オープニングトークを終えたレオはそこから連続で四曲歌い、一旦トークを挟みつつ水分補給の時間をとった。
「いやぁ、やっぱレオの歌は最高だわ!」
「おっ、トークの間だけ来る夢美さんチッスチッス」
「あたしだけはぶられてるみたいな言い方はやめろ!」
[草]
[居酒屋に来るおっちゃん感]
[おっ、やってる?]
[ステージ脇に暖簾ありそう]
レオが水を飲んでいると、夢美が再びコミカルな動きで画面内にやってきた。
今回の3D配信では、序盤は夢美の出番が少なかったが、この後は彼女の、いや〝バラレオ〟の見せ場が待っていた。
「ま、せっかく来たんだし、何か歌ってく?」
「ね゛え゛え゛え゛! 何であたしの扱いそんなに雑なの!?」
「日頃の行いじゃないか」
「ぐぅの音も出ないが?」
[草]
[残当]
[これは納得するしかないわ]
いつものように雑な扱いをされて喚いている夢美。そんなそっけないレオと喚く夢美のやり取りもバラレオの人気の理由の一つだった。
「まー、いいじゃん。バラギも得意のリズム感で見せちゃいなよー」
「おっ、あたしの本気見せちゃう?」
「お前ついて来れるのかよ」
「あたし天才だかんなー、余裕っしょ」
[お前の目の前にいるの元トップアイドルやぞ]
[二十四時間不眠不休で企画に挑戦した後ノンストップライブやった化け物達だぞ]
[――――ついて来れるか]
夢美がこうして調子に乗っているときは大抵の場合、痛い目を見るのがお約束である。だが、今日ばかりは違った。
「おっ、〝獅子島レオ3D〟トレンド一位? まあ、当然だよな――うわっ、またガチライオンになっちまった!」
打ち合わせ通りレオが調子に乗った発言をすると、レオの3Dモデルが再びガチライオンへと切り替わった。
「ハハハッ、ざまぁ! あたしを雑に扱った罰じゃい!」
「まったく、トレンド入りして調子に乗るからだよー」
[また茶番www]
[茶番たすかる]
[今度は何が始まるんです?]
三期生達による茶番は壮大な前振りだと理解している袁傪達は、次の曲への期待に胸を膨らませた。
「そういえばさー、二人は幼馴染だよねー」
「それがどうしたんだ?」
「バラギが前に配信で喧嘩別れで疎遠になったって言ってたけど、どんな感じだったのー?」
[唐突な説明口調]
[露骨な前振りやん]
「ボッチだったあたしに女子に人気のあったレオが構ってきて、嫉妬で攻撃されたって感じかな。まあ、あたしの態度も攻撃的だったからよくなかったんだけど」
「あのときは悪かったよ。俺が後先考えずに行動したせいで……」
「気にしないで。ああやってレオが声をかけてくれたことには救われてたし」
[てぇてぇ]
[たすかる]
[何そのラブコメ!]
初めて聞くレオと夢美の過去話に、袁傪達は胸を高鳴らせていた。
そして、次の曲が何かもおおよその検討が付いていた。
「でも、あのときの一言は堪えたな」
「あー、〝あんたなんか大っ嫌い〟って言ったやつね」
「えー、バラギそんなこと言ったのー?」
わざとらしく非難するような声を上げたあと、林檎はニヤニヤしながら夢美へと問いかける。
「で、今の気持ちはどうなんすかー?」
「いやいや、別に普通だって」
「普通って何すかー? このままじゃレオがガチライオンのまんまだよ!」
[出た、厄介カプ厨www]
[おい、さりげなく白雪キーボードのとこ戻っていったぞ]
[前振り長くてワロタ]
林檎が煽るように夢美の周りをぐるぐる回り、所定の位置へと戻っていく。
それから躊躇いがちに、夢美は口を開いた。
「それは、その、まあ……大嫌いなはずだった! 今は一緒にいて楽しいです! これで満足!?」
夢美が叫んだ瞬間、レオの見た目が再びガチライオンから正常なものへと変化する。
そのまま演奏が始まり、レオと夢美はタイミングを合わせると歌い出しと同時に踊り始めた。
「君の声一つで~♪ こんなにも変われるって~♪」
[変わる(見た目)]
[だから、これがやりたかっただけじゃんwww]
[ネタを挟まないと死んじゃう病のライオン]
[やっぱり、バラレオと言ったらハニワ]
この曲はレオも夢美も好きなアーティストの曲である。幼馴染みの恋愛模様を歌ったこの曲は、以前レオの初歌枠にも歌ったことがある思い入れのある一曲だった。
「あ~なたの真っ直ぐが~♪ 大嫌いなはずだった~♪ 私のヒーローなんだ、目が合ってきづいた♪ 胸がキュンと鳴いた♪」
[バラギの動きキレッキレやん]
[レオ君と並んでも遜色ないのヤバイ]
[さすがのリズム感]
[動きピッタリ揃ってててぇてぇ]
レオと共に踊りながら歌っている夢美の姿は、普段のイメージをひっくり返すほどに可憐だった。
レオのダンスについて来れるのも、彼女の努力の賜物である。
そんな夢美の姿に、袁傪達も感動していた。
「い~しきしちゃ~った♪」
[あ゛!]
