ゲーム実況者、正確には生放送を主体とするゲーム配信者〝さどる〟となった司はそこそこ人気が出た。
注目されたのは彼の声だった。
司の声はいわゆるイケボと呼ばれる部類のもので、界隈では話題になっていたのだ。
他の声真似系の配信者にも声をかけられ配信者同士でコラボも行った。
姉である実況者〝まっちゃ〟が伸び悩む中、〝さどる〟は配信者としてそれなりに知名度を上げていった。
そして、あるとき司のツウィッターの元へ一通のダイレクトメールが届いた。
『さどる様
はじめまして。
Vtuberに興味はありませんか?』
簡素なメッセージだったが、司は近年アイノココロや板東イルカなどの有名Vtuberの活躍により、Vtuberという存在自体は知っていた。
雑なスカウトに怪しさは覚えたものの、もしかしたら配信業界で抜きんでた存在になれるかもしれない。
そう思った司は担当者から詳細を聞いてVtuberになることを承諾した。
そこからとんとん拍子で話は進んだ。
司は担当者から呼び出され、完全個室の喫茶店で打ち合わせを行うことになったのだ。
何故事務所じゃないのかという疑問はあったが、司は打ち合わせを行う喫茶店へと向かった。
「さどるさんには魔王軍の長であるサタン・ルシファナというVtuberを演じてもらいたいのです」
「魔王、ですか」
予想以上にファンタジーな設定が出てきたことで司は怪訝な表情を浮かべた。
司にとってVtuberといえば、AIだったり、もっとバーチャルなイメージのものだったのだ。
「ええ、人間界の征服を目論見、人間達に自分達の存在を知らしめるためにゲーム実況動画を投稿し始めた。そういう設定で演じていただこうと思っています」
Vtuberは自由な存在で何にでもなれる。
そんな話を以前から聞いていた司は担当者の話す内容に段々と心惹かれていった。
それから話は福利厚生や待遇の話になった。
「あの企業所属になるということですが、僕は高校生なんですけど大丈夫なんですか?」
「ええ、そちらも問題ありませんよ。魔王軍のメンバーには地方に住んでらっしゃる方もいらっしゃるので、都内の物件に引っ越していただいて家賃の一部を負担しています」
「へぇ、かなり好待遇なんですね」
会話にどこか引っかかりを感じたものの、司は結局Vtuberサタン・ルシファナになることを承諾した。
高校生だった司には判断力がまだあまりなかったということもあり、事務所が所属タレントへの待遇がしっかりしているという話を聞くだけで大体のことは納得してしまっていた。
こうして司――サタンは魔王軍の長としてデビューすることに決まったのであった。
魔王軍初の実況動画のトップバッターは水の四天王ウェンディ・ネーブル。
動画内容は大人気のモンスター育成ゲームのネット対戦だ。
このゲームは女性の有名実況者が少ないため、狙い目との話だった。
サタンは声のみの出演となるがどんな風に収録が進んでいくのか興味はあった。
収録前にメンバーとの顔合わせもないことに疑問を持たず、サタンはウキウキした気分で収録スタジオへと向かった。
スタジオへ到着すると、既に二人の女性がいた。
二人の内、片方の女性には心当たりがあった。自分以外にもニヤニヤ動画で活躍する生主ひよこだ。
「スゥ……――初め、まして。さどる、じゃなかったサタン・ルシファナ役の松本司です」
「あ、あの、えっと……ひよこ、じゃなくてウェンディ・ネーブル役の二宮日和です」
サタンとウェンディはぎこちなく挨拶を交わす。
文化祭以降、コミュニケーション能力が上がったとはいえ、相手は初対面の女性でかなり緊張している様子だ。
相手の緊張に引っ張られたことも手伝って、サタンは久方ぶりにぎこちない自己紹介をするのであった。
そんな二人のやり取りを見守っていた女性は、苦笑するとウェンディに続くように自己紹介をした。
「もう、二人共固いわ。はじめまして、サラ・マンドラ役の大野智花よ。今日はよろしくね」
