レオの身バレ騒動も落ち着き、3D化配信の日が近づいてきた。
レオの登録者数は爆発的に増加しており、元アイドルのシバタクがどんなパフォーマンスを見せてくれるのかという3D化配信への期待も高まっていた。
そんなプレッシャーを物ともせずに、レオはツウィッターで募集した音声の編集を行っていた。
多くの袁傪達から送られてきた大切な声。その一つ一つをレオはマネージャーである飯田と手分けして編集していた。
「こっちの分のミックスは終わりました。そっちはどうですか?」
『こっちも完了しました。あとは獅子島さんの分を僕の方でミックスしますので、データを送っていただければ大丈夫です』
「何から何まですみません」
『何言ってるんですか。あなたを全力でサポートするのが僕の仕事ですよ』
マネージャーのする業務の範囲は超えていても、飯田は嫌な顔一つせずにレオのサポートを行っていた。
多忙なかぐやのサポートとの二足の草鞋。それは決して楽なものではない。
それでも、飯田は今自分に出来る全力のサポートを行うことに生きがいを感じていた。
事務所の顔であるライバーと元トップアイドルであるライバーのサポート。経験の浅いマネージャーが背負うにはあまりにも重い責務。それを背負う覚悟はとうの昔に出来ていた。
『獅子島さん、実は僕って元々ボカロPだったんです』
「えっ……」
ボカロP。それは音声合成ソフトを使用して自作の曲を作成する者達の総称である。
ニヤニヤ動画の全盛期に流行り、多くの歌い手がボカロPの作成した曲を歌い、歌ってみた文化の火付け役になった存在だ。
まさか飯田がそのボカロPの一人だったとは思っていなかったレオは、衝撃の事実に絶句していた。
「ちょ、ちょっと待ってください。ボカロPってマジですか!?」
『曲を投稿しても伸びなかったので、自分には才能がないんだって諦めちゃったんですけどね』
実際のところ、飯田の作成した曲は流行らなかっただけでそれなりに人気はあった。同時期に爆発的な人気を誇る曲が出てきてしまった間の悪さも手伝って、流行らなかっただけなのだ。
どんなにいい物を作っても、世に出すタイミングは重要である。インターネットが発達した現代ならば尚の事である。
『何もかも諦めて、情熱も忘れてただ毎日を過ごしていました。趣味もなく、暇つぶしとばかりにネットサーフィンをする毎日。適当に行った大学を卒業して、周囲に合わせて就職しました。もう普通に暮らせればそれでいいやって』
「……その気持ち、わかります。俺もそうでしたから」
情熱を注いでいたものから離れ、何に熱中するわけでもなく毎日を過ごす。
その虚無感をレオは誰よりも知っていたため、飯田の言葉には強い共感を覚えた。
「でも、どうしてそこからにじライブに?」
『僕って元々にじライブの親会社であるFirst labの社員だったんです。目的も夢もなく大企業だからと入社した会社でしたが、可もなく不可もなく働いているときに元々First labの営業部にいた綿貫さん――今の社長から声をかけられたんです』
飯田はFirst labのマーケティング部に所属していた。
マーケティング、と言っても彼が実際にアイディアを出す場面はなかった。
ほとんど上司の作成した資料をまとめるだけの日々を過ごしていた飯田は、ただ給料をもらうために出社していたと言っても過言ではなかった。
そんな環境でも親しい人間はいた。
業務を定期的にサボるために吸い始めたタバコがきっかけで、営業部の人間達と仲良くなったのだ。
営業部の中でも成績の良かった綿貫幹夫。現在のにじライブの社長とは趣味が合ったため、歳は多少離れていたが親しくなれた。
その縁がきっかけで飯田はにじライブへと入社したのだ。
『久々に誰かに必要とされたのは嬉しかったんです。条件も悪くなかったですし、にじライブへ行くのに抵抗はありませんでした。先輩への同行でマネージャー業務を学んで、ついに自分の担当を持てると聞いたときは凄く嬉しかったです。それがあのシバタクとなれば特に』
