Vの者!~挨拶はこんばん山月!~   作:サニキ リオ

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【一日目】山梨までの道中から到着後

 飯田と亀戸の運転で山梨へ向かう車内。

 普段、話す機会のない勝輝と話せるということもあり、レオと夢美は車内で勝輝と談笑していた。

 

「勝輝さん達一期生って全員社員なんですよね」

「ああ、そうだよ。諸星君が竹取かぐや、内海君が竜宮乙姫、僕が狸山勝輝としてデビューしたんだ」

「でも、どうして社員がVになったんですか?」

 

 レオだけでなく夢美も以前からそこは疑問に思っていた。

 Vtuberをプロデュースするのならば、普通は一般に募集をかけてそこからデビューという流れになるはずである。

 

「うちの親会社の〝First lab〟は知っているね?」

「ええ、有名なIT企業ですから」

「当時、僕らは全員First labの社員だったんだ。僕が営業部、諸星君がマーケティング部、内海君が総務部っていう感じでね。確か、飯田君はFirst labのマーケティング部にいたから諸星君とは面識があったはずだよね」

「あはは……あの頃は厳しいし怖いしで苦手でしたけどね。まさか転職してまた部下になるとは思いませんでした」

 

 実は飯田はFirst labにいた頃、諸星と同じ部署で働いていた。

 何をするにしても受け身で積極性もなく、ミスの多かった飯田は頻繁に諸星から叱られていた。

 かぐやが本格的ににじライブプロジェクトの担当になり、部署が変わったことで飯田との関わりもなくなった。まさか転職後にかぐやが上司になるとは飯田も夢にも思っていなかったのだ。

 

「当時は標準語で話していましたし、同じ部署だった時間も短かったので全然気づきませんでしたよ。ニヤニヤ動画はよく見てましたけど、Vは熱心に見る方ではなかったので」

「俺も諸星さんがかぐや先輩だって知ったときは心臓が口から飛び出るかと思いましたよ」

「林檎ちゃんの復帰配信のときはビックリしたよね」

 

 かぐやが標準語で話すときと関西弁で話すときは声色まで変わる。

 余程彼女と密接に関わっている人間でなければ、正体に気づくことは難しいだろう。

 

「元々First labでは誰でも手軽にVtuberになれるアプリ〝二次元LIVE〟を開発していたんだ。僕らはそのテスターに選ばれたんだ」

 

 当時、別のアプリ開発も行っていたFirst labはVtuberの流行りに乗って、急遽ライブ配信を主体とするVtuber向けのアプリの開発を始めたのだ。

 ライブ配信文化の象徴でもあるニヤニヤ動画が衰退、U-tubeを活動の場とするユーチューバーの台頭、そしてVtuberの登場。当時マーケティング部として優秀な社員であったかぐやが提案した企画である〝二次元LIVE〟はすぐに上長承認が取れ、開発がスタートした。

 

「かぐや君のマーケティング能力は非常に高かったからね。彼女自身、学生時代は映像研究部で動画制作をしていた経験もあるし、真っ先に彼女がテスターに決まったんだ。トーク力もあったしね」

「ちょ、ちょっと待ってください! その言い方だとバンチョーって」

「にじライブの産みの親とも言えるね」

「うぇぇぇ!? 嘘ぉ!」

 

 衝撃の新事実に夢美は素っ頓狂な声を上げた。

 

「推しが推し箱のママだった……? つまりかぐや先輩は俺のママということになるのか?」

「レオがショートしてる……」

 

 レオは混乱のあまり訳のわからないことを口走っていた。これが漫画ならば頭から煙が出ていただろう。

 

「まあ、そんな事情もあって営業部で成績の良かった僕や、当時総務部のマドンナ的な存在だった内海君がテスターとして選ばれたんだ。僕は営業で培ったトーク力、内海君は周囲への気遣いや包容力が決め手だったみたいだよ」

「一般公募はしなかったんですか?」

「他社も似たようなアプリをリリースしてたし時間がなかったんだ。社員なら面接とか契約とかその辺の面倒がないからね。スピード感を意識した結果さ。実際、僕らはある程度のところで引退する予定だったし、少しの間ならって軽い気持ちでライバーを始めたんだ」

