 拘束を逃れようと空中で暴れるノッカーに驚きながらも決して両手は離さず、むしろ緊張から強く握りしめる。そのまま左側に控えるノッカーを振り向くのだが、同族に当たることを恐れたのか、彼は目を白黒させながら魔法を中断させていた。

 

「ジャッ! 」

 

 思いがけないチャンスに気合を入れるだけでなく、恰好を付ける意味もあった。ミノリはそう言うと左手を上に、右手を下に勢い良く動かす。次いで聞こえたのは手に持つ悪魔の絶叫だった。いくら言葉が通じなくても、これが痛みによることは彼女にも十分理解できた。襤褸布が裏返り、引っ張られた先で肉から剥がれたのだ。途中で抵抗が無くなり、左手がギュンと上に上がりきる。

 

「ははっ」

 

 笑いながら視線を動かした先には襤褸切れだけ。代わりに右手に掴む左足の方からの力が増す。続けて見た右手には血まみれで暴れ狂うノッカーがいた。そんな場合ではないのに利き手で掴んでいて良かったと安堵する。

 

「次! 」

 

 視線を正面へと向け、右手に持つノッカーを上に振り上げたのは同時であった。振り下ろす先はもちろん彼らの同族。だが勢いよく振り下ろそうとした先には誰もいなかったのだ。

 

「どこ!? 」

 

 慌てて辺りを見回して納得した。もう一体のノッカーは背中を見せて逃げ出していたのだ。追いかけられないことはないと思うが、今はそれよりも大事なことを優先する。

 

「お前も家族だ」

 

 彼女はタフな兵士たちがジョークを言う気持ちを、ほんの少しだけ理解してそう呟く。右手にいる頭上の悪魔は、自らの末路を悟ったのか一生懸命に暴れだす。躊躇は一切なかった。心の大部分を占めるのは、この戦いにおける相手への惜しみ無い称賛。どれだけ稚拙でどれだけ脆弱でも、そこには自分が失った弱肉強食という霊を磨く真摯な戦いがあり、いただきますという生命や神々への敬虔な感謝で溢れる。

 

 ミノリは右腕を振り悪魔を地面へと叩きつけた。だがマガツヒへと変化はしない。反動で持ち上がった腕をまた上げて、苔の生えた地面に振り下ろす。まだまだマガツヒへと変化はしない。抵抗が少なくなったノッカーを振り上げてゴツゴツとした岩肌と抱き合わせる。そこでプツリと手からの抵抗が無くなった。だが地面にはノッカーがまだ寝転んでいる。

 

「直ぐ楽にしてやる」

 

 死に損なう痛みと怖さを知ったからか、右手に握る取れた左足を一瞥し、無感情に投げ捨てる。辺りをさっと見渡し、邪魔が入らないことを確認すると痙攣しているノッカーへ向けて右足を上げた。

 

「ほんと、柔らかくなったなぁ・・・」

 

 今回は腰の高さで止めたのだが、それだけでも察せられる程明らかに向上した股関節の柔軟性に苦笑する。そのまま足裏に体重をかけノッカーへと落とすと、一瞬だけグニャリとした感触を感じたが、直ぐに地面の堅さへとぶつかり膝が衝撃を受け止めた。頭蓋骨のような強度は無かったと安心しつつ、足裏から広がる血の様に赤いマガツヒを体に取り込む。

 

「足りないか・・・」

 

 高揚しても何かに届かないもどかしさに落胆し、顔を上げてノッカーが逃げた先を見つめた。その方向は他の悪魔も向かった方角である。

 

「反省がある」

 

 恐らくブフと思われる氷結魔法がゲームエフェクトの様に、直接凍らす使われ方をされていたらと今更ながらに冷や汗が出る。

 

「敵のスキルや耐性なんていちいち覚えてないって」

 

 彼女は女神転生というゲームが好きではあったが、悪魔合体でスキルや耐性を厳選するほどコアではなかった。今までの経験から有用なスキルを引き継ぎ、ボス戦の度に元から耐性を持つ悪魔を用意する程度の準備しかしないタイプだったのだ。

 

「たぶん、アントリアだよな・・・ここ」

 

 自分に言い聞かせるように呟くと、これからのことを考える。既にシュバルツバース調査隊がいるのか、そもそも来るのか。悪魔である自分は受け入れられるのだろうか。人間とまで会話が出来なかったらどうするべきか。自分のいた世界にシュバルツバースが出来てしまったのか。現代はどうなったのか。

 

「この体がトイレに行くのか知らないけど、お腹痛くなってきたわ」

 

 そう泣き言を呟くと不意に悪魔達の騒がしい声が聞こえてきた。声の違いから間違いなく数体いることを察すると慌てて走り出す。目星をつけていた岩場に隠れ、また冷たく白い息を吐く。目の前に命の危機が迫り、凍り付いた大地が徐々に体力を奪っていく。そんな状況であるはずなのに、女は自分の口角が上がっていることに気付くことはなかった。

 

 

 

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