「内海さん、本日は空いてますか?」
夢美の3D化配信が終わり、にじライブ内でのバタバタ感が少し収まった頃。
かぐやは総務部まで足を運んだ際に内海を飲みへ誘っていた。
「……今日はちょっと業務が立て込んでいまして」
「そう、ですか……」
誘いを断られ、かぐやはがっくり肩を落とす。
最近では、たまに飲みに行くほどには関係性が回復していたこともあり、かぐやは積極的に内海を誘うようにしていた。
内海も誘い自体は嬉しかったのだが、先日の企画部の三人のマネジメント部への異動や、採用関係、四期生ライバーへのスカウト、社員の勤怠管理など、業務は山積みだった。
そんな二人へ助け船を出す者がいた。
「内海さん、今日の業務なら私が引き継ぎますよ!」
「品川さん、いいんですか?」
にじライブが子会社化する前からの社員である総務部所属の品川だ。
彼女は入社当時、内海が教育係だったこともあり内海の業務をよく補佐していた。
かぐやと内海の関係性もよく知っているため、内海の業務を引き受けることを申し出たのだ。
「何か、ごめんなさいね……でも、ありがとう。お言葉に甘えさせていただきます」
「はい、任せてください!」
内海に品川は気合い十分の声で答えた。
そんな品川の様子に笑顔を浮かべた内海は、改めてかぐやに向き直って聞いた。
「というわけで、私は行けるけど、あなたはどうなのかしら?」
「はっ、誰にものを言うとるんや」
「万年残業だらけの仕事人間に言ってるんだけど」
「うぐっ……ぜ、絶対定時までには終わらせたる」
「うふふっ、よくできました」
デスクから立ち上がって内海はかぐやの頭を撫でる。
身長差も相まって、その姿は仲の良い姉妹のように見える。
「品川さん、何かすまんな。こっちのプライベートな予定に巻き込んでしもうて」
「いいえ、気にしないでください! 私はお二人が仲良くしているのを見るだけで活力をいただけるので!」
「そういや、あんたは浦島さんで舎弟やったな……」
目を輝かせる品川に苦笑すると、かぐやはここにはいないもう一人の一期生の名前を出した。
「せっかくやし、綿貫社長も誘うか」
「ええ、そうね」
その後、業務を終えたかぐや、内海、綿貫は珍しく定時退社をすることができた。どこからか三人が飲みに行くという話を聞きつけた古参の社員達が気を利かせたのである。
久々に日が落ちる前に退社することができた三人は、意気揚々と酒を持ち寄って飲み会の準備をしていた。
「いや、待って。何で僕の家なんだい?」
綿貫の家で。
「昔はこうやってよく集まっとったやろ?」
「それにお店に行くより、こうして私が作った方が安いでしょ?」
内海は昔よく使っていた綿貫の家に置いてあるエプロンをつけると、てきぱきと料理を作り始めた。
「まあ、今日はパーッと飲もうや!」
「おかしい……家主の立場が……」
綿貫は自分の家のようにくつろぐかぐやや内海の様子に頭を抱えていた。
「「「乾杯!」」」
缶ビールで乾杯をした三人は内海の料理に舌鼓を打った。
「はぁぁぁ……内海君の作ったご飯食べながら飲む酒はおいしいなぁ」
「せやなぁ。これなら毎日だって食えるわ」
「もう、褒めたって何も出ないわよ」
「料理が出てくるやないか」
「あら、じゃあもう一品追加しちゃおうかしら」
二人から褒められたことで上機嫌になった内海は、笑顔を浮かべて再びキッチンへと向かった。
「そんで、かっちゃんはいつになったら活動再開するんや?」
「いきなりだねぇ……」
綿貫――にじライブ一期生である狸山勝輝はかぐやの言葉に苦笑した。
「社長業が忙しいし、営業部のメンバーもまだまだだし当分は無理かなぁ」
「ま、そらそうか。こっちも同じや。原ちゃんにマネジメント部を任せるにはまだ荷が重いわ」
ライバーでありながら社員でもある二人。
二足の草鞋を履くことの大変さを理解しているかぐやと綿貫はため息をついた。
二人としても、できるだけ業務は他の社員に任せたいところだったが、最有力候補の社員はまだ役員レベルになれる器ではなかった。
「そうかしら。原さんも十分育っていると思うし、もう少ししたら三期生のマネージャーの子達に業務を引き継げば何とかなるんじゃないの。営業部のみんなだって亀戸さんのおかげで意識も変わっているし、そろそろ大丈夫なんじゃない?」
