Vの者!~挨拶はこんばん山月!~   作:サニキ リオ

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【新人教育】教えられることがないです……

 にじライブマネジメント部では、期待の新人阿佐ヶ谷勇司がバリバリと仕事をこなしていた。

 自分達を救ってくれた事務所に恩返しをするため、無理のない範囲で阿佐ヶ谷は一生懸命に働いていた。

 

「亀戸さん! こちらの資料まとめ終わりました! ご確認をお願い致します!」

「了解です。どれどれ……」

 

 阿佐ヶ谷から送られてきた資料を確認した亀戸は、真剣な表情でチェックを行う。

 何度も目を通した末、表情を曇らせた亀戸は隣の席に座る阿佐ヶ谷に声をかけた。

 

「阿佐ヶ谷君、こちらの資料確認させていただきました。よくまとまっていてとてもわかりやすい資料でした。このまま諸星さんへ提出していただいて問題ありません」

「はい! ご確認ありがとうございます!」

 

 それから亀戸はモヤモヤとした気分を振り払うため、一旦席を離れて飲み物を買いに休憩スペースへとやってきた。

 

「はぁ……」

「あれ、亀ちゃん。ため息なんてついてどうしたのー?」

 

 コーヒーマシンのドリップが終わるのを待っている間、ため息をついて俯いていると亀戸の担当ライバーである林檎が声をかけてきた。

 

「白雪さん、何でもないですよ」

「はい、嘘ー。暗い顔して言う何でもないは何かあるときって相場は決まってるんだよねー」

「あはは……白雪さんに隠し事はできませんね」

 

 林檎の言葉に苦笑すると、亀戸は自分の抱えている悩みを話し始めた。

 

「阿佐ヶ谷君、凄いんです。前の事務所が大変な環境だったってこともありますけど、Vtuber黎明期からずっと前線で活躍する人達を支えていたこともあってマネージャーとしての実力は私なんかより全然上でした」

 

 それなのに私が教育係なんて笑っちゃいますよね、と自嘲すると亀戸は続ける。

 

「私、調子に乗っていたのかもしれません。尊敬する上司や同期、他部署の人にまで褒められていい気になっていたんです。でも、私は前よりマシになっただけでマネージャーとしてはまだまだだということを痛感しました」

 

 亀戸は入社当時とは打って変わって周囲から将来有望な社員として注目されていた。

 全ては林檎の復帰からその後までの功績があったからである。

 少なくとも、最近の亀戸はそう思うようになっていたのだ。

 そんな亀戸に、林檎はため息をついて真剣な表情を浮かべると告げた。

 

「たとえあのまま私の卒業からの復帰の流れがなかったとしても、亀ちゃんは凄いマネージャーだったよ」

「そんなこと……」

「専門知識もないのに私がピアノを弾き続けていることを察したのは亀ちゃんだけだった。ド直球で私を煽ってきたのも亀ちゃんだけだった。私の逃げ道を塞ぐって理由でコンテンツ投稿の包括的許諾を取ってきたのも亀ちゃんだけだった。恐れずに何度もママの元に通ってくれたのも亀ちゃんだけだった。この世で〝白雪林檎〟を最も理解している人間は間違いなく亀ちゃんなんだよ」

 

 林檎は亀戸が自信を失っている姿を見て、昔と違ってどうしても放っておけなかった。

 

「バンチョーが言ってたよ。デスク周りが整理されて少しでも仕事をしやすい環境作りもしてるってさ。亀ちゃん、見てる人は見てるんだよ」

 

 林檎は心からの笑顔を浮かべながら言った。

 

「亀ちゃんは私にとって世界一のマネージャーなんだからもっと自信持ちなよ」

「白雪さん……」

 

 普段、本心をあまり見せない林檎の言葉に亀戸は涙を流す。

 にひひっ、と笑った後、林檎は表情を引き締めて頭を下げた。

 

「それと、ありがとう」

「え?」

 

 唐突に告げられた感謝の言葉に、亀戸は驚いたように目を見開いた。

 