「でも、かぐや先輩の人気で方針が変わった?」

「その通り。僕や内海君もそこそこ人気はあったけど、かぐや君と比べたら、ね」

 

 どこか寂し気にそう言うと、勝輝は窓を開けてタバコを吸い始めた。

 会話が途切れてしばしの静寂の後、夢美は何となく勝輝に尋ねた。

 

「あの、どうして内海さんは〝竜宮乙姫〟をやめちゃったんですか?」

「おい夢美」

「あっ、ごめんなさい……」

 

 センシティブな話題だったため、レオは夢美を諫めた。

 しまったという表情を浮かべる夢美に、勝輝は苦笑して答えた。

 

「あはは……お察しの通りあまり楽しい話ではないよ」

 

 そう言うと、勝輝は流れる景色を見ながら煙を吐いた。

 それからしばらくすると休憩のため、二台の車は高速のサービスエリアに停車した。

 トイレを済ませると、レオと夢美は土産などが販売されている施設内で林檎と合流していた。

 

「やー、拓哉、由美子、さっきぶりー」

「優菜ちゃん、何か疲れてる?」

「亀ちゃん運転うまいけど結構スピード出すからひやひやするんだよー。諸星さんもマナーの悪い車が近くにいたらすぐキレるし、亀ちゃんは亀ちゃんで諸星さんと一緒にキレてるし、潤佳はそれ見てはしゃいでるし……」

「そういえば、前に亀ちゃんの運転で車乗ったときも結構飛ばしてたな」

「あれは緊急事態だったからだと思ってたけど……」

「まあ、全然揺れないから乗り心地はいいんだけどさー」

 

 二人の脳裏にバイクに乗ると性格が豹変する白バイ隊員が思い浮かんだ。

 気弱な亀戸の意外な一面を聞いてレオと夢美は苦笑した。

 

「それで、二人は何してんの?」

「飯田さんに何か買っていこうと思ってさ」

「仕事の後なのに長距離の運転してくれてるしねー」

 

 ドライバーである飯田のため、レオと夢美は飲み物や食べ物を買う予定だった。

 運転というのは乗ってみないとわからないとは思うが、想像以上に疲れるのだ。

 車に乗せてもらっている人間がドライバーへ配慮するのは当然のことである。

 レオは大学時代にサークル仲間と遊びに行くとき、夢美はガラス清掃員時代に仕事で運転したことがあるため、そういった意識が強かったのだ。

 

「ねえ、拓哉。どれがいいと思う?」

「あのなぁ、とりあえずそのエナジードリンクを一旦棚に戻せ」

 

 複数のエナジードリンクを買い物カゴに入れていた夢美に、レオは呆れたように言った。

 

「別に飯田さんは眠気を堪えて運転しているわけじゃないんだ。一息つくならタバコと相性の良いコーヒーの方がいいだろ」

「えー、あたしはエナドリの方が嬉しいけどなぁ」

「それはお前が早朝の仕事で車運転してたからだろうが……」

 

 夢美は前職でガラス清掃をしていたとき、小型の現場を車で回ることも多かった。

 早朝五時からの現場などでは眠気を堪えるため、エナジードリンクが手放せなかったことから、今でも夢美はエナジードリンクに頼る傾向があった。

 

「私も亀ちゃんに何か買っていこうかなー」

「一応、諸星さんや潤佳さんと相談した方がいいぞ。あの二人はかなり気遣いできるタイプだし、絶対何か亀ちゃんに買ってるだろうから」

「だねー、ちょっと聞いてくるよ」

 

 レオの指摘を聞いた林檎は、とたとたと買い物をしている諸星達の方へと駆け寄っていった。

 結局レオの助言もあり、二人は挽きたてのコーヒーを購入した。

 勝輝の分もコーヒーを購入した二人は、勝輝と飯田のいる喫煙所の方へと向かっていた。

 

「別に二人で一個ずつ持たなくてもよくない?」

「せっかくの機会なんだから綿貫さんとも親しくなっておいた方がいいだろ。俺よりも可愛い女の子の由美子が渡した方があの人も喜ぶだろうし」

「か、かわっ、あんたねぇ……急にそういうのやめてよ」

 

 自然にレオに可愛いと言われたことで、夢美は動揺したように頬を赤らめた。

 

