Vの者!~挨拶はこんばん山月!~   作:サニキ リオ

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【回想】傲岸不遜なりの思いやり

 

 現場に到着した朝月李の仕上がりは酷いものだった。

 台詞が抜けてNGを何度も出し、その度に撮影が止まる。

 現場に入る前には全ての台詞を暗記し、台本を現場に持ち込まない主義の拓哉としては李の仕上がりには苛立ちしか覚えなかった。

 一部の共演者達も拓哉と同様に李には少しばかり苛ついていた。

 彼女が多忙であることを差し引いても、愛想だけばらまくその姿勢は好きになれなかったからである。

 

「すみませーん、台本読み込む時間もらってもいいですかぁ?」

 

 何度目になるかわからないNGが出る。

 それに対して、李は自分勝手な要求をした。

 先程から威圧感を放っていた俳優、手越武蔵は堪忍袋の緒が切れたように、彼女に苦言を呈そうとしたときだった。

 

「てめぇ、何様だ!」

「………………はえ?」

 

 武蔵よりも早く怒髪天を衝く勢いで拓哉が怒声を上げたのだ。

 それに対して、李は周囲を確認して拓哉が自分に向けて怒鳴っているのだと、遅ればせながら理解した。

 

「さっきから何度NG出す気だ! 女優の癖に台詞も碌に覚えられないのか!?」

「いや、だって、祭りの営業とか、歌番組の仕事が結構忙しくて……」

 

 拓哉の怒声にしどろもどろになりながらも、李は言い訳の言葉を並べた。

 李は子役としてデビューしていたが、彼女がブレイクしたきっかけは演技ではない。

 高い歌唱力で小学生が歌う演歌。それこそが彼女がブレイクした理由だった。中学生になった今でもその人気は健在で、主にお年寄りの層から支援を受けている。

 現在は歌番組だけではなく、お祭りなどのステージで演歌を歌う営業などもあるため、その忙しさは拓哉以上だった。

 

「そんなもん何の言い訳にもならないだろうが! 仕事がキャパオーバーなら断る、それでも受けたんならきちんとやれ! プロだろうが! 忙しくて台詞が覚えられないなら移動中にでも台本チェックでもすればいい。そんな最低限のこともせずに自分の都合で現場を振り回すな!」

 

 拓哉は自分がやっていることは、最低限共演者全員もやるべきことだと常日頃から思っていた。

 常に最高のパフォーマンスを引き出すためには弛まぬ努力が必要だと思っていたからだ。

 不慮の事故やトラブルは往々にして起こるものである。

 それも普段から研鑽を怠っていなければ対応できると拓哉は思っていたのだ。

 だからこそ、李の姿勢はどうしても拓哉は許すことができなかった。

 そして、頭に血が上った拓哉はつい怒声に紛れて本音が零れ落ちた。

 

「チビが演歌を歌ってる物珍しさだけで売れただけの奴が調子乗ってんじゃねぇぞ!」

「――――っ!」

 

 拓哉が言い放った禁句。

 それに李は硬直した後、顔を歪めて泣き出した。

 確かに李の歌唱力は高いが、ここまで売れているのは彼女が歌っているのが〝演歌〟だったからである。

 自分の孫の世代の子供が自分達の好きな演歌を歌っている。そんな姿がお年寄りに受け、話題になり取り上げられたことは李が売れた一番の要因だった。

 

「……ぐすっ……えぐっ……ひぐっ……」

「はっ、泣いてるだけで何とかなる奴はいいよな。そんなんだからお前は――」

「司馬君、言い過ぎだよ」

 

 拓哉の肩をガシッと掴んで武蔵が拓哉の言葉を遮った。武蔵は先ほどまでの威圧感は霧散して、現在は穏やかな表情を浮かべていた。

 人は自分よりも怒っている人間を見ると、冷静になるのである。

 

「タケさん! でも、こいつは!」

「わかっている。君にここまで言わせてすまない。本来なら私が言うべきことだったね」

 

 拓哉を宥めると、武蔵は出来るだけ穏やかに李へと告げた。

 

「朝月君、何がいけなかったかはわかるだろう? 少し落ち着いたら撮影を再開しよう。監督には私から言っておくから」

「……ぐすっ、は゛い゛……!」

 

 泣きながらも李は優しい武蔵の言葉に頷くと、そのまま控え室へと向かった。

 普段ならば厳しい姿勢で現場に臨む武蔵らしくない対応に、拓哉は不満そうな表情を浮かべて言った。

 

「……甘いんじゃないですか」

「あの状態になった彼女に、これ以上強い言葉をぶつけたところで立ち直る時間が長くなるだけだ。それこそ時間の無駄だろう?」

「まあ、それはそうですけど……」

「司馬君。君の言っていることは間違ってはいない。むしろ、その年でそこまでの領域にいることを一俳優として尊敬しているくらいだ。だが、言葉は凶器にもなりうるんだ。それに後半のアレはただの罵詈雑言だろう」