二人のやり取りに異を唱えたのは追加で料理を作っていた内海だった。
「「そうは言ってもなぁ……」」
「思っているよりも下の子達の成長は早いわ。心配しなくても、もっとやりやすくなるわよ」
「せやけど、組織を支えられるような人材が少ないのは問題やで。元企画部の三バカみたいな連中だって少なからずいるんや」
かぐやは愚痴をこぼすように、先日夢美の3D化配信でやらかした三人の話題について触れた。
「そうねぇ……採用した私も迂闊だったわ」
「いや、あいつらのテレビ番組で培った能力もバカにはできん。マネージャー業を通じて、ライバーに対する意識さえ改善できれば十分戦力になるで」
「ま、即戦力なんて簡単に手に入らないからね。こればっかりは時間をかけて教育していくしかないだろうさ」
そう締めくくると、綿貫は再び缶ビールを開けて一気に呷った。
それに釣られるように、かぐやと内海もどんどん酒を呷っていく。
その結果、
「亀ちゃんはすごいんやで! 入社当時があんなポンコツだったのに、今や社員の誰もが認める凄腕マネージャーや! あの子を七光りなんて呼んどる奴がおったらウチがしばき倒したる!」
「あら、品川さんだって凄いわ? 業務の処理速度、周囲への気遣い、どれをとっても一級品。あの子がいなくなったら総務部がパンクしちゃうわ!」
かぐやと内海は酔っ払った末に、自分の部下達の話で口論になっていた。
「亀ちゃんはなぁ!」
「品川さんはねぇ!」
「これ小学生が親の職業でマウント取る奴だ……」
綿貫の脳内に「俺の父ちゃんはパイロットなんだぜ!」と自慢する小学生の姿が思い浮かぶ。
「かぐやちゃんはいっつもそう! 成長ばかりに目がいって、彼女のプライベートに仕事が浸食しすぎていることに危機感を覚えたらどうなの!」
「あれは亀ちゃんが好きでやってるからええやろ!」
「よくないわ! もし、彼女が仕事を嫌になったときの逃げ場がないじゃない! もっと彼女の成果ばかりじゃなくて、プライベートでのめり込める趣味があるか気にかけるべきよ!」
「乙姫こそ、たらればばっか考えとらんで、前向きに考えたらどうなんや! 仕事が嫌にならないようにサポートするのがウチらの仕事やろ!」
完全に酔っ払いの喧嘩と化した二人のやり取りに辟易しながらも、綿貫は仲裁するように声をかける。
「ま、まあ、二人ともその辺でーー」
「「かっちゃんは黙ってろ(て)!」」
「はい……」
昔からヒートアップした二人を止めるのは無理だった。
そのことを思い出した綿貫は大人しく引き下がった。
「私は……もう私みたいな思いをする人を増やしたくないのよ」
「乙姫……」
その言葉はにじライブ総務部所属の内海光としてではなく、かつてにじライブを支えた一期生の一人〝竜宮乙姫〟としての言葉だった。
「かぐやちゃんみたいに、前だけ向いて走れたらどんなに良いだろうって思ってた。かっちゃんみたいに、燃えても気にしないでいられるならどんなに良いだろうって思ってた。勝手にあなた達と自分を比べて惨めな思いをして、道を見失った私はもう立ち上がれなかったの」
自嘲するようにそう呟くと、目尻に涙を浮かべながら内海は自分の思いを吐露した。
「だから、せめてもうライバーもライバーを支える人も幸せにすることくらいしか私にできることはないの」
「……せやな。そのために今のにじライブになったんやしな」
「うん、まだまだ僕達も頑張らないとね」
内海の言葉にかぐやと綿貫は笑顔を浮かべて頷いた。
「はっ! ……何かごめんなさい。せっかくの飲み会なのに湿っぽい空気になっちゃって」
「気にすんなや。ウチも悪かったって」
「さ、飲み直そうか……いや、待って。二人共飲み過ぎだからもうーー」
「「乾杯!」」
「……ああ、もうどうにでもなれ! どうせ今日は金曜日だし、かぐや君も明日は配信ないし!」
やけくそ気味に再びビールの缶を開ける綿貫。
この後、泥酔した三人がそのまま綿貫の部屋で雑魚寝し、二日酔いに頭を悩ませることになるのはまた別の話である。
かぐや→諸星さん
姫ちん→内海さん
かっちゃん→綿貫社長
というわけで、一期生のやり取りでした。