真・女神転生Ⅲ DEEP WONDERFUL JOURNEY 作:明日歩
寒々とした洞窟は恐ろしいほどに無音であった。
落ちてきた鉄塊の駆動音と、それを見上げる女悪魔の息遣いだけが辺りに響く。
(大丈夫、日本語は通じていた。何のための接客経験だ、今生かせ)
ミノリはバクバクと鳴る心臓の痛みで顔を顰めそうになる。
先ほどから手足は震え、悪魔と戦うよりも緊張している自分をどこまでも情けないと侮蔑した。
この地に来て多少は強くなったと思っていた所にフィジカル面でオニへ惨敗し、今度はメンタル面が全然追い付いていない事を叩き付けられたのだ。
そう考えると要所で誘導されていたとは言え、10代の高校生であった本物の人修羅が如何に才能の塊であったのかと嫉妬する。
同じ力、もしくは非常に近い力を持ちながら、子供に出来た事を出来ない自分にどんどんと嫌気が差す。
そんな時であった、船の腹部が開かれたのは。
そこから現れた者たちを見て、彼女は総毛立つ。人数は6人で、全員が緑色をベースとしたスリムな宇宙服を着ており、胸や肩に金色のアーマーを装着していた。
機能性を追求したのであろうアーマーには、胸の部分に多くのポーチが備え付けられている。
アーマーからは1本の紐が伸びており、その先に大きなライフルが繋げられている事から間違いなく一般のアウトドア向けではない。
5人が大きなライフルを胸の前に抱えており銃口は向けられていないが、気が変われば機械よりも早く狙いを付けられる事は、彼らが纏う雰囲気から直ぐにわかった。
1番特徴的なのは間違いなくヘルメットだ。
頭頂部から侍の様に平たい円盤が伸びており、口元にはガスマスクの様な膨らみ、両耳の辺りは用途不明の棒が備え付けられているが、あまりにも未来的過ぎて真っ先に連想したのはテレビのアンテナである。
しかしそんなふざけた考えは、血の様な輝きを備える瞳に霧散した。
真っ赤に染まる目は明確な警戒色であり、この威嚇を無視したものたちは大半が悲惨な末路を辿っている。
画面の向こうからとは言え辿らせた本人であるミノリは、彼らと相対する事によってどれほど危険な生き物であるかを理解して頬を引き攣らせた。
「待たせてしまって申し訳ない、私はゴア。もう知っているようだが、後ろに控えるレッドスプライト号の艦長をしている者だ」
唯一武装をしていない、中央に立っていたデモニカのスピーカーが震える。
「は、初めまして、私はサトウミノリと言います。この姿では信じて頂けないでしょうが、日本の民間人です」
いきなり予想以上の大物が出て来た事に強い驚きを感じ、ミノリは焦りながら自己紹介をした。
「・・・すまない、一応日本語を修めてはいるのだが母国語ではない為に翻訳機とネイティブの隊員に確認をしてもらっている。どうしても会話の反応が悪くなるのは許してほしい。」
彼女の言葉に遅れて反応する姿を訝しんでいると、距離はあるが正面のデモニカからまた声が響く。
「ええ、わかりました。今は言葉が通じるだけでも十分です。そちらの指示に従います」
ミノリは人間が相手であるという安心からか何も考えずに頷いたが、待ち時間の中で彼が大国の将校であるという設定を思い出す。
現代にいた時は恐らくアメリカだろうと考えていたが、この世界が現実となった今、軍人の高級官僚が同盟国である日本語程度を理解できないのだろうかと疑問を感じた。
だが、そもそも彼女に敵対する意思が今の所一切無い事からその考えを振り払う。
「・・・ありがとう。本来であれば船の中で色々と話を伺いたいのだが、その前にいくつか質問をさせて頂いても良いかね?」
お互いの一挙手一投足を見逃さまいとしているピリピリとした空気の中、ミノリは彼に対して尊敬を抱き始めていた。
どうしても武装した5人を意識する為、全く動じず紳士的に対応するゴアに対し、自然と安心を感じていたからだ。
「私自身この姿になった事とこの地で生活していた事から、どの様な病原菌を持っているか見当もつきません」
ミノリは明らかな役者の違いに苦笑し、心の中で白旗を振りながらそう言うと、彼らの後ろに控えるレッドスプライト号を見上げる。
隊員たちはその姿に軍艦や施設を解放した時の民間人に近いものを感じ、次の言葉を待つ。
「ですが、心の底から未来の船に乗ってみたいと思っていますので、信頼して頂ける様どんな質問でも正直に答えます」
視線をゴアへと戻し、微笑みながらそう答える。
