真・女神転生Ⅲ DEEP WONDERFUL JOURNEY   作:明日歩

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地の底よりあふれた希望のアントリア.4

 その日氷の洞窟は大きな衝撃に襲われた。そこかしこで崩落が起こり、美しい氷の柱が凍てつく様な白い煙を上げて砕け散って行く。その様子は一種の芸術であるが、この地に生きる悪魔達にとっては正しく地獄だ。彼らは悲鳴を上げながら逃げ惑い、運の無いものが岩の下敷きになる。

 

 そんな中で、1つの物体がモクモクと煙を上げていた。巨人でさえ見上げるほどの巨大な金属塊である。それは一部を除いて艶の無い白緑色で彩られており、人間どころか機械の目でさえ無機質に映る物だ。飛び散った氷の塊がそれに当たる度、ジュウっと音を立てて溶けて行く。

 

 見るからに危険な物へ近寄る者はまだいない。だが悪魔達は気付いていた。大地に亀裂を生み自らの生活圏を脅かしたこの人工物が、数多の脆弱な命を運んできたという事を。

 

 

****

 

 

「はぁっ、はぁっ・・・くっそ! また道が崩れてる」

 

 走り続けていたミノリは通い慣れた道の惨状に悪態を吐く。身体能力は人間時代と比べると異常なまでに上昇していたが、既に数度目の足止めにより息が上がっていた。

 

「ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ・・・間に合うのかよこれ」

 

 息を整えながら、自らの背中に張り付く髪を左手で鬱陶しく持ち上げる。火照った体に洞窟の冷たい空気が流れ込み、その気持ち良さに目を細めた。だが髪を留める道具が無い為、手を離した瞬間にまた張り付く。それに顔を顰めながら、崩落によって出来た新たな道を走り出す。

 

 異変直後まだ戦場エリアにいた彼女へ落石などの被害は一切無かった。それどころか地面が揺れた感覚すら無かったのだ。人知を超えた悪魔の力に慄くが、それはミノリ自身にも当て嵌まっていた。

 

「分かれ道・・・こっちか!」

 

 彼女は自信が感じる不思議な気配を頼りに、三叉路を迷わず右に進む。それはこの階層に戻ってから、これまでとは違う巨大な気配を感じ取れるようになった事が理由であった。

今まで屠って来た悪魔とも逃げに徹したオリアスとも違う、冷たく力強い金属の気配である。そしてその中から感じる微弱で脆弱な気配が人間ではないかと考えたミノリは、脇目も振らず走っていた。

 

「元凶である地母神達に感謝すべきなのはどうもね・・・」

 

 目指す先に纏わりつく地母の残滓は、他の悪魔達を未だに恐怖させている。お陰でミノリは移動を最優先にする事が出来たのだ。

 

「いた!」

 

 それから暫く走り続け、ようやく目的の物を見つけ出す。遠目からでもわかる圧倒的な大きさの船を見つけ驚くが、ゲームの画面越しではない本物の艦艇に心が躍る。

 

「ハッチが閉まってる? 間に合った!」

 

 実家のような安心感を何度となく与えてくれた船の腹部にあるハッチ。それが閉じられている事を寂しく思いつつも、出来る限り近づいて行く。まだまだ距離はあるが、電撃の影響か船体が見るからに高熱を持っており、目に見えない形でプラズマシールドが張られている可能性を考えて、ミノリは立ち止まり大声で叫ぶ。

 

「レッドスプライト、ブルージェット、聞こえますか! ゴア隊長、聞こえますか! 調査隊全員の命に関わる危険が迫っています!」

 

 AI達とゴア隊長に全てを話す。それは彼女がこの地に来てからずっと考えていた事だった。そもそもこの調査隊が全員エリートで構成されているのなら、下手な嘘を重ねても医学や心理学のエキスパート達と超高性能AIが直ぐに看破するであろう事は想像に難くない。

MK兵器を使われたら目も当てられないだろう。

 

「アーサーでもヴェルヌでも構いません、返事をしてください!」

 

 今の自分が悪魔であり、もし彼らとも言葉が通じなかったらという恐怖にミノリの声が震える。それどころか目に見えず聞こえないのではないかと不安で涙が滲む。

 

「誰でも良い、日本語がわかる方はいませんか!」

 

 諦めずに叫ぶ彼女の声が、空しく辺りへ反響した。沸々と湧き上がる無力感に、視線が下がり拳を握り締める。少し遠くから感じるもう1つの気配へ向かうべきか悩みながら、最後に1度だけと思い顔を上げた時だった。

 

『ハロー、アンノウン。私はアーサー』

 

 巨大な艦艇の外部スピーカーから響く無機質な声音にミノリは面喰う。いきなりの出来事に、軽く腰を抜かしたのだ。それは同時音声で英語が流れていた事へ気が付かないほどだった。

 