[夢美ちゃんは破壊力が高い]
[夢美ちゃん復帰おめでとう!]
曲が終わると、夢美ちゃんとバラギは別人というネタコメントでコメント欄が溢れかえる。
「別人説やめろや!」
[あっ、バラギおかえりー]
[悲報、夢美ちゃん卒業]
[もうちょっと余韻に浸らせろ]
袁傪というより中身はほぼ妖精でもあるのだが、そんな視聴者達と夢美とのやり取りを見てレオは苦笑しながら先を促した。
「まあまあ、袁傪のみんな。まだまだ出番あるから安心してくれ。さて、次は何を歌うかな……」
レオがそう言って後ろを振り向くと、林檎と慎之介、良樹、三郎の全員が顔の前で親指、人差し指、中指を広げたポーズをとっていた。
「よし、じゃあそれでいこう」
「いっちょやったるか!」
[チューリングラブやんけ!]
[ガチライオンが揃ってそのポーズは草]
[これは期待]
この曲のサビの部分の独特な踊りは有名だったため、袁傪達はすぐにレオ達が何を歌うのか把握していた。男女で歌うことが人気のこの曲を、レオと夢美はまた踊りながら歌う予定なのだ。
「あー、恋の定義がわかんない♪」
「まずスキって基準もわかんない♪」
「要は、恋してるときが恋らしい♪」
「客観?」
「主観?」
「「エビデンスプリーズ!」」
[はい神]
[これは破壊力がやばいぞ]
[にじライブきっての男女カプがこれを歌うという]
男女で歌うことに定評があるこの曲だが、Vtuberが男女の組み合わせで歌うには少しばかりハードルが高い。この曲を歌うには、お互いの関係性が知れ渡っている男女Vでなければやりづらいのだ。
「「チューリングラブ♪ 宙に舞ったったって信じないけど~♪ フォーリンラブ♪ いまはABCすらバグりそうだ♪」」
[あ゛(尊死)]
[俺達もバグりそうだ]
[てぇてぇよ、てぇてぇだよ!]
寸分狂わぬタイミングで、共に踊りながらこの曲を歌うレオと夢美の姿に袁傪達の心臓は臨界点を迎えていた。
近づいたり、離れたり、もどかしい恋模様を表現するようにレオと夢美は踊る。
かつて周囲の悪意やすれ違いにより、近づいたと思ったら離れてしまった二人。
そんな二人の交わらないと思った道は再び交わった。
仲睦まじげに踊る二人の様子を画面の向こうで眺めていたもう一人の幼馴染、布施真礼も心からの笑みを浮かべていた。
「「シンプルなQ.E.D.♪」」
[888888888888]
[888888888888]
[888888888888]
[これはいいものだ……]
[答えは得たQ.E.D.]
[この尊さはまだガンには効かないがそのうち効くようになる]
それからもレオと夢美はU-tubeで人気の歌って踊ってみた系の動画の曲を踊り続けた。
ライブの盛り上がりは最高潮に達していた。袁傪はデビュー前のレオと同じように画面の前でサイリウムを振っていた。かつて夢のような時間を与えてもらったレオは、かぐやにしてもらったように、袁傪達に夢のような時間を提供していた。
そして、とうとう最後の曲の時間になった。
「さて、名残惜しいですが最後の曲になります!」
「「えー!」」
[えー!]
[えー!]
[えー!]
「コメント欄とシンクロしてるとこ悪いが、スタジオの時間が結構押してるんだ」
にじライブでは3D配信を行うためのスタジオを持っている。
しかし、3D化したライバーも多いにじライブでは、頻繁にスタジオを使用するため、あまり好き勝手に時間を延長することは厳しかった。
「まあ、最後の曲を歌う前にちょっと袁傪のみんなに聞いてほしいことがある」
レオはそう前置きすると、静かに語り出した。
「俺は今回の3D化配信はこれからの〝ステップアップ〟のためにも最高のものにしようと思ってた。実際、ここまで本当に最高の盛り上がりになったと思う。でも、夢美や林檎、ライオンバンド達だけじゃない。袁傪のみんながいてくれたからこそ、今日俺は最高のステージに立てているんだ」
[よせやい]
[レオ君が頑張ってきたからやで]
[やっぱり聖獣]
「みんな本当にありがとう。やっぱり袁傪のみんなは俺にとって最高の友達だよ。いつも支えてくれてありがとう。この前の騒動のときも温かい言葉をくれてありがとう。ずっと、見守っていてくれてありがとう。感謝しだしたらキリがないよ」
[感謝してるのはこっちの方だ!]