「私がこうしてみんなと笑いながらライバーやってられるのは亀ちゃんがいたからだ。何度、感謝してもしきれないよ」

「い、いえ、白雪さんがライバーとして復帰できたのは、獅子島さんや茨木さんが必死になって手を差し伸べて、白雪さんの自身が立ち上がったからです。私のしたことなんて、場を整えたくらいで――」

「それ以上言ったら怒るよ」

 

 林檎はムッとした表情を浮かべて頭を上げた。

 

「確かにレオやバラギには救われたと思ってる。でもね、亀ちゃんがいなかったら絶対に私はここに戻ってこられなかった」

 

 林檎は噛み締めるように、復帰前に亀戸がかけてくれた言葉を思い出した。

 

『今もあなたが高い実力のままピアノを弾けるのは、今日に至るまでの弛まぬ研鑽があったから……だから、それは間違いなくあなたの力なんですよ!』

 

「嬉しかったんだ。ピアノの腕前を〝私の力〟って言ってもらえたこと。あの言葉に私は救われたんだ」

 

 林檎が配信上でピアノを弾けるようになったのは亀戸の言葉があったからだ。

 ずっと否定され続けてきた自分自身の実力。

 それを亀戸は心から肯定してくれたのだ。

 

「亀ちゃん、何度だって言うよ。亀ちゃんが成長したのは今日まで必死に頑張ってきたからだよ。それは間違いなく亀ちゃん自身の実力だよ」

 

 そして、林檎は前に亀戸に言われた言葉をそのまま返した。

 

「だから見せてよ――亀戸真奈の実力って奴を」

「はっ、上等……!」

 

 乱暴に涙を拭うと、亀戸は精一杯獰猛な笑みを浮かべて自分のデスクへと戻っていった。

 自分のデスクに座った亀戸は深呼吸をすると、隣の席で黙々と仕事をこなす阿佐ヶ谷へと話しかけた。

 

「阿佐ヶ谷君。ちょっといいですか?」

「はい、大丈夫ですよ」

 

 阿佐ヶ谷が仕事の手を止めて自分の方に向き直ったことを確認すると、亀戸は深呼吸した後に強い意志を瞳に宿して告げた。

 

「私はきっとマネージャー業務に関して、あなたに教えられることは少ないと思います」

「そんなことはないと思いますけど……」

 

 阿佐ヶ谷は亀戸が林檎のためにどれだけ努力していたかをサタンから聞いていたため、彼女のことを心から尊敬していた。

 そんな人が自分の教育担当になると聞いて内心わくわくしていたのだ。

 その気持ちは、にじライブに勤め始めてからも変わることはなかった。

 

「僕は亀戸さんから学べることは多いと思っています」

「ありがとうございます。でも、業務処理能力で言えばやっぱり阿佐ヶ谷君の方が上です」

 

 阿佐ヶ谷の言葉に笑顔を浮かべると、亀戸は一度その言葉を否定しながらも続けた。

 

「それでも、私にしか教えられないこともあると思っています。その中には言語化することは難しいこともきっと多いはず」

 

 そこで言葉を区切ると、亀戸は真っ直ぐに阿佐ヶ谷を見据えて言った。

 

「だから、私のことをよく見ていてください。その上で、わからないことがあったら何でも聞いてください。阿佐ヶ谷君が理解できるまで何度でも説明しますから」

「もちろんです! 勉強させていただきます!」

 

 やっぱりこの人は自分が尊敬しているマネージャーだ。

 改めて亀戸への尊敬の意を強めると、阿佐ヶ谷も強い意志を宿して返事をするのであった。

 

「はっ、てぇてぇの予感!」

 

 そんな二人のやり取りを見ていなくても、林檎は亀戸がいい方向に進んでいることを感じ取っていた。

 

「だから、あんたはニュータイプか何かっての」

「ほ?」

 

 そして、そんな林檎の元には決意を顔に刻んだ白夜が立っているのであった。

 




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一応期間は五月末くらいを想定しておりますが、票が集まらない可能性もあるので、様子を見て変えようと思います。
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