さて、少しばかり時間を巻き戻そうーーーー
佐藤巧からおすすめの本について質問されて、ついつい自分の趣味100%で会話をしてしまってから数分後、私は再びエントランスまで戻っていた。
視界に表示された通知欄には、アンジーさんから一つだけ——「休日出勤よ」とだけ書かれていた。
「さて、と……アンジーさん、流石にこれは冗談ですよね?」
「あなたがそう思いたいならそうすればいいわ、蛇鴉。もっとも、現実は変わらないけどね」
……どうやら、彼女は本気のようだ。それも、本気と書いて
確かに、一昨昨年とかは休日返上どころか一日に
だがしかし、それとこれとは話が別である。上司直々に休暇を言い渡され、しかもその前の仕事の対象だったあのクソ野郎は、今までで五本の指に入るぐらいには酷い相手だったのだ。
この土日でそれらの疲れを吹き飛ばそう——と思っていた矢先にこれである。
「まぁ、任務は大体予想が付きますが……佐藤巧の尾行、ですよね?」
「ええ、その通りよ。だけど安心して。こんなこともあろうかと、組織の人からちゃんと装備が支給されているわ」
「おお、相変わらず彼らは用意周到ですね。で、今回はどんなビックリドッキリメカが?」
「そのネタ古いわよ……えーと、これよ」
そう言って彼女が取り出した物は、一見するとただのコートにしか見えない……しかし内側に独特な模様が刻まれていた。文字で表すならズバリ『回=回』という感じだ。
「他者からの認識を歪めて、装着者の存在そのものを欺く。その名もズバリ——」
「『遮眼大師』……ですよね?」
決め台詞を私に奪われ、アンジーさんは一瞬固まる……が、即座に元に戻った。
「……ん、ぅん! えぇ、その通りよ。相変わらず、あの変人達と似たようなネーミングセンスよねあなた……」
「いやいや、アンジーさんの直訳ネーミングには負けますよ……って、そんな風に睨まないでくださいよ。子供に嫌われますよ?」
「貴方ねぇ……まぁ良いわ。要はこれを着て尾行するだけの簡単な仕事よ。期待してるわ」
……とまぁ、こんな感じの会話を交わしてから、私は例のコートを着て今まで佐藤を尾行していた訳だ。
——佐藤はバイクに乗ってたのに、だって? なに、簡単なことだ。
さて、この程度の人数ならその気になれば
私の使っているタイプは初期に作られた物なのであの重さなのだが……もし100kg近い重さの物体が足裏程度の面積で天井に乗っかったら?
答えは実にシンプルだ。天井に大きな穴が空く。
まぁ要するに、
これらに加えて休日出勤だ。そりゃ誰だって最悪の気分になるだろう。
……よし、一旦気持ちを切り替えよう。体は炎の如く熱く、されど頭は液体窒素の如く冷静に……私の師匠の教えだ。
幸いなことに、相手の男達は突如現れた私を必要以上に警戒してくれている。その間に深呼吸して体を整える。
「茶髪くん、君はそこの少年を連れて逃げたまえ。私がこの男達を相手しよう」
「はいわかりました——なんて言えるかよこの野郎! 男ってのはなぁ、こういう時に尻尾巻いて逃げちゃいけないんだよ! 蛇烏、そのでかいコートの中に何か仕込んであるだろ? それ貸せ!」
佐藤はそう言い返してくる。……彼も曲がりなりに裏社会の人間なので、足を引っ張らない程度には戦えるだろう。
「……ふむ、確かに体付きは悪くないようだな。よし、君の言葉を信じよう」
そう言って私は、コートに入っていた
「使い方は知ってるか?」
「あ、ああ。何となくだけど……というか珍しい武器だな。あと、あんた武器は——」
「ごちゃごちゃごちゃごちゃずっと喋ってんじゃあねぇ!!」
「な!? おい、待ちやが——」
痺れを切らした相手の一人が、仲間の警告を振り切って襲いかかってきた。持っている警棒は本来の規格より少し長く大体80cm……どっかの誰かが作った特注品だろう。
攻撃の速さ、正確さ、予想される威力、どれも申し分ない物に思える……もっとも、
相手の腕を掴んで動きを止め、その手に握った警棒を奪い取ってから背負い投げをする。
地面に落ちる音を聞きながら、警棒を短くして雑巾絞りの要領で軽く捻る。すると、警棒は紙粘土のように易々とねじ曲がってしまった。
「何故武器を使わないか、だったかな茶髪くん。答えは至極単純さ——私は武器を使わない方が強い。ただ、それだけだ」
私の怪力に恐れをなしたのか、警棒をもった男達が2、3歩後ずさる。……さて、反撃開始と行こうか。
キリが良いので一旦ここまで。次回は本格的な戦闘からです。
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一番わかりやすいのは宇野の使っている『
彼以外の同業者は軽量化した最新型を使っている。……尚、それでもゆうに30kgを超える模様。
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