ヘッドセットを装着したサーラは笑顔を浮かべると今日までのことを思い浮かべた。
ネット声優として活動を始めてからいろんなことがあった。
仕事なんてなかった無名の時代から、やっと声優業をメインに活動できるようになり、知名度も少しずつ上がっていった。
バーチャルリンクからのスカウトが来たときは、怪しすぎる話だとわかっていたが、知名度を上げてもっと活動の幅を広げられるならと引き受けた。
そこで出会った大切な仲間達。
彼らを守らなければと奮起したものの精神も肉体もボロボロになってしまった。
引退した自分の元へ手を差し伸べてくれる者がいた。
同じ事務所でもないのに、必死に彼らは自分達に手を伸ばし、こうしてまた大切な仲間達と集まることができた。
――ありがとう、みんな。
心からの感謝を胸にサーラは配信を開始して、
「ぐすっ、えぐっ……はじめ、ましてぇ……朝顔、サーラです……」
[!?]
[初手号泣]
[まさかの放送事故www]
いきなり号泣していた。
サーラにはある弱点があった。
バーチャルリンクで精神も肉体もボロボロになっていたところを、にじライブの者達に救われた。
そのことがきっかけで、優しくされたり、温かい気持ちになるとすぐに泣いてしまうようになっていたのだ。
「ごめん、な゛さ゛い゛……泣かないようにって思ってたんだけど、いろいろ思い出しちゃって……うえぇぇぇぇぇん……!」
[泣かないで]
[辛かったんだね……]
[こんなん泣いてまう]
号泣しながら配信を行うサーラに釣られるように、視聴者達も涙を流していた。
サーラが辛い状況にいたことは誰もが知っていることだ。
それを乗り越えて再デビュー。
サーラが泣くことを誰が咎められようか。
「……こうしてデビューする、前からっ……ハンプ君やまひる、シュッシュ、にじライブの人達が、声をかけてくれて……本当に嬉しかったのっ! ……ぐすっ、だから、またみんなで頑張ろうって、思って……」
[うん]
[うん]
[そっか]
えづきながらも必死に配信を続けるサーラに、コメント欄は静かに話を聞く姿勢になっていた。
「大切な人達との居場所を作ってくれた、にじライブには、感謝しかないですっ……本当にありがとうございます……!」
[にじライブあったけぇなぁ]
[マジで地獄から救いあげてくれたようなもんだもんな]
[これは箱推し不可避]
「だから、無理のない範囲で、これから一生懸命頑張ろうと思います……」
[本当に無理のない範囲でね]
[俺達も応援するから!]
[初配信だけど前から推しでした]
温かい応援コメントが流れ、サーラは再び溢れ出してくる涙を堪えて、画面の向こうにいる者達へと笑顔を浮かべて言った。
「みんな――見゛つ゛け゛て゛く゛れ゛て゛あ゛り゛が゛と゛う゛……!」
サーラはそれからも自分の胸中を吐露して、涙を流しながらも配信を続けた。この号泣初配信は話題になり、サーラは〝涙腺弱弱ドラゴニュート〟と呼ばれるようになるのであった。
「その……ドヤ顔で任せてなんて言っておいて、ごめん……」
配信を終えたサーラは肩をがっくりと落として全員に謝罪した。
「あれはっ、仕方、ないですよォ……!」
「う゛ん゛! サーラさんが一番辛かったもんね……!」
「あの時……守り切れなくてごめんなさい……!」
既に配信を終えたレインとリーフェ、そしてマネージャーの阿佐ヶ谷はサーラに釣られるように号泣していた。
白夜も泣きそうになっていたが、必死に唇を噛んで涙を堪えていた。
この後には配信がある。
せっかくサーラが終始号泣している配信という今後ネタに出来る配信を行ったのだ。
その希少性を薄めるわけにはいかない。
今まで魔王軍を引っ張ってきた者として、白夜は今後のこともしっかりと考えていたのだ。
「うーん、枯れるほど泣けば、みんな泣き止むよね」
そんな中、あっけらかんとした様子のつばさはとぼけたような声でそんなことを言った。
「とりあえず今泣いてる人の涙を絞り切れっちゃっていいかな?」
「ふふふっ……相変わらずあなたはマイペースね」
「そうかな?」
「ええ、でも、つばさのそういうとこ好きよ。後は任せたわ!」
「うん、任せて!」
つばさはサーラとハイタッチすると、受け取ったヘッドセットを装着した。
「すぅー……はぁー……」
スタンバイしたつばさは深く深呼吸して気持ちを落ち着かせる。
「もっと、自由に、私らしく……!」
表情を引き締めると、つばさはレオの3Dライブの光景をイメージして配信を開始した。
[きちゃ!]
