今日は案件の打ち合わせがある。
ライバーになって初めての大規模な案件のため、林檎はわくわくしていた。
そして、それ以上に久しぶりにレオや夢美と会って話が出来るということが何よりも彼女の胸を高鳴らせていた。
「あっ、白雪さん。お疲れ様です」
「お疲れー」
「昨日の〝Apple Radio〟好評でしたね!」
「小人も面白いマロ送ってきてくれるし、半分は小人のおかげだけどねー」
事務所に到着すると、忙しそうに仕事をしていた亀戸が笑顔で駆け寄ってくる。
林檎の担当マネージャーである亀戸だが、彼女は三期生のマネージャーの中では一番余裕があった。
基本的に亀戸の担当するライバーには問題児が少なく、問題を起こしにくいことが大きかったからだ。
そんな彼女が忙しそうにしているのは、新たにマネジメント部に所属した人間の教育担当を行っていたからである。
昔の自分というわかりやすい反面教師がいる亀戸の説明は、教育を受ける側にとってもわかりやすかったのだ。
現在マネジメント部が人員を増やしているのは、現在募集している四期生のメンバーのサポートを万全のものにするためだ。
にじライブでは、万全の体制でライバーのサポートを行うために、予てからマネージャーの育成に力を入れていた。
三期生の募集を三人で打ち切ったのは、レオ、夢美、林檎、という桁違いの化け物達が入ってきて、その直後にデビューした者が霞んでしまうためだ。
デビュー後の話題性は、ライバーとしてのスタートダッシュを切る上で大切なのである。
元よりマネージャーの育成が追いついていないという内部事情もあったため、四期生の募集は早めに行いつつ、マネージャーの育成も行っていたのだ。
「にしても驚いたよー。まさか遊園地の案件くるとは思ってなかったし」
「諸星さんのおかげでリアルコラボはやりやすくなりましたからね。おそらく、前例をどんどん増やして案件の幅を広げようとしているんだと思います」
「ま、Vtuberってなんだっけって思わなくもないけどさー」
Vtuber業界で魂の話はご法度とされている。
そのため、現実世界が絡む案件は回ってきづらい傾向にあるのだ。
例えば、最近よくある脱出ゲームなど、生身の人間が行わなければいけないものの案件などをこなすのは不可能と言っていいだろう。
Vtuberに回ってくる案件といえば、アプリやゲーム、ゲーミングPCの案件がメインである。
数少ない例外として、元祖Vtuberであるアイノココロはカップ麺や競馬場など、〝案件の女王〟として種類豊富な案件をこなしているが、彼女はそもそもの企業の資金力や知名度などが違う。
そんなアイノココロでさえ現実の案件やコラボの際にはモニターを用意して、そこに映し出すという形でのコラボしか行えない。
だが、かぐやは自分を映さずに現地に赴いて撮影を行い、後から編集で自分の立ち絵を表示するという荒業で現地に行かなければいけない案件を成立させた。
にじライブが設定よりも、ライバー本人の個性を尊重して自由な配信を出来る環境ということも大きく、今まで有名ユーチューバーにしかいかなかったような案件をにじライブは獲得できるようになったのだ。
林檎、というよりも三期生にきた今回の案件。
それは山梨県にある大型遊園地のお化け屋敷の案件だった。
園内のお化け屋敷が林檎が配信でプレイしていたゲームとコラボするため、その案件として三期生に白羽の矢が立ったのだ。
動画投稿の予定は撮影日から期間が空いており、動画のプレミア公開の後にゲームの方も配信を行っていく予定だった。
ちなみにこの話を聞いた三期生は揃って「サファリパークじゃないんかーい!」とマネージャーにツッコミを入れていた。
会議室に入ると、そこには一足先にかぐやが資料を用意して待っていた。
「お疲れ様でーす」
「お疲れ様。今日は随分と早いな」
「ま、朝は配信の予定なくて暇でしたしねー。というか、何でわざわざ事務所で集まったんですかー? 普通にオンラインで共有できる内容だと思いますけど」
こうして集まるのが好きな林檎としては構わないのだが、全員多忙な身である。わざわざ事務所に集まるのは非効率的だと思っていたこともあり、林檎は事務所で打ち合わせを行う意図をかぐやへ尋ねた。
「……オンライン会議にすると、資料だけ共有するように頼んで逃げるドアホがおるんや。まあ、今回は集まる面子のほとんどが外におるからな。まひるとバラギはラジオ収録、レオはレコード会社との打ち合わせ。あと一人は外回りから事務所に戻ってくる予定やしな」
「ほ? 外回り?」
