あ、読者のみなさん、メリクリです。
企業ブースに出店しているVtuber事務所の企業ブースに挨拶をして回ったかぐやはベンチに腰掛け休憩していた。
本当はそのままブースの手伝いをしようとしたのだが、マネージャー三人に休む様に言われてしまったのである。
「あ゛―、暑い……」
かぐやは仕事が絡む場面ではスーツを着用している。
当然、イベントにもスーツ姿で来場していた。
上着こそ着ていないものの、動きづらいスーツ姿で人混みをかき分けて進んだことでかぐやの体にはかなり熱が籠っていた。
いつも以上に眩しく感じる太陽を見て、少しばかり眩暈を感じたときだった。
「大丈夫ですか?」
知らない男性に声をかけられた。警戒する余裕もなく、かぐやはどこかボーっとした様子で答えた。
「えっと……あなたは?」
「通りすがりのただのオタクです。熱中症なるといけないんで、これどうぞ」
顔を上げると、眼鏡をかけた青年がスポーツドリンクを差し出していた。ペットボトルを見てみれば、元々ペットボトルは冷凍されていたようで、半分ほどが氷のまま残っていた。
「ああ、ありがとうございます……」
受け取ったスポーツドリンクを飲むと、心地良い冷たさが体中を駆け巡る。
ふと、青年の手元を見てみればにじライブの紙袋があった。
「……にじライブのブースに行ったのですか?」
「あはは、子会社化する前からリスナーだったので気になっちゃって」
せっかくなので、人気調査でもしてみよう。
そんな軽い気持ちでかぐやは青年に推しを聞いてみることにした。
「にじライブのライバーの中ではどなたが推しなんですか?」
「やっぱ一番はバンチョーですね! まさに奇才というか、Vtuberの中でも群を抜いてぶっ飛んでて面白いんですよねぇ」
あ、これ動揺したらあかんやつや。
かぐやは瞬時に表情を真顔にすることを意識した。
それから青年の推し語りを聞き終えたかぐやは、努めて冷静に他のライバーについて聞くことにした。
「他には誰が好きなんですか?」
「まあ、推しってわけじゃないですけど……獅子島レオですかね」
まさか二番目にレオの名前が出るとは思わなかったかぐやは意外そうに先を促した。
「何故、レオ――君を?」
「あー、まあ、何ていうか、応援したくなるんですよ。いろいろとありまして……」
青年は目を泳がせると、誤魔化すようにそう言って話を切った。
「それよりまだ辛そうですけど、大丈夫ですか?」
「ええ、このくらいなら大丈夫です」
「それじゃあ、俺はこれで……お大事に」
最後まで紳士的にかぐやを気遣うようにそう言うと、青年は立ち上がりその場を去ろうとした。
そのとき、青年のリュックから紙切れのようなものが落ちた。
「あっ、落ちましたよ――金沢?」
落ちたのは夜行バスのチケットだった。行先は金沢になっており、チケットには〝園山栄太〟という名前が記載されていた。
「ああ、すみません。この後金沢に行くもので」
「帰省ですか?」
「いえ、しゅざ――旅行です」
青年――園山は苦笑交じりに旅行に行くことをかぐやに告げた。
コミケが開催されるのは四日間。その初日に夜行バスで金沢に行くとはなかなかに珍しいことである。
「えっ、まだコミケ初日ですよ?」
「うーん、好きな絵師さんがサークル参加していないので今回同人誌の方はいいかなって」
「なるほど、それで企業ブースに……」
納得したように頷くと、かぐやは改めて園山へ礼を述べた。
「引き留めてしまってすみません。スポドリありがとうございました、園山さん」
「えっ、何で俺の名前?」
「バスのチケットに印字されていましたから」
「ああ、なるほど。それじゃあ、俺はこれで」
悪戯っぽく笑うかぐやに別れを告げて園山は人混みへと戻っていった。
人混みに消えていく園山の後ろ姿を見ながら、かぐやはポツリと呟いた。
「……一応、今度レオに確認しとくか」
