とある都内のレッスンスタジオ。
そこでは二人のライバー、茨木夢美と白鳥まひるがイベントライブに向けてダンスレッスンを受けていた。
「はいステップ! ワン、ツー、スリー、フォー、ファイブ、シックス、セブン、エイト! ワン、ツー、スリー、フォー、はいターン!」
「うわっ!」
テンポの速いダンスについていけず、足のもつれたまひるが転倒する。
華麗なステップを刻んでいた夢美はまひるの転倒に気がつき、すぐに駆け寄った。
「まひるちゃん、大丈夫!?」
「……あはは、ごめんね」
夢美に抱え起こされながらまひるは申し訳なさそうに苦笑した。その表情には長時間のレッスンによる疲労が色濃く浮き出ていた。
「ちょっと休憩にしましょうか」
疲労困憊のまひるの様子を見てレッスントレーナーは休憩を挟むことにした。
水分補給をしながらレッスンスタジオの端っこに座り込んだまひるは表情に影を落として呟いた。
「……ごめんね、足引っ張っちゃって」
「気にしないでよ!」
まひるの表情からはいつもの溌溂とした様子は欠片も見受けられない。
サタンとの確執があった頃と同じような暗いまひるの姿に、夢美は努めて明るく振舞った。
自分に憧れてライバーになった夢美に気遣われてしまったことで、まひるはますます表情を暗くした。
まひるはずっと前を向いてライバーとして駆け抜けてきた。
しかし、まったく後ろを振り返らなかったわけではない。
弟であるサタンと確執があったとき。
慕っていた先輩である林檎に拒絶されたとき。
二期生として活躍し始めた頃、同じ二期生の一部からやっかみを受けたとき。
乙姫が引退して心を痛めるかぐやにかける言葉がなかったとき。
まひるは決して何も気にせず呑気に生きているわけではない。
辛いことがあれば人並みに傷つく、それを見ないようにしてきただけだ。
「私ってさ、鈍くさくてバカだからいっつもこうなんだよ。本当、情けないよね」
「そんなことないよ。だって、あたしはまひるちゃんがいたからここにいるんだよ? 人の人生を変えるほどの影響を与えられるって凄いことだと思うし、情けないなんてことないよ」
夢美はまひるに憧れてライバーになった。
いつも自分に元気をくれたまひるが情けないなどと一度も思ったことはなかったのだ。
そんな心から自分を慕ってくれる夢美へ、まひるは問いかけた。
「……ねえ、バラちゃんはどうして私に憧れたの?」
「うーん、やっぱり可愛いからかなぁ。あっ、あとは芯が強いところ!」
「芯が、強い?」
予想していなかった答えが返ってきたことで、まひるは困惑したように首を傾げた。
「確かに最初はただ可愛いから見てただけだったよ。でも、まひるちゃんの配信を見ているうちに思ったんだ。この人は〝ブレない〟なって。自分の好きなことを自由にやっててブレない。周りに何て言われようともそれを貫くまひるちゃんの姿にあたしは憧れた」
まひるの配信を見ていると、配信活動が心から好きだと言うことが伝わってくる。
本人が心から楽しんでいる。その姿勢は夢美の心を動かした。
ただの娯楽として見ていたはずの配信者は、いつからか憧れの存在へと変わった。
「あたしさ、ライバーになる前はガラス清掃会社で働いてたんだ」
夢美は昔を懐かしむ様に語り出した。
「その当時は実家に居づらくて、高校を卒業してから逃げるように就職した。休みは少ないし、肉体労働だし、大変だったよ。現場のおじさん達は良い人ばっかりで、先輩社員の人達も優しかったけど、やっぱりやりがいは感じなかった。危険手当とかも付くから言うほど給料は悪くなかったけど、お金を稼いでたまの休日は寝るだけ。正直、何のために生きてるんだろうって思いながら毎日を過ごしてたんだ」
そこで言葉を切ると、夢美は笑顔を浮かべて言った。
「でも、まひるちゃんを見てて思ったんだ。あたしも自分が楽しいと思うことを全力でやってみようって。あたしにとってまひるちゃんは人生を変えるきっかけをくれた凄い人だよ」
