Vの者!~挨拶はこんばん山月!~   作:サニキ リオ

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【二日目】地獄からの脱出

 

「てぇてぇを供給しろー!」

「そうだー! 供給しろー!」

「諸星さん! お酒注ぎますよ!」

「おお、すまんなぁ! シャァァァ! 今日は飲むで!」

 

 遊園地での案件の撮影も終わり、レオ達は夕食を宿でとっていた。

 もちろん、料理を作ったのはレオだ。

 最初は和気藹々とした雰囲気で進んでいた夕食の時間だが、遊園地で気分が高揚していたこともあり、全員いつも以上に酒が進んでいた。

 その結果がこれである。

 

「……獅子島君、飯田君。言わなくてもわかるね?」

「ええ、この空間にこれ以上長居すると危険ですね」

「どうして俺の周りには酒乱しかいないんだ……」

 

 男性陣は女性陣の様子を見て、このままこの場に残ることに危機感を抱いていた。

 

「とにかく男部屋へ逃げるんだ」

「どこへ行くんやぁ?」

 

 こっそりと逃げ出そうとしていたレオ達だったが、勝輝の肩を万力のような握力で掴む者がいた。かぐやである。

 

「つれないなぁ、かっちゃん。せっかくこうして仕事を忘れて飲めるんや。たまには仕事抜きで楽しもうやないか」

「……無念」

 

「「社長ぉぉぉ!」」

 

 全てを悟ったような表情を浮かべると、勝輝はかぐやにズルズルと引きずられていった。

 

「獅子島さん、僕達だけでも――」

「飯田さんも、どこへ行くんですか?」

「か、亀戸さん……」

 

 つい今しがた勝輝がされたの同じような構図で亀戸が飯田の肩を掴む。

 油が切れたネジのようにぎこちなく飯田が振り返ると、そこには顔を赤くして普段からは考えられないほど目つきが悪くなった亀戸がいた。

 

「いっつも四谷さんとあなたのカプ厨トークを聞かされているんです。たまには私の話も聞いてくれますよね?」

「はい……」

 

 有無を言わせない亀戸の圧力に負けた飯田は大人しく地獄の宴会へ引き返すことになった。酔っている亀戸を見て飯田は思った。そんなところまで諸星さんに似なくていいじゃないか、と。

 

「くっ、こうなったら俺だけでもこの地獄から逃げきってやる」

 

 もう形振り構っていられない。

 レオは全力でダッシュして女子部屋のドアを開けて外へ出た。

 

「よっ」

「ゆ、由美子……」

 

 しかし、回り込まれてしまった。

 酔っているため顔を赤くした夢美は、怯えた表情を浮かべたレオに苦笑しながら告げた。

 

「大丈夫。酔い覚ましで外の風に当たってたから中の連中ほど酔ってないよ」

「そいつは良かった……」

 

 まだ理性のある夢美の言葉にレオは心から安堵した。

 

「ちょっと話さない? 酔い覚ましがてらさ」

「ああ、俺も当分はあの空間に戻りたくないからな」

 

 夢美の提案を二つ返事で了承すると、レオと夢美はロビーの方まで歩き始めた。

 この宿泊施設のロビーはパソコンにフリーwifiなど、充実した設備が整っている。

 レオと夢美は座り心地の良いソファーに座ると、ガラス越しに手入れされた庭を眺めながらのんびりし始めた。

 

「今日の案件、うまくいくといいね」

「絶対にうまくいくさ。優菜も取れ高意識して最高のオチをつけてくれただろ?」

 

 お化け屋敷での案件のあと、林檎は申し訳なさそうにドッキリをしかけたことを打ち明けた。

 レオも夢美も多少の文句は言ったが、動画映えのことも考えての行動だとわかり、最後には礼を述べていた。

 

「ボイスの売れ行きも良いし、あたし達はメジャーデビューか。本当に怖いくらい順調だよね」

「まあな。でも、このままで止まるつもりはさらさらない。もっとバンバンVで食っていけるように稼がなきゃな」

 

 Vtuberは職業として考えれば安定した職業とは言えないだろう。

 世間一般には楽に稼げる職業だと勘違いされることもあるが、その実情はそこまでいいものでもない。

 黎明期に活躍したVtuberの引退、有名事務所の倒産、ちょっとしたことが原因での炎上。暗い話を数えればきりがない。

 収入も企業Vの場合手元に残る金額は少ない。稼ぎの半分以上はU-tubeと事務所の元に行き渡るからである。

 

 Vtuber業界でも覇権企業と言われているにじライブでも、半数以上が兼業でライバー活動を行っていることを考えればどれだけVtuberだけで稼ぐことが難しいかはわかるだろう。

