レオを除いたSTEPの元メンバーで構成されたバンド〝Triangle〟の人気は武道館ライブを経験したことがあるといえば理解できるだろう。
これは慎之介が声優として成功し、テレビにも出演するほど有名になったことも大きいだろう。
ライブ会場に到着したレオ、夢美、林檎の三人はそわそわしながら待機列に並んでいた。
「大丈夫なの?」
「ああ、あいつらも話せばわかってくれるさ」
「いや、そっちじゃなくて……」
夢美は会場内に並んでいる花の中で〝司馬拓哉〟と書かれた花を指さして言った。
「あんまり目立つことすると身バレに繋がるんじゃ……」
「そっちか」
「あのさー」
周囲を気にして小声でやり取りしている二人に、林檎がスマートフォンの画面を見せる。
そこには、ツウィッターのトレンド欄に〝シバタク〟〝STEP〟という文字が並んでいた。
「ツウィッターでも話題になってるねー。もしかしてわざとー?」
「もちろん、祝う気持ちもあったさ。まあ、何も考えずに送ったわけじゃないことは確かだけどな」
レオは悪戯をする子供のような笑みを浮かべると、林檎の追求をはぐらかした。
それからライブ会場の中に入った三人は、サイリウムを準備してライブ開始を待った。
しばらくすると、会場内の注意事項が放送されてライブが開始された。
「みんなー! 今日は僕達のライブに来てくれてありがとう!」
『きゃあぁぁぁぁ! しんちゃぁぁぁん!』
慎之介の挨拶に反応して、会場内には女性ファンの大歓声が響き渡る。
「やっぱ慎之介の人気は凄いな」
「売れっ子声優だもんね」
「黄色い声援ってやつだねー」
『それじゃ早速一曲目いくよ!』
そこから始まったパフォーマンスは圧巻の一言に過ぎる。
アイドル時代にレオのスパルタによって鍛えられた高い歌唱力は、声優になってからさらに磨きがかかっていた。
それだけではなく、慎之介、良樹、三郎の演奏技術のレベルもかなり高かった。
一曲一曲に魂が籠もっているように感じる演奏は、彼らのたゆまぬ努力と連携によって生み出されたものだ。
それにどこか寂しさを感じたものの、レオは純粋にかつての仲間達の躍進を心から喜んでいた。
夢美と林檎も三人の演奏にすっかり魅せられ、ノリノリでサイリウムを振っている。
何曲か歌い終え、額に汗を浮かべた慎之介はMCを始めた。
「今日は最高の一日だよ!」
笑顔でそう言うと、間を空けて慎之介は言った。
「だって、僕達にとって大切なもう一人の仲間がライブを見にきてくれてるんだからさ!」
一瞬にして会場にざわめきが広がっていく。
みんな慎之介が誰のことを言っているか理解しているからだ。
「俺ァ、後で小言を言われないか心配だわ」
「……僕達は最高の仕上がりでここにいる。文句なんて言わせない」
良樹と三郎もレオのことについて言及する。
二人の言葉に苦笑すると、慎之介は弾けるような笑顔を浮かべて叫んだ。
「もちろん、僕達だけが最高な思いをして終わるんじゃダメだ。みんなにとっても最高な一日になるようにまだまだ突っ走るよーーーー!」
『きゃあぁぁぁぁ!』
それから曲の説明をした慎之介達は再び歌い出した。
最高の盛り上がりを見せたライブも終わり、レオは緊張した面持ちで夢美と林檎を連れて控え室へと向かった。
スタッフに自分が司馬拓哉であることを告げると、スタッフは目を見開いたまま三人を控え室へと案内した。
周囲のライブスタッフの好奇の視線に晒されながらも、レオは控え室の扉をノックした。
「どうぞー」
慎之介の声を聞いたレオは、深呼吸をすると努めて明るく振る舞って控え室に入った。
「よ、久しぶりだな」
