Vの者!~挨拶はこんばん山月!~   作:サニキ リオ

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【三日目】案件お疲れ様!

 

 内海が合流したことで朝食の準備はスムーズに進んだ。

 特に酔いつぶれていた者達は内海が作った味噌汁を飲んで生き返ったような表情を浮かべていた。

 それから酔っ払い組の回復を待ち、午後になってから一行は打ち上げのバーベキューの準備を行っていた。

 

「まったく、驚いたで」

「私だって驚いたわよ。かっちゃんも人が悪いわね」

「あはは、こういうのはサプライズの方がいいと思ってね」

 

 勝輝は総務部の品川に無理を承知で内海が有給を使えるように仕事のフォローを頼んでいた。

 仕事として行くことは経費の無駄と言っていた内海だが、本人が来たがっていたことを勝輝は察していたのだ。

 お膳立てさえすれば内海は絶対に来る。そう確信していたのだ。

 

「とりあえず、タクシーは呼んでおいたからみんな荷物をロビーまで運んでちょうだい」

 

 テキパキと指示を出す内海を見て、レオは改めて彼女はまとめ役として優秀だということを理解した。

 にじライブのライバーは基本的にどこかタガが外れたぶっ飛んだライバーが多い。

 そんな中で内海のような純粋な清楚枠で、人を纏めることに長けている人材というのは貴重なのだ。

 呼んだタクシーに荷物を積み込んで現地へと到着すると、既にバーベキュー場のオーナーがレオ達を待っていた。

 タクシーから降りた亀戸を見付けると、オーナーは笑顔を浮かべた。

 

「おっ、真奈ちゃん。久しぶりだね」

「保坂さん! お久しぶりです!」

 

 このバーベキュー場は河口湖の畔にある小さなバーベキュー場だが、幼い頃から何度も亀戸は家族で来たことがあったため、このオーナーとは旧知の仲だった。

 

「大きくなったねぇ」

「もうやめてくださいよー。私が最後に来たのは高校生のときじゃないですか」

 

 思い出話に花を咲かせながら亀戸はそのまま受付を済ませに向かった。

 その間、レオ達はテキパキとバーベキューの準備を始めていた。

 

「私と司馬さん、飯田君は下ごしらえをお願いします。綿貫社長と松本さんは火おこしの準備、中居さんと手越さんは飲み物などの準備をお願いします」

 

『イェス、マム!』

 

 内海の指示通りに全員がテキパキと準備を始める。

 鼻歌を歌いながら食材を串に刺していたレオだったが、RINE通話で着信があったため、手を拭いてからスマートフォンを手に取る。

 スマートフォンの画面には〝サタン・ルシファナ〟と表示されていた。

 

「もしもし、司君?」

『あ、司馬さん! 今朝、河口湖でバーベキューするって姉ちゃんから連絡があって……』

「ああ、今ちょうど準備しているところだよ」

 

 サタンはどこか慌てた口調だった。

 レオが怪訝な表情を浮かべていると、サタンはまひるから連絡があった旨を述べ、急いで用件を伝えようとした。

 

『姉ちゃんに準備させるのは危険です。特に火おこししようとしてたら止めて――』

 

 サタンの言葉が終わらない内にバーベキュー場にバチン! という何かが弾ける音が鳴り響いた。

 

「ぎゃぁぁぁ!? 備長炭が爆竹みたいに破裂したんだけど!?」

「ちょ、潤佳! 何したのー!?」

「あれぇ? 何で?」

 

 夢美と林檎の悲鳴が聞こえてきたことで、レオは何が起こったか察して天を仰いだ。

 

「……ごめん、遅かったみたいだ。一旦切るよ」

『ご愁傷様です……』

 

 同情するようなサタンの声を聞きながらレオはすぐに夢美達の元へと向かった。

 

「お前ら、一旦火元から離れろ! 危ないから!」

「で、でも、これどうすれば!」

「ほっとけば自然に収まるから」

「キャッキャ!」

「はしゃいでる場合かー!」

 

 元凶であるまひるは笑いながら誰も映り込まないように遠くから炭が弾ける様子を撮影していた。

 それから炭が弾ける状態が収まったことを確認すると、まひるは素直に頭を下げた。

 