外回り、という単語を聞いた林檎は怪訝な表情を浮かべた。
まるで集まるライバーの中に事務所側の人間がいるような口ぶりである。
そこまで考えた林檎は、夢美の凸待ち配信にきた引退済みのライバーが社員であったことを思い出した。
「もしかして内海さんが?」
「ちゃうちゃう。あいつは引退済みやから来んわ。……休暇ついでに誘ったんやけど断られたしな」
そう言うと、かぐやは拗ねたような表情を浮かべた。
「今回の案件は仕事しつつも思いっきり遊んでリフレッシュできる案件やし、あいつにも来てもらいたかったんやけど『会社の経費を無駄遣いするわけにはいかない』の一点張りでな……」
かぐやがため息をつくのと同時に会議室のドアが開いて、夢美とまひるが入ってくる。
「「お疲れ様です!」」
二人に続くようにマネージャーである原と四谷も入ってくる。
それから、打ち合わせ時間五分前にレオと飯田が入ってきた。
「お疲れ様です!」
「すみません、打ち合わせが長引いてしまいました!」
「事前に連絡はもらってたし、時間ピッタリやから問題ないで。それに、まだ全員揃ってないしな」
現在、会議室にいるのはかぐや、まひる、レオ、夢美、林檎、それぞれのマネージャー達である。
もう一人は誰なのか。全員が首を傾げていると、申し訳なさそうな表情を浮かべた男が入室してきた。
「よく間に合ったな」
「いやぁ、すまない。会談が長引いてしまってたけど、ダッシュで事務所まで戻ってきたからね」
「「「綿貫社長!? お、お疲れ様です!」」」
会議室へやってきたのは、にじライブの社長である綿貫幹夫だった。
まさか社長である綿貫が来るとは思っていなかった原を除いたマネージャー陣は、一斉に立ち上がると揃って背筋を伸ばして頭を下げた。
「あれ、その声……もしかして、かっちゃんさん?」
初対面のはずなのに聞き覚えのある声だと思った夢美は、頭に思い浮かんだ名前を口にした。
「おっ、正解だよ。リアルでは初めましてだね、茨木君?」
「てことは――」
「――にじライブの社長が幻の一期生〝狸山勝輝〟!?」
レオと林檎は驚いたように声をあげる。三期生のマネージャー達に至ってはかぐやのときと同じように魂が抜けているような状態になっていた。
「そういえば、あなた達はまだ知らなかったんですよね」
にじライブが子会社化する前から勤めていた原は当然一期生の全員が社員であることは知っていた。
三期生の反応を見た綿貫――いや、勝輝はどこか寂し気に飯田へと告げた。
「ていうか、他二人はともかく飯田君は前の会社で僕とさんざん話してるんだから気づいてくれてもいいでしょうに」
「いえ、その、狸山さんの配信はほとんど見たことがなくて……」
「ま、最近はほとんど配信出来てないし無理もないか」
飯田は親会社であるFirst labに勤めていたときから勝輝とは仲が良かった。
にじライブへと来たのも勝輝から誘われたからである。
そんな飯田に気づいてもらえなかった勝輝は少しだけ寂しさを覚えていたのだ。
しかし、曲がりなりにも彼は社長である。
気持ちを切り替えて表情を引き締めると、勝輝はかぐやに今回の案件についての説明をするように促した。
「それじゃ、打ち合わせを始めようか。諸星君、今回の案件について説明を頼むよ」
「承知致しました」
先程まで同期として和やかな雰囲気だったかぐやは気を引き締めると、完全に仕事モードへと移行した。
それに釣られるように会議室にいた全員が真剣な表情を浮かべた。
「今回の案件は現地で撮影を行う案件になります。場所は山梨県。皆さんもご存じの大型遊園地になります」
パワーポイントで作成された資料をプロジェクターで映し出すと、かぐやは説明を続けた。
「今回は敷地内の一部を借りての大規模コラボ〝にじライブランド〟とお化け屋敷とゲームのコラボが重なった形になります。先方との打ち合わせの結果、撮影日を重ねた方が無駄がないという結果になりました」
今回の案件で向かう遊園地では、定期的にアニメや他のコンテンツとのコラボが行われる。
現在、遊園地の敷地内には忍者アニメとのコラボスペースがあり、その場所が今回はにじライブのコラボスペースとなる予定である。
「まず、注意していただきたいのは、にじライブランドの方は遊園地からの案件。お化け屋敷の方はゲーム制作会社からの案件ということです。動画投稿時期も違うため、うっかり私達全員で遊園地に行ったということは口外しないようにしてください」
案件というものには、当然普段の配信よりも厳しい守秘義務が課せられる。
