「……それにしても、当時と全然雰囲気違いますね」
『いや、あなたがそれを言いますか』
レオは朝月李時代の和音との過去のやり取りを思い出して混乱していた。
和音は髪型だけではなく、性格も当時とは違っていた。
気の強さは歌が絡んだとき以外ではほとんど見受けられない。少なくとも、和音は知らない人と会話するだけで緊張するような人間ではなかった。
「どうしてあのとき黙ってたんですか?」
レオは3Dカラオケ大会のときに、何故自分が朝月李であることを言わなかったのか和音に尋ねた。
『獅子島さんが全然気づいた様子もなかったですし、周りに他の人達がいるのに昔話なんてできませんよ。まあ、あとは単純にタイミングを見失ったっていうのも大きかったのですが……』
「ああ、確かに……」
あのときは全員の所属が違う上に、初対面だった。
レオや和音のように芸能界にいた経験があることをひけらかすような場でもなかったのは確かである。
『でも、皆さんが連絡先を交換しているとき交ざれたのは、唯一面識のあった獅子島さんがいたからなんですよ』
「ああ。あのとき、本当さらっと交ざってきましたよね」
レオは、友世やサタンと和気藹々と連絡先を交換しているときに、和音がさりげなく交じってきたときのことを思い出した。
『まさか、話題になっているにじライブの新人があの司馬さんだとは思わなかったので、凄く驚きましたよ。見た目も雰囲気も変わってて同姓同名の別人かと疑ったくらいですよ……でも、あのときのパフォーマンスを見て確信しました――この人は衰えていないって』
和音の言葉を聞いてレオの脳内に、3Dカラオケ大会のときの光景が蘇る。
『あなたの本気を見せていただけますか』
あのときの和音の挑戦的な言葉。それに込められた意味をようやく理解することができたのだ。
『というか、いつまで敬語使ってるんですか。私、獅子島さんより二つ年下なんですけど』
「あはは……どうも癖が抜けなくて」
レオは和音に会ってからというもの、ずっと敬語で接していたため、朝月李として接していた頃の態度で接することに抵抗があった。
「でも、
『ええ、お願いします!』
そこで、レオはふと和音の性格について疑問に思っていたことを尋ねた。
「雰囲気変わったといえば、七色はどうしてそんなに気弱な性格になったんだ? 昔はそんなにコミュ障じゃなかっただろ」
『……私がガチンコのど自慢大会で酷評されたことは知っていますよね』
レオの疑問に対して、和音は暗い声音で当時のことを語り出した。
『一から真面目に仕事に取り組んで、事務所の人達にも認められてきたと思っていたんです。歌う曲だって自由にしていいって言われました。その結果はさんざんでしたけど……』
和音は演歌で鍛えた歌唱力を武器に番組に臨み、酷評された。
理由はいろいろあったが、「これなら演歌を聞きたかった」という言葉が和音の心に突き刺さった。
『それだけなら、また頑張ろうって思えました。でも、全部仕組まれてたんです。審査員の人は事務所側から〝私には演歌しかない〟って思わせるために、演歌以外を歌ったときは酷評するように言われていたんです』
「なっ……!」
衝撃の事実にレオは絶句する。
当時、和音は人気がレオと同様に低迷しつつあった。
原因は彼女の身体的な成長にある。
小学生だったからこそ、映える演歌と大人っぽさのギャップ。それが成長と共に失われつつあったのだ。身も蓋もない言い方をすれば、和音の旬はとっくに過ぎ去っていたのだ。
それでも祭りの営業などは変わらず来ていたため、安定した仕事はあった。成長したとしても、お年寄りからの人気は変わらずあったのだ。
演歌さえ歌い続けていればまだ何とかなる。そんな状況で和音は〝自分の好きな歌で挑戦したい〟と言いだした。
その結果、和音の事務所は愚かな選択をした。彼らにとって和音は演歌を歌わなければ用済みのタレントでしかなかったのだ。
『信じていた大人達に裏切られた。それは足元が崩れていくような感覚でした。それ以来、私は歌が歌えなくなりました。それだけじゃない。周囲の人間は自分を貶めようとしているんじゃないかって感じるようになって学校にも行けなくなりました。中学二年生で芸能界を引退した後はまる一年不登校になってました』
「……その、聞きづらいんだけどお母さんは?」
『ああ、あの人は私が使えなくなったので、別の子のプロデュースに切り替えてましたよ。私が不登校の間もバタバタと忙しそうに他の子達を使い潰していましたね。今も同じことを繰り返しているんじゃないですかね? もう連絡も取っていないので知りませんけど』
和音らしくない棘だらけの言葉。それだけで彼女と母親の現在の関係性が窺えるだろう。
実家に帰るという選択肢もあった。
しかし、演歌を捨てて芸能界を引退したということが和音は後ろめたかったのだ。
元々旅館の宣伝のために子役デビューして、祖母の喜ぶ演歌で有名になった。
和音が実家に帰省するようになるまで、時間がかかったことは想像に難くないだろう。
『幸い演歌で稼がせてもらいましたし、私の手元にもお金はありました。だから、高校卒業後は独立してバイトをしながら専門学校に通って声優を目指しました』
和音は不登校の間、ずっとアニメを見ていた。
元々禁止されていたものを堂々と見れる。以前にも増してアニメにどっぷりとハマった和音はいつしか声優に憧れた。
自分の心を癒してくれるアニメ。そんな作品に息を吹き込む人間になりたい。和音はそう思うようになったのだ。
『でも、専門学校の授業で演技をしようとしたとき、人前で演技をしようとして昔のことがフラッシュバックして過呼吸になって倒れちゃったんです。そんなときに助けてくれたのが、イルカさん――彩香さんだったんです』
「イルカさんが?」
まさかイルカの名前が出るとは思っていなかったレオは驚いたように声を上げた。
『ええ、困ったときはいつでも相談してって言われて、そのときは信用しきれていなかったんですけど、何度も助けてもらう内に心を開けるようになったんです』
「まさか、七色がVになったのって……」
『はい、声優として駆け出しの頃に彩香さんがVになったと知りました。それも四天王と呼ばれるほどの大物になっていて驚きました。そんな姿に憧れたんです。声優としては有名になれない状況もあって、声優事務所と親会社が同じ〝Vacter〟のオーディションに挑戦して〝七色和音〟になったんです。まあ、オーディションって言っても、当時は倍率自体低かったんですけどね』
苦笑しながらそう言って和音は昔話を締め括った。
自分以上に壮絶な過去を経験した和音の話を聞いて、レオは改めて自分は家族に恵まれたのだと感じていた。
『獅子島さん――いえ、司馬さん』
レオの名前を呼び直すと、和音は3Dカラオケ大会のときと同じ言葉をかけた。
『あなたの本気を見せていただけますか』
かつてレオに影響を受けて殻を破り、周囲の悪意で潰された和音。
彼女の激励の意を含んだ言葉を聞いたレオは、
「ええ、喜んで……!」
――肉食獣のような獰猛な笑みを浮かべ、あのときと同じ言葉を返したのだった。