[デビュー前から暴れていたつばさちゃんだ!]
[けもみ家の妹きた!]
初配信の前から自由に動いていたこともあり、コメント欄には、つばさの登場を期待する声が多く見受けられる。
そんな期待のコメントが流れる中、つばさは音源を流して歌い始めた。
「静かにただ~見つめ~てた~♪ 小さきもの~眠る顔~♪」
[いきなり歌!?]
[小さきものだ!]
[はい神]
[これは神曲]
つばさが歌った曲は、レオの好きなモンスター育成ゲームの劇場版の主題歌だ。
数ある劇場版の主題歌の中でも特に神曲として名前の挙がること多いこの曲をつばさは伸び伸びと歌っていた。
「こ~えが~聞こえる~♪ ゆくべき道~指さしている~♪」
[ビブラートすご!]
[前よりはるかにうまくなってて草]
[うまくなったというより伸び伸びと歌ってる?]
[本来の実力を発揮できればこんなにやべー歌唱力してるのかよ!]
つばさは魔王軍にいた頃、窮屈さを感じながら歌っていたこともあり、圧倒的にうまいけど何か物足りない、という評価を受けていた。
うまい歌をうまく聞こえる音程でただ歌う。
それを出来るのもすごいことだが、魔王軍ノーム・アースディの歌には〝ハート〟が欠けていたのだ。
しかし、今は違う。
つばさは仲間達の思いを胸に、大地を蹴って大きく羽ばたいたのだ。
「さらさら流る~♪ 風の中でひ~とり~♪ わたし~うたってい~ます~♪」
[ダメだ画面が霞んで見えない……]
[さっき泣いたばかりなのに]
[脱水症になりました]
[これは神獣]
つばさの歌に心を揺さぶられた視聴者達はサーラの配信で泣いたばかりだと言うのに、さらに涙を流していた。
「はい、というわけでご清聴ありがとうございましたー」
ふぅ、と軽く息をつくと、つばさは汗を拭って再会できた画面の向こうの視聴者達に挨拶をした。
「みなさん、はじめましてー。ステイしがちなイメージだらけの土佐つばさでーす」
[草]
[ゴキゲンな李蝶、ステイしがちなつばさ]
[やっぱりレオ君の動画見てたのか!]
[兄妹揃ってネタを挟まないと死んじゃう病]
[けもみ:自慢の娘へ! ¥12,000円]
[獅子島レオ:自慢の妹へ! ¥12,000円]
つばさが挨拶をしたタイミングで担当イラストレーターのけもみと、レオからスーパーチャットが飛んでくる。
二人の名前を見つけたつばさは笑顔を浮かべて
「あっ、けもみママ! お兄ぃ! 赤スパセンキュー! 約束守りにきたよ!」
[けもみ家てぇてぇ]
[そういえば約束してたな]
[待って、無理、尊い]
それからつばさはマイペースにトークを続けた。
時折、視聴者のコメントがツボに入って笑ってしまうときは、レオと赤哉の番組〝にじライブRecords〟に出演したときと同じ笑い声をあげていた。
「あっははは! ぷっ、くくくっ……ひぃひー!」
[ひぃひー↑]
[ひぃひー↑]
[ひぃひー↑]
このつばさの笑い声は、後ににじライブの間では定番のネタになるほどに定着するのであった。
こうしてつばさは見事、サーラが作り出した感動的な流れを歌で盛り上げ、配信を終えた。
「ふふん、どうよ!」
つばさは自慢げな表情を浮かべるが、ほとんどの者はいまだに泣いたままでリアクションもままならない状態だった。
そんな中、大トリを務める白夜はどこか呆れたように、そして誇らしげにつばさの元へと歩み寄ってきた。
「まったく、最高過ぎるくらいだよ……それじゃ、あとは僕に任せてくれ!」
「頼んだよー!」
白夜はハイタッチをすると、つばさから受け取ったヘッドセットを装着した。
白夜のチャンネルはシューベルト魔法学園のメンバーの中でもとんでもないことになっていた。
まだ初配信前だと言うのに、既に白夜の登録者数は10万を超えていたのだ。
これはVtuber史上初と言っていい快挙だった。
たとえ元々人気のあるVtuberだったとしても配信すらしていないのに、この数字は異常の一言に尽きる。
そんな状況の中、ニヤリと笑うと配信開始から白夜は
「やあ、諸君! ……あっ、間違えた! はじめまして、白鳥白夜です!」
「「「「こらこらこらこら!」」」」
[草]
[初手からやりやがったw]
[俺の好きなVtuberの声がする!]
