「ここは……」
いつの間にか寝ていたらしい。見上げれば板のようなものが見える。少なくとも、外ではないらしい。
「布団?」
上半身を起こすのと同時に掛けられていたものが落ちる。使い古されているようではあるが長年使われていなかったような代物ではないらしい。かび臭いとか生地が傷んでいるとかそういうのはなかったのだ。
「助けられた、のか」
独り言を呟き、辺りを見回してみる。殺風景ではあるが破損・損傷している部分は見当たらず、人が確かに使っているような雰囲気を感じる。
わからないことだらけだが、一息はつけるらしい。そう理解をした途端、安堵と共にどっと疲れが出始めた。
助かった。それだけで良い。
疲れた体が頭がもうひと眠りをと訴えてくる。
「考えるのは後にしよう」
今は体力の回復に努めるのが正解だ。うんうん。
現実から逃避し、思考を投げ捨て、もう一度布団に潜り込んだ。
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ふと寝ているときに、音を感じた。大きな音ではないが、歩く音?
寝惚けた頭はつい先ほどまでの経験など忘れてしまったようで、体を起こして音の方をぼうっと眺める。
「起きたのですね」
開けられた扉から小さな少女が顔を出す。
「体調は大丈夫ですか?」
うーん、たぶん
「そうですか。良かったです」
えーっと、ここは
「ここは使われていない部屋の一つです。」
?
「とりあえず、落ち着いたら私のところまで来てください」
そういって少女は扉の前から去っていった。
話してから数分、ようやく現状の理解が進み始めた。
「確か、最後に見た人って彼女だったっけ」
最後にある朧げな記憶からではそう思う。
とにかく、彼女に言われたように後を追いかけよう。
布団を横にのけ、立ち上がる。改めて周りを見てみると部屋の片隅に俺のカバンが置いてあった。
「おー、良かった良かった」
中身を確認する限り、下校時から何か増えたり減ったりしているものはない。ないのだが
「やっぱりないか」
カバンを探してもズボンのポケットを探してもスマホが見つからない。布団をめくり、敷布団の下も探したがなかった。
「はぁ。最新機種だったんだけどなぁ」
背に腹は代えられない、か。
好奇心で猫に着いて行ったとはいえ、失ったモノと目の前の事は欠片も釣り合っていない。心の内は沈むばかりだ。
「仕方ない」
そう言ってカバンを肩に担ぎ、開いている扉から廊下に出る。廊下の突き当りにある部屋ではなかったらしく、右にも左にも続いていた。
確か、左に行ったかな?
彼女が歩いて行った方向は部屋の中から廊下を見て左側だったと思われる。
「となると、こっちか」
人と出会えたから、会話をしたから、優しそうだったから。
心に小さな不安はあっても恐怖心はあまりなかった。
そういえば彼女が話していた時、ちゃんと話してたっけ?
寝ぼけている状態であったため、はっきりと覚えていない。が、何か引っかかるものがあった。
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「迷った」
古い日本式の家のようで、廊下が長く続いている。その上中庭はいくつもあるらしく、その一つからは光と熱気を感じた。
「下にマグマでもあったり」
冗談を言いながら、どこと知れず歩き回る。歩いてきた廊下にはいくつもの部屋があったが、片っ端から開けていくわけにはいかない。
どうしたものか
そんなことを考えながら歩いていると、とある中庭に大きな桜の木が一本あった。
「きれいだ」
満開とは言わずとも、そこそこ栄えるほどには咲いている。よく見ると、木の下には動物たちが集まっていた。
むやみやたらに歩いてもどうしようもないし、なにより桜を見ていたい。
足を止め、縁側に座りながら一枚の絵になるぐらいの風景を眺める。
「なんか、こういうのいいな」
木造家屋に中庭があり、動物たちが思い思いに過ごしている。それはまるで、一度は思い描いたことがある想像の家。
「ここにいましたか」
うたた寝してたらしい。はっと声の方に振り向けば少女が立っていた。そこで、初めて彼女の姿を見た。
少し癖のあるピンク?いや紫?のボブカットでフリルが目立つ服を着ている。服からは線のようなコードのようなものが伸びており、胸辺りに集まっている。
というか
「目?」
普通では有り得ないものが、胸のあたりにあった。まるで本物であるかのように動き、立体的だ。飾りであるようには見えない。
「飾りではありませんよ」
へ?