「・・・お互いに有効な関係を築けそうで助かる」
頷きながら発せられたゴアの声音から今までと違う多少の柔らかさを感じ、ミノリは貴重な1歩が踏み出せたのだと理解した。
「では早速聞きたいのだが、先ほど言っていた我々に迫っている命に関わる危険について掻い摘んで教えてくれないかね?」
ほんの少しだけではあるが、調査隊の面々からの圧が和らぐ。
ミノリは絶対に信じてもらえない事を確信しながらも、決して茶化さず真面目な顔で口を開いた。
「ここは人間に害をなす、悪魔と呼ばれる生物が跋扈しています」
「・・・・・・悪魔?」
聞き間違いや翻訳機の故障を疑ったのか、まだまだ距離があるとはいえ正面に立つゴアの反応が明らかに悪い。
彼の周りを固める屈強な隊員たちの視線が、デモニカ越しでもわかるほどに訝しんだ。
「はい、この悪魔とは人間を超越する力を持った存在の総称ですが、その姿は我々人間が信仰する宗教上のものにッ――――――!?」
説明を始めたミノリの視界が真っ白に染まる。次いで感じたのは激しい頭痛であった。まるで頭の中を直接かき混ぜられているのではないかと疑う衝撃に彼女は膝を折り、自らの手で砕くほどに頭を抱えた。
「うあああああああああああああああああっ!!」
耐えきれない痛みは、最早本能というレベルで絶叫を促す。
「下がってください!」
『全員辺りを警戒しろ!』
隊員の1人がゴアを守るように立ち、ゴアはデモニカの緊急通信を使い即座に指示を出す。
『攻撃なのか!?』
『何も見えなかったぞ!!』
1人がミノリへと銃口を油断なく向けながら叫ぶ。
残りの者が盾になりながらも辺りへスキャンを開始するが、デモニカに表示は一切無い。
「いったい何だというのだ・・・」
ゴアは、地面に蹲りながら叫ぶミノリを見ながら呟く。
彼自身会話で異常は全く感じられず、通訳のふりをして医療班から確認を取っていたのだが、そちらでも不審な動きは検知できなかった。
『ゴア隊長、間もなく機動班が出動します』
アーサーの情報にゴアは頷き、護衛の隊員達と共に船へ戻ろうとする。
『わかった。アーサー、君の方で敵影・・・悪魔を検知できたか?』
『いいえ、こちらのセンサーでは異常を一切感知して――――緊急事態発生、緊急事態発生。何者かによる当艦へのハッキングを検知しました』
デモニカに響き渡る警報音に調査隊の面々が硬直する。
『システムの強制終了まで、5、4、3―――』
『総員第一種戦闘配置、襲撃に備えろ!!』
殆どの者が事態への理解こそ追い付いたものの行動を起こせなかった。
そんな中でアーサーのカウントダウンが終わらぬ内にゴアが叫ぶ。
『1、0、システムを終了します』
硬直した全てのクルーが慌しく駆け出したのは、奇しくもアーサーのダウンと同時であった。
****
急に現れた清浄で厳かで真っ白な空間は彼女に堪え切れない頭痛をもたらした。
『堕ちた天使の人形とはな』
無様に地面へのた打ち回るミノリの頭へ、蔑視に満ち満ちた老人の声が響く。
『人間でありながら、既にこの地へ馴染んでいるとは・・・その汚らわしさはあの堕天使譲りか』
新たなしわがれた声に籠るのは途轍もない落胆。
『ふん、新たな悪魔を作ろうが、所詮は魔人よ。産み落とすものが命ではなく死だけとは、地母神に相応しいな』
年老いた声から感じられるのは明確な侮蔑。
「っあぁぅっ・・・好き放題言いやがってペテン師共がッ!」
ミノリは頭を蝕む激痛に倒れ、我を忘れながらも何故かすっきりと理解できる言葉に怒りを示した。
悪魔となってからも心のどこかで縋っていた存在に拒絶された事実で、彼女の頬を涙が伝う。
「共存の道を選べない狭量の象徴であるお前らが、こうなる前の俺1人救えないお前らが、人の生き様を否定するな!」
込められていたのは恨みだ。何故助けてくれなかったのかと、何故自分は報われなかったのかと、胸へ走る鋭い痛みに顔を顰める。
顔を上げた先にいるのは卓を囲み、椅子に座った3人の老人たちであった。こちらには視線すら向けずにお茶を楽しんでいる。
『はっはっはっ、弱さの象徴たる人間が良く吠えるものだ』
中央から聞こえるのは歯牙にもかけないという絶対的な強者の圧。
『今までお前が、事あるごとに願い縋ってきたのは我々だぞ?』
左の老人は苦笑しながら紅茶の香りを楽しむ。
『受験、試験、就職、転職・・・ほら、また助けを求めないのか? 共に行ってやろう」
