『最初のトークテーマはこれ!』
友世は事前にパワーポイントを使用し、今回の配信のためのスライドを作っていた。
また、質問に対する回答も全て事前に出演Vtuberに記載してもらい、事務所への確認も通した上で集計して盛り上がりそうな回答をまとめているのだ。
友世は個人勢のため、こういったことも一人で行わなければいけないのだが、元々名の売れたユーチューバーとして活動していたこともあり、こういったことは手慣れていた。
友世がスライドを次のものに切り替えると、最初のトークテーマが表示された。
【Vとしてデビューして大変だったこと!】
『これは定番ですわねぇ』
『デビューしてから、思っていたものと違うっていうギャップに苦労する人は結構いますもんね』
表示されたトークテーマにイルカと和音は苦笑した。
イルカはここまで有名になるとは思っていなかったという意味で、和音は引っ込み思案な性格から変われると思っていたという違いはあるが。
『それじゃ、トップバッターはこちら! こちらの回答をくれたのは誰かな!』
【異世界召喚コラボ】
[該当者一人しかいなくて草]
[異世界という単語が関わるVなんて魔王様くらいだろ]
[ある意味発想の勝利だったけどな]
『回答者はこちら!』
友世がスライドを進めると、回答の横にサタンの立ち絵が表示された。
『うむ、これには苦労したな』
「確かに、サタン君とこのコラボって結構特殊だもんな……」
以前からサタンの動画を見ていたレオは興味深そうに呟く。
魔王軍チャンネルでのコラボは、基本的にゲーム以外の短編アニメへの出演である。
元々世界観とロールプレイを重視しているバーチャルリンクでは、他企業Vとのコラボが困難であった。
そこで、サタンが苦肉の策として事務所に提案したのが〝魔王の力でコラボ相手を異世界召喚する〟という設定だった。これによってサタン自身も他のVtuberとコラボしやすくなったのだ。
イルカやアイノココロなど、有名Vtuberとのコラボが実現したのもこの設定のおかげである。
それでも本来、サタンのように設定の塊のようなVtuberは生配信を主体とするレオ達にじライブのライバー達とは相性が悪いはずだった。
サタンがにじライブとのコラボを許可されているのは、偏ににじライブという事務所全体で多数の視聴者を獲得している影響力のある事務所だからだ。
Vtuber業界で、事務所の名前がVtuberの名前より先に出てくるようなところは現状、にじライブくらいだろう。
『魔王軍の幹部の者とも話し合い、この力を得ることができたのだ。おかげで今日もこうしてこの場にはせ参じることができた』
[訳:スタッフさん達の協力のおかげで今日もみなさんとコラボできて感謝しかありません!]
[翻訳有能]
[滲み出る良い人感]
サタンはこうした生配信でも、基本的にロールプレイを放棄することはない。たまにうっかりすることはあるが、自分から放棄したことはないのだ。
しかし、魔王軍チャンネルの視聴者達は、サタンのそういった素の部分を楽しみにしている者が多かった。
彼の生配信が人気なのもそれが理由である。
『まあ、今では四天王の皆もコラボは楽しみにしているからな。是非ともレオ達にじライブ三期生には遊びに来てもらいたいものだ』
「こっちも召喚されるの待ってるよ!」
[絶対見るわ]
[これは実質告知なのでは?]
[大丈夫? 四天王の胃がキリキリしそう]
これについては、以前にじライブからバーチャルリンク側へと打診があった。
バーチャルリンクは視聴者達の反応を見て検討するということだったため、自然と話題に出すようにサタンもレオも言われていたのだ。
この配信により、魔王軍チャンネルとにじライブ三期生のコラボが決まったことは言うまでもないことだろう。
『それでは次いってみよー!』
【同期がデビュー早々に炎上したこと】
[草]
[こwれwはwww]
[まーた該当者一人だよ]
[火の輪潜りが得意なライオン]
[レオ君www]
表示された回答から、サタンのときと同様すぐにコメント欄でレオの名前が出てきた。
『こちらの回答はこの人!』
「はーい、俺でーす……」
[もろにテンション下がってて笑う]
[あのときは大変だったもんな]
[すぐに同期が燃えるライオン]
「いや、別に夢美と白雪に対して思うことはないんですよ。むしろ、あの二人には感謝しかないですし。でも、あんなことで燃やしにかかるクソど――アンチの方々に思うところがありましてね……」
[今レオ君、クソ共って言おうとしただろwww]
[レオ君から静かな怒りを感じる]
[普段キレることがないレオ君がここまで言うあたり相当キレてる]
『所詮は愚民共の戯言だ。捨て置くしかあるまい』
『そうですわ。あなた達を支持している声の方が大きいのですから気にしてはいけませんわ』
「いや、実害出てる時点で文句の一つも言いたくなりますよ。正直、いい加減にしてほしいです」
『し、獅子島さん、落ち着いて……』
[めっちゃキレてるじゃん]
[気持ちはわかる]
[いくつか企画延期になったりしたんだっけ?]