今回の件に関していえば、少なくともコラボ発表までは情報を口外することは厳禁だった。
「にじライブランドのナレーションの収録は既に私も、白鳥さんも、狸山さんも終了しております。スケジュールとしては、現地に行っての撮影のみが残っている状態になりますね」
そこで言葉を区切ると、かぐやはスライドを切り替える。
切り替えたスライドには、山梨県でのタイムスケジュールが記載されていた。
「私と白鳥さん、狸山さんの撮影が開園一時間前、白雪さん達三期生の案件は閉園直後になります。間の時間はアトラクションに乗り雑談枠のネタにしてください」
今回の案件では、それぞれの撮影の間が大幅に空いている。そのため、空いた時間では雑談枠のネタ作りという名目で自由にアトラクションで遊んでよいことになっていた。
つまり、今回の案件では仕事で遊園地にいき、フリーパスでいつでも遊べるのである。
これほど嬉しい案件もないであろう。
「一日目は十八時から事務所前に集合して荷物を積み込んで出発、二日目が現地での撮影、三日目は休養日とし、四日目に帰る予定になっております」
「あの、かぐや先輩。気になってたんですけど、どうして三泊四日の予定なんですか?」
案件の撮影は一日で済む話である。それが何故三泊四日の予定になっているのだろうか。
以前にこの話をもらったときからの疑問に思っていたことをレオは率直に尋ねた。
「あの遊園地で丸一日遊べば、次の日に疲れるのは目に見えています。最近、忙しいあなた達の体力面、精神面を考慮した休養ですよ」
悪戯っぽく笑うとかぐやはウィンクをした。
つまるところ、今回は案件に託けて最近忙しいライバー達への休養も兼ねていたのだ。
「ちなみに同行するスタッフは、飯田と亀戸になります」
「あれ、よっちんは?」
四谷が同行しないことに疑問を持った夢美が四谷の方を見ると、四谷は酷く落ち込んだ様子で事情を説明した。
「ミコちゃんのデビューが近くてバタバタしてて私はいけないの。うぅ……」
「まあまあ、四谷さん。今度、オフでみんなで行けばいいじゃないですか」
「よっちん、絶対お土産買ってくるからね!」
そんな四谷を苦笑しながら原が宥め、夢美もお土産を買ってくることを約束した。
「あのー、現地ではどこに泊まるんですかー?」
「うちの親会社であるFirst labの保養所〝レイクサイド河口湖〟だよ」
林檎の疑問には、かぐやに代わって勝輝が答えた。
First labの保養所〝レイクサイド河口湖〟は河口湖の近くにあるスポーツジムや、温泉など、充実した設備を兼ね備えた宿泊施設である。
会社の保養所のため、社員とその親族は一泊千円という格安料金で利用できるということもあり、First labの社員達は定期的にこの保養所を利用している。ちなみに、一番多い利用用途は営業部の人間の接待ゴルフだったりする。
「案内なら任せてください! 私、毎年行ってるので施設のことに関しては詳しいですよ!」
「そういえば、亀ちゃんって社長令嬢だったねー」
当然、First labの社長令嬢である亀戸は幼い頃から毎年この保養所に旅行に行っていたため、ほとんど別荘くらいの感覚で施設のことや周辺の観光情報を知り尽くしていた。
「河口湖の周辺なら聖地巡礼できそうだな……」
「あ、獅子島さん。自転車のレンタルもあるので河口湖周辺のサイクリングも可能ですよ」
「マジで!? 絶対三日目早起きして巡るわ!」
普段冷静なレオですらこの浮かれ具合である。
この場にいるライバー達は漏れなく全員が浮足立っていた。
「こらこら、まずはしっかり案件をこなしてからやで」
「えっ、でもバンチョー、ウッキウキでバーベキュー場予約してなかったっけ?」
「まひる?」
「あはは! ごめんごめん」
自分も浮かれていたことをバラされたかぐやは、恨みがましくまひるを睨んだ。
「まあ、とにかく今回の企画は絶対に成功させましょう。案件バシっとこなして、ゆっくり心も体も休めなきゃな」
「魔王軍の人達とのコラボもあるもんね」
「東京に帰った次の日ってのがアレだけど、こんだけ休みもらえば十分っしょー」
一通り、当日のスケジュールの確認などが終わったことで、かぐやはニヤリと笑うと号令をかけた。
「当日は案件をしっかりこなして思いっきり楽しむで!」
『おー!』
こうしてにじライブの大型案件もとい旅行計画は始動したのであった。
今回のお話は八月末に友人と富士急に行ったときからずっと考えていたお話でした。
このお話にたどり着くまでまさか五ヶ月以上かかるとは思っていませんでした……。