にじライブのライバーになってから白夜は順調に登録者数を伸ばしていた。
シューベルト魔法学園だけではなく、少し先輩の四期生やレオ達三期生、他企業のVtuber達ともコラボを積極的に行っていたため、今や白夜はにじライブの中でも上位に食い込む人気ライバーとなっていたのだ。
辛い出来事を乗り越え、生き生きと活動しているはずの白夜は事務所で憂鬱な表情を浮かべていた。
「はぁ……」
「白夜君、浮かない顔してどうしたんだ?」
「あ、レオさん……」
事務所の休憩スペースでカフェオレを持ったまま落ち込んでいる様子の白夜を見かねたレオが声をかける。
バーチャルリンクはあれから黒岩が社長を辞任して名前を〝Encourage〟に改めたことくらいしか動きはないが、白夜達元魔王軍に何かをしかけてくる様子もない。
二代目魔王軍のメンバー達も、生配信主体に活動内容を切り替えており、特に不穏な動きもない。
「まひる先輩と喧嘩でもしたのか?」
「いや、姉ちゃんとは普通にやってますよ」
可能性として、また姉であるまひると揉めたのかと思えばそうでもない。
怪訝な表情を浮かべるレオに、白夜は観念したように悩みの種を白状した。
「実は俺達を救ってもらったことに対して林檎さんにまだお礼が言えてなくて……」
「おいおい、まだ言ってなかったのか」
レオは白夜の悩みに呆れたようにため息をついた。
白夜を含めシューベルト魔法学園のメンバーは今回の転生騒動において、関係者各位に改めて礼を述べていた。
今回の騒動では、林檎の働きかけはかなり大きく、白夜が功労者である彼女に礼を述べていないことはあまりよろしくないことだった。
「こういうのは早めに言わないとどんどん言いづらくなるんだぞ。俺なんて十年単位で言えてなかったからな」
「レオさんが言うと言葉の重みが違いますね……」
レオはアイドル時代に世話になった人物へ感謝の気持ちを伝えられたのは最近の話だ。
そういう意味では、レオは感謝の言葉の重みを誰よりも知っていた。
「まあ、言いづらいって気持ちもわかるけどな」
レオは白夜から林檎との間に何があったかを聞いていた。
そのため、彼の胸中が複雑なことも十二分に理解できていたのだ。
「だが、それはそれ。これはこれだ。感謝しなきゃって気負うから言いづらくなるんだよ。変に意識せずに〝ありがとうございます〟って言えばいいんだ。挨拶感覚でな」
「なるほど……」
レオの実感の籠った言葉に、白夜は感心したように頷いていた。
「ママ、今度パパと一緒にどっか遊びにいこ!」
「配信外でもママって呼ぶのは勘弁してよ……まあ、事務所内だからいいけど」
そんなとき、ちょうど夢美とミコが休憩スペースへとやってきた。
「おっ、ちょうどいいところに。白夜君、見本を見せてあげるよ」
得意気な表情を浮かべると、先程まで一緒にコラボ配信をしていた二人の元へレオは駆け寄っていく。
「二人共、四谷さんとの話は終わったのか?」
「うん、あたしはアダルティーナちゃんと桃タロスと和音ちゃんの後輩とのコラボ、ミコは白夜君とのコラボが決まったってさ。あ、ちょうど白夜君いるじゃん」
「お、お疲れ様です!」
急に話題を振られたことで、白夜はビクッと肩を震わせた。
「そういえば、夢美。何だかんだでいつも飯の後の片付けとかやってくれるよな」
そんな白夜を横目に、レオは早速いつもの感謝を言葉にしようとした。
「どしたん急に。あれはレオがご飯作ってくれるからやってるだけだけど?」
「いや、ほら、さ。何ていうかそのー……大変だろうと思ってさ」
雲行きが怪しくなってきた。
レオは珍しく目を泳がせながら、奥歯にものが詰まったような言い方をする。
そんなレオの様子を見て、夢美は案件や音楽活動で忙しくなってきた自分の負担を心配しているのだと勘違いをした。