もしレオと園山が知り合いならば、ただの身内にバレただけで済むがそうでない場合を考えてかぐやは眉間にシワを寄せた。
それからかぐやはにじライブのブースに戻るために人混みをかき分けて歩き始めた。
距離的にはそこまで離れているわけではないのだが、待機列や移動する人達でごった返している会場内を移動するのは時間がかかる。
人の流れに沿うように歩き、にじライブブース近くの〝バーチャルリンク〟のブースの関係者しかいない裏手側で、かぐやは見知った顔を見つけた。
「おや、松本さん。剣盾杯以来ですね」
「あ、諸星さん。先日はお世話になりました」
松本司こと、魔王軍チャンネルの代表者サタン・ルシファナはかぐやの姿を見つけると、深々と頭を下げた。
魔王軍チャンネルの動画にゲスト参加したことのあるかぐやとサタンは剣盾杯の前から面識があった。
そのときは、まさかまひるの弟だとは思いもしなかったが、現在は耳にタコができるほどにまひるから話を聞かされており、大体の事情は把握していた。
偶然の出会いに驚いていると、サタンの後ろからサタンと話していた女性がひょっこりと顔を出した。
「松本君、お知合い?」
「知り合いというか、あー……」
説明に困ったような反応をしているサタンを見て、かぐやは察した。彼女もVtuberなのだと。
かぐやと同様にサタンの反応からかぐやがVtuberであることを察した女性は、眼鏡と帽子、そしてマスクをとると自己紹介をした。
「初めまして
「悠木愛理って、まさか……!」
悠木愛理。それはVtuber業界に詳しいものならば誰もが知っている声優の名前である。
特に有名なアニメに出演していたわけではないのに、何故知名度が高いのか。その理由は単純である。
彼女がある有名なVtuberだからである。
「あいどーも! なんてねっ」
「ど、
首領という愛称で呼ばれているVtuberはこの世に一人しかいない。そう、彼女こそが登録者三百万人を誇るVtuber界の頂点に君臨する存在――アイノココロであった。
「あ、あの、はじ、初めました! う、ウチ、た、たたた、竹取かぐや、と申す者であります……!」
外の方に漏れないように気をつけつつも、かぐやは激しく狼狽しながらも自己紹介をした。
「あははっ、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。そっかー、あなたがあのバンチョーなんですね。雰囲気全然違くてわからなかったですよっ」
ころころ笑うと、悠木愛理ことアイノココロは意外そうにかぐやを見つめた。
「まさか、こんな大物に出会えるなんて……!」
「いや、あなたも大概だからね?」
茫然とするかぐやにココロは苦笑する。
かぐやは登録者数こそ八十万人を超えるにじライブのトップライバーではあるが、ココロは一番最初に誕生したVtuberであり、Vtuberという文化そのものを作りだした存在である。
かぐやにとって、ココロは神にも等しい存在だった。
「どうしてバーチャルリンクのブースに?」
「やー、松本君が相変わらず事務所に駆り出されてて大変そうだったから様子を見にねっ」
「心配をおかけしてすみません……」
「ま、何かあったら相談してね。これでも、事務所との揉め事には慣れてる方だからさっ」
二人のやり取りから、何か踏み込みがたいものを感じたかぐやは詳しい話を聞くのはやめることにした。
「おっと、私はこの後彩香ちゃんと一緒に回る約束があったんだった。じゃ、またねっ」
イルカと約束があったココロは、二人に別れを告げると人混みへと消えていった。
「彩香さんも来とるんか……Vtuber現地に来すぎとちゃうか?」
「いや、あなたがそれを言いますか……」
かぐやの言葉に、サタンは呆れたようにため息を零すのであった。
首領ことアイノココロは顔も知れ渡っているので、こういったイベントの際は顔を隠しています。