「……それは」

 

 図星だった。

 拓哉は以前から李の人気は分不相応なものだと感じていた。

 物珍しさだけで売れている奴が、自分達より上にいることが許せない。

 これがまだ現場でそれ相応の実力を見れたのならば話が変わってくるのだが、実際の李の仕上がりは酷いものだった。

 だから、拓哉はつい心の奥にしまっておいた本音をぶつけてしまったのだった。

 

「別に注意することは間違いではない。貪欲に上を目指すその姿勢も間違いではない。ただ相手にほんの少しの配慮をするだけで、円滑になることだってあるんだ」

「そう、ですね……あとで謝りに行きます……」

 

 諭すような武蔵の言葉に頷くと、拓哉は顔を顰めて振り絞るように言った。

 それから拓哉はふと、頭に過ぎったことを武蔵に尋ねた。

 

「タケさんって娘さんとかいらっしゃいますか?」

「いるけど、それがどうしたんだい?」

「いえ、何となくです。年頃の女の子への対応に慣れているように見えたので」

「そうかい? まあ、娘とは仲良くやってるからね」

 

 武蔵は拓哉の言葉に朗らかに笑った。彼はまだ気がついていない――仲良くやれていると思っている娘が深い闇を抱えているという事実に。

 撮影が中断している間、拓哉は自分の態度について考えていた。

 武蔵の言ったことは間違ってはない。

 しかし、どうしても自分の間違いを心から認めることができなかったのだ。

 

「拓哉君……」

 

 スタジオの端でゲッソリとした表情を浮かべた三島を見て拓哉は頭を振って自分の気持ちを封じることにした。仕事に私情を持ち込むなど、プロとして最低の行為である。

 

「三島さん。俺、朝月に謝罪してきます」

「良かったぁ……あ、ごめん。私もちょっと外すわね。胃が……」

 

 モヤモヤした思いを抱えていた拓哉だったが、ひとまずは現場を回さなければいけないという思いと、三島への罪悪感から李の控え室に謝罪へ向うことにした。

 ノックをすると、どうぞという声が聞こえてきたため、拓哉は恐る恐る中へと入った。

 李は既に泣き止んでいたが、目元を真っ赤に腫らしていた。

 

「その……さっきは言いすぎた。悪かったよ……」

「いえ、その、私もごめんなさい……」

 

 深々と頭を下げる拓哉に対して、李も謝罪をした。

 

「司馬さんに言われたこと、図星だったんです」

 

 李は自嘲するように語り出した。

 

「どうせ大人なんて愛想を振りまいていれば何も考えずに私のことを肯定する。でも、それは私自身の実力を見てくれているわけじゃない。そんなことわかっていたはずなのに……」

 

 それでも周囲からちやほやされるのは気持ちが良かった。

 自分を肯定しかしない大人に囲まれた李が増長するのは当然のことだったのだ。

 

「司馬さんはどうしてそこまでストイックになれるんですか?」

「どうして、か……」

 

 李の問いに対して、拓哉は少し考え込むとメンバーにすら言っていない言っていない自分の原点について語り出した。

 

「芸能界ってさ、飽きられるの早いだろ。だから、常に最高のパフォーマンスを見せ続けないと生き残れない。つまり、テレビに出続けられない。俺がテレビから消えれば笑顔になってほしい奴へ思いが届かない。そう思うと、毎日不安と焦りでいっぱいになるんだ」

 

 苦し気に自分の思いを吐露した拓哉に、李は意外そうな表情を浮かべた。

 仕事のことしか頭になく、冷血人間だと思っていたアイドルの年相応の苦しみを垣間見たからだ。

 

「それって好きな子ですか?」

「まあな。苦い初恋ってやつだ」

「司馬さんでも振られることってあるんですね……」

 

 驚いたように呟くと、李は意を決したように拓哉に告げる。

 

「――本当は私、演歌なんて歌いたくないんです」

「……マジか」

「マジです。本当はアニソンとか歌いたいんですけど、私は〝子供っぽくない大人びた子供〟が売りなので、甘いものも、子供っぽい趣味も全部禁止されてるんです」

 

 李は事務所、というよりはマネージャーである母親から子供っぽい部分を出すことを禁止されていた。それもテレビだけではなく、普段から生活でも禁止されていたのだ。

 彼女の我儘な振舞は自分の好きなものを禁止され、抑圧された反動という側面もあったのだ。

 

「じゃあ、煎餅とか魚の煮つけとか熱い緑茶が好きってのは……」

「そんなもの全部嘘です。好きな食べ物は甘口のカレーですし、お菓子はショートケーキが好きです。飲み物だってオレンジジュースが好きなんですよ?」

 