「別に気を使わなくていいからね? 忙しいのはお互い様というかレオの方が忙しいくらいだし、これくらいやらないと釣り合わないでしょ。こっちは作ってもらってる立場なんだからさ。ホント、いつもおいしいごはん作ってくれてありがとね」
「お、おう……」
「じゃ、白夜君との話もあるだろうし、あたし達は先に帰るね」
「き、気をつけてな……」
日頃の感謝を口にしようとしたら、先にお礼を言われてしまった。
レオは出かかった言葉をひっこめると、深いため息をついた。
「じゃあねぇー……パパ、てぇてぇデスネ!」
レオが何を言おうとしていたのか察していたミコは、ニヤニヤしながらそう言うと、夢美と一緒に事務所を後にするのであった。
気まずい沈黙の後、レオは無理矢理得意気に笑うと白夜の方を向いて言った。
「ほらな!!!」
「いや、勢いでごまかそうとしても無駄ですからね!?」
見本を見せると言っておいてこの体たらくである。
今度は白夜が呆れる番であった。
「いや、見本は俺じゃなくて夢美だから。見ただろ、あの自然な感謝の言葉」
「この人、意地でも認めない気だ……!」
それから二人はもっと日頃から人に感謝しているような人格者の元へと向かった。
「おっ、白夜にレオじゃないか。二人揃ってどうしたんだ?」
二人が向かったのは、先輩ライバーであり、白夜の憧れの人物でもあるハンプ亭ダンプのところだった。
事情を説明すると、ハンプは情けない体たらくのレオと白夜に苦笑した。
「まったく、しょうがないな二人共。感謝の言葉ってのは大事なんだぞ?」
「いや、それはわかってるんですよ……」
「わかっててもうまくいかないというか……」
言い聞かせるようなハンプの言葉に、レオと白夜は拗ねたような表情を浮かべた。
「仕方ない。ここは俺が一つ見本を見せてやるとしますかね。後輩を導くのは先輩の仕事だしな!」
レオと白夜の肩を叩くと、ハンプは強気に笑った。
「あ、ハンプ君。どうしたの?」
「いや、ちょっとな」
ハンプが向かったのはサーラの元だった。
サーラはつばさには及ばないが、にじライブの中でも随一の歌唱力を持っている。
その他にも動画編集など、本来他社へ委託することも一通り自分でやってきたサーラのライバーとしての総合力は、かぐやに並ぶと言われるほどに評判だった。
ライバーにならなかったとしても、社員として喉から手が出るほど欲しい人材と社長である勝輝が言うほどである。
そんなサーラと二期生の者達は最近コラボすることが多かった。
「あー、何ていうかその、結構二期生の奴ら滅茶苦茶するから大変じゃないか?」
「えー、ハンプ君ほどじゃないわ。ハンプ君、私がいないとこだとフォローに回ること多いけど、同期や私がいるとすぐ暴れるじゃない」
ハンプは基本的ににじライブにおいて、ボケかツッコミかと言われればツッコミに回る立場になることが多い。
だが、自分が暴れられる場所を見付ければ生き生きと暴走し始める。
特にフォロー力の高いサーラとのコラボが増えてからはそれが顕著だった。
「うぐっ、そう、だな……」
雲行きが怪しくなってきた。
先程までの勢いはどこへやら。
ハンプは夢美の前でまごついていたレオと同様に歯切れの悪い言葉を零した。
「なーんてね。確かに大変だけど、今は笑って配信できる毎日が楽しくて仕方ないの。だから、あのとき手を差し伸べてくれてありがとう」
「お、おう……これからもよろしくな!」
「ええ、もちろん!」
それからハンプはサーラと楽し気に談笑して、レオと白夜が隠れている物陰に戻ってきて言った。
「ほらな!!!」
「「勢いでごまかそうとしても無駄ですよ!」」
こうしてダメ男三人衆となったレオ達は再び頼れる男性ライバーを探して彷徨うのであった。
続きます。