ウェンディの前世アカウント〝ひよこ〟による病みツウィートが本格的に広まってしまった。
それに対して生主時代から仲の良かった〝ミャーコ〟やサラの前世アカウントである〝彼岸はな〟もリプライで愚痴を零していたことで、魔王軍は所属事務所からパワハラを受けているのではないかと話題になっていた。
そのことについて、三人は事務所から激しい叱責を受けた。
「お前ら、どういうつもりだ……!」
「ひぅ!? ……すみません」
「……反省してまーす」
バーチャルリンク代表取締役社長、
机をバンと叩いたことで、ウェンディは身を竦めていたが、フィアは不貞腐れたような表情を浮かべていた。
「二宮! お前、社会人舐めてるのか? 所属企業のイメージダウンに繋がる投稿なんてありえないだろ! 初の大型イベントだって近いんだぞ!」
「いえ、あの、だって……」
「自分の要求が通らなきゃネットで拡散、か。誰のおかげでここまで人気が出たと思ってるんだ!」
先日、ウェンディは自分達の待遇改善を役員達に訴えていた。
何せ一番スケジュール管理に長けていたサラが過労で倒れたのだ。
サタンやウェンディ達も徹夜で収録をさせられたあと、そのまま家に帰ることもできずに事務所で仮眠をとることも少なくはなかった。
結局、ウェンディの訴えは却下され、彼女はやるせない気持ちをひよこのアカウントで投稿したのだった。
「誰のおかげでここまで人気が出た、ね。それはこっちのセリフですよ」
黒岩の言葉を聞いたサラはウェンディとフィアを庇うように一歩前に出た。
「何だと?」
「まるで自分だけの功績のように語っていますけど、魔王軍チャンネルはあなた達〝企画者〟、私達〝演者〟、ポンバーさん達〝プレイヤー〟、そして〝アニメーションチーム〟全員の力があったからこそ、事務所が何もない状態からここまで伸びたんでしょう?」
サラはどこか悲しそうにそう言うと、一縷の希望を持って黒岩を諭すように言った。
「確かに不用意だったかもしれないけど、公にしていないアカウントで何を呟こうともこちらの自由。そもそも、演者にそんなことを言わせる時点で待遇改善をするべきじゃありませんか?」
バーチャルリンク立ち上げのときは、勧誘の仕方も怪しければ、組織としての体制もめちゃくちゃではあった。
それでも、全員で一丸となって一つの世界観を作り上げるという情熱はあったのだ。
辛い環境でも情熱を持っていたからこそ信じられた。
最近では全く感じられなくなったその情熱が黒岩に残っているという希望にサラはかけたのだ。
「何か勘違いしてないか?」
だが、その希望は打ち砕かれることとなる。
「お前らに求められているのは演技力だ。ただこちらの用意した設定で動けばそれでいいんだよ。お前達レベルの演技力の奴らなんてネット中に五万といる。つまりだな――お前らの代わりなんていくらでもいるんだよ」
「……そう、ですか」
失望を露わにすると、サラは悔しそうに歯噛みして一歩下がる。
大人しくなったサラを満足そうに眺めると、再び黒岩は不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「どうやら俺はお前らを自由にし過ぎたらしいな。にじライブに毒されやがって……」
吐き捨てるようにそう言うと、黒岩は魔王軍にとって絶望的なことを告げた。
「以後はにじライブとのコラボは禁止だ。松本と櫻井にも伝えておけ! 数字取れると思って組ませたらこれだ。まったく……綿貫の野郎、ふざけやがって」
こうして三人は事務所を後にした。
しばらくしてからツウィッターを見てみれば、バーチャルリンクは今回の〝パワハラ騒動〟に対しての声明文を出していた。
「何が〝一部の人間〟よ。ほとんどスタッフ全員で私達にパワハラしてた癖に……!」
「と、智花さん。お、おお、落ち着いてください!」
事務所を出て、苛立ち紛れにガードレールに蹴りを入れようとするサラをウェンディが必死で止める。
「マネージャーもポンバーさんもやめちゃったし……正直どうしたらいいんだろう」
フィアは珍しくしおらしい表情を浮かべて俯いた。
「阿佐ヶ谷さん、体は大丈夫かな……」
「体より心の方が心配よ。こんな状況になる前は私達への攻撃はあの人が一人で防いでくれてたんだもの」
彼らにとって信頼できる数少ない社員、マネージャーである阿佐ヶ谷は精神を病み退社していった。
もはや何もかもが限界だった。