レオの口調こそ丁寧だが、語気から伝わる怒気に視聴者達はレオが本気で怒っていることを感じていた。
普段から穏やかで周囲から過剰にいじられても怒ることのない〝聖獣〟であるレオがここまで怒る。その事実に、視聴者達はレオがいかにアンチに対して怒りを覚えているか理解した。
「俺だけを叩くならまだスルーできるんですけど、夢美や白雪が揚げ足取りにもなってない、ほぼ捏造みたいな記事とか動画で燃やされるのはマジ腹が立つんですよ。俺達も迂闊だったところはあります。でも、そこまで気をつけなきゃ燃やされるって状況自体がおかしいなって思うんですよ。アイドル時代にも似たようなことありましたけど、ここまでしょうもないことで叩かれることはなかったので、余計に腹が立ってしまって……」
『あー、そういえば、獅子島さんって結構現役時代は週刊誌に物凄い剣幕で怒ってましたもんね』
『『『え?』』』
和音がレオの話したことに同意したことで、その場の空気が凍り付く。
今の言い方では、レオが過去に週刊誌に対して怒っていたことが世間に知られているということになってしまう。
自分の失言に気が付いた和音は慌ててレオに謝罪をした。
『え……あっ、すみません!』
「いえ、大丈夫ですよ。そのくらいじゃ身バレしませんから……た、たぶん」
[これは放送事故]
[アーカイブ残るかな]
[それだけじゃ特定できないだろ]
[特定厨を甘く見るなよ]
レオの身バレを心配した視聴者達も警告するようにコメントを残す。
そんな視聴者達のコメントをよそにレオは和音をフォローするように言った。
「ほら、俺の現役時代の態度が悪かったって話はよく雑談枠でしているので大丈夫ですよ!」
[全力でフォローに回るレオ君は今日も聖獣です]
[でも、身バレ警戒して具体的な話はあまりしてないよね]
[やっぱり有名だったんだろうな]
コメント欄はぼやかしている者がほとんどだが、一部の心無い者達は平然と〝シバタク〟とコメントしている者もいた。
これについては、友世がすぐに〝シバタク〟というワードをミュートにしたことで解決した。
『ねえ、レオ君! 今日の配信アーカイブに残しても大丈夫!? 何なら今のとこカットして動画で上げとこうか!?』
「あはは……ありがとうございます。念のためにお願いします」
『本当にごめんなさい!』
『気にしないで和音ちゃん! あっ、じゃあ和音ちゃんは視聴者達からリクエストに一つ答えて! それでチャラにしよっか!』
[ルイズコピペ朗読]
[山月記朗読]
[即興で歌作って歌って]
[ツンデレっぽく告白]
[山月記を歌にして]
友世がすかさずフォローしたことで、コメント欄もすぐにリクエストで溢れかえった。
結局、和音は即興で山月記をメロディに乗せて歌うという一番難易度の高いリクエストにこたえたのだった。
『はい! というわけで七色和音ちゃんで〝山月記〟でした!』
『……皆さん、ありがとうございました』
[一番難易度高いの選んでて草]
[企画から脱線してもここまで出来るのやばいな]
[アドリブ力の高い人間しかいないからなw]
視聴者達は改めてカラオケ組のVtuber達の対応力の高さに舌を巻いていた。
『それじゃ、次の質問いってみよっか! ドーン!』
【ここ最近であった面白い出来事】
友世がスライドを切り替えると、次のテーマが表示される。
「おー、これは結構面白いのがきそうですね」
『我らは何かと話題にことかかないからな』
【誕生日配信でコラボ相手が寝落ち】
『さて、これは誰かな!』
[あったなw]
[これはイルカちゃん]
[あれは面白かった]
『はい! イルカちゃんでーす!』
『うふふっ、あのときはビックリしましたわ』
回答の横にイルカの立ち絵が表示され、イルカは昔を懐かしむように口を開いた。
『あのときは二回目の誕生日記念枠で尊敬しているココさんとのコラボが叶って嬉しかったのですけど、あの人もかなり多忙な中来てくれたみたいで、疲れが溜まっていたんでしょうね。トーク中に爆睡していびきまでかくとは思いませんでしたわ』
「あれは伝説の放送事故ですもんね」
『そのあとお魚の方といつ起きるか予想まで始まってて面白かったですよね』
[ココちゃんめちゃくちゃ忙しかったもんなw]
[起こさないでそのままにしましょうって言ってニヤニヤしていたイルカちゃんは紛れもない畜生]
[むしろ、自分の誕生日枠で休ませてあげる天使だぞ]
イルカは以前、誕生日記念配信でコラボ相手だったアイノココロが、配信中に寝落ちしたことがあった。
場を繋ぐために視聴者と絡みながらココロの起きたときの反応を予想していたイルカは、それはもういい笑顔を浮かべていたと言われている。
『そういえば、レオ君の誕生日はいつなんでしょうか?』
『あー、それ私も気になってた! いついつ!?』
話題が誕生日になったことで、レオの誕生日の話題になった。
この五人の中で誕生日を公表していないのはレオだけだったのだ。
「三月九日ですよ」
[三月=山月 九=記]
[山月記]
[山月記]
[山月記]
[山月記で草]
[コメント欄に天才おるwww]
[えっ、マジなの!?]