「拓哉君! 久しぶり! 今日は来てくれてありがとね!」
レオの姿を見るなり、慎之介ははしゃぎながら駆け寄ってくる。彼に尻尾があったのならば、ブンブンと激しく振られていたことだろう。
そんな相変わらずの慎之介の反応に笑顔を浮かべると、レオは夢美と林檎を紹介した。
「こっちは同期の中居由美子と手越優菜だ」
「は、はじめまして、中居由美子です!」
「どもどもー、手越優菜でーす」
夢美と林檎が自己紹介をしたことで、慎之介は驚いたように目を見開いて呟く。
「手越ってまさか……」
「ま、芸能界にいたことあるならパパのこと知らない人はいないかー」
手越武蔵の娘であることを隠しもせず、林檎は飄々とした様子で答える。今の林檎は有名な両親の娘であることに対して何も気にしていなかった。
「その……ライブの演奏を頼んでおいて挨拶が遅れて悪かった。当日はよろしく頼む」
レオはそう言うと深々と頭を下げた。
かつての傲慢な態度で仲間に接していたレオからは考えられない姿に、久しぶりに彼に再会した良樹、三郎は驚いたように目を見開いた。
そして、良樹は不機嫌そうに鼻を鳴らすと、嫌味ったらしくレオに告げた。
「はっ、あのトップアイドル、シバタクも丸くなったもんだな」
「良樹君」
顔を顰めて良樹の態度を諫める慎之介だったが、長年溜まっていた良樹の不満は収まることはなかった。
「何が新しいスタートだ。勝手に一人で美談にしてんじゃねぇぞ」
「俺は……」
「……拓哉てめぇ今まで何してやがった。俺達がどんな思いでいなくなるてめぇの背中を見送ったと思ってんだ!」
良樹はアイドル時代、STEPのメンバー内でレオとよく衝突していた。
負けん気の強い彼は常に上から目線のレオが気に食わなかったのだ。
それでもレオが言っていることの正当性は認めており、彼の意見がグループのことを考えてのものだということも理解していた。
気に食わないからこそ、負けたくない。
良樹にとってレオは仲間であり、ライバルだったのだ。
「どんなに気に食わなくても仲間だと思ってた。なのにてめぇは俺達に一度も相談なんざしたことなかった。何の連絡もよこさないで、何年も俺達を放っておいてVtuberデビューしてまた夢を追いかけ始めましただぁ? ふざけんな!」
だからこそ、レオが勝手に自分に見切りをつけてSTEPを抜け、事務所もやめたこと、何の報告もせずにVtuberデビューしていたことに腹を立てていたのだ。
「お前にとって俺達は何だ? 都合の悪い過去の人間か? 一緒に頑張ってきた過去を勝手になかったことにしてんじゃねぇぞ!」
「都合の良いことを頼んでいるのは重々理解している。良樹の言う通り、俺はずっと目を逸らしていていた。なかったことにしようとしていた。それでも俺は――」
「そのいい子ちゃんぶった態度やめろや!」
激高する良樹に頭を下げようとするレオだったが、その態度はむしろ逆効果だった。
「てめぇは上から目線で、完璧主義で、周りなんか知ったこっちゃねぇって態度で、本当にムカつく野郎だったさ! でもな……でもなぁ!」
良樹の胸の内に燻る炎は収まることはない。一度爆発した思いはとめどなく溢れてくる。
「格好良かったんだよ。妥協もせず、どこまでも上を目指してるてめぇの姿は癪だが、格好良かったんだよ……だから、こんな腑抜けた拓哉なんて見たくなかった」
「良樹……」
アイドル時代には知ることはなかった。いや、知ろうとすらしなかった良樹の思いを聞いたレオは自分の愚かさに顔を顰めた。
「だいたい、Vtuberって何だよ……ぬるい環境で叶えた夢なんざ、たかが知れてるだろうが」
「何?」