[これ以上頭下げたら札束ビンタするぞオラァ! ¥50,000円]
[もうしてて草]
心からの感謝の言葉に袁傪達は胸が熱くなるのを感じた。
顔も本名も知らない袁傪達。画面を挟んだ向こう側の友人達には、レオの気持ちはしっかりと伝わっていたのだ。
「無限な夢のあとの何もない状態だった俺がこうしてここに立てているのは紛れもなくみんなのおかげだ。だから、感謝の気持ちを込めて歌います!」
[ん?]
[そういや、サビの部分の音声募集してた曲って……]
[まあ、あの曲だよね]
「ここが最高? まだまだ盛り上がれるだろお前ら! さあ、いくぜ、〝Butter-fly〟!」
肉食獣のように獰猛な笑みを浮かべたレオは高らかに曲名を宣言する。
その曲はかつて共に芸能界で研鑽することを誓った同士、朝月李――七色和音が仕組まれた評価で心を折られた曲でもあった。
「ゴキゲンな蝶になって~♪ きらめく風に乗って~♪ 今すぐ君に会いに行こう~♪」
[これはゴキゲンな李蝶]
[李蝶で草]
[まーたレオ君が神曲歌ってるよ]
[俺達に刺さる曲しか歌えないライオン]
[オタク特攻が過ぎるぞ]
この曲はアニメソングを代表する一曲だ。
カラオケ店でデンモクの履歴を見れば、高確率でこの曲が入っていること間違いなしの神曲である。
二十代から三十代の層の人間に刺さるこの曲は、誰もがレオに歌ってほしいと望んでいた曲でもあった。
レオは息を吸い込むと、思いっきりサビを歌った。
「無限大な~夢のあとの~♪ 何もない世の中じゃ~♪ そうさ愛しい~♪ 想いも負けそうになるけど♪」
[無限大なあああああああああああ]
[無限大なあああああああああああ]
[無限大なあああああああああああ]
コメント欄にはこの曲を歌ったとき、お決まりのコメントが流れる。
それからAメロをソロで歌い終わると、レオはBメロを夢美、林檎と共に歌いだす。
そして、長い間奏に入ったとき、レオは夢美と林檎の合いの手が響き渡る中、画面の向こうの袁傪達に声をかけながらスタッフへとアイコンタクトをした。
「画面の前の袁傪達! お前達も一緒に歌ってくれ! お前達の声は既に俺に届いてるからなぁ! 声が届かなかった袁傪だって画面の前でボサッとしてないで、コメント欄で歌ってくれ! そんじゃ、気合入れていくぞ!」
レオは事前に袁傪達に呼びかけ、この曲のサビの部分を歌った音声を送るように依頼していた。レオの元へ届いた多くの友人達の声。
飯田と手分けして編集した音声、リハーサルで何度も合わせたタイミングでスタッフはそれを流した。
『無限大な~夢のあとの~♪ 何もない世の中じゃ~♪ そうさ愛しい~♪ 想いも負けそうになるけど♪』
[無限大なあああああああああああ]
[無限大なあああああああああああ]
[無限大なあああああああああああ]
[無限大なあああああああああああ]
[無限大なあああああああああああ]
レオ、夢美、林檎、慎之介、良樹、三郎、そして袁傪達。
全ての声が混じり合い、弾けて混ざる。
そんな感覚を覚えたレオは、かつて慎之介と再会したときに彼が言っていた言葉を思い出した。
『ファンのみんなも僕も何もかも一つになって弾けて混ざる。そんな不思議な感覚だったよ。最後には歌も歓声もまるで、それが本来のメロディのように感じて、何もかもどうでもよくなってただひたすらに楽しかった。本当は昔の夢が叶って嬉しいはずなのに、ライブが終わったらそんなことまるっきり忘れてたよ』
――ああ、本当にお前の言う通り〝控えめに言っても神〟って感じだなこれは。
レオは袁傪達の声に紛れて歌う慎之介を見て笑顔を浮かべた。
「On My Love~♪ ……みんなありがとう! 最高の時間をありがとう! それでは、おつ山月! 本当にありがとう!」
「「袁傪のみんな、おつ山月!」」
[888888888888]
[888888888888]
[888888888888]
[最高の時間をありがとう! ¥20,000円]
[これは何度もアーカイブを見返してしまう]
[レオ君を推してて良かった! ¥40,000円]
[ライオンバンドも最高だった! ¥30,000円]
[夢のような時間だった]
[おつ山月!]
[おつ山月!]
[おつ山月!]
何度も感謝の言葉を口にしながらもレオは配信を終える。
レオの3D配信の同時接続数は十五万を超え、スーパーチャットの総額は一千万を超えた。
これはVtuber界の歴史的にも快挙と言える数字だ。
にじライブの歴史に再び伝説が刻み込まれた瞬間である。
こうしてレオの3D化配信は最高潮のままに終了したのであった。