右の老人は考える様に頷き、諭す様な優しい声で言う。
3人はミノリの事を一切見ていないにもかかわらず、彼女の下腹部に住まう悪魔は怯え、畏縮する。
その効果は劇的であった。力もうとする意志に反し、まるで腹を下したかの様に全身の力が抜けた。
『我々が手を下すまでもない。人に寄り添おうとする以上、この地で何らかの役には立つだろうよ』
『さあ、早く戻るがいい』
『確かにお前は魔に堕ちた。だが千年王国の建国に協力するのであれば、また我らと共に生きられるかもしれんぞ?』
力が抜けきり、下腹部を抑えながら地面へと横たわる彼女へ、老人たちからの言葉が贈られる。
彼らの言葉を聞き意識が遠のくミノリであったが、1つの記憶を思い出し、その内容があまりにもストンと胸に落ちた事が可笑しくて微笑む。
ああ、家畜に神はいないのだと。
****
目を覚ました時、彼女の視線には横たわったいつもの洞窟が広がっていた。思うところがあるとすれば、悪魔の群れが迫ってきている事である。
相方は完全に怯え切ってしまい、体には未だ力が入らない。
聞こえてくるのはドタドタと慌てた重い足音と、人生で初めて聞く生の銃声。
『なあ、あいつらは何度も悪魔に足を掬われて来たんだよな?』
頭痛の無くなったミノリは穏やかな声で相方に問いかける。
腹に返って来たのは、戸惑いながらもそうだと言う、自らの陣営や力を誇るような強い意志。
『あのペテン師共が俺を見てくれたことが1度もない事は、何となくだけど理解できた』
遠目ではあるが、自らの視界に映るタンガタ・マヌが一瞬でハチの巣になり、隊員たちの怒声と悪魔の唸り声が辺りを震わせる。
『俺はあの3人を見返したい。力を貸してくれないか?』
彼女の優しい問い掛けに、力の源は全力でそれを拒絶する。
無理だ、死んでしまうぞと。
『俺は今まで多くの人に助けられたし、その分多くの人に協力してきた。悪魔になってからもお前に何度も助けてもらったと思ってる。頼むよ、協力して――ぐぅっ』
言い終わらぬ内に下腹部から激痛が走る。
「お前!?」
ミノリは自らの四肢へ、体内から何かが這い回る感触に驚き身震いする。拒絶を示したマガタマは、彼女の体を内から乗っ取ろうと触手を伸ばしたのだ。
「・・・そっちがそのつもりなら!」
葛藤があった。出会いは兎も角、共に生きたのは事実だからだ。
しかし、ただ生きたいと望むだけのマガタマと、強くなって見返したいと望むミノリの間で決定的な違いが生まれる。
彼女は自分でも驚くほど無感情に両手を下腹部へ添えると、全身のマガツヒの流れを感じた。
「この体になってお互いにまだ短い。競争といこう」
ミノリの全身を赤いエネルギーが覆う。
マガタマは体内へと伸ばした触手が逆に絡め捕られ、何をされるのかを感じ取ったのか一生懸命に暴れ回る。
『ミノリ、何をやっている!?』
悪魔と戦う中で、異常に気が付いたゴアの驚く声が辺りを震わせるが、彼女は止まる事無く全身のマガツヒを操った。
下腹部のマガタマは自分へ力の供給が無くなった事で愕然となるが、この生物にとって不幸はその先であった。
自らの持つマガツヒを奪われ始めたのである。
「短い間だったけど、今までありがとう。この力は、俺が大事に使わせてもらうよ」
彼女は命を吸われ虫の息であるマガタマへ向かい、惜しみない感謝の念を伝える。
腹部へ帰って来たのは、怨嗟に満ち満ちた負の感情の嵐であった。
「言われ飽きたね」
くつくつと忍び笑い、そう喉を震わせた彼女は今までの悪魔達と同様に、躊躇なくマガタマの息の根を止める。
死んだマガタマから溢れた大量のマガツヒを吸収した彼女に、倦怠感などの異常は一切ない。
ゆっくりと立ち上がった先には戦闘中である調査隊の面々がおり、一部はミノリへ銃口を向けていた。
「大丈夫です、私も悪魔と戦いますので撃たないでください!」
困惑する彼らの返事を待たず、後ろに迫っていたディブクを振り返りながら右手で殴る。
「おのれ、ニンゲンめ・・・」
悪霊は悔し気にそう言い残しながら霧散し、ミノリは無造作にマガツヒを取り込む。
こちらへ向かって銃弾が飛んでこない事を確認した彼女は次へ向かい走り出した。
「これは・・・ピンはねされてたかな?」
明らかな効率の良い吸収にミノリは苦笑する。
だが爛々と光る金色の瞳に悲しみはなく、やっと生まれた目標の為、まずは生き残るという強い意志を秘めていた。