「あっ、マジで山月記じゃん!」
『これは運命としかいいようがないな』
『生まれるべくしてバーチャル李徴は生まれたんですのね』
『あっはっは! 誕生日だけで笑かさないでよ!』
『凄い偶然ですね……』
[誕生日一つでここまで笑いを提供できるVがいただろうか]
[誕生日枠では3月9日歌ってください]
[本人自覚なくて草]
レオにとって誕生日はアイドルをやめてから意味のないものになっていた。
誰にも祝われることもなく、ただ毎日を過ごしていたレオにとって誕生日は、ゲーム内で特別な演出が出る日程度の認識になっていたのだ。
「いやだって誕生日ってボックス整理のためにポケセン入って気がつくくらい普段意識してなかったから……」
[おいやめろ]
[レオ君って陽キャに見えてこっち側だよね……]
[アイドル時代は盛大に祝われてたんだろうな]
[フリーター時代の落差酷そう]
レオの闇を感じさせる発言に、視聴者も同情的な反応をしていた。
『よし、この話やめよう! 次いこ次!』
重たい空気になりかけたため、友世は話を打ち切って次の話題へと移った。
それから、友世発案の企画〝Vトーーク!〟は大いに盛り上がり終了した。
それぞれ別れの挨拶をしてThiscodeを切ると、レオはまだ残っていた和音へと話かけた。
「七色さん、あれわざとですよね?」
『……気がついちゃいました?』
レオは配信中に和音がした失言について、それがわざとやったものであることを指摘した。
和音はそれを肯定して話を続けた。
『台本を見たときから思っていました。獅子島さん、あなたは自分がシバタクであることを意図的に特定厨に気づかせようとしていますよね? シバタクと同じ誕生日であることを出すなんて以前のあなたならしなかったはずです』
「誕生日枠を取りやすいようにって建前があるので、バレないと思ってたんですけどね……でも、下手したら和音さんが炎上してましたよ。そんなリスクを背負ってまで、どうして?」
レオの身バレのきっかけになったとあれば和音に矛先がいく可能性はあった。
それを心配したレオの言葉だったが、和音は朗らかに笑って答えた。
『大丈夫です。獅子島さんや皆さんなら完璧なフォローをしてくれるって信じてましたから。皆さんもこのことは知っていたんですよ?』
「そう、だったんですか……」
意図を汲んでくれていたカラオケ組の心遣いに胸が熱くなる。
レオは改めて、カラオケ組にも自分の今後について相談しておいて良かったと感じた。
『それに、これくらいのことをしなきゃ恩を返せませんから』
「恩?」
『ええ、私の人生において二度も殻を破るきっかけをくれた大恩人です』
和音の言った殻を破るきっかけ。
一度目にはレオにも心当たりがあった。Vtuberカラオケでの一幕のことである。
だが、二度目には心当たりがなかった。
一体いつのことを言っているのか、そう思ったレオだったが、ある可能性に思い当たり、恐る恐る口を開いた。
「もしかして七色さんって――朝月、なのか?」
『あはは……ようやく気づいてくれましたね』
子役時代の芸名:朝月李
本名:宇多田奈美
Vtuber:七色和音
というわけで、和音ちゃんは何気に重要人物でした!
実は彼女が6年前に書いた私の小説のメインヒロイン初期李徴でした。
たぶん、鋭い方はもう気づいていたかと思います!