 李は母親から隠れるようにしてアニメを見たり、好物を口にしていた。

 いい加減、李も現状にはうんざりしていたのだ。

 

「どうせ歌で勝負するならアニソンとかそっちで勝負したかった。ありのままの自分で勝負したかったんです。まあ、無理な話なんですけど……」

「はっ、最初から諦めてたら出来るものもできないだろ」

 

 諦めたように俯く李へ拓哉は不機嫌そうに鼻を鳴らして言った。

 

「いきなりは事務所の売り方もあるから無理かもしれない。でも、何度でも直談判でもして自分の覚悟と熱意を見せつけて、実力を見せつけてやればいい。そうすれば周りだって納得せざるを得ないだろうよ」

「覚悟と熱意……」

 

 どこまでも強気な拓哉の言葉を聞いた李の瞳の炎が灯る。

 表情を引き締めた李は立ち上がると、改めて拓哉に深々と頭を下げた。

 

「司馬さん、ありがとうございます。そして、申し訳ございませんでした! 演技も全力でやりますから、改めて宜しくお願い致します!」

「こちらこそ宜しくお願い致します。またNG連発したら容赦なく叱咤するから覚悟しとけよ?」

「望むところです!」

 

 こうして再開した撮影はスムーズに進んだ。

 李はスタッフ並びに共演者全員に謝罪をして全力で演技へ臨んだ。

 カットの度に全力で頭を回し、台本を齧るようにチェックする。

 そんな必死に演技に取り組む姿勢に周囲も李を認め始めた。

 拓哉や武蔵がことあるごとにフォローするように立ち回ったことも大きかっただろう。

 しかし、そんな円滑に進み始めた現場の空気に水を差すものがいた。

 

「司馬拓哉を出しなさい!」

 

 今日の撮影も終了して全員が達成感に浸っている中、スタジオに怒鳴り込んでくる女性がいた。李――本名、宇多田奈美の母であり、マネージャーでもある宇多田翠(うただみどり)だ。

 

「お、お母さん、悪かったのは私だから……」

「あなたは黙っていなさい!」

「ひっ」

 

 母を止めようとした李は、鶴の一声で何も言えなくなってしまう。幼少期から母の言いなりになって育ってきた李は母に逆らうことができなかったのだ。

 

「私が司馬拓哉ですが」

「うちの娘に心無い罵声を浴びせて泣かせたそうね?」

「その件については李さんに謝罪して、本人からも許しをいただいております。なんなら本人に確認してみてはいかがでしょうか?」

 

 拓哉は不快感を堪えて丁寧な対応を心掛けた。

 

「この子は気が弱いの。怖くても反論できなかったんじゃないかしら?」

 

 しかし、翠の言葉を聞いた拓哉の中で何かがキレる音がした。今日でこの感覚は二度目である。

 

「……あんた娘のことちゃんと見てんのか?」

「拓哉君、ちょっと落ち着こうか。宇多田さん、すみませんうちの司馬が――」

 

 不穏な空気を感じた三島は拓哉をなだめようとするが、拓哉は止まれなかった。

 気に食わない存在のはずだった李。

 そんな彼女の本音と本気を知ったことで、拓哉は李を見直していたのだ。

 結果、李に向いていた怒りは全ての元凶である翠へと向くことになった。

 

「朝月はあんたのラジコンじゃねぇんだぞ! 確かに朝月の仕上がりは最低だったさ! でも、こいつはきちんと自分の非を認めてそのあと挽回してみせた! 気が弱いだぁ? 碌に現場も見てなかったマネージャー擬きが偉そうな口利いてんじゃねぇ!」

「拓哉君スト――――ップ!」

 

 三島が拓哉を無理矢理引きずっていき、武蔵が翠を止めたことでその場は何とか収まった。

 しかし、後日事務所から抗議の電話が入り、監督不行き届きで三島は事務所でも上司から怒られ、よりストレスを溜めこむことになった。

 それからこの話はゴシップを好む芸能記者や拓哉を嫌う芸能人達によって、悪意のある伝えられ方をして広まっていく。

 中学生に偉そうに上から目線で説教をされ、腹に据えかねていた者は芸能界に大勢いたのだ。たとえそれが正論だったとしてもだ。いや、正論だったからこそだろう。

 元々拓哉の言動や行動には過激なものが多かった。

 確かに拓哉は実力で全てをねじ伏せてきたが、相手にぶつけた言葉はどれもが鋭い刃物のようなものだった。

 足の引っ張り合いが横行する芸能界において、それは致命的な弱点とも言えるものだった。

 

 そして、彼の振舞いによって傷つけられた者達からの刃物が拓哉を襲おうとしていた。

 




この頃のレオは割とすぐにキレます。
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