白鳥まひる→鳥、白い
ハンプ亭ダンプ→卵
という感じでこの三人はにわとり組と呼ばれています。
東京墨田区にある東京スカイツリー。
東京タワーにとって代わり新たな電波塔として建設されて以降、スカイツリーの周辺には様々な観光施設ができていた。
その観光施設の一つである水族館の前で三人の男女が待ち合わせをしていた。
「ごみーん、待っちゃ?」
「いや、俺達も今来たとこ――」
「うん、結構待った!」
「潤佳、お前人がせっかく……」
待ち合わせ時間に遅れてきた同期のライバー下桐朱雀こと松岡涙香を気遣い、ハンプ亭ダンプこと玉木太一が嘘をつこうとしたが、素直さの化身である白鳥まひること松本潤佳が彼の気遣いを台無しにする。
そんないつものやり取りから始まった二期生の〝にわとり組〟と呼ばれている三人の外出。
久々の同期三人での外出に、まひる、ハンプ、朱雀は浮足立っていた。
「それにしても潤佳から誘いがあったときは驚いたぞ」
「確かになぇ! 太一からも同タイミングでメッセ来たときはビビっちゃよ」
「あははっ! 確かにタマキンと被るとは思わなかったよ」
「タマキン言うな」
それから水族館に入館すると、三人は独特の演出に感嘆のため息を零した。
「すっげー……」
「ほへー……」
「綺麗……」
薄暗い施設の中を、水流を表現した淡い光が照らし出す。
ところどこにある〝ここではあなたもひとつのいきもの〟などのキャッチコピーがより、幻想的な空間へと引き込んでくる。
そんな非日常を演出する幻想的な空間にすっかり三人は魅了されていた。
それから、順路に沿って三人は水族館を回った。
「わぁ! クラゲだ!」
「みゃっはは! めっちゃ綺麗!」
「おー、夜空の星みたいだな」
薄暗い水槽の中でクラゲがライトアップされている水槽ではしゃいだり、
「小笠原の海だって!」
「でっけぇ!」
「旅行行かない人間からしたらこういうのはありがたいな……」
小笠原の海が再現された大水槽を楽しんだり、
「チンアナゴだ!」
「潤佳、後でお土産買お!」
「気が早いだろ……」
チンアナゴの水槽で盛り上がったり、
「痛ぇ!」
「「あっはっはっは!」」
「笑うなぁ! 天井が小さいのが悪いんだよ!」
「いやいや、タマキンがでかいんだよー」
「こりゃ潤佳! いろいろ誤解されるっしょ!」
水槽を下から覗き込む展示に入ろうとしたハンプが頭をぶつけたり、三人は心から水族館を楽しんでいた。
水族館を回る中、潤佳は神妙な面持ちでハンプへと話しかけた。
「タマキン、時間は大丈夫?」
「ああ、そろそろ始まるはずだ」
「あー、そろそろ目的の奴が始まりゅ感じ?」
腕時計を確認して答えるハンプに朱雀も今日の目的のものが始まることを理解する。
そして、三人がペンギンの展示ブースに移動するのと同時に聞き覚えのある声が館内に響き渡った。
『ただいまより吹き抜け展示スペースにてペンギンショーを開催いたします。可愛いペンギンたちの姿を皆様、是非ご覧ください!』
まさに大人のお姉さんという印象を受ける落ち着いた声。
それは本日の水族館でのナレーションを任されている彼岸はな――大野智花のものだった。
『こちらの種類はフンボルトペンギンといいます。このペンギンは南極には住んでおらず、南アメリカのチリやペルーなど暖かい地域に住んでいます。そのため、冬の間は大きなストーブをつけてみんなで温まっているんですよ。可愛いですよねー!』
すらすらとペンギンの説明を行いつつ、速やかに進行をするナレーション。
それには素人とは一線を画すプロの技術を感じられる。
『さあ、それでは今日もみんなで頑張っていきましょうか! ペンギンショー、スタートです!』
素直に感心しつつも、まひる達は最後までペンギンショーを心から楽しむのであった。
ペンギンショーも終わり、水族館を出た三人はチンアナゴのぬいぐるみを抱えながら目的の人物を待っていた。
しばらく待っていると、慌てたようにVネックのロングワンピースの上からデニムのジャケットを着た長身の女性が三人の元へ駆け寄ってきた。
「お待たせしてしまってすみません!」
「いや、お土産屋で買い物をしながら待ってたから、全然気にしてないよ」
「「そうそう!」」
申し訳なさそうな表情を浮かべる女性、智花にハンプがそう言うとまひると朱雀もハンプに同意した。
「むしろ、こっちこそ急に連絡してごめん。
「そうだったんですか。Vをやめたあともこうして自分の声を覚えていてくれる人がいるって何か嬉しいですね」
実際のところ、まひる達が今回この水族館に来たのは初めから智花がナレーションを行うことを調べていたからだ。
ハンプは以前ハンプ亭道場で共演したときから智花のことを気にかけていた。
