放り投げられた男、ねじ曲げられた警棒、怯える他の奴ら——それを見つめるオレは、一周回って頭が冷静になっていた。
よくよく考えれば、昨日の時点からおかしかったんだ。蛇鴉は
実際は、そんな物は使われてなかった訳だ。恐らく、あいつは今までの『仕事』の大半を素手でこなして来たんだろう。
そのせいで蛇鴉は恐れられていたということを、オレは今更ながら理解した。
冴えた頭のまま、一夏君を襲っていた奴らを改めて眺めてみる。
放り投げられたやつを含めて八人。その内六人は警棒を構えていて、銀行強盗がつけていることが多い目出し帽を装着している。
また、彼らとは違い後ろで眺めている奴らが二人。片方はピンク色の髪のノッポで、オレが一夏君を助けに来た時にクライアントがなんちゃら〜、と言ってた奴。
もう一人は濃紺色の髪の巨漢で、両腕が丸太ほどの太さがある、見るからにパワータイプな奴。
一見正反対な二人だが、身に付けている仮面のデザインは同じ物に見える。
丸いボタンのような赤い眼、耳の横まである釣り上がった口、銀杏を真っ黒にして繋ぎ目部分を正面から見たような造形……『リアル鬼ごっこ』とかいう映画の鬼が付けていた仮面とそっくりだ。
観察している間に、覆面どもも落ち着いたようだ。オレ達を見つめ、ジリジリとにじり寄ってくる。
「俺とお前の二人であのノッポを抑える。残りはイガグリ野郎を倒せ」
「「「了解」」」
軽く会話を交わしてから、巨漢の方が覆面二人と一緒に蛇鴉の方へ向かい、残りの三人は俺の方へ対処しに来た。
「なあ、あんた馬鹿かい?」
「……なんだ?」
敵の一人が話しかけてくる。目出し帽から覗く眼は、嫌な感じの光を宿している。
「あのガキを俺らみたいなのから庇うなんて、正義の味方気取りかい? はは、こりゃ傑作だ」
「……何が面白いんだ?」
「あー? ワカンねぇのか?」
ついでにもう一人話しかけてきた。……
「誰かを助ける、なんつーのはど阿呆の極みってことだよぉ!!」
そう言いながら、最後の男が蛙のように飛び上がりながら襲いかかってきた。
小柄な男が振るう警棒の動きに合わせ、当たる寸前にトンファーで弾く。意図していたものと異なる場所で攻撃を受け止められたせいで、相手の動きが止まって警棒が地面に落ちる。
起き上がろうとしている間に、上段からトンファーによる回転を加えた振り下ろしを頭に叩き込む。確かな手応えとともに、小柄な男は気を失って再び倒れた。
「な……て、てメェ! それはある程度しか使えなイんじゃ……」
オレの技量に驚きながらも、残りの二人が同時に襲いかかってくる。胴体への振りはステップで避け、頭狙いの振りや突きはトンファーの弾きで対応する。
「あぁ、確かに
そこまで言ってから、薬物野郎の顎へトンファーでアッパーをかまし、最後に残った嫌な目の男には回転を加えた
「——こんな世の中だからこそ、誰かを助けることは人として当然だろ?」
「す、凄い……」
襲われていた僕を助けてくれた二人と、襲ってきた人達との戦い。四倍の差があるはずの襲撃者達が押されているのは、とてもじゃないが現実とは思えない。
トンファー一つで三人と戦えている佐藤さんも大概だけど、もう一人の仮面の男——佐藤さんいわく『ヘビカラス』という名前の人はもっと滅茶苦茶だ。
覆面二人の警棒は素手で受け流して、巨漢の攻撃は最低限の動きで避けている。一番凄かったのは、突如として
巨漢が戸惑っていると、彼の後ろにヘビカラスが突然姿を現した。そのまま彼の頭に踵落としを食らわせようとしたが、どうやら巨漢も只者ではないようだ。
振り下ろされた踵を巨大な両手で掴み、そのまま放り投げた! ヘビカラスはそのまま地面に落ちるかと思いきや、受け身を取って即座に立ち上がった。
……千冬姉さん然り、
戦いが終わりかけたその時突然、遠い目をしながら考えている僕や、戦っている彼らを明るい光が照らした。あまりの眩しさに、ヘビカラスと変な仮面の二人以外は手で目を庇ってしまう程だ。
同時に聞こえたエンジン音と、だんだん近づいてくるタイヤの音。——霞む目で周りを確認してみると、最初に警棒を奪われたやつがいない。
まさか、僕らごと車で轢き殺すつもりなのだろうか。
「あの馬鹿来やがった!?」
「なんてことだ〜、もう助からないゾ〜」
「目が、目がぁ!? 目が~……!?」
当たり前の反応をする巨漢に対し、ピンク髪はあまり緊張してない様に思える。あと佐藤さんはム○カみたいになってる。
