夢美の3D配信の当日。
スタッフを含め関係者達は準備に追われていた。
特にマネージャーである四谷は〝にじライブEnglish〟のプロジェクトと平行して夢美のサポートを行っている。
手がかかるライバーである夢美のサポートと、新規事業の掛け持ちは想像以上に負担が大きかった。
疲れた様子の四谷は夢美に本番前の確認を行っていた。
「夢美ちゃん、トラッキングの調子はどう?」
「うん、大丈夫。あたしはモデルとの身長差がないからやりやすいみたい」
3Dモデルに動きを反映させる際、モデルと人物に身長差があると動きが不自然になることがある。
特にかぐやはモデルとの身長差があるため、トラッキングのテストは慎重に行っていた。
その点、夢美はモデルとの身長差がないため、トラッキングに違和感はなかった。
「それよりよっちん顔色悪いけど大丈夫?」
「本番前なんだから、私のことより自分の心配をしなさい。夢美ちゃんにとってこの配信はステップアップするために大事な配信なんだから」
「……うん、わかった!」
四谷のことは心配だが、今は自分の配信準備に集中しなければならない。
頭を切り替えた夢美は再び企画部のスタッフの元へと向かった。
真剣な表情で入念に打ち合わせをしている夢美を見て、四谷は安心したように微笑んだ。
それから、スタジオの入り口から金髪碧眼の少女が入ってくるのを確認すると、彼女の元へと駆け寄った。
「Hello!(こんにちは!)」
「Katie! You made it!(ケイティ、間に合ったのね!)」
笑顔を浮かべてケイティと呼んだ少女をスタジオに招き入れると、四谷は周囲にいたスタッフに彼女のことを紹介した。
「皆さん、彼女はにじライブEnglishからデビュー予定の〝星野ミコ〟さんです。イギリスと日本のハーフなんですよ」
「皆サン、はじめマシテ! 星野ミコ、デス! 日本語、うまくないデスガ、よろしくお願いしマス!」
星野ミコと名乗った少女は、片言の日本語で元気良く挨拶をした。
片言と言っても、彼女の発音はかなり聞き取りやすいレベルのものだった。
「へぇ、この子が新しいライバーか」
「よろしくね、星野さん」
「何で海外ライバーなのに日本の名前?」
「ああ、最初はハーフ設定で日本と海外両方にも受け入れやすいように名前は日本人寄りにしたんです。本人もハーフですし」
「今日は見学、来ました。バラギ、スキなので楽しみデス!」
ミコは弾けるような笑顔を浮かべると、邪魔にならないようにスタジオの端のほうへと向かった。
「さて、私も準備しないと……」
夢美と同じく直前の打ち合わせを行おうとしていた四谷だったが、あるものの存在に気がついた。
「あの、これは?」
「ああ、それはメキシコから取り寄せた食用のバッタだよ」
「ば、バッタ!?」
食用バッタのパックを手に取ろうとしていた四谷は、慌てて伸ばしていた手を引っ込めた。
いくら食用といえど、虫は虫。虫が苦手な四谷としては、進んで触れたいものではなかった。
「何に使う予定なんですか」
「ほら、今日の配信でやる内容の一つに目隠しで食べ物を当てるっていうのがあるでしょ。あれでこれを使おうと思ってね。いわゆるドッキリって奴」
「な、何考えているんですか! これはダメでしょう!」
夢美本人が望んで頼んだことならばともかく、本人の了承も得ずに虫を食べさせるなど、正気の沙汰ではない。
しかし、企画部のメンバー達は四谷を宥めるように、笑いながら言った。
「バラギさんの魅力はリアクション芸でしょ。ならこれは絶対ウケルでしょ」
「あの人が大人しく女の子らしくしているところなんて誰も望んでないんですよ。ま、獅子島君が絡めば別だけど」
「それに打ち合わせの段階でバラギちゃんは俺達が食べ物を用意すること自体は了承してるよ。中身をこっちに任せた以上、ゲテモノを用意しろって振りでしょ。キャラ的に考えて」
へらへらとした笑みを浮かべる企画部のメンバーの言葉に、四谷は頭に血が上るのを感じた。
夢美の人気の理由は企画部の言う通り彼女のリアクションの大きさにある。
夢美は普段からリアクションが大きく、落ち着きがなく常に体を動かしている。その動きがモデルに反映されていることで、動きは可愛らしく、言動は汚く、というようにギャップを生み出しているのだ。
サバサバした性格で女性からも好かれ、男性からも嘘のないありのままの姿が好かれている。
彼女を嫌っているのはロールプレイ重視の可愛い女の子にしか興味がない者や、どの界隈でも嫌われているユニコーンくらいだろう。
レオのように歌が飛びぬけてうまいわけでも、林檎のようにピアノが弾けるわけでもない。
それでも彼らと同程度に人気が出ているのは、偏に周りとの人間関係も大きかった。
レオという高スペックでカップル扱いされる関係の幼馴染に、林檎という自由人でいて根はしっかり者の親友。この二人が同期なのも大きく、先輩ライバーも彼女を可愛がっている様子もよく語られていることで話題性があった。
それ故、夢美のアンチは「喚き散らす以外に芸がない」「どうして伸びているのかわからない」と揶揄しているが、彼女単体での雑談配信やゲーム実況も人気という事実がある以上、所詮は戯言である。
企画部のメンバーはアンチとはいかなくても、夢美の魅力をいまいち理解できておらず彼女への対応が雑だった。
夢美がデビューしてから今までサポートしてきた四谷としては、企画部の今回の雑な企画は容認できるものではなかった。
「あなた達はライバーを何だと思ってるんですか!」
「そんなに怒んないでよ、よっちん。バッタは海外じゃ注目されてるスパーフードなんだよ。シアトルじゃ野球観戦のお供って言われているくらいだし」
「大体君だって最近は〝にじライブEnglish〟の方ばっかり優先して、サポートが疎かになってるんじゃないの」
「っ、それは……」
四谷は企画部のメンバーからの指摘に、言葉を詰まらせた。
心当たりはあった。
マンションの部屋が隣同士だからと、レオにサポートを任せきりにしていなかっただろうか。
夢美の最初の炎上騒動以来、精一杯サポートに注力してきたつもりだった。
それでも夢美とレオのトラブルによって、一歩間違えれば炎上するところまで行ってしまった。
イギリス暮らしが長かったミコのサポートにばかり気をとられて、夢美のサポートが疎かになっていた。そう言われても仕方のない状態だったのだ。
「どうしたんですか四谷さん?」
「トラブルでもあったのー?」
トラブルの匂いを感じ取ったのか、ライオンのトラッキングテストをしていたレオと、ピアノ演奏のリハーサルを行っていた林檎がやってきた。
「ああ、レオ君、林檎ちゃん」
「まあ、ちょっとね……」
リアクションを見る企画のため、バッタのことを教えるのを渋った企画部のメンバーは言葉を濁す。
しかし、バッタの袋を見つけたレオと林檎はすぐに事態を察した。
レオと林檎は四谷を手招きしてスタジオの端に呼んだ。
「四谷さん、バッタを食べる覚悟はありますか?」
「虫苦手って聞いたから、キツイとは思うけどねー」
レオと林檎からされた提案。
それを察した四谷はレオを真似て獰猛な笑みを浮かべると、力強く宣言した。
「ええ、茨木さんのためならいくらでも食べてみせますよ!」
その瞳には支える者として、守るべき者への思いが込められていた。
次回、夢美の3D化配信になります!
-追記-
いろいろあって内容を修正しました。
正直、苦手な人は本当にダメなんだなぁと思いましたので、今後は気をつけます。