レオの元バイト先の居酒屋。
そこには大勢のVtuber達が集結していた。
司達が魔王軍を辞めたと聞き、多くの者達が魔王軍の新たな門出を祝いに来ていたのだ。
「ったく、いつからうちの居酒屋はバーチャル空間になったんだよ」
「助かったよ園山。こんなメンツ集まれるような店っていったらここしかなくてさ」
「気にすんな、礼なら店長に言ってくれ」
元魔王軍の祝賀会を開くため、店長の計らいもあって居酒屋は貸し切りになっていた。
「さっき言いに行ったんだけど、対価はもらったからってさ」
「あの人も大概オタクだからなぁ」
有名Vtuberとイラストレーターのサイン。一般人ならばまず入手不可能なものが店長の元には集まっていた。
特にバーチャル四天王からサインをもらったときの店長は満面の笑みを浮かべていた。
バーチャル四天王アイノココロ、板東イルカ、バーチャル美少女受肉おじさん、アダルティーナ。
にじライブ、@LINE、Vacterの所属Vに、但野友世を始めとする有名個人勢。
間違いなくこの瞬間、世界中で最もVtuberが集まっている場所はこの居酒屋だろう。
そのうえ、この場には有名イラストレーターやポンバーなどの有名実況者達も集まっていた。
「や、レオ君」
「け、けもみ先生!? いらしてたんですか!?」
「そりゃ来るでしょ。らずりー君も来てるわよ」
「ああ、ノーム・アースディ以外はらずりー先生がキャラデザでしたもんね」
魔王軍のキャラクターデザインには担当イラストレーターが二人おり、一人はレオの担当イラストレーターでもある〝けもみ〟ともう一人はノーム・アースディ以外の四人を担当している〝らずりー〟だ。けもみが女性で、らずりーが男性ということもあり、この二人の組み合わせは魔王軍の両親とも呼ばれているのだ。
「まさかもう一度あの子達のキャラデザを担当できるとは思ってなかったわ。にじライブには感謝しかないわね。あの子達を救ってくれてありがとう」
「いえ、司君達が自分達の意志で再起したからこそこういう結果になったんです。俺達はちょっと背中を押しただけです」
「あのシバタクとは思えない謙虚さね。レオ君のキャラデザの話をもらったときは私、イスから転げ落ちたんだからね?」
「そのリアクションはデフォルトなんですね……」
レオは以前、かぐやから採用担当者がレオの応募によってイスから転げ落ちたという話を聞いたことを思い出して苦笑した。
「あ、そうだ。頼まれてた新衣装なんだけど……」
「大丈夫ですよ。俺よりも翔子ちゃんの方を優先してください」
「妹思いねー。まあ、ママに任せておいて!」
力こぶを作る動作をすると、けもみは得意気な表情を浮かべた。
「それにしても……奇跡って起きるものなのね」
「起きないなら起こすだけの話ですよ」
「ふふっ、そんなこと言えるのはにじライブの人間くらいよ」
幾度となく奇跡を起こしてきたレオ自身の言葉に、けもみは優しく微笑んだ。
けもみは眩しいものを見るように、多くのVtuber達に囲まれて祝福されている元魔王軍のメンバーを眺める。
「松本君っ! またコラボしようねっ! マリカでもスマブラでも何でもいいからさっ!」
「二宮さん、復活した暁には私とコラボしませんか? あなた、いじると面白そ――んんっ、可愛いですし、絶対人気出ますよ」
「大野さん、お互い機材とか詳しいことですし、Vtuberが使用する機材についてのトークとかやりません?」
「相葉ちゃん相葉ちゃん! リミッターも外れたことだし今度コラボしましょ!」
「よーし、じゃあ翔子ちゃんはアタシがもらっちゃうよ! その歌唱力使って全力で遊ぼうよ!」
バーチャル四天王や有名個人勢の友世に再デビュー前から声をかけられる元魔王軍のメンバー達。それに続くように、多くのVtuber達もコラボの申し込みをしにいく。
この光景を見れば彼らがいかに愛されているかがわかるだろう。
「ちょ、待ってください愛理さん! まだ僕、再デビューしてませんから!」
「そ、蘇我さん、今面白そうって……」
「ええ、是非やりましょう増田さん!」
「久莉彩さん、下ネタはどのラインまでオッケーですか?」
「沙依さん、歌唱力で遊ぶって何させる気ですか」
普通ならばお目にかかれないほど豪華メンバーが仲良く騒いでいる様子を見て、料理を運んでいた園山は唖然とした様子で言った。
「なあ、司馬。俺、バーチャル四天王の本名初めて知ったんだが……」
「ココさんとかは個人企業になった時点で発表してたから知ってるだろ? イルカさんもここのお得意様だし」
「まあ、そうなんだけどよ……」
アイノココロこと
それから、祝賀会は賑やかなムードで進んだ。
何度か座席交換を挟み、ようやくレオはVtuber界の首領アイノココロと話す機会が生まれた。
「やー、やっと話せるねっ! 一度話してみたかったんだよねっ」
「こちらこそ、お会いできて光栄です!」
「ふふふっ、何かあのシバタクにかしこまられてると思うと変な感じですねっ」
レオとしては自分がアイドルとして活躍していたのは昔のことであり、現在はゼロからスタートしたという気持ちなのだ。
知名度で言えばシバタクの方が上だろうと、アイノココロはレオにとって業界の大先輩に変わりなかった。
