Vの者!~挨拶はこんばん山月!~   作:サニキ リオ

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今回の話を書いてて〝テセウスの船〟が思い浮かんだ。


【松本家】心からの願い

 魔王軍のパワハラ騒動によるバーチャルリンクの炎上騒動は勢いを増していた。

 登録者数は七十万人目前という状況から一転して四十万人まで減少していた。

 U-tubeの登録者数には非アクティブな数も多い。

 だというのに、これほどの人数が登録を解除することは異常事態の一言に尽きるだろう。

 サラの声優変更に続くようにウェンディ、フィアの声優も交代になった。

 サラのときと同様に、公式からは何の発表もない声優変更に魔王軍チャンネルのファン達は激怒していた。

 

 これに対してバーチャルリンク側が行った行動は、魔王軍のミニアニメで声優が変更になるキャラクターが死亡し、それをサタンが蘇らせるという演出のアニメを投稿するという最低最悪なものだった。

 オタクってこういうのが好きなんだろう? というエモイ演出を勘違いした運営の行動は、まさに火に油を注ぐようなものだった。

 さすがに騒ぎが大きくなり過ぎたため、バーチャルリンクも黙っていることはできなくなり、再び公式から声明を発表した。

 その内容は「自分達はVtuberではなく、キャラクタコンテンツであるCtuberをプロデュースしていた」という頓珍漢なものだった。

 Ctuberという新たな概念を作りだしたところで、それは何の言い訳にもなっておらず、再び火に油を注ぐ結果になった。

 声明文の内容をまとめると「声優は変えたけど、こいつらはVtuberじゃないから文句を言うな。お前達の理想なんか知らん、俺達のやりたいようにやらせろよ」ということだ。

 

 オタクへの理解が浅い運営の一方的な声明はもはやギャグの領域に達しており、ここまで来るとわざとやっているのではないかという声が挙がるほどだった。

 ウェンディもフィアも魔王軍を去るとき、残される司達に申し訳なさそうにはしていたものの、決意は固い様子だった。

 そして、ついにノームの最後の収録日がやってきた。

 

「……司、いままでいろいろとありがとう。感謝祭まで残れなくてごめん」

「礼を言うのはこっちの方だよ。最後まで残ってくれてありがとう」

 

 収録が終わり、サタンが用意した小さな花束を受け取ると、翔子は申し訳なさそうに別れの挨拶をしていた。

 

「あとのことは私達に任せてください!」

「元のみなさんには遠く及ばないかもしれないけど、精一杯頑張ります!」

「ゆっくり休んでください!」

「このまま魔王軍を終わらせたりしませんから!」

 

 サラ、ウェンディ、フィア、そして現場を見に来ていたノームの新しい声優達も、本日をもって引退する翔子に激励の言葉を送っていた。

 

「ありがとう、みんな。これからよろしくね。……それにしても、何でこんな見るからにやばいとこ受けちゃったんだよ」

「司、それブーメラン」

 

 サタンと翔子のやり取りに一同は笑顔を浮かべた。

 新声優達は魔王軍チャンネルのファンだったネット声優だった。

 そのため、バーチャルリンクから声がかかった際にそれぞれの声優を引き受けたのだ。

 批判され辛い思いをしたとしても、自分達の大好きなコンテンツを終わらせたくない。

 彼女達はそんな想いを抱えていたのだ――たとえそれが、もはや終わっているコンテンツだったとしても。

 

 自宅への帰り道。

 司は魔王軍へ思いを馳せる。

 こんな自分がVtuberの代表格へとのし上がることができた一大コンテンツ。

 事務所も存在しない、明らかに経営体制のしっかりしていない企業から始まった企画。

 高度な技術を持つ、どこか頭のネジの外れた3Dアニメーションチーム。

 辛い思いをしているというのに、自分達の前では終始笑顔でサポートしてくれたマネージャー。

 外部とのコラボでのアイノココロなど、多くのVtuber達との交流。

 そして、プレイヤーを含めた大切なかつての仲間達との試行錯誤の日々。

 ずっと、このままでいたかった。

 どこまでも彼らと一緒に進んで行きたかった。

 今の新声優達が嫌なわけではない。

 彼女達はみんないい人達だ。話していてそれは理解できる。

 

 だが、やはりサタンにとって魔王軍と言ったら、自分を含めた大野智花、二宮日和、相葉美弥子、櫻井翔子の五人なのだ。

 誰よりもしっかりしていた大人の女性である智花が演じる、トラブルメーカーであるサラ。

 人見知りで小心者な日和が演じる、おっとりしていてどこか天然なところがあるウェンディ。

 破天荒で常識外れな美弥子が演じる、元気溌剌とした中性的な少年フィア。

 マイペースでいつもボーッとしている翔子が演じる、しっかり者でムードメーカーなノーム。

 彼女達に加えて兄貴分のように慕っていたポンバーやマネージャーである阿佐ヶ谷勇司(あさがやゆうじ)がいなくなった魔王軍、それは果たして〝魔王軍〟と呼べるのだろうか。