暗雲漂う現状ではあるが、そこで一旦サラは無理矢理笑顔を浮かべていった。
「とりあえず、先のことは一旦置いておいて今日は明るくいきましょう。じゃないと司君に悪いし」
「そう、ですね」
「うん。我らがリーダーのためですもんね!」
サラの提案を肯定すると、ウェンディとフィアは力なく笑った。
それから別件で外していたサタンとノームも合流し、五人は居酒屋に入っていった。
「「「「司君、誕生日おめでとう!」」」」
「ありがとうございます!」
サラ達が無理でも笑顔を浮かべた理由。
それはサタンの誕生日である。
二十歳を迎える彼のめでたい日に水は差したくなかったのだ。
「やっと一緒にお酒が飲めるね!」
「うん、拓哉さんや玉木さん達からも今度一緒に飲みに行こうって誘われてたし、すごく嬉しいよ!」
「あー……そっか! 楽しみだね」
「…………」
もう金輪際コラボが出来ない相手の名前が出たことでウェンディは複雑そうな表情を浮かべたが、慌てて笑顔を浮かべた。
そんなウェンディの表情の変化を見てノームはそれとなく事情を察した。
「でも、私達もよくここまで来たよね」
「本当に、ね」
「縁日で掬った金魚が予想外に大きく育っちゃった感じ?」
「あはは! 言い得て妙だね!」
「いや、もっとマシな例え出しなって」
五人は何でもない話で盛り上がる。
確かに会社での待遇は最悪だった。
それでも、この出会いに五人は感謝していたのだ。
それから話はサタンの話に移った。
「司君。お姉さんとはうまくやってるの?」
「いや、仲直りしたのは結構前ですよ」
「司君の事だからまた意地張ってこじれてないか心配してるのよ」
サラはことあるごとにサタンを気にかけていた。
自分が一番年上でサタンが一番年下ということもあったが、サタンはやけに頑固なところがあり、どうしようもなく心配だったのだ。
「出た智花ママ」
「誰がママよ」
そんな二人のやり取りは、魔王軍の動画での男女の仲よりも親子のような関係性に近かった。
「……別に仲良くやってますよ。最近はスケジュールが噛み合わないことも多いですけど、ちょくちょくゲームで一緒に遊んだりしてますから」
「……そう」
サタンの報告に、どこか安心したようにサラは笑顔を浮かべた。
「そういえば、ま――潤佳さんってメジャーデビューしたんだもんね。やっぱり忙しいの?」
「まあ、元々人気ナンバー2だからね。忙しそうにはしてるけど、いつも楽しそうだよ」
フィアの疑問にサタンは苦笑しながら答える。
ここ最近、まひるは配信やラジオ、レッスンなどでバタバタとしていた。
それでも彼女が楽しそうに毎日配信をしていることから、にじライブがまひるに無理をさせていないことは誰の目にも明らかだった。
「司馬さんも忙しいのかなぁ……」
ふと、ノームはシバタク時代からファンだったレオのことが頭によぎった。
「拓哉さんもメジャーデビューしたからなぁ。忙しいけど現役のときほどじゃない、って言ってたよ」
「さすがシバタク……ふふっ」
かつて彼に憧れて歌うことを好きになった歌い手〝くろ犬子〟ことノームは、レオのこれからの活躍を想像して笑顔を浮かべた。
「優菜さんはメジャーデビューしないのかなぁ」
「あの人は自由奔放にやってる方が似合うからかっちりとしたのはやらないんじゃない?」
「確かに、その方が優菜さんらしいや」
林檎に憧れて生主になった〝ひよこ〟ことウェンディとフィアも自然と笑顔を浮かべた。
憧れの人物はVtuberとしては後輩となり、他事務所で頑張っている。
その事実は彼らの心の支えとなっていた。
それから、サタンの誕生日会はお開きとなり魔王軍の全員はそれぞれの最寄り駅へと向かっていった。
そんな中、サタンは慌てたようにサラを追いかけた。
「智花さん!」
「司君?」
サタンの声に振り返ると、サラは怪訝な表情を浮かべる。
サタンの表情には悔しさが滲み出ており、噛み締めた唇からは血が流れていたのだ。
悲壮感漂う表情を浮かべながらもサタンは決意を胸にサラへと告げた。
「僕はまだ諦めてませんから!」
「そっか……わかってたんだね」
寂し気に呟くと、智花は笑顔を浮かべて司に別れを告げた。
「ありがとう、司君。無理だけはしないでね」
それから数日後、彼岸はなのアカウントで[結局、ダメだったよ]というツウィートがされ、そのあとに投稿された魔王軍のチャンネルではサラの声が変わっていたのであった。