[てか、みんないたのかよ!]
[スタジオでの配信だったのか]
匂わせどころじゃない白夜の行動にスタジオにいた四人が総ツッコミを入れる。
もちろん、これはわざとである。
「いやぁ、みんなごめんなー? つい魔力が暴走しちゃってさ」
[そうか、それはしょうがないな]
[魔力が暴走するのは仕方ない]
[声たっか!]
[むしろアレが低すぎるくらいだった]
白夜の地声はサタンのロールプレイをしていた頃よりも高かった。
さどる時代のような高めの声に視聴者達は驚きながらも、白夜がありのままの姿で配信している様子が伝わってきて歓喜していた。
「さて、みんな気になっていると思うけど、僕や学園のみんながにじライブのライバーになった理由。それはありのままの自分を尊重してもらえるからだ」
[にじライブは自由だからな]
[あったけぇなぁ]
[さすが業界最大手]
今回の配信で、にじライブの事務所としての評判は最高潮に達していた。
度々ライバーから上がるにじライブへの感謝の気持ちは、視聴者からの信頼も勝ち取っていた。
そして、この魔王軍の拾い上げの対応である。
悪手を打ち続けたバーチャルリンクとの対比も相まって、にじライブはVtuber業界きっての優良企業と認められていた。
「まあ、僕の場合は姉ちゃんに誘われたのも大きいんだけどね」
[まひるちゃんの言ってた弟が白夜君でビックリした]
[まさか姉弟だとは思わなんだ]
[一緒に住んでるの?]
配信の話題はまひるとの関係に移る。
黒岩が誘導されるがままに自爆したおかげで、まひると白夜が姉弟であるという話を疑う者は一人もいなかった。
「僕も姉ちゃんも実家住みだ。正直、ライバーとして活動していく上でのネックは姉フラだよ」
[白鳥まひる:ちゃんとノックしてるじゃん!]
[草]
[まひるちゃんwww]
[さっそく配信上で姉フラしてて草]
[白鳥姉弟てぇてぇ]
それから、白夜は今後の配信の方針などを語り、スムーズに配信を進めていった。
「さて、そろそろ終わりか。でも、また明日も会えるよな?」
[当たり前だァァァァァ!]
[そっか、明日も会えるんだな……!]
[何でもないことなのに、これほど幸せなことはないと思う]
「それじゃあ、みんな。また明日!」
[また明日!]
[また明日!]
[また明日!]
最後に明日の再会を約束して白夜は配信を終えた。
こうしてシューベルト魔法学園の初配信は無事大盛況のまま終了した。
全員とも同時接続数10万人超え、白夜に至っては16万人超え、翌日には全員が登録者数20万人を超えるという快挙を成し遂げるのであった。
補足:初配信なのにスパチャ?と思うかもしれませんが、チャンネル自体はすぐに作られて各自の自己紹介動画が上がっており、再生回数がすごいことなってるので、収益化通ってます。