Vの者!~挨拶はこんばん山月!~   作:サニキ リオ

102 / 355
というわけで、コミケ回です。
裏方サイドは久しぶりかもしれませんね。


【企業ブース】にじライブブースでの一幕

 

 時は遡りお盆初日。

 

 にじライブのトップライバー竹取かぐやこと、にじライブメディア本部統括部長である諸星香澄はうだるような暑さの中、〝列途中〟と書かれたプラカードを持って立っていた。

 

「どうしてこないなことに……」

 

 かぐやが項垂れているのは暑さだけが原因ではない。

 世界最大の同人誌即売会。その企業ブースの一角へにじライブは出展していた。

 本来部長であるかぐやは軽く様子を見て、他に出展しているVtuber事務所の方へと挨拶へ行く予定だったのだ。

 それがスタッフの一人として駆り出されることになってしまった。

 それには決して深くはない訳があった。

 

 にじライブが子会社化してから初めての企業ブースへの出展。

 その大役を授かることになったのは、にじライブの企画部の面々だった。

 時期がお盆ということもあり、一部の社員と後は日雇いの派遣スタッフでイベントに参加することになったのだが、当日に日雇いスタッフが体調不良により何名も欠勤したのだ。替えのスタッフを派遣してもらおうにも、このような大型イベントが開催されている以上、派遣会社も人員不足であった。

 それによって慢性的な人員不足に陥ったにじライブはパンク状態だったのだ。

 

 にじライブブースは差し入れを渡して軽く様子を見るだけのつもりがどうしてこんなことに。

 

 かぐやは雲一つない青空を仰ぎながら、当欠した派遣スタッフを恨んでいた。

 当欠した派遣スタッフが体調不良などではないことはかぐやにもわかっていた。

 この手のイベントではスタッフ用の通行証が配られる。

 よりにもよって企画部のイベント担当社員は、それを事前に派遣スタッフの元へと送ってしまったのだ。

 これにより、長蛇の列に並ばなくても事前に会場内に入れてしまうのだ。手元に通行証が手に入ったため、派遣スタッフは魔が差してしまったのだ。

 

「……絶対後でクレーム入れたる」

 

 ブツブツと小声で呪詛の言葉を吐き続けるかぐやに、待機列の先頭にいた者達は引いていた。

 かぐやも身バレ防止のために素の声を出すことは控えていたが、諸星として出す声はどうにも声の通りが悪かった。

 いつものようなドスの利いた声で誘導できたらどれだけ楽だろうか。

 そんな精神的に参っているかぐやを畳みかけるようにトラブルが襲う。

 

『諸星さん、大変です! 最後尾がどこかわからなくなってしまいました!』

「何しと――何があったのですか? 落ち着いて話してください」

 

 叫びそうになるのをぐっと堪え、かぐやは努めて冷静にインカム越しに慌てている様子のスタッフを落ち着かせた。

 感情を抑えたせいで逆に怒っているように聞こえるせいで、スタッフが余計に怯えることになっているのだが、それは知らぬが仏というものだろう。

 

『それが、その……他の列の邪魔にならないように待機列を整理していたら、列を内側に巻いてしまいまして……』

「んなっ!」

 

 何しとんねんボケェ! と叫びたい気持ちをかぐやはぐっと堪えた。

 

 待機列の最後尾というものは、目的のブースに行くために並ぶ場所である。

 普通は壁沿いに人を並ばせて折り返したりするものなのだが、よりにもよってスタッフは待機列をとぐろを巻くように作ってしまった。

 そのせいで最後尾はとぐろの中心に。これでは新たに並ぼうとしても並べない状況になってしまう。

 案の定、ツウィッターでは、待機列の情報があっという間に拡散されてしまい、〝にじライブブース待機列〟がトレンド入りしている始末だった。

 今すぐ現場に駆け付けたい。だが、ここから動くわけにもいかない。交代しようにも他の人員もてんやわんやだ。

 いくら不測の事態に強いかぐやといえど、これには対処しきれなかった。

 そんな絶望的な状況の中、他のスタッフに「走らないでください!」と注意されながら、かぐやの元へと走ってきた者がいた。

 

「亀、ちゃん?」

「はぁ……はぁ……友達のサークルで、売り子、してたんですけど……ツウィッターで待機列の、様子、見ました……私にも、手伝わせてください」

 

 完全にオフモードで動きやすそうな私服に身を包んでいる亀戸は息も絶え絶えだった。

 この同人誌即売会は年々増加する来場者の対策として、会場を分けていた。

 同人サークルのあるビッグサイトから企業ブースのある有明会場の間にはそれなりに距離がある。それを亀戸はがむしゃらに走ってきたのだ。

 

「しかし……」

「休日出勤申請は後でします! 今はそんなこと言っている場合じゃないでしょう!」

 

 いつものかぐやのように、活を入れるように亀戸は力強い表情を浮かべて言った。

 

「飯田さんと四谷さんも会場には来ているんです。たぶん、そろそろ来るはずです」

 

「「大丈夫ですか!」」

 

「飯田、四谷……」

 

 亀戸の言葉と同時に到着した飯田と四谷。二人は同人サークルの〝Vtuber島〟を巡り、それぞれの担当ライバーの同人誌が出ているかどうか見にきていたのだ。

 そのため二人カバンの中には、戦利品であるレオと夢美の同人誌が詰まっていた。

 

