『『ご静聴ありがとうございました! おつ山月!』』
「「てぇてぇ……」」
事務所内の大型テレビの前で、レオと夢美のコラボ配信を見ていたマネージャー両名が惚けたように呟く。
「えっ、あの二人って本当に幼馴染みじゃないの? 息ピッタリすぎない?」
「いや、僕もそう思って獅子島さんに聞いたけど『思ったよりも気が合うだけ』って言われて……」
お互いの担当ライバーの仲の良さに尊みを感じていた二人はそのまま盛り上がり始める。
「付き合ってるって言われても納得しかないんだけど」
「本当それ」
「地元が同じって言ってたし、小学校同じだったりするんじゃないの?」
「だとしたら、気づいてないけど昔一緒に遊んだりしていたとか」
「きゃー! だったら運命の再会じゃない!」
何を隠そうこの二人。男女のカップリングが大好物なのだ。入社当時から様々な企業の男女ライバーのカップリングの話で盛り上がっていたこともあり、飯田と四谷はすっかり意気投合していた。
「おっと、いけないいけない。こんなテンションで打ち合わせしたから、あの二人に迷惑をかけちゃったんだった……」
「そうね。こんな話をしているところを諸星部長に聞かれたら大目玉よね」
二人は自分達の浅慮が原因で担当ライバーに迷惑をかけたことを思い出して、一度クールダウンをすることにした。
「何をしているのですか。定時はとっくに過ぎていますよ」
「「ひぃぃぃ!? 諸星部長!」」
噂をすれば影を差すとは言ったもので、二人の後ろには諸星が仁王立ちしていた。
「……早く退勤しなさい。戸締まりができないでしょう?」
「「も、申し訳ございません!」」
まるで怪物にでも会ったかのように、二人は慌てて自分達のデスクに向かい始める。
そんな二人に向かって諸星は、出来るだけ優しく聞こえるように言った。
「それと、きちんと残業申請はしてから帰ってください。ライバーの配信を見て
「「……ありがとうございます!」」
諸星の意図を汲み取った二人は、同時に礼を述べるとバタバタと自分達のデスクに戻っていった。
「まったく……」
担当ライバーに負けず劣らず息ピッタリのマネージャー二人に、諸星はため息をつく。しかし、その口元には笑みが浮かんでいた。
諸星にとってレオと夢美の問題は、ある程度予想できた林檎の炎上騒ぎよりも重要な問題だった。
レオのスペックの高さは、アイドル時代の彼を知る諸星からすれば何としてでも生かしたいところだったのだ。
諸星としては長い目で見てレオの問題を解決していくつもりだったのだが、夢美の暴走によりその必要はなくなった。
三期生のオーディションでの一番の収穫は夢美を採用できたことかもしれない、と諸星は感じていた。
元STEPのメンバーという異例の経歴を持つレオや、元人気実況者である林檎と違い、夢美は本当の意味で素人だった。
だが、蓋を開けてみれば現時点で一番登録者数が多いのは夢美だ。
声の可愛さとリアクションの面白さで採用した素人がここまで伸びることは諸星にも予想できなかった。
それだけではない。彼女は事務所の方針にこそ逆らってしまったものの、見事にレオの抱える問題を解決してみせたのだ。
かつて一期生で爆発的に伸びたライバーも完全な素人だった。
そこから数多くのコラボによって、多くのライバーの知名度を上げ、会社の方針すらも変えて見せた伝説の存在――竹取かぐや。
竹取かぐやと茨木夢美はどこか似ている。ならば、茨木夢美のサポートは慎重に行わなければならない。
暗い考えが頭を過ぎった諸星は頭を振ると、いったん夢美のことを考えるのはやめることにした。
「さてと」
さきほどまで、スマートフォンで起動していたU-tubeのアプリを落とすと、諸星は事務所の施錠を始めた。
それから、メディア本部のデスクまで赴くと、いまだに帰宅していない社員へと声をかけた。
「大丈夫ですか?」
「うぅ……部長ぉ……」
半泣きになりながら返事をした社員――白雪林檎の担当マネージャーである亀戸は救いを求めるように諸星を見た。
そんな彼女の様子に諸星はため息をついた。
「白雪さんにも困ったものですね」
「はい……おかげで登録者数の伸びも同期のお二人と比べるといまいちですし」
「問題行動が多いとはいえ、彼女の登録者数は現時点で伸び悩んでいるほどではありませんよ。獅子島さんと茨木さんが異常なだけで、デビュー当時の二期生と比べれば全然伸びている部類です」