サラ・マンドラは小柄だが魔王軍一の怪力と戦闘力を誇るというVtuberだ。
大人っぽいというよりも、実際に自分達よりも年上であろうサラとVとのギャップに司は戸惑っていた。
「その、こんなことを言うのもなんですが、二人共だいぶキャラと違うような……」
「君がそれを言うかなぁ……でも、こういうのも悪くないって思ってね。真逆の自分を演じるのも面白そうでしょ?」
「なるほど、一理ありますね」
サラは元々〝彼岸はな〟という名義で活動しているネット声優だった。
彼女の仕事の幅は広く、同人制作ゲームからイベントでの司会まで声を使った活動を主体に仕事を行っていたのだ。
現役高校生だらけの魔王軍の中では唯一の社会人ということもあり、サラは早くもまとめ役のようなポジションを確立しつつあった。
「それに日和ちゃんは透き通るような綺麗な声が特徴的だし、水の妖精はピッタリだと思うけどね」
「へ、へへへ……そんなことないですよぉ」
「めっちゃ嬉しそうじゃん」
サラに声を褒められたことでウェンディはニヘラっと少しばかり気持ちの悪い笑みを浮かべた。
それから収録が始まり、サタンはその形式に驚くこととなる。
導入のアニメーション部分はまだいい。
だが、そこから先のゲーム実況が問題だった。
『待って、お願い、許して! ここは本当に許してほしい』
「待って、お願いです! 許してください! ここは本当に許してほしいです……」
ゲームをプレイする男性の声と映像を一通り見たあと、その実況と同じリアクションをしながら声を吹き込む。
一般的にリアクションを重視する場合は、ゲームをプレイしながらその様子を実況する。
解説を重視したい場合は後から実況することもあるが、この場合は解説が目的ではない。
ゲームのうまい別のプレイヤーの実況した様子を丸ごと模倣する。
これによって実況動画の長所であるリアクションと解説を両立させることができるのだ。
「僕達はゲームやらないんですね……」
「やれって言われても困っちゃうけどね。だって私ゲームは下手だしさ。魔王様もせっかくいい声してるんだし、そっちを活かして頑張ろうよ!」
肩を落とす司を慰めるようにサラが声をかける。
それから魔王軍の動画は話題となり、一気に登録者数が増えた。
ウェンディに続き、サラ、生主〝ミャーコ〟であるフィア・シルル役の相葉美弥子、歌い手〝くろ犬子〟であるノーム・アースディ役の櫻井翔子も果たした。
四天王にゲームを教えた師匠として満を持して登場したサタンの他メンバーと同様に爆発的に人気が出た。
特にサタンがトップVtuberであるアイノココロとコラボしたことは大きかっただろう。
彼らの人気は留まることを知らなかった。
そして、生配信を行う機会も段々と増えてくるにつれて魔王軍への負担も増えていった。
生配信では、イヤホンでプレイヤーの実況音声を拾いながら、その発言を自分のキャラに合わせた口調で話すという高度な技術が求められたのだ。
「ポンバーさん、今日もよろしくお願いします!」
「ああ、こちらこそ今日はよろしく!」
その高度な技術を一番うまく行えたのはサタンだった。
またサタンは元々ゲームが他のメンバーに比べてうまかったということもあり、専門としているゲームでなければ彼自身がゲーム配信を行っていた。
いつしかサタンは魔王軍を引っ張っていくリーダーのような立場となっていた。
一番年下であるサタンだったが、ウェンディ、サラ、フィア、ノームの全員がサタンを慕うようになっていたのだ。
仕事上での付き合いだったが、サタンは魔王軍という居場所が好きだった。
ウェンディとフィアがじゃれ合い、ノームがマイペースに笑い、それをサラが宥める。
いつの間にかサタンにとって魔王軍はかけがえのない居場所となっていたのだ。
そのかけがえのない居場所は今――壊れようとしている。
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