「失礼します。こちら当店からのサービスになります」
そんなアイノココロの前に園山は出来立ての小さいサイズのオムライスを置いた。
園山はアイノココロの動画からVtuberにハマりだした黎明期からのファンだ。
彼女の好みも当然把握していた。
「これって……」
「店のメニューにない賄い料理で申し訳ございませんが、動画内でよくお好きだとおっしゃっていたので……」
「おっ、良かったですねココさん。園山のオムライスはめちゃくちゃうまいんですよ!」
「本当にいいのっ!? やったぁ! ありがとうございますっ!」
「へー……ほー……ふーん……」
「あっ、いや、奈美の分もすぐに作ってくるから!」
拗ねたように頬を膨らませた和音を見て、園山は慌てたようにキッチンに戻っていった。
「園山の奴、尻に敷かれてるなぁ」
「それ、司馬さんが言えることですか……?」
彼女である和音の尻に敷かれている園山を見て苦笑していると、レオの隣の席にいる内海が呆れたようにため息をついた。
「お久しぶりです。愛理さん」
「光ちゃんっ! 元気だったっ!?」
「まあ、いろいろありましたが、今は何とかやっています」
竜宮乙姫としてココロと関りがあった内海は、Vtuber界の大先輩との再会に心からの笑顔を浮かべた。
「復帰はしないの?」
「さすがにそれはちょっと……」
「そっかー……残念だけど仕方ないねっ」
復帰の意志はない。
内海の固い決意を目の当たりにしたココロは残念そうに笑った。
「あっ、ちょっと外しますね」
そんなとき、誰かから連絡を受けたらしい内海はかぐやの方を一瞬確認すると、慌てたように店の外に向かっていった。
店の外に出ると、そこには黒いパーカーのフードを目深に被り、黒いマスクをつけた小柄な女性が立っていた。
「……久しぶりね、亀梨さん」
「なーんだ。死にそうな顔してるかと思ったら、元気そうじゃん」
怪しげな雰囲気の女性、亀梨を前に表情を固くした内海に対して、亀梨は飄々とした様子で笑った。
「黒岩社長の個人アカウントが特定されたのあなたの仕業でしょ」
「さてね。件の社長のネットリテラシーがカスだっただけじゃない?」
「はぁ……相談に乗ってくれたのはありがたいけど、あまり攻撃的なことはしないでね? 下手したらあなたが訴えられるんだから」
「はっ、この期に及んでまだアタシの心配かよ……」
本来、憎くて仕方がないはずの自分を心配している内海を見て、亀梨は呆れたようなため息をつくと持っていたUSBメモリを内海へと渡した。
「ほら、これ」
「これは?」
「使わないに越したことないものよ。ま、訴えられそうになったときの抑止力って奴? あの黒岩って社長なかなかクソみたいな方法で金をかき集めてたみたい」
少なくともこれが世に出れば黒岩の再起は完全に不可能なものになる。
そんな内容のデータを戸惑いながらも内海は受け取った。
「ありがとう。でも、二宮さんの診断書や大野さんの録音音声もあるから使わないとは思うけどね」
「何だ元魔王軍も結構やるじゃん。とっととバラして潰せば良かったのに」
「お互いが人質みたいな環境で下手な動きを取るのが怖かったみたいよ」
「仲間意識ってのは厄介だねぇ。もっと自分第一に考えなきゃ」
「普通私の前でそれ言う?」
かつて亀梨の行動によって深刻な状態に陥ったことのある内海は、亀梨の発言に苦笑した。
「あんたの前だから言ったのよ」
「そういうとこ、変わらないわね。あ、良かったら一緒に呑まない?」
「やだよ。アタシが行ったらバンチョーに殺される。あと他のV達にも」
亀梨は呆れたようにため息をつくと、店内を覗き込んで不敵な笑みを浮かべた。
「それにしても本当にアタシが言った条件揃えるとは思わなかったわよ」
「あの子達が再起してその後も伸びるために必要な要素。五人全員揃っての再デビュー。派手な演出の転生匂わせ、バーチャルリンクの派手な炎上、担当イラストレーターを揃えるだったかしら?」
「それに加えて自由を売りにしている大きな企業への所属もね」
内海は密かに魔王軍の立ち回りをサポートするために、この手のことに詳しい亀梨にアドバイスをもらっていたのだ。
そして、にじライブは見事亀梨の告げた条件を全てクリアしてみせたのだ。
「ゴブリン放送局も帝国軍チャンネルの人達も別企業に斡旋できるし、3Dアニメーションチームもうちへ転職してくる。でも、良かったのかしら……この騒動が終わればバーチャルリンクは――」
「
あえてライバー時代の名前で内海を呼んだ亀梨は冷たい声音で告げる。
「あいつらは他人を利用して甘い汁を吸ってきた。しっぺ返しがあるのは当然のことよ」
「そうね……ねえ、亀梨さ――」
「それ以上、言うな」
もし良かったらにじライブに来ないか。
そんな内海の言葉を遮ると、亀梨は吐き捨てるように言った。
「何度も言わせないで。救う相手を間違えるな。優しさと甘さは違う、あんたは身を以て知ってるはずよ」
被害者であるはずなのに、どこまでも加害者である自分を心配する内海へ決別するように亀梨は告げた。
「人を利用したクズはどん底に落ちるべきよ――アタシみたいにね」
亀梨が浮かべた笑みは、同類が自分と同じように落ちぶれる様子を楽しみにしているような酷く歪んだものだった。