 イベント出演を果たしても収支がプラスにならないものなどザラにある。

 そのうえVtuberは世間が思っているよりも経費がかかる。

 レオや夢美の現在の収入も、せいぜい新卒の社会人の給与くらいの額だ。

 自分が好きなことをして生活が出来る。それは確かに生活するためだけに仕事をしている人間からすれば羨ましいことだろう。

 だが人気商売かつ、いつ飽きられるかわからない存在である以上、先の見えない不安というものはいつだってつき纏うのだ。

 

「はっきり言ってVtuber業界はユーザーとの距離が近い分、芸能界よりシビアに感じるよ。でも、俺はそんなもの全部跳ね除けて上を目指すつもりだ」

「うん、拓哉ならそう言うと思った」

 

 夢美は笑顔を浮かべると、顔を赤らめたまま自分の覚悟を伝えた。

 

「あたし決めたんだ。Vtuber業界で唯一無二の存在になるって」

「唯一無二?」

「そ、今はまだ準備段階だけどね」

「なら伝説をもっと量産しないとな」

「だね!」

「何てったって――」

 

「「我ら、にじライブぞ」」

 

 改めてVtuberとしての覚悟を語り合った二人は顔を見合わせて笑い合った。

 

「ねえ、拓哉。今日の案件も無事に終わったし……ね?」

「ゆ、由美子」

 

 顔を赤らめて潤んだ瞳で顔を覗き込んでくる夢美にレオの鼓動が高鳴る。

 そして、鼻を突く強い酒の匂いに、レオはようやく夢美がかなり酔っていることに気がついた。

 夢美は酔うと自分の感情にとことん素直になる。初めて炎上したときも押し込めていた感情がアルコールによって爆発した結果である。

 

 つまり、現在夢美は押し殺していたレオへの好意が、アルコールによって枷が外れて爆発している状態だったのだ。

 

「ま、待て、由美子。落ち着け!」

「えー、あたしは落ち着いてるよ? 落ち着きがないのは拓哉の方じゃん」

 

 とろんと蕩けた表情でそう言うと、夢美はレオに力いっぱい抱き着いてくる。

 レオは理性を保つため、咄嗟に脳内に「お客様! 困ります! あーっ! いけません!」というAAを思い浮かべて気を逸らそうとした。

 

「ねえ、拓哉ぁ~」

「お前、自分から我慢するように言っておいてこれはないだろ……!」

 

 迫ってくる夢美と格闘すること数分。

 力尽きて眠ってしまった夢美を膝の上に乗せたレオはゲッソリとした表情を浮かべていた。

 

「はぁ……疲れた……絶対今後は配信上でこいつに酒は飲ませられないな」

 

 もし配信上で夢美がレオに甘えてきたらそれはもう放送事故である。

 改めて夢美と酒の組み合わせの危険性を理解したレオは、配信上では絶対に夢美に酒を飲ませないことを誓った。

 夢美を連れて部屋に戻ろうとしたレオだったが、彼もまた疲労が溜まっていた。

 先程までの夢美との攻防による精神的な疲労と適度なアルコールも手伝い、レオはそのままロビーで眠ってしまったのだった。

 

 それから時間は流れ、外から朝日が差し込んできた。

 宿泊施設のロビーに現れたある人物は、仲睦まじくロビーで眠りこけるレオと夢美を見て苦笑すると、彼らを優しく起こした。

 

「あらあら、こんな場所で寝ちゃダメですよ? ほら、起きてください」

「ん……」

 

 微動だにしない夢美と違い、レオは少しの衝撃で目を覚ました。

 そして、目の前にいる人物を見て目を見開いた。

 

「内海さん……どうしてここに?」

 

 ロビーにいたのは初めて見る私服姿の内海だった。

 この案件撮影を兼ねた慰安旅行には来ないという話だったため、レオは怪訝な表情を浮かべた。

 そんなレオの表情を見て、内海は苦笑しながら事情を説明した。

 

「部下が気を利かせてくれたというか、元同期に嵌められたというべきか……」

 

 自分の自慢の部下と、部屋で酔いつぶれているであろう元同期を思い浮かべると内海は困ったように笑った。

 

「有給取って自費できちゃいました。ほら、有給取れて自費で旅行ならギリギリありかなーって」

「なるほど、そういうことでしたか。お仕事お疲れ様でした」

 

 内海の事情を察したレオは、内海に労いの言葉をかける。

 

「部屋に戻って朝食作るので一緒に食べましょうか」

 

 いまだに目を覚まさない夢美を抱えると、レオは笑顔を浮かべて内海の参加を歓迎した。

 

「手伝いますよ。それと酔っ払い共の後片付けも」

 

 レオの言葉に柔らかい笑みを浮かべると、内海は力こぶを作る動作をしてウィンクをするのであった。

 


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