「今更照れるようなことか? 前は『でしょー?』とか言ってただろ」

「お互いの気持ちを知ってる今じゃ状況が違うっての……」

 

 夢美はため息をつくと拗ねたように頬を膨らませた。

 

「そういうとこだぞ……」

 

 レオはレオで、可愛らしい夢美の反応にため息をついた。

 喫煙所に着くと、勝輝と飯田は楽しそうに談笑していた。

 現在では社長と一社員という立場のため、二人は話す機会が全くと言っていいほど少ない。

 First lab時代では喫煙所でよく話していた二人は、昔を懐かしむ様にここ最近の話で盛り上がっていたのだ。

 

「「お疲れ様です。これ、どうぞ」」

 

 レオと夢美は談笑していた二人にコーヒーを差し出した。

 

「お気遣いいただきありがとうございます!」

「何か悪いなぁ。ありがとね」

 

 勝輝と飯田はそれを嬉しそうに受け取った。

 

「ところで、二人共その後の進展はどうなんだい?」

「進展、といいますと?」

「いや、二人が好き同士なのは周知の事実だから、うまくやってるのかなーって思ってね」

「はえ?」

「ホア?」

 

 何気なく口にした勝輝の言葉に、レオと夢美は間抜けな声を零した。

 

「うちとしては恋愛禁止じゃないし、社内恋愛みたいなものだから仕事に支障がなければ特に何か言うつもりはないんだけどね。一応、こういう業界だから社長としてはその後が気になるんだ」

「ちょ、ちょっと待ってください。社内に知れ渡ってるって……」

「前に諸星君や内海君、マネージャー陣に相談してただろう。今後の売り出し方にも関わってくるから僕も前に相談されたんだよ」

「そういえば、諸星さんが全力で協力するって言ってたような……」

「拓哉ァ……!」

「痛でで……! 悪かったって!」

 

 自分達の社長にも共有されていたことを知った夢美は、元凶のレオの背中を恨みがましく抓った。

 

「まあ、社長としては複雑だけど、個人的には応援しているよ」

「ああ、外堀が完全に埋まりきった……」

 

 レオとの関係を進めるためのフォローをしてくれるのは嬉しいが、シンプルに恥ずかしい。

 複雑な心情の夢美はがっくりと肩を落としたのであった。

 再び出発した一行は、それから何事もなく一時間ほどで目的地である〝レイクサイド河口湖〟に到着した。

 施設内の駐車場に車を停めると、何度もこの施設に来たことのある亀戸が受付に向かい、残った全員で荷物を下ろし始めた。

 

「そんじゃあ、バケツリレー形式で荷物運んでくで!」

 

 かぐやの号令により、八人分の荷物が部屋へと運ばれていく。

 一通り荷物を運び終えると、レオは買ってあった食材をすぐに調理し始めた。

 

「獅子島君、悪いねぇ。料理までやってもらっちゃって」

「いいんですよ。居酒屋で大人数の料理を作るのは慣れてますから。飯田さんも運転で疲れたでしょうし、休んでてください」

「あはは……それじゃあお言葉に甘えて」

 

 今回のメンバーの中で料理が出来るのはレオと飯田くらいだった。

 レオは居酒屋のキッチンで、飯田は普段から自炊をするため、普通に料理はできた。

 かぐやと勝輝は米を炊いて総菜を買ってくるレベル。

 夢美はずぼらで調理法が適当なため、レシピを見ても失敗することが多い。

 林檎と亀戸に至っては調理実習でしか包丁に触ったことがないレベルである。

 

「よっちんがいれば、もっと楽だったんだろうけどね」

「たぶん、あの人が一番うまいよねー」

「栄養バランスとか完璧だからな」

 

 社員メンバーの中で突出して料理ができるのは四谷や内海くらいだったが、今回の案件には同行していないため、必然的にレオが料理をすることになったのだ。

 テキパキと全員分の料理を作り終えると、

 

「それでは飯田君、亀戸君、運転お疲れ様! じゃあ、明日の案件の成功を祈って!」

 

「「「「「「乾杯!」」」」」」

 

 明日は早い時間から遊園地での案件が待っている。

 お酒もほどほどに、レオの料理を堪能したレオ達は男女で部屋に分かれ、風呂に入ると早めに就寝するのであった。

 


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