飯田が元ボカロPということは綿貫からかぐやへと伝えられており、彼が元々マーケティング部に所属していたこともあり、レオの担当にはピッタリだと飯田をレオのマネージャーへと任命した。
しかし、飯田を待っていたのは臆病な自尊心と尊大な羞恥心を拗らせた落ちぶれたアイドルだった。
『正直、最初はトントン拍子に行くだろうと高を括っていました。シバタクの凄さは知っていましたし、面接ではすっかり丸くなった様子だという話も聞かされていましたから』
「うっ……その、当時はご迷惑をお掛けしました」
飯田の言葉で、デビュー当時に燻っていたことを思い出したレオは、バツの悪そうな声音で謝罪した。
『いえ、悪いのは獅子島さんの実力に胡坐をかこうとしていた僕なんです。自分の意見も碌に言わず、サポートらしいサポートもできなかった僕はマネージャー失格でした』
飯田はそう言うと、当時のことを思い出しながら続きを語った。
『僕のサポートが足りないばかりに、諸星さんからの方針変更の話を聞かされたとき思ったんです。僕は何をやっていたんだろうって』
飯田はにじライブに入社してから一生懸命に仕事へ打ち込んでいたつもりだった。
だが、それが前を見ずにがむしゃらに目の前の仕事に向き合っているだけの〝逃げ〟だということに気がついたのだ。
努力とは、正しい環境で、正しい方向性のものでなければ効果がない。
そのことに気がついたときには、レオへの気持ちを爆発させた夢美が炎上していた。
自分達の軽率な行動がトラブルのきっかけになったことで飯田は、やっぱり自分は新しい環境に来てもダメな人間なのか、と諦めかけていた。
だが、四谷と共にかぐやから激しい叱咤を受けて、飯田は逃げることをやめる決意をした。
どんなに努力しても成果など付いてこない。そうやって自分自身に勝手に見切りをつけることをやめたのだ。
全力で頭を回して自分に出来ることを最高のパフォーマンスで行う。自分の持っている長所も碌に生かさずレオのサポートを行っていた飯田は、一から自分を見つめ直すことにした。
そして、再びレオと共に一歩ずつ前へと歩みだしたのだ。
『僕はもう逃げません。竹取かぐやと獅子島レオのマネージャー、飯田恭平はこれからも全力であなた達を支える所存です』
飯田は決意の籠った言葉を口にした。
その言葉はレオの胸を熱くした。
レオとしては、飯田にはデビュー当時から迷惑ばかりかけている負い目があった。
元アイドルなどという、大層な肩書をぶら下げているのに碌に成果も出せずただただ不甲斐なかった。
自分の長所と向き合わずに逃げていたのはレオも同じだったのだ。
だが、夢美に臆病な自尊心と尊大な羞恥心を蹴り飛ばされ、また走り出すことができた。
他企業Vtuberとの繋がりができ、レオが一段と有名になった3Dカラオケ大会。
袁傪達の声を集めて行った十万人記念配信。
カラオケ組との突発的なコラボ配信。
夢美との実家帰省トラブル。
そして、今回の意図的な身バレ騒動。
上げればキリがないが、レオのライバー人生は飯田のサポートなしには成り立たなかっただろう。
レオは改めて自分のマネージャーが飯田で良かったと、心から思ったのであった。
「ありがとうございます。俺も飯田さんのサポートに全力で応えますよ。3D化配信、絶対に最高のステージにしましょう!」
『もちろんです!』
それからレオは笑顔を浮かべると、自分が他企業のVtuberと絡んだことで大きく伸びるきっかけとなった3Dカラオケ大会のときと同じ言葉を口にした。
「背中は預けますよ、マネージャー」
『ええ、任せてください!』
飯田もレオの言葉に笑顔を浮かべると、力強く答えたのだった。
今回でマネージャー三人衆の回をようやく全て書くことができました!
思えば、最初はダメダメだったこの三人の成長をここまで描けたのは作者的にも感慨深いものがありますね。