「……でも、私はそんなに凄くないよ。こうして今も足を引っ張っちゃってるし」
最近のまひるは忙しさも相まって心に余裕がなくなっていた。
頭で思い描くように動けないということがまひるの心に焦りを生んでいた。
なまじ普段から天真爛漫に振舞っていた分、その反動が来ていたのだ。
「いいんじゃない?」
「ほへ?」
「確かにあたしは元々雛鳥だったし、まひるちゃんの良いところしか見てなかったと思う。でも、それはまひるちゃんがライバーとして良いところをうまく見せていたってことだよ。だから、今は後輩としてまひるちゃんの今まで知らなかったところを知れて嬉しいよ!」
「バラちゃん……」
どこまでも自分を肯定してくれる夢美の言葉にまひるは胸が熱くなるのを感じた。
夢美の言葉は盲目的に自分を見て出た言葉ではない。
まひるの良いところも悪いところも見た上で、まひるを凄いと言ってくれたのだ。
目尻に溜まった涙を拭うと、まひるはいつものような弾けるような笑みを浮かべた。
「ありがとね、バラちゃん。まひる、頑張る!」
「その意気だよ! 一緒に頑張ろ!」
夢美とまひるは笑い合うと固い握手をした。
それからレッスンが再開された。
気合を入れたからと言ってまひるの運動神経が改善されるわけでもなく、その後もまひるはミスを連発した。
だが、そこからまひるが弱音を零すことはなくなった。
完璧なステップを刻む夢美に食らいつくように、まひるはレッスン終了の時間まで全力で踊り続けた。
「お二人共、お疲れ様です!」
「夢美ちゃん、今日もバッチリ決まってたね! 白鳥さんも後半の気迫は凄かったですよ!」
レッスンが終わり、シャワーを浴びて身支度を済ませると、夢美のマネージャーである四谷とまひるのマネージャーである原が労いの言葉をかけてきた。
「ありがとうございます! この後はラジオ収録でしたっけ?」
「ええ、ここから浜松町まで移動して収録後は事務所で打ち合わせですね」
「うへー、スケジュールキッツ……」
原から告げられた過密スケジュールに、夢美はゲンナリしたように肩を落とした。
「ごめんね、夢美ちゃん。もう少ししたらガッツリ休めると思うから」
「ああ、うん。大丈夫。ちょっと疲れただけで、仕事があること自体は嬉しいから」
謝罪する四谷に気にしないように言うと、夢美はラジオの仕事について思いを馳せる。
「ラジオかぁ……配信と違って台本ある分事故率は低いかな」
「でも、バラちゃんは失言とか気をつけないとダメだよ? 特に下ネタとか」
「うっ、それはそうだね……」
夢美は基本的に下ネタは中学生男子レベルの発言で止めるように意識している。
その辺りのレベルが程よく視聴者が喜ぶラインだからだ。
ちなみに、下ネタを平気で言うライバーである桃華は余裕でそのラインを超越していたりする。
「私達も見ているから自由にやっていただいて構いませんよ」
「そっか、なら安心だね!」
「うーん……まあ、クソマロを読むような感じでお便りを読んでいけば大丈夫かな」
「何でクソマロ限定……」
談笑しながらレッスンスタジオを出ると、夢美はまひるに声をかけた。
「ねえ、まひるちゃん」
「ん、何?」
「ずっと前からあなたの配信を見ていました。いつも元気をくれてありがとうございます。あなたに憧れてライバーになりました。これからも応援しています」
初配信のとき、まひるに言いたかった言葉。
当時は緊張で詰まって出てこなかった言葉はすんなりと夢美の口から紡がれた。
夢美はその言葉に付け加えるように言った。
「それと、これからもよろしくね!」
「うん、もちろんだよ!」
まひるも夢美の言葉に対して、いつものように満面の笑みで答えた。
今回登場したまひるのマネージャーの原さんですが、マネジメント部ではかぐやに次いで偉い人になります。部門のリーダー的なポジションですね。