コラボ配信が終わった時点でのレオのチャンネル登録者数は五万人、夢美の登録者数に至っては六万五千人だ。にじライブという看板があるにせよ、デビューから二週間と経たずにこの人数は異常である。
対する林檎の登録者数は二万二千人。二人と比べて見劣りしてしまうのも無理はなかった。
「でも、実況者時代に比べればまだまだですし、やっぱり私のサポートが悪いのかなって……」
白雪林檎はかつてニヤニヤ動画という動画投稿サイトで活動していた〝ゆなっしー〟という人気のゲーム実況者だった。
ゆなっしーは、ゲームの腕はもちろん、トーク力や、ここぞというところで面白いことが起きる運の良さを兼ね備えた〝持っている人間〟だった。
諸星もそんな〝持っている人間〟はにじライブを盛り上げるために必要だと考え、多少は態度に目を瞑ってスカウトすることにした。リスクとリターンを天秤にかけた際に、リターンの方が大きかったのだ。
「あなたのサポートが悪いとは一概に言えませんよ」
「え?」
「彼女が実況者時代ほど伸びていないのは、単純にニヤニヤ動画のときの感覚で配信しているからです。ニヤニヤ動画からU-tubeへ移行して伸び悩んでいる実況者は多いでしょう?」
「確かに……」
「ニヤニヤ動画では内輪のノリが多いです。ユーザーと実況者の距離が近いのはメリットにもデメリットにもなりますからね。U-tubeに移行してその差を感じた実況者は多いでしょう。うちがU-tubeを主体にしていて、ニヤニヤ動画を主体としないのも新規が入りづらい環境であることと、収益に繋がりにくいからです」
まあ、そもそも、バーチャルなユーチューバーだからVtuberなのですが、と諸星は苦笑した。
「あれ、でも諸星さんってニヤニヤ出身の実況者さんとの繋がりすごいですよね?」
「彼らは現在U-tube主体で活動してますし、うちの稼ぎ頭の〝竹取かぐや〟よりもチャンネル登録者数は多いですからね。繋がりは持つに越したことはありません。もちろん、コラボは慎重に行わなければいけませんが」
ある意味、ぶっ飛んだライバーが多いにじライブよりもぶっ飛んだ者が揃っているのだ。何が炎上に繋がるかわかったものではない。
「それに私達の仕事の中心がU-tubeなだけで、ニヤニヤ動画も活用する分にはメリットがありますよ。内輪のノリが多いということは、コアなファンが付くということでもありますからね。実際、ニヤニヤ動画の有料チャンネルで外部の人間との番組を持っている二期生もいるでしょう?」
「じゃあ、白雪さんをスカウトしたのって」
「彼女にはコアなファンを獲得する力があるからです。さすがに、この速さで炎上されるのは予想外ではありましたが」
事実、炎上しても白雪林檎の登録者数は減るどころかじわじわ増えていた。
こめかみに手を当ててため息をつくと、諸星は亀戸へ激励の言葉を送った。
「あなたには苦労をかけますが、私もサポートするので頑張ってくださいね」
「あ、ありがとうございます! ……私、部長のこと誤解していました」
「誤解?」
「何か威圧感があって、凄い怖い人だと思ってましたけど、本当はとても優しい人なんですね!」
悪気など欠片もない笑顔でそう言われた諸星は表情を曇らせた。
「……………………やっぱり、私は怖いですかね」
「あっ、申し訳ございません! つい本音が!」
「あなたがライバーではなくて良かったと心から安堵してますよ」
「ひっ」
結局亀戸を怯えさせてしまったことにため息をつく。冗談です、と前置きをすると、諸星は最後に笑顔を浮かべて缶コーヒーを亀戸のデスクに置いた。
「困ったことがあれば何でも相談してください。ライバーのサポートをするのはあなた達の仕事ですが、あなた達マネージャーをサポートするのは私の仕事なのですから。それと、今日はもう日報を書いて帰ること。見たところ今日中にやらなければいけない仕事はありませんからね。上司に何か言われたら〝怖いと思われる〟私の名前を出しなさい。それでは、お疲れ様でした」
「部長……お疲れさまでした!」
颯爽と歩いていく諸星に、亀戸は尊敬の念を禁じ得なかった。
いろいろと調べてはいますが、裏方の描写ってやっぱり難しいですね……。