『貴女は、突然現れたであろう私達に対して対話を要求している様ですが、間違いないでしょうか?』

 

 アーサーからの言葉に理解が追い付いた瞬間、彼女の体を一気に熱が走る。

 

「間違いありません! この場所で私の知っている事を全てお話しします! その前に、他の艦艇とは連絡が取れますか? 恐らくブルージェット号が近くにいる筈です!」

 

 言葉の通じた喜びが、自然と彼女を早口にする。他者に飢え始めていたミノリにとって、会話出来るという事実は予想以上に心を震わせる体験であった。

 

 

****

 

 辺り一面に備え付けられたディスプレイが真っ赤に染まり、それらが示す様々な問題へ1人の男が何度も怒号を飛ばして対応していた。混乱がある程度収まると、全体が見渡せる様部屋の中央後ろ側に備え付けられていた自らの椅子に深く座る。

乗り越えたと確かな手応えを感じた肌の黒い男はそこでようやく一息を吐いた。

 

「アーサー負傷者について詳しく教えてくれ」

 

 未知の事態へ遭遇し最初こそ軽いパニックを起こしたクルー達だったが、今ではそれぞれがやるべき事を成している姿を見て自然と頬が緩む。だからこそ自らの役割を考え、この調査隊で最も頼りになる部下に指示を出した。

 

『了解しました、ゴア隊長。医療班からの報告です。衝撃で負傷したクルーですが、死者はありません。殆どが軽症者ですが未だに意識不明の者たちが数名見受けられます。初期の報告にありました機材の下敷きになる等で発生した重傷者は既に医療用ポッドで治療が開始されており最も遅い者が6時間ほどで復帰可能です』

 

 ゴアは椅子に備え付けられた手元のコンソールから淡々とした電子音の報告を聞くと、右手で軽く顎を触りながら思考し、左手の人差し指で肘掛けを軽く叩く。

 

「わかった。意識不明者と医療ポッドに入った者たちのリストを班ごとに表示してくれ。ポッドの者たちは復帰までの時間も頼む」

 

『了解しました』

 

 彼の指示に対して電子音はすかさず返答をすると、自らの言葉が終わらないうちに男のコンソールへと一覧を表示した。ゴアは被害者数が予想よりも圧倒的に少ない事に胸を撫で下ろし、部下からもたらされた新たな報告を聞いて行く。

 

「アーサー、調査隊はバラバラになったが、私はこのミッションが必ず成功すると考えている。その根拠はこの被害状況だ」

 

『ええゴア隊長、私も同意見です。突入前に貴方が全艦に指示されたプラズマシールドの出力上昇と、当艦の被害状況を鑑みるに他の艦が無事である可能性は高いと思われます』

 

 ゴアはその返答に頷くと、先ほどの報告にあったブルージェット号に対しての合流プランを考えだした。

 

「ゴア隊長、先ほどの生体反応ですがやはりこちらに向かってきます! かなりの速さです!」

 

 作戦司令室で周辺の警戒を任されていた男性クルーからの報告に、部屋が騒然となる。

 

「落ち着け! 観測班、生体反応の本艦到達時間を割り出せ! 動力班、制御系統とエンジン・リアクターの最終チェックはまだか!」

 

『こちら動力班、エンジンは終了しました! 制御系統については最終命令コマンドを入力済みです! あと2分下さい!』

 

 彼は次から次へと訪れる案件に辟易しながらも、指示を飛ばす。

 

『訂正、艦内の余剰処理能力を動力班に割り当てました。残り4秒で命令コマンドの処理を終了します』

 

 アーサーの判断により手元のコンソールに表示された時間が一気に進む。

 

「隊長、生体反応の本艦到達まで約3分です!」

 

『こちら動力班、最終チェック完了しました! 問題ありません!』

 

 報告を聞いた者達の焦りを含んだ瞳がゴアに集まる。彼はコンソールに目を走らせ、上がって来たデータを読む。

 

「プラズマシールド起動! 総員、第二種戦闘配置! 何が起こるかわからん、各員不測の事態に備えよ!」

 

 いくら次世代装備とはいえ、突入時のダメージは決して無視できるものではなく、そこへ狙ったかの様に現れた生体反応に嫌な汗が出る。元々無人観測機が明らかに事故以外で破壊された形跡が有り、送られてきた映像に1体だけとはいえ人型の生命体が映っていた事から未知との遭遇は事前に想定されていた。

全員が緊張した面持ちでデモニカスーツのヘルメットを被る。

 

「目標カメラに捉えます!」

 

「メインモニターに出せ!」

 

 全員が今か今かと固唾を呑む中で響く観測班の報告へ、ゴアは直ぐに応える。

 

「おいあれって!」

 

「ジェーン・ドゥ!?」

 

「信じられない、本当にモンゴロイドの女がいた・・・」

 

「何でこんな大気の中で生きていられるんだよ」

 