「ごめんね? 家に備長炭の余りがあったから持ってきたんだけど……」

「たぶん、湿気ってたんだろうね。これは新しい炭を買ってきた方が良さそうだ」

「あ、じゃあ私が買ってきます!」

 

 そう言うや否や、亀戸はすぐに受付の方へと走っていった。

 その後は特にトラブルが発生することもなく、バーベキューは和やかムードで進んだ。

 

「河口湖と富士山を見ながら食べるお肉……この上ない贅沢だよー!」

「潤佳は備長炭を爆竹にしただけでしょーが。準備や下ごしらえをしてくれる人がいること忘れんなよー」

「分かってるって!」

 

 河口湖と富士山を眺めながら肉を頬張っているまひるははしゃいだように写真を撮る。

 その横には気怠げでありながら、口角を上げた林檎が黙々と肉を頬張っていた。

 

「くぅ! ビールがうまいなぁ」

「ここ最近、ずっと働き詰めだったからね。最高の贅沢だよ」

「二人共、お酒はほどほどにね?」

 

「「はい……」」

 

 ビールを片手に盛り上がっているかぐやと勝輝は内海に窘められていた。

 事務所のトップライバーと社長である二人だが、内海には頭が上がらないのである。

 

「拓哉も焼いてばっかりいないで食べなよ」

「飯田さんもそろそろ休んでいいですよ?」

「どうもみんながうまそうに食べてる姿を見ると、胸がいっぱいでな」

「あはは、わかります」

 

 一向に手を休めるつもりのないレオと飯田に、夢美と亀戸が休むように促すが、二人は苦笑しながら首を横に振った。

 そんなレオを見かねて夢美は自分が持っていた串をレオの前に差し出した。

 

「じゃあ、ほら。これ食べて」

「ん、サンキュ」

 

 夢美が目の前に差し出した串に、レオはそのままかぶりつく。

 その決定的な瞬間を目にした林檎とまひるは黄色い叫び声を上げた。

 

「「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛! てぇてぇぇぇぇぇぇ!!!」」

 

「そんなに騒ぐことじゃないだろ……」

「子供じゃないんだから……」

 

 騒ぎ立てる林檎とまひるに対し、レオと夢美は呆れたようにため息をついた。

 それから夢美とまひるがマシュマロを焦がしたり、ちょっとしたトラブルはあったものの、一行は時間を忘れてバーベキューを楽しんでいた。

 そして、気が付けば日が落ち始めていた。

 

「司馬さん、ずっと働かせっぱなしでごめんなさいね」

「いいんですよ。こういうみんなでワイワイ集まって何かするの好きなんで」

 

 片づけの最中、内海はレオへ礼を述べていた。

 

「またこうしてあの二人と笑い合ったり、後輩の子達と楽しい時間を過ごせるなんて思っていませんでした」

 

 夕日の浮かぶ河口湖を眺めながら内海は儚げに笑った。

 その表情を見て、レオは何とも言えない表情を浮かべた。

 

「これから四期生の子達も入ってくるし、まだまだ頑張らないとね」

「もう決まってるんですか?」

「それがまだなんです。あなた達の後だとなかなかピンとくる子が集まらなくて」

「何かすみません……」

 

 レオ達三期生が大暴れしたことで、にじライブ四期生に応募する人間は激増した。

 しかし、応募した多くの人間はにじライブのライバー好きというだけで、明確に何がしたいという目標がなかった。

 

「芯のある子じゃないとこの業界でやっていくのは厳しいです。とはいえ、四期生のハードルが上がり過ぎてるのも否めないのよねぇ……」

 

 にじライブのライバーはポジションとして、アイドルではなくマルチタレントという売り方をしている。

 トークの面白さはもちろん、何か一芸を持っているような人間であることが求められていた。

 

「まあ、マネージャー陣は順調に人も集まっていますし、そろそろライバーの数をもっと増やしたいところですね」

「教育とかは大丈夫なんですか?」

「ええ、ここ最近は経験者に絞って中途採用を行っていますから。かなり有能な人達が集まってきているんですよ」

「そんなに都合良く集まるものなんですか?」

 

 経験者募集! と応募をかけたところで、そう都合良く人材は集まらないものだ。

 そんなレオの疑問に、内海は苦笑しながら答えた。

 

