結果から言えば、ドラマ〝JUMP〟は無事クランプアップを迎えることができた。
ドラマの視聴率もかなりの高視聴率を記録し、拓哉の出演したドラマの中でも名作と語り継がれる作品となった。
しかし、だ。
結局、拓哉と李は事務所が話し合った結果、以来共演NGということになってしまった。
基本的に拓哉と共演することは話題性という意味でもメリットが大きい。
それと同時に拓哉に潰されるというデメリットも同じくらいあったのだ。実際、拓哉が原因で引退した同年代の俳優やアイドルも大勢いた。
それほどまでに拓哉の影響力は大きかったのだ。
トラブルが発生した以上、共演することはお互いのためにならない。事務所側はそう判断した。たとえ李自身が大丈夫だと言っても、事務所は今までの行いから李自身のことは信用していなかったのだ。
「司馬さん、もう共演できないのは残念ですが、ありがとうございました」
「朝月の本気でぶつかってくる演技は一緒にやってて楽しかった。礼を言うのはこっちの方だ」
クランクアップを迎え、拓哉と李は笑顔で話をしていた。
すっかり我儘な面が鳴りを潜めた李は、人が変わったように凛々しい表情を浮かべていた。
「今はまだ実力不足ですけど、いつか絶対自分のやりたいことを出来る人間になってみせます」
「おう、待ってるよ。ただ、急がないとどんどん先に行くけどな」
二人は強気に笑い合うと固い握手をした。
「そういえば、どうしてやりたくもないのに子役を始めたんだ?」
「うち、実家が金沢の温泉旅館なんです」
李は拓哉に尋ねられて素直に自分の実家のことを話した。
「旅館の経営がちょっと怪しくて、宣伝になればと思ってお母さんにやりたいって言ってみたんです。そしたら、いつの間にかウケルからって演歌ばっかり歌わされるようになって……でも、演歌を歌ってるとおばあちゃんが喜んでくれたから、今更嫌いとも言えなくなっちゃったんです」
「実家が温泉旅館ってことは、朝月のお母さんって元々若女将とかだったのか?」
「あー……まあ、教育は受けていたみたいですけど、本人はあまり乗り気じゃなかったみたいです。東京への憧れも強かったみたいですし」
李の母である翠は元々旅館の跡継ぎとして育てられ、番頭である李の父と結婚した。
結婚後、李と彼女の妹である美恵を出産した翠は、子育てと並行して若女将としての教育を受けた。
初めから旅館業を継ぐことが決まっていた翠はやりたくもない仕事をやらされることに不満を覚えていた。
そこで李の提案を聞いて、渡りに船とばかりに彼女を子役として売り出すことに賛成して実家を飛び出したのだ。
「何か、大変そうだな」
「昔はお母さんもあんな感じじゃなかったんですけど、私が成長して売れなくなることを危惧してるみたいで、焦ってるんですよ」
「そっか、あの人もいろいろ大変なんだな」
「でも、私決めました。お母さんに全部押し付けて言いなりになるんじゃなくて、自分の意志も見せようって」
強い決意を感じさせる表情でそう言うと、李は笑顔を浮かべた。
「さて、タケさんもお母さんを押さえるのも限界だと思いますし、これでお別れです」
「安心しろ、朝月の活躍はテレビでしっかり見といてやるさ」
「ええ、お互い頑張りましょう!」
こうして拓哉は一人の女優の人生を変えることになった。
そして、彼自身の人生も刻一刻と変わっていくことになるのであった。
それから月日は流れ、とある現場のスタジオの廊下。
そこにはフリフリとしたピンクの衣装に身を包んだ一人の少女――いや、少年がいた。
歯を食いしばり、屈辱の表情を浮かべた男性アイドル、司馬拓哉は女装して歌うバラエティー番組の企画に参加していた。
拓哉の人気は下がりつつあった。
再三注意されても態度を改めず、傲岸不遜な振舞をつづけた結果がこれである。
マネージャーである三島も必死に仕事をかき集めていた。
しかし、世間の評価も下がり、人気の低迷した拓哉へ回ってくる仕事は碌なものがなかった。
「あれ、司馬君か?」
「うわ、懐かしいな」
「っ!」
廊下ですれ違ったかつての同期のアイドル。彼らは地道に努力を重ねて今ではテレビにもひっきりなしに出るほどに人気になっていた。それはかつて拓哉にかけられた心無い言葉をバネに努力し続けてきたからだ。
「……ラッキーだったな。そんなになっても仕事があるなんて」
「あ――――」
かつて自分達のライブのバックダンサーをしていた彼らにかけた言葉。それをそっくりそのまま返された拓哉は、フラフラとした足取りのまま控え室へと戻った。
「拓哉君、お疲れ様。さっきのステージ凄かったわ! 笑い者にしようとしてた奴らも文字通り実力で黙らせてやったわね! 辛いかもしれないけど、この調子で頑張ればまた――」