「おい、こっちに真っ直ぐ来るぞ!」

 

「全員安心しろ、本艦はプラズマシールドを稼働中だ。待機中の機動班へ映像を送れ」

 

 ゴアはゆっくりと、しかし力強い言葉で慌てるクルー達に指示を出す。それが功を奏したのか、作戦司令室の面々は落ち着きを取り戻した。

 

「機動班、映像は見ているな? 我々調査隊に課せられた任務の1つであるジェーン・ドゥが現在本艦へ向かっている。こちらから接触を行うつもりだが、反応次第では君たちの出番になる。よろしく頼むぞ」

 

『了解!』

 

 復唱は少し硬かったが、声音から感じる士気の高さに頷く。それから暫くしてジェーン・ドゥと呼ばれた女は減速し、レッドスプライト号の約200m手前で止まった。

 

「これより私がジェーン・ドゥに呼びかけを行う。」

 

 作戦司令室に緊張が走る。

 

「さて、何が出るかな・・・」

 

 ゴアがそう呟き、デモニカのマイクをレッドスプライト号の外部スピーカーへ繋げようとした時だった。

 

『レッドスプライト、ブルージェット、聞こえますか! ゴア隊長、聞こえますか! 調査隊全員の命に関わる危険が迫っています!』

 

 対話の為に起動していた外部マイクがその音を拾う。作戦司令室に走ったのは衝撃だった。

 

『喋ったぞ!』

 

『ちょっと待って、今のって日本語じゃない・・・危険ですって?』

 

『間違いない、デモニカとレッドスプライトの翻訳ソフトが日本語から英語に変換している』

 

『何で向こうはこっちの事を知っているんだ!? 民間には一切情報を開示していない軍事機密だぞ!』

 

『シュバルツバース自体が常識外れだって突入時に思い知ったつもりだったが・・・』

 

 デモニカの通信を使い隊員たちが軽口と共に次々と情報を交換する。

 

「アーサー、再確認するが彼女は消失した南極の観測員である可能性と探査機の生き残りだった可能性は?」

 

『いいえ、あり得ません。国連からの情報では彼女に合致する観測員はおらず、秘密裏に行われた有人探査機のメンバーは全員死亡が確認されています。また、世界中の人物を検索しましたが合致者がいなかった事から、国連では先進国の人間ではないだろうとの見解でした』

 

 デモニカの秘密通信を使用したゴアの問い掛けに、アーサーはすかさず答える。幹部メンバー以外には伏せられたが、探査機の中には有人の物もあった。

だが受信できた映像で搭乗者が壁のプラズマに焼かれたりなど、全員死亡した事からそのメンバーではない事が確認されている。

 

「送った探査機にこちらの身元を特定できるものは?」

 

『一切ありません。そもそも我々の人選は探査機の派遣段階ではまだ選考段階であり、ゴア隊長を特定する事は不可能です』

 

 この場に来てまで自分に秘匿しているわけではない事を確認した彼は、またジェーンの出方を窺う。

 

「アーサーでもヴェルヌでも構いません、返事をしてください!」

 

 今度は目に見える形で作戦司令室の隊員たちが動揺した。調査隊の艦名を知っていた事も異常ではあるが、それらに搭載された擬似人格タイプの管理プログラムは未だに創作の産物とされており、完成品であるアーサーたちはトップレベルの軍事機密である。

艦名と搭載AI、更には組み合わせも含め一般人では決して知りえぬ事を知っていたジェーンに対して、彼らは薄ら寒いものを感じていた。

 

「誰でも良い、日本語がわかる方はいませんか!」

 

 絞り出すようなその言葉に明確な人の意志を感じたゴアは椅子から立ち上がる。元々大国の将校であった彼は、政治という魑魅魍魎たちと戦うことが仕事であった。

謀略や荒事などと、生易しい言葉では表せない修羅場も多々潜っている。そんなゴアからすれば、彼女は素直過ぎて軍人でも政治家でも研究者でもないという確信があったのだ。

 

「機動班、直ちに日本人を含めた腕利きを数名出してくれ。私が直接行こう」

 

 決意を秘めた言葉に全員が驚いた。危険性を説く声が多数上がるが、彼はそれを片手で制した。

 

「君たちの言いたい事はわかるとも、だが私も指揮官として現状を知らなくてはいけない。みんな安心してくれ私とて現役の軍人だし、機動班の精鋭が守ってくれる。デモニカがあるから通信も可能だ」

 

 自信の満ちた言葉にクルー達は不承不承と頷く。

 

「アーサー、予定変更だ。彼女に呼びかけを行ってくれ。私は降車デッキへ向かう」

 

『了解』

 

 ゴアはそう言うと作戦司令室を出る。それから丁度10秒が過ぎた時、

 

『ハロー、アンノウン。私はアーサー』

 

人類の希望達と奇妙な女悪魔の対話が実現した。

 

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