「あまり喜ばしいことではありませんが、潰れた事務所や労働環境が酷かった事務所から転職してきた方がそれなりに……」

「あっ……」

 

 業界の闇を垣間見たレオは気まずい表情を浮かべた。

 

「うちの社内の評判がいいのはライバーさんからよく語られていますからね。」

「競業避止義務とか大丈夫なんですか?」

「法律上、職業選択の自由が優先されるので大丈夫ですよ。あれは機密情報をライバル会社に漏らさないためにあるような制約ですから、社会人としてモラルさえ守れば問題ありません。そもそもうちへの転職理由が事務所が潰れたり、パワハラがあったとかですし」

「はえー……意外と緩いんですね」

 

 すらすらと競合他社への転職について説明をする内海に、レオは感心したような声を零した。

 

「もちろん、ライバーも同じですよ。ライバーの場合は個人事業主としての契約になりますし、以前活動していた名前を出さなければ問題はないですからね」

「個人事業主……でも、諸星さんと綿貫さんって……」

「あの二人は社員のままね。こっちからも正当な対価を受け取りなさいって言ってるんだけど、会社の予算で活動できる今の方がいいって言って譲らなくてね」

 

 そう言うと、内海は深いため息をついた。

 バーベキュー場での片付けも終わり、宿に戻った一行は風呂に入ってその後自由時間を過ごすことになった。

 

「はぁ……生き返るわぁ……って、何見とるんやバラギ」

「いえ、すっぴんのバンチョーって何かこう、いいなぁって思って」

 

 湯船でくつろぐかぐやを見たことで、夢美のロリコンセンサーが反応していた。

 

「小っちゃい子が背伸びしてるみたいでほっこりしますねぇ」

「……ほう」

 

 その瞬間、その場にいた全員が暖かい風呂場の空気が凍り付くのを感じた。

 

「おいおい、あいつ死んだわー」

「命知らずだねぇ」

「あらあら」

「茨木さん、今までありがとうございました」

 

 夢美とかぐやのやり取りを見て一同は茶化すように夢美へと声をかけた。

 

「バラギには業界のしきたりを教えたるわ」

「ひえっ」

 

 冗談めかして言ったかぐやの言葉だったが、夢美には冗談に聞こえず小さく悲鳴を漏らした。

 

「本当、茨木さんといるときのかぐやちゃんは楽しそうね」

「まー、あんな風に絡んでくれる人少ないですからねー」

 

 のんびりと二人のやり取りを眺めていた林檎と内海は、湯船につかりながら楽しそうに談笑していた。

 

「それにしても内海さんって肌綺麗ですねー」

「あら、白雪さんには負けるわ。これでも冬場は結構カサついちゃうし、歳取ったなーって感じるのよ?」

「えー、まだ若いじゃないですかー」

「……三十超えるとね。自分が若いって思えなくなるのよ。その内わかるわ」

「あ、何かごめんなさい……」

 

 どこか遠い目をした内海は、ふと、シャワーを片手にはしゃいでいるまひるを見た。

 

「わーい! 温泉だ!」

「白鳥さん! お風呂場ではしゃいじゃ危ないですよ!」

「若いっていいわね……」

 

 二十歳を超えていると思えないまひるのテンションに内海はため息をつく。

 

「なーに言っとるんや。まだまだそんな歳じゃないやろ」

「かぐやちゃんに言われてもねぇ」

 

 一見、中学生くらいにしか見えないかぐやに若さについて言われたところで、何の慰めにもならない。

 

「気持ちの問題や。ウチもあんたもVでは女子高生やろ?」

「私は引退したから当てはまらないわ」

「なら――」

「ダーメ、そうやってのせようとしても無駄なんだから」

 

 かぐやの言葉を遮ると、内海はそのまま湯船から上がって言った。

 

「私のことよりももっと今活躍してる子達に目を向けなさい」

 

 寂し気でありながらも、どこか嬉しそうな表情を浮かべた内海はそのまま浴室を後にした。

 風呂から上がった一行はボードゲームなどを楽しみながら最後の一晩を過ごした。

 こうして河口湖での案件を兼ねた慰安旅行は無事に終了し、東京に到着した各々はそれぞれの日々へと戻っていくのであった。

 




これにて山梨回は終了となります。
さて、そろそろ仕込みの時間ですね

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