「私、インカムもらってくる!」

「ここは僕が代わります!」

「私、一足先に最後尾の様子を見てきます!」

 

 何の打ち合わせもしていないというのに、三人は迅速な対応を行う。

 かぐやはそんな三人の姿から確かな成長を感じ取り、ニヤリと笑うと行動を起こした。

 最後尾に到着すると、渦巻く列の中心部で泣きそうになっているスタッフを見つけた。

 それを何とかしようと亀戸が奮闘しているが、周囲にも他企業の列があるためうまくいっていない。

 こういったとき、オタクと呼ばれる人種が全員自主的にうまく動いてくれれば何とかなりそうなものなのだが、イベント会場においてスタッフの言うことは絶対。自分の判断で動くような程度の低いオタクはこの場にはいなかった。

 

「どうしたら……かぐやさんの声で一喝したら全員うまく動いてくれたりしないかなぁ……」

「亀ちゃん、それですよ。ここ、頼みましたよ」

「えっ、あ、はい!」

 

 困ったように呟いた亀戸の言葉に、何かを思いついたかぐやは急いでブースの方まで向かった。

 かぐやが最後尾の方へと戻ってきたとき、彼女の手には無線のスピーカーが抱えられていた。

 

「無線のスピーカーなんてどうするんですか?」

 

 スピーカーの使用用途がわからない亀戸は怪訝な表情を浮かべる。それに対して、かぐやはニヤリと笑って亀戸にスピーカーを渡して説明をした。

 

「これを亀ちゃんに持ってもらって私が叫びます」

「えぇ!? 近くに人がいたらどうするんですか!」

「心配ありません。私が叫ぶのはブースの中からです。この距離なら無線も届きますしね」

 

 かぐやの声ならばスピーカー越しでも、余裕で声が通る。

 またにじライブのブースに並ぶ人間の多くはかぐやのファン――つまり舎弟である。

 

「舎弟の統率力、しかとその目に焼き付けなさい」

 

 そういうと、かぐやは再びブースの方へと戻っていった。

 スピーカーを渡された亀戸は表情を引き締めると、ごった返す列に近づいていき息を目いっぱいに吸って叫んだ。

 

「みなさん! 大変申し訳ございません。私共の不手際により列形成が困難となってしまいました! そこで今回は弊社所属ライバーであるこの人に助っ人に来ていただきました!」

 

 突然大声を出した亀戸。

 この手のイベントで大声を出すことは珍しくないが、周囲のスタッフの怒号にも負けない大声を出したことで、待機列にいた者達の視線が一気に亀戸へと集まった。

 

『はいはい、こんバンチョー! みんな今日はにじライブのブースに来てくれてありがとうな!』

 

「ファッ!?」

「バンチョーの声だ!」

「うっそ、コミケに来てんの!?」

 

 亀戸の掲げたスピーカーからかぐやの声がしたことで、待機列にいた者達は一気にざわつき始める。

 

『ホンマにすまん! ウチのスタッフがやらかしたせいで、最後尾が内側に行ってもうた! ……まったく待機列内側に巻いたドアホはどこやァァァァァ!』

 

「ひぃぃぃ!?」

 

「やめてあげて!」

「圧がやばいって!」

「かわいそうだから!」

 

 かぐやの怒声が轟いたことで、最後尾のプラカードを持っていたスタッフは怯えたような悲鳴を上げた。

 それを半笑いで見ていた待機列の者達は、スタッフを庇うような姿勢を見せた。

 目の前で元凶を過剰に叱る。それによって待機列にいた者達はより協力的になった。怒られたスタッフはかわいそうだが、これほどのことをやらかした以上、仕方のないことである。

 

『まあ、今回は特別に許したるわ。ひとまず、この状況を何とかするために、みんなの力を借りたいんや! 頼めるか!?』

 

 

 

「「「当たり前だァァァ!」」」

 

 

 

 野太い舎弟達の声が周囲に轟く。それと同時に、近くにあった株式会社アイノココロの企業ブースの列も、にじライブの列整理に協力するために列を一時的に動かし始めた。

 その他にも、イルカの所属している@LINEのスタッフ達や和音の所属しているVacterのスタッフ達も待機列をにじライブに協力するように動かし始めた。

 

「はい、それじゃあここからここまでの人! 手を上げてください! 列動きます!」

 

 亀戸はスピーカーを震えているスタッフへと渡すと、何とか綺麗な形へと戻った列を動かし始めた。

 

「飯田さん、ブース前の様子はどうですか?」

「四谷さんがレジに回ってくれたおかげで異常なまでに回転率が上がったから、またすぐに動かせるよ!」

「わかりました!」

 

 こうして三人の活躍により、にじライブブースでのトラブルは解決した。

 にじライブのブース内からこっそりと外の様子を窺っていたかぐやは、どこか呆れたような、それでいて心底嬉しそうな笑顔を浮かべて呟いた。

 

「三期生は化け物しかいない、か……ライバーがライバーなら担当マネージャーも大概やな」

 

 このイベントが終わったら夕飯と酒くらい奢ってあげよう。

 かぐやは三人の成長を喜び、イベントが終わったときのことに想いを馳せる。

 

 ちなみに、この夜レオと夢美が実家に向かうことになり、SNSではバラレオ同棲疑惑の話題で持ち切りになるのはまた別のお話である。

 




コミケ会は一応次回で終わる予定です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。