「どもどもー、三日目に炎上した白雪林檎でーす。レオ君も、バラギも、同期同士よろー」
気の抜けるような挨拶をした林檎に二人共唖然とする。何故そんなにもへらへらしていられるのかと。
そう、この白雪林檎という女。夢美が炎上する二日前に既に炎上を経験していたのだ。
きっかけはモンスターを狩猟するゲームで、視聴者がモンスターと戦っている間にひたすら素材を集め『いやー、素材ツアー最高ですわー』と言ったことだ。
もちろん、そんなことだけでは炎上しない。
炎上した主な原因は、他人の手でランクを上げて装備を整えた彼女に、アンチが突っかかったときの発言だ。
『人望も技術もないアンチが騒いでますねー。本気出せば上手いんだから、私からしたら素材集める時間なんて無駄なんすよ。装備揃ってからが本番でしょー?』
と、このゲームの醍醐味を否定するような発言をしたのだ。
そして追い打ちをかけるように、
『ていうか、こんなところに書き込んでる暇あったら友達と一緒にランク上げしたらどうだいアンチ君。あ、間違えた、ボッチ君だったかー』
アンチをこれ以上ないくらい煽った。
その結果が炎上である。
実際のところゲーム配信者上がりなだけあって、林檎のゲームの腕はなかなかのものだ。
ただ最新作のシステムやカメラワークに慣れていなかったということもあり、結構ポカもやらかしていたりする。
この騒動に諸星が頭を抱えていたのは言うまでもないことだろう。
「いやー、レオ君もバラギもラッキーだったねー。すっかり差をつけられちゃったよー」
「ラッキー?」
レオのこめかみが僅かに鼓動する。
「だって、レオ君登録者数爆増したでしょー? 私なんてまだ二万人程度なのに、もう一夜にして三万人越え。羨ましいねー」
「まだ二万人程度?」
今度は肩がプルプルと震え出した。
「り、林檎ちゃん。もうその辺で――」
「ま、ザコ共の言うことなんて気にしないで突っ走った方が伸びるもんねー。言わせたい奴には言わせておけばいいんだよー」
レオの様子から不穏な空気を感じ取った夢美が止めようとするが、林檎はケラケラ笑いながらレオの地雷を的確に踏み抜いていく。
「じゃ、お互い頑張ろっか。今度機会があったらコラボしよーね」
当の本人はレオの様子には一切気が付かずに嵐のように去っていった。
そんな林檎の一方的な言葉に俯き、レオは顔を俯かせていた。
「レ、レオ、大丈夫……?」
「レオ君? 林檎ちゃんはあんなのだけど、根は悪い子じゃ……ないと思いたいなぁ」
「まひるちゃん、フォローになってないよ!」
爆発寸前といった様子のレオを見て、夢美とまひるは心配そうに声をかける。
「はぁ……」
「えっ、何?」
レオは顔を上げると、
「ガルァァァァァァァァァ!」
獣のような唸り声を上げながら机に頭を打ち付けた。
「何してんの!?」
「本当にライオンみたいだね」
「この状態を見て出る感想がそれ!?」
見たことのないレオの姿に夢美は驚愕し、まひるはどこかズレた感想を零していた。
「落ち着きなってレオ。急にどうしたの? 発狂するなんてらしくないじゃん」
「……すまん。取り乱した」
まだ辛そうな表情を浮かべながら、レオは片手で顔を覆いながら歯を食いしばる。
「あの世の中舐め腐った態度見てると昔の自分を思い出して……」
「そんなに酷かったの?」
レオが元STEPのメンバーだということは夢美も知っている。
だが、彼が司馬拓哉だということに気が付いていない夢美には、レオがそこまで思い出して悶えるような過去があるということまで理解できなかった。
「俺の現役時代、ライブをやるときにバックダンサーをやった同期にかけた言葉を教えてやろうか――『俺達のバックダンサーできてラッキーだったな。これで知名度も上がるぞ』だ」
「うわっ」
その言葉はCDデビューすらまだできていない同期にかける言葉としてはあまりにも酷かった。同期からしたら煽られている以外の何物でもないだろう。
「まだあるぞ。俺の態度が悪いって諭してきたマネージャーに『ザコに媚びへつらうのは労力の無駄だ。実力で黙らせればいいだろ』って言ったり、初ライブで盛り上がってるメンバーに対して『たかが五千人程度の規模のライブで満足してんじゃねぇよクソが!』ってキレたり……ああ、思い出すだけで昔の自分を殴り飛ばしたい……」
奇しくも、レオにとって黒歴史である過去の言葉の数々は、どこか林檎の言った言葉に似ていた。
「思い上がりも甚だしいよな、まったく……」
「でも、それだけすごい結果は出してたじゃん。ほら上昇志向が強いのが、悪い方に転がっただけだって」
落ち込むレオに夢美は必死のフォローを入れた。
そこで、今まで黙っていたまひるが口を開いた。
「ねぇ、レオ君。それって今もそう思ってるの?」
「いえ、そんなことはまったく」
過去に起こした問題行動の数々は、現在の自分が絶対にやってはいけない行動として胸に刻み込まれている。多少傲慢なところは残っている自覚はあったが、それも夢美のおかげで克服できた。
現在のレオにとって、過去の自分はアイドル――としてやってはいけない行動を全部するダメなお手本のような存在だった。
「だったら気にすることないと思うよ。今のレオ君はすっごく優しくて思いやりのある人って感じだし!」
そう言ってまひるは、花が咲いたような満開の笑顔を浮かべた。
それに釣られるようにレオも笑顔を浮かべた。
「ありがとうございます。まひる先輩」
「どいたしましてー! あ――――ッ!」
レオにお礼を言われたまひるはニコニコしていたが、突然思い出したかのように大声を出した。
「林檎ちゃんに逃げられた! ごめん、私――じゃなかった。まひるもういかなくちゃ! またね!」
「ま、まひるちゃん! 今度コラボしたい! ……です」
逃げた林檎を追うために駆け出したまひるの背中に向かって、夢美は何とか自分の想いを伝える。
「もちろんだよ!」
そんな夢美の言葉にポカンとした表情を浮かべたあと、まひるは先程見せたような満開の笑顔を浮かべた。
そして、そのまま「待てぇ――!」と叫びながら林檎を追いかけ始めた。
「すごいなあの人。素でアレなのか……」
現実で会う方が少しだけ落ち着いた雰囲気を感じたが、それでもまひるはあまりにも配信中と変わらな過ぎた。
そんな唖然とするレオに対して、夢美は笑いながら言う。
「何言ってんの。あたしらだって普段から配信とテンションそんな変わらんじゃん」
「初配信で化けの皮が剥がれた奴がよく言うよ」
「うっ、それは言わないでよ……」
「はじめましてぇ、茨木夢美でぇすっ……はぁっ」
「吐息までコピーすんな! ……てか、女声うま!?」
こうしていつものように騒がしいやり取りをしながらレオと夢美は帰路についた。
明日はレオのファンが待ちに待った歌配信だ。
覚悟を決めると、レオは改めて気を引き締め直した。
次回、歌枠です。