「これから話したいことがあるので、着いてきてもらえますか」
「は、はい」
そう話すと、背を向けて進み始める。慌てて立ち上がり、後ろに着いて行く。
とある一室に案内され、言われるがままに指定された場所に座る。俺が座ったのを確認すると、彼女は向かい合うように少し離れた場所に座った。
少女の姿であるにも関わらず、その様は言葉に表せない雰囲気があった。
「改めて、私の名前は古明地さとりといいます。この建物、地霊殿の主をやっています」
「は、初めまして。俺の名前は」
「東雲誠人さんですね。なるほど、誠実な人と書いて誠人ですか。良い名前です」
……やっぱり
「そうです。私は相手の心を読むことができます。どうですか、他人に心を覗き見られる気分は。……ふむ、随分と変わった人ですね」
自分が話していないのに会話が進んでいくことにかなりの違和感を感じる。しかし
「その目がもしかして、関係しているのか?」
「はい、第三の目とでも呼んでください。あなたは覚り妖怪をご存じですか?」
悟り?
「違います。覚りです。もしかして、知らないのですか?」
……
「そうですか。それはダメですね。お仕置きですよ」
そう言うや否や、両手を第三の目に添え、三つの目でこちらの方をじっと見てくる。
「あなたのトラウマは死ぬこと、ですか。なぜそこまで恐怖を感じているのかまでは見えませんが」
そんなことまでわかる、のか
「覚り妖怪は相手の心を読むことができます。ただ、私は相手の心を読むだけではなく、相手の記憶を見ることだって可能なんですよ」
「さて、驚いているところは良いとして、私は名前の通り妖怪です。妖怪は流石に知っていますよね?では、何をされるのかも……。」
彼女は声を少し弾ませ、一歩一歩ゆっくりとこちらに近づいてくる。優しそうな言葉とは裏腹に、彼女の周りの雰囲気は悪くなっていく。
ここでようやく自分の置かれている状況を認識する。
やばい、逃げなきゃ
そう思い、立ち上がろうとするが
「どこへ逃げるのですか?ここは私の家という事を忘れていませんか?」
先ほどまで前の方にいたはずなのに、いつの間にか自分の後ろに立っていた。
「うわあああぁぁぁぁぁ」
立ち上がることができず、悲鳴を上げながら距離を少しでもとろうと後ずさりする。
しかし、さとりの歩くスピードと震えて上手く動けない自分とでは話にならない。数秒のうちに、肩と肩が触れるぐらい近づかれる。
「人間一人殺すことぐらい、簡単にできるのですよ?」
ごめんなさいごめんなさい。助けて下さい。
そう謝り続けるしかない。命乞いをするしかない。
彼女から目をそらし、ひたすら心の中で言う。
一分も経たなかったと思う。至近距離で見つめていた彼女は自分から離れ、はじめに座っていた元の場所へ戻った。
「妖怪とは、人間からの畏怖によって存在しています。そのために、妖怪はよく人を攫い、時に食します。ですが、覚り妖怪はそのようなことをしなくても、恐れの対象となります。先程のあなたのように」
どこか楽し気に笑いながら彼女の種族の話をする。
あ、あの
「別にあなたには何もしませんよ。助けた意味がないじゃないですか」
良かった
突然のことに頭が働かないが、恐る恐るといった調子で元の場所に戻る。
「覚り妖怪の言葉を素直に信じます、か」
え、なんて言った?