さらに近づいてくる走行音に、僕は半ばヤケクソになっていた。あぁ、せめて最後に姉さんに会いたかったな——
そんな中、突如光が遮られた。そこに立っていたのは——ヘビカラスさんだった。
どんどん勢いを増す車に対して、この人は全く恐れを抱いていないようだ。そうじゃなきゃ、ポケットに両手を突っ込める筈がない。
遂に、車が彼のすぐ手前までやって来た。数秒あれば彼をミンチに出来るであろう車に対し、ヘビカラスは徐に片足を上げた。
特に力を加えるわけでもなく、軽く足を車のボンネットに当てる。——ただそれだけで、僕らを轢き殺せた筈の車は簡単に止まってしまった。
「ウッソだろアイツ……本当に人間か……?」
「なるほどねぇ……そりゃ
「目が、目が……ってアレ? いつの間にか車止まってる——って蛇鴉ぅ!?」
三者三様の反応を見せながら、ピンクの男は止まった車の運転席の横までゆっくりと歩いていく。
ポケットからオレンジ色のハンマーの様な物を取り出して、車のガラスを殴る。すると、ガラスは簡単に割れてしまい、中にいた運転手を彼は引っ張り出す。
「ねぇ、君さぁ……勝手に突っ走って投げられて、そのまま気絶してたと思ったら車で全員殺そうとするとかさぁ——ふざけすぎじゃない?」
さっきまでの飄々とした態度から一変、感情を読み取れない声色のまま覆面の男に語りかける。不気味さのあまり、僕だけでなく佐藤さんやヘビさんも彼から距離を取る。
「だ、だってよ、あんな風に目の前でだらだら喋られてたら——」
ボキリ、と覆面の男の手首が折られる。それを行ったピンク髪は、これまた感情の籠らない声で話す。
「そんなくだらないことで、かい? 全く、呆れるね」
そこまで言い終わった瞬間、彼は覆面の男の首を180°捻った。それを見た瞬間、佐藤さんとヘビさんは再び臨戦態勢になる。——しかし、彼らはこちらの予想とは全く違う行動をした。
「リク、集め終わったかい?」
「あぁ、五人全員息がある。今回ばっかはアイツらの優しさに感謝だな、クウ」
「本当に、その通りだね」
簡単な会話を交わした二人の仮面の男達は、こちらを一瞥してヘビさんに話しかける。
「蛇鴉、オメェが誰も殺さなかったことに感謝するよ」
「……勘違いするな。私はただ、死体の処理が面倒だっただけだ」
「ははは、素直じゃないんだねぇ」
短い会話を交わした瞬間、彼らは跡形も無く消えた。残ったのは、蹴りで止められた車だけだった。
「ウェ!? き、きえ、消えたぁ!? どこ、なぁどこ行ったんだよアイツらあの人数で!?」
「……
テンション高めで戸惑う佐藤さんと、極めて冷静なヘビカラスさん。そんな二人を見ながら、ようやく危機が去った事に安堵して一息つく。
「さて、少年。怪我はしているかい?」
「あ、いや平気です。後、その……」
「あぁ、礼には及ばないよ。……………いや、一つだけお願いしたいことがあるな」
呟いたヘビカラスさんは、佐藤さんを呼び寄せて歪なT字の棒を受け取ってから、改まった様子で話し始める。
「さっきまでの出来事は、できる限り秘密にしてもらいたい。友人や上司に質問されても絶対に話さないでくれたまえ」
「……へ? そんな事か? オレは一応問題ないが……一夏君はどうだ?」
「……もしも姉さんに喋ったら——」
「一足お先にさっきの車の男の仲間入りだ……と言いたい所だが、止めておこう。私は
「……わかりました」
ヘビカラスさんは僕の返答に満足したのか、近くの家の屋根へと音もなく飛び乗り、そのまま夜の闇へと消えていった。
「……なんか、凄い人でしたね」
「あぁ、本当に凄えよ、あの人は。ところで一夏君、折角だからバイクで家の近くまで送って行ってやろうか? 買った時におまけでヘルメットもらってるんでよ」
「なんでおまけでヘルメットを……? ま、まぁ、それじゃあお言葉に甘えさせてもらいますね」
そうして、僕は佐野さんのバイクに乗せてもらって家の近くまで連れて行ってもらった。
……さぁ、あとは頑張れ
・MUST–001
宇野が装着している仮面。今でこそ烏と蝙蝠を足したデザインであるが——それ以前は『黒くてメカメカしいスケキヨマスク』といった感じだった
使われた特殊技術はハイパーセンサー。それ故に覗き穴がなくとも普段と同じ視界を確保可能であり、通常のスタングレネードや閃光弾の影響を受けにくくなっている
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