そんな矢先に起きた魔王軍パワハラ騒動だ。
ハンプはすぐに彼岸はなの動向を調べて、何かしらのアクションを起こす予定だった。
そのタイミングでちょうどまひるからも連絡があり、同期である朱雀も誘って水族館へとやってきていたのだ。
「智花さん、司から話は聞いたよ。その、大丈夫?」
「……そっか、あなたは司君のお姉さんだったね」
心配そうに自分を覗き込んでくるまひるの姿を見ると表情を曇らせた。
「ごめんなさい。司君、塞ぎ込んでるでしょ?」
「そうならないために、私はここにいる」
決意を込めた瞳で真っ直ぐに智花を見据えて告げる。
「智花さん、にじライブ来てよ」
「……それはできないわ」
まひるの直球の勧誘に驚きながらも、智花はその誘いを断った。
顔を背けて口を噤んだ智花へ、今度はハンプが声をかけた。
「この水族館でのナレーション業をやめたくないからか?」
「どう、して」
「にじライブに所属すると、前の名義での活動ができなくなるからな。今日のナレーション、すごく楽しそうだったからさ」
ハンプは智花のアカウントである彼岸はなの過去を調べて、この水族館のナレーションの仕事が初めて来た大きな案件だったことを知った。
智花はその気になればVtuberをやらなくても、今のネット声優としての仕事だけでも十分に生活していけるのだ。
わざわざ思い入れの強い仕事を辞めてまでVtuberに戻ろうとは思えなかったのだ。
「にじライブの仕事の幅は業界一だ。最近投稿された遊園地の案件や、お化け屋敷の案件、それだけじゃない。うちのトップがやってる案件も現実ベースのものなんてザラにある。その気になれば新しい名義で今までの活動もできるさ」
Vtuberに回ってくる案件といえば、基本的にゲームなどの案件が多い。
これはVtuberの姿を映しつつゲームをプレイすることで、そのVtuberのファンへのゲームの宣伝になるからである。
しかし、にじライブでは本人が現地に赴き撮影を行うという異色の案件を多くこなしている。
何故バーチャルな存在のVtuberにそんな案件が回ってくるのか。
答えは簡単だ。
にじライブのファンは特に、アバター越しの向こう側にいるライバー自身が好きなのだ。
だから、案件でアバターの姿がなくても、そこに本人がいて楽しんでいる様子が伝わってくればそれでいいのだ。
「俺からもお願いだ。にじライブに来てくれ。また一緒に楽しく収録や配信がしたいんだ!」
「玉木、君……私、は……」
頭を下げるハンプを見て、智花は口元を震わせながら目に涙を浮かべていた。
四谷といい、どうして他社の人間だった自分をそんなにも気にかけてくれるのか。
理解不能でありながら、にじライブの温かさに触れた智花の胸に熱いものがこみ上げてきた。
「大野さんはどうしたいにょ? あちし達はあなたがもう一度活動したいってんなら全力で助けるだけだけど」
成り行きを見守っていた朱雀も笑顔を浮かべて智花へと歩み寄る。
バーチャルリンクという過酷な環境でVtuberを続け、マネージャーを失ったあとはメンバーの負担を多く引き受けてきた。
そんな擦り減った精神状態だった智花に、にじライブから感じる温もりはとても心地の良いものだった。
ボロボロと涙を零し、嗚咽を漏らす智花はそれでもにじライブに行くことを躊躇っていた。
「でも、私は生配信だと面白いことそんなに言えないし、にじライブみたいにぶっ飛んだとこじゃ埋もれちゃうよ……」
「フォローする力だって大事だよ!」
「それに動画編集、MIX、声劇、これを一通りこなせる人間なんてそうそういない」
「そうそう、それににじライブにぶっ飛んだのが集まるんじゃないよ? にじライブにいるからぶっ飛んだ奴らになるんだよ」
にじライブという事務所にはネジの外れた才能あふれる人材が多い。だが、事務所に所属して多くのライバーと絡んでいるうちに覚醒していく者もいるのだ。
「でも、VからVへ転生なんてうまくいくとは思えない……」
「何言ってんにょ?」
「まったく、智花さんはわかってないなぁ」
「ああ、何てたって――」
「「「我らにじライブぞ?」」」
「あ……」
夢美が最初に口にした今ではにじライブを代表する格言。
不思議とその言葉を聞いただけで、何もかも抱えてきた不安が吹き飛んだ感覚を智花は覚えた。
「ほら、これ」
「これは……魔王軍感謝祭のチケット?」
「君は彼の雄姿を見届けるべきだ」
唖然とする智花へチケットを渡すと、ハンプは自分に憧れて同じ道へとやってきた魔王の姿を思い浮かべて告げた。
「玉木君、潤佳ちゃん、涙香ちゃん……ありがとうね」
そんなハンプの言葉を聞いた智花は、涙を拭って笑顔を浮かべるのであった。
まずは、一人