「いえ、何も。えっと、どこまで話しましたか。……そうそう、私が覚り妖怪ということでしたね。ですから、人間からはもちろん妖怪からも嫌われています。悲しいものです」
席に座り、息を落ち着かせる。そうこうしているうちにも、彼女は俺の心の内を話し続ける。
「あなたが想像しているよりも辛いですよ。一度嫌われてしまえば終わりです。好意が変わることはあっても嫌悪が変わることはないのですから」
確かに、とそう思う。どこか物憂げな表情で語る姿を見て、少し心配する。
「あれだけの経験をしても、嫌悪や拒絶はなしですか。本当に不思議な人です」
(脅かした前と後でも変わらない。心を読めることが羨ましい、心を読めることがすごい、ですか)
いつぶりだろうか。もしかすれば初めてかもしれない。ここまで肯定的に覚り妖怪を見る存在は。
自分の心が読まれることを責めるのではなく、心を読めることを認めてくれる者は。
「あの、さとり……さん?お聞きしたいことがあります」
第三の目はこちらを見つめたまま目を瞑り、自分の世界に入ってしまった彼女に声をかける。
「はい、聞こえていますよ。さとり、とでもお好きに呼んでください。それで、ここはどこかという話ですが、幻想郷という言葉は知らないですよね?」
うん
「最後の楽園とも比喩されます。かつては人間と妖怪が共に存在していた時代がありました。しかし、時間と共にそのバランスが保てなくなり、妖怪が生きるには難しい時代へと移り変わっていきました。そこで、とある妖怪が共存のできる地を築き上げた。それが、幻想郷です」
もしかして
「そう、あなたが迷い込んだここは、人間と妖怪が共存する世界、幻想郷です。
そして、私が住んでいるこの場所は幻想郷の中でも、地底に位置する場所であり、地獄でもあります。あ、別に地獄に落としに来たわけじゃないですよ、そんな怯えなくても」
地獄という言葉に反応した俺をおかしそうに笑うさとり。
はぁ、本当に驚きの連続である。もう、精神がくたくただ。それでも、心のどこかでこの展開を待っていたと喜んでいる自分もいる。
「普通は幻想郷の外から中へ入ることは不可能ですが、どうやって入ってきたのですか?」
えっと、猫を追いかけてトンネルに入ったら
「ここに繋がったというわけですか。おかしいですね、地霊殿の周りにある穴は一つしかないはずです。それも、人間が通れるような道ではありませんし」
もしかして、八雲紫の仕業?それにしては、おかしい。
色々と呟きながら原因を考えていたが、思考を放棄したようで次の話題を振られた。
「まぁ、いいです。重要なことはあなたが、外来人が地底にいることです」
「外来人?」
「稀に、外の世界から幻想郷へ来る人がいます。その人たちの総称ですね。迷い人とも言われています」
なるほどね。異世界転生みたいなものか。
「言い得て妙ですね。外の世界からしたら幻想郷は異世界とも捉えられますか。転生ではないですけど。それにしても、運はすごく良かったですよ。大抵の外来人は死にますから。はい、心の通り妖怪によって殺されるからです。噂では地上では食べられた人間の骨によって塚があるとかないとか」
話の内容に自分の固唾を飲み込む。かなり、やけに大きく聞こえたのは気のせいだろうか。
「あなたには今、二つの選択肢があります。一つはこのまま地底で暮らすこと。もう一つは地上に出ることです。一つ目ですが、地底で暮らすことはお勧めしません。ここは地上の妖怪が拒むほど危険な場所なんです。ほら、見てください。あの見えているモノ。あれ、怨霊ですよ。ただの人間にとっては例え一つとっても危ないでしょう?」
さとりの視線に合わせるように外を見ると何かがフワフワと浮いていた。
怨霊とかまじかよ。
「二つ目は地上に出ることですが、地上には博麗の巫女がいます。その方に頼めば、元の世界へ帰ることもできますし、例え残るとしても妖怪に襲われる事のない住居も提供してもらえますよ」
聞く限りは二つ目の方が圧倒的に良さそうに聞こえる。だが、さっき言ってただろう。地上には死体がたくさんあると。つまり
「地底でも地上でも、妖怪に襲われることに変わりはありません。地上に出たとして、私は地底の妖怪ですから。地底から出たあなたの面倒をみる義理なんてないですけど」
そうなのだ。地上は確かに安全な場所があるが、そこまで辿り着けるかどうかが肝となる。今いる比較的安全な場所に居残るか、絶対的な保障を求めてリスクを取るか。
「今目の前にいる存在も妖怪ですよ?何を根拠に安全と言っているのですか」
「俺を助けてくれたこと。そして今なおこうやって生きて過ごし、また助けられていること。そう計らってくれたさとりを、俺は信じる」
「ふふっ、そうですか」
「だから、俺をここに住ませてください」
正座して、さとりに頭を下げる。
いっぱいいっぱいで今も混乱しているけど、この選択肢が一番良いと思う。
「警告はしましたからね。知りませんよ?」
「覚悟の上です」
そう言ってさとりの前まで行き、手を出す。そしてわかっていたかのように同タイミングでさとりも手を出す。
「誠人です。これからよろしくお願いします」
「短い間になると思いますが」
そう言って、お互いが握手を交わす。その手は、姿相応の柔らかい手つきだった。
「こう見えて、誠人より遥かに長く生きていますよ」
こちらの方をジト目で見ながら抗議の言葉をもらった。
そう、彼女は覚り妖怪なのである。
はい、ここからは皆さんそれぞれでさとりとのイチャイチャを考えることができますよね。
それを見たいです。