「三島さん」
一足先に控え室に戻って飲み物などを準備していた三島は拓哉のステージを絶賛する。
たとえ女装して歌うという色物としての参加でも、拓哉のパフォーマンスは他を圧倒していたのだ。
これからの展望について語ろうとした三島の言葉を拓哉は遮って言った。
「俺は、いつまでこんなことをすればいいんですか?」
「拓哉、君……」
悔しさのあまり涙を流す拓哉を三島はそっと抱きしめて呟いた。
「ごめんね……私が不甲斐ないばっかりに。ごめんね……」
「くっ……!」
それから拓哉が泣き止むまで三島は彼のことを優しく抱きしめるのだった。
悔しさを噛み締めながらも、拓哉はすぐに立ち直ると、三島と共に次の番組の収録へと向かった。
人気が落ちても拓哉達STEPには自分達の番組がある。今日はそんなSTEPの冠番組〝STEP UP!!〟の収録がある日だった。
「お疲れ……」
控室に入った拓哉を見てメンバー達は気遣わしげな表情を浮かべたが、それを振り払うように努めて明るく振舞った。
「よお、拓哉! 今日もバシっと頼むぜ!」
「……拓哉がいないと締まらない」
「今日もカッコいい拓哉君を見せてよ!」
「おう……!」
気を使われていることは拓哉も理解していた。それが拓哉をより一層苦しめた。
それでも、メンバー達からの期待に応えないわけにはいかなかった。
「拓哉、今日のステージパートのダンスで相談があるんだが」
「トレーナーにはOKもらってたろ」
「俺が納得できないんだよ。拓哉も納得してねぇだろ?」
「……拓哉、僕も拓哉の意見が聞きたい」
「僕もいいかな!」
「ったく、しょうがねぇな……」
STEPのメンバー達は以前にも増して拓哉に頼るようになった。
彼らの意識も拓哉の影響を受けて上がっていたことも大きい。
妥協せずに上を目指す。その姿勢はSTEPにとって当たり前のものになっていた。
そんなメンバー達を見て拓哉は思った。こいつらの足を引っ張っている俺は何をやっているのだろうと。
収録が終わり、控え室に戻った拓哉達はてきぱきと帰りの支度をする。
そんな中、ちょうどテレビで放送されていた番組が目に入ってきた。
「朝月……」
ガチンコのど自慢大会。
歌に自信のある出場者達がこぞって出場する番組だ。
そこにかつてお互い研鑽することを誓い合った李が出演していたのだ。
「あー、この子って拓哉に心フルボッコにされてまともになった子だっけか」
「……良樹」
「っと、悪い」
「気にするな」
良樹の無神経な発言を三郎が咎める。少しばかり悪くなりかけた空気だったが、李が歌を歌いだして無邪気に慎之介がはしゃいぎ始めたことで、それは緩和された。
「この人歌うまいね!」
「ああ、見違えたよ」
有名なアニメソングである〝Butter-Fly〟を見事に歌い上げた李の姿に、拓哉は久しぶりに笑顔を浮かべた。
しかし、見事に歌い上げた李の歌は審査員に酷評されることになった。
悔しそうに審査員の厳しい意見を聞いている李の姿を見て、拓哉を含めてSTEPのメンバー達は不快そうに顔を顰めた。
「何だこの専門家気取りの審査員」
「……気取りじゃなくて専門家だよ」
「何の?」
「……さあ?」
「……実力で黙らせればいい、か」
テレビ越しに聞いても李の歌は見事なものだった。それが通じなかった。
その現実を目の当たりにした拓哉は表情に影を落とした。
それから結局、拓哉達STEPの状況が好転する日はこなかった。
努力した者が報われる。それは当たり前のことではない。芸能界にいるのならば、尚更のことである。
「やめるってどういうことだよ!」
これ以上仲間の足を引っ張ることに耐えられなくなかった拓哉がSTEP抜けることを決意した日。
良樹は拓哉の胸倉を掴み、拓哉を睨みつけた。
そんな良樹の言葉に、拓哉は強気に笑って答えた。
「はっ、俺はソロの方が向いてるんだよ。いい加減お前らのお守なんてやっていられないってことだ」
「拓哉、お前……」
無理をしていることなど明らかだった。痛々しい拓哉の様子に、良樹はやりきれない表情を浮かべて手を離した。
「……逃げるのかい」
「やめちゃやだよ……」
「うるせぇ! もう決めたんだよ!」
引き留める三郎と慎之介を振り払うと、拓哉は振り返らずに歩みを進めた。
「拓哉君……私は――」
「三島さん、いろいろとすみませんでした。これからはあいつらのことを宜しくお願い致します。お世話になりました」
三島へ深々と頭を下げると、拓哉は返事もまたずにまた歩き出した。
それから彼のソロ活動が始まったが、碌な結果にならなかったのは言うまでもないことだろう。
そして、高校二年生のとき、拓哉は芸能界を引退した。
回想は今回で終了です。
さて、もうあとは上がるだけだ。