吐き捨てるように言った良樹の言葉。それはレオにとって聞き逃せないものだった。
「Vtuberってあれだろ? ダベってるだけでポンポン金投げてもらえる美少女動物園だろ。そんな環境で――」
「もっぺん言ってみろ!」
良樹の言葉に、先程まで冷静だったはずのレオは良樹の胸倉を掴んで持ち上げ、彼を壁に叩きつけた。
「俺のことは何とでも言え! だけど、この二人のことだけは侮辱するな!」
「んだよ、やんのかコラァ!」
「ちょ、ちょっとやめなよ!」
「私達なら気にしてないからさー!」
「良樹君も落ち着きなよ! 言いすぎだよ!」
「……何やってんだか」
夢美と林檎が慌ててレオを押さえ、慎之介が良樹を押さえる。そんなやり取りの最中も、三郎は一歩離れたところで呆れたようにため息をついていた。
「二人共冷静になりなよ! 拓哉もあたし達のために怒ってくれるのは嬉しいけど、今日は喧嘩するために来たわけじゃないでしょ?」
「だけど、こいつが!」
「別に私達は、碌に見もしないで批判するような奴に何言われたって気にしないからさー」
気にしない、と言いつつも、林檎はレオを宥めながらギロリと良樹を睨んでいた。
林檎は林檎で、大切な仲間であるレオと夢美を批判されたことに対して怒っていたのだ。
「……悪かったよ。その、つい、言いすぎた」
そんな林檎の怒気に怯んだ良樹は、自分が失言したことを理解して素直に頭を下げた。
力なく項垂れた良樹はそのまま自分の思いを吐露する。
「……慎之介からライブの話を聞かされたときは嬉しかったさ。何年も放置しておいて何様だとも思ったさ。でも、俺達を頼ってくれた。また一緒にステージに立てる。そう思うと心が躍ったんだ」
「良樹君……」
「…………」
良樹の言ったことは、慎之介も、三郎も、思っていたことだった。
一度も頼ってくれなかったあのレオが自分達を頼ってくれた。
それがどんなに嬉しかったかはSTEPとして一緒にやってきた者でなければわからないだろう。
素直に感情を露わにする慎之介と違い、素直じゃない良樹や、無口な三郎は「あくまでも仕事なら」と今回のレオの依頼を受けたのであった。
「でも、お前はもう新しい仲間と一緒に踏み出していた。今回のこれを最後にお前はSTEPへの思いを吹っ切ろうって腹だろ」
「それは違う!」
良樹の指摘をレオは全力で否定する。
「STEPの司馬拓哉としてお前達と歩んできた道の先である今に俺は立っている。さんざん回り道したが、ようやく自分の進むべき道に戻ってこれたんだ。吹っ切るんじゃない。俺は取り戻したいんだ。夢も、お前達とのことも全部だ! だから俺はお前達にもう一度、一緒にスタートラインに立ってほしかったんだ!」
「だが、Vtuberとバンドじゃ……」
「俺がメジャーデビューすりゃ絡む機会なんていくらでも作ってやる! 前例が何だ! 俺が、俺達がそんなもん作ればいいだけの話だろうが!」
「拓哉……お前」
傲岸不遜で有言実行。
昔の面影を垣間見た良樹は、唖然とした様子で獰猛な笑みを浮かべるレオを眺めた。
「……拓哉が全力でやりたいことなら別にいいんじゃないの?」
先程からずっと黙っていた三郎が口を開く。レオの言葉を肯定したあと、彼は珍しく心から笑顔を浮かべて言った。
「……僕は応援する。それに協力も」
「三郎……ありがとう!」
レオは無口で何を考えているかわからない三郎の言葉に、涙を流しながら礼を述べた。
「もちろん、僕も応援するよ!」
「あたし達も忘れないでよ?」
「ライオンバンド楽しみだねー」
こうして全員の気持ちが一丸となったことで、全ての準備が整ったのであった。