 

 誰よりもしっかり者だった智花が、何故真っ先に魔王軍を抜けたのか。

 その理由が今のサタンには痛いほどに理解できた。

 智花は自ら進んで大切な居場所を完全に壊すことで囚われないようにしたのだ――高校時代の林檎のように。

 失意のままサタンが帰宅すると、香ばしいとは言い難い香りが漂ってくる。

 

「ただいま」

「あっ、おかえりー」

 

 リビングに入ると、そこにはエプロンをつけた姉であるまひるがいた。

 

「ね、姉ちゃんまさか……料理をしたのか?」

「うん、今日はレッスンが早めに終わったからね! 司も最近忙しいみたいだしここはお姉ちゃんとして晩御飯でも作っちゃおうかなってさ!」

「あ、ありがとう」

 

 屈託のない笑みを浮かべるまひるに、サタンは引き攣った笑みを浮かべた。

 姉の料理下手を身を以て知っているサタンとしては、素直にまひるの気遣いを喜べなかった。

 

「姉ちゃん、ちょっと座って待っててよ。手直しするから」

「食べてないのに直すの前提なんだ!?」

 

 結局、エプロンを付けたサタンがまひるの悲惨な料理を手直しして、何とか食べられる範囲まで戻すのであった。

 それから二人で食事を取りながらまひるとサタンは最近のお互いの仕事について語り合った。

 サタンは魔王軍感謝祭が近いこと、まひるは自分達のミニライブが近いこと。

 すれ違い続けた姉弟の道は、Vtuberという道で交わり、ようやくあるべき形に戻ることができたのだ。

 二人で楽しそうにVtuberとしての仕事について談笑している中、唐突にまひるはサタンへと告げた。

 

「司、にじライブに来なよ」

「……姉ちゃん」

「確かに企業所属だから個人程自由じゃないけど、バーチャルリンクにいるよりは絶対いいはずだよ!」

 

 まひるの言葉に、サタンは俯いて首を横に振った。

 

「今回の件でにじライブには迷惑をかけたし、下手すればバーチャルリンクから訴えられるよ。VからVへの転生にこの業界は優しくないんだよ……」

 

 法律上では職業選択の自由が優先されるとはいえ、この社会には競業避止義務という枷がある。

 返しきれないほどの恩を受けたにじライブに迷惑をかけることをサタンはしたくなかったのだ。

 

「それに仮に転生したとしても〝魔王軍〟だから面白かったって言われるのは目に見えてるよ。僕は〝サタン・ルシファナ〟みたいに偉大な魔王でなければ、格好良くもないんだからさ」

 

 ロールプレイが大前提のVtuberとして活動してきたサタン。

 素の自分がいかに臆病で格好悪い人間かを自覚しているからこそ、素の自分で活動することが怖かったのだ。

 

「バカタレ!」

「痛ぇ! 何すんだよ姉ちゃん!」

 

 突然、頭を叩かれたことで、サタンは非難がましくまひるに叫ぶ。

 そして、いつも口を開けてアホ面ばかりしている姉が真剣な表情を浮かべていたことに絶句した。

 

「ファンのみんながサタン・ルシファナのアバターを通して見てるのは司なんだよ! サタンは司以外にいないの! 何でそんなこともわかんないの!」

 

 Vtuberが動画投稿から生配信主体に移り変わった理由。

 それは、視聴者が求めているものがアバターの外見や設定よりも魂の魅力だったからだ。

 その証拠に、サタンやサラが生放送時にたまに出す〝素の部分〟がもっと見たいという声は多かった。

 つまりサタン・ルシファナは松本司以外、この世に存在しないということだった。

 まひるから告げられた言葉が胸に響き、サタンは涙を流した。

 涙を流しすサタンの顔を正面から見据えてまひるは彼に問いかける。

 

「司はどうしたいの!?」

「僕は……僕はもっと……!」

 

 口元を震わせながら――松本司は自分の心からの願いを叫んだ。

 

 

 

 

「み゛ん゛な゛と゛一゛緒゛に゛居゛た゛か゛っ゛た゛!」

 

 

 

 

「そっか……あとは任せて」

 

 珍しく大人っぽい表情を浮かべたまひるはそう言うと、心から信じている仲間達へと連絡をした。

 


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