Vの者!~挨拶はこんばん山月!~   作:サニキ リオ

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【諸星香澄】ご指導ご鞭撻のほど、宜しくお願い致します

 諸星香澄は昔から周囲と比べて心理的ストッパーが壊れているところがあった。

 普通の人がやらないようなことも〝面白そう〟と思ったら躊躇いなくやる。

 当時、諸星の評価はいたずら好きのクソガキというものだった。

 小学校の頃に花の蜜を吸うのが流行っていた頃、その延長戦という感覚で道端や校庭に生えている雑草を食べたり、バレンタインデーに血糊で作ったクッキーを男子に配って回ったり、とにかくぶっ飛んでいた。

 

 しかし、歳をとるにつれて諸星は段々と好き勝手に振る舞うだけでは周囲に迷惑がかかるということを理解した。

 それからというもの、諸星は真面目に生活するように心がけてきた。

 特に、小学校のときから迷惑を被ってきた両親を安心させようという気持ちは大きかった。

 

「香澄、今日はどこ行く?」

「すまん! 今日はウチ、テスト勉強せなアカンから……」

「つれないなぁ」

 

 両親のため、将来を考えて真面目に生きる。

 それが諸星にとって息苦しい毎日だったことは想像に難くない。

 それでも、諸星の周りには人が絶えなかった。

 真面目には過ごしていたものの、諸星は独特の感性の持ち主ではあったため、一緒にいると楽しいと感じる人間は多かったのだ。

 

「この前の動画おもろかったなぁ」

「ああ、あれは傑作やったな。無料通話男性器ロシアンルーレット」

「ま、絶対ネットにアップできへんけどな」

 

 大学に進学した諸星は映像研究部に所属していた。

 面白い動画を作る。

 どういった動画がウケるのかを考え、面白い動画を追求する。

 諸星にとって動画制作は心の拠り所だった。

 それも就職活動の時期を迎えて終わりを告げた。

 

 紆余曲折を経て、諸星は有名なIT企業〝First lab〟の関西支社に入社した。

 

「初めまして、諸星香澄と申します。至らないところは多々あるかと思いますが、ご指導ご鞭撻のほど、宜しくお願い致します」

 

 映像研究部での〝どういった動画がウケるのかを考える〟ということが仕事に活かせると考えた諸星はマーケティング部への所属を希望した。

 入社後、メキメキと頭角を現した諸星の能力が上層部の目に留まり、諸星は東京にある本社へと転属することになった。

 

「やあ、諸星君。今、時間あるかな?」

「何ですか綿貫さん。またサボリですか?」

「ひどいなぁ、今朝依頼出した案件の確認で来たんだよ」

 

 東京本社に転属してからというもの、諸星はやたらと営業部の綿貫幹夫と接する機会が多かった。

 営業部でも成績トップの綿貫からは、どこか軽薄さを感じることもあり、諸星はあまり好きなタイプではなかった。

 それでも仕事である以上、私情は捨て置き、いい加減な内容の依頼を出してくる綿貫とはよく打ち合わせを行っていたのだ。

 

 依頼についての確認が終わると、綿貫はふと前から気になっていたことを諸星へ訪ねた。

 

「そういえば、何で関西弁使わないんだい?」

「仕事とプライベートでスイッチを切り替えるためです」

「真面目だねぇ」

「仕事ですから」

 

 諸星は働く上で素の自分を出すことを嫌っていた。

 そのため、社内では絶対に標準語で話すように心がけていたのだ。

 

「真面目なのはいいけど、あんまり硬すぎると周囲との軋轢を生むよ」

「飯田さんが愚痴ってましたか?」

 

 教育担当をしている部下の飯田恭平に嫌われているという自覚が諸星にはあった。

 飯田はとにかくミスが多く、諸星に怒られない日はなかった。

 きっとうんざりしているのだろう。

 そう思っていた諸星の言葉を、綿貫は否定した。

 

「いやいや、飯田君は諸星君に感謝しているよ。ただ、ミスをしてばっかりで申し訳ないって落ち込んでるみたいでね」

「はぁ……そう思うならタバコ休憩を名目にサボるのはやめてほしいのですが」

「ま、人間の集中力には限界があるからね。一息つく時間だって必要さ」

「非喫煙者からするとその理論にはイラっと来ますけどね」

「まあ、そう言わないでよ」

 

 諸星の圧が増したように感じた綿貫は、彼女の機嫌を損ねないように話題を逸らした。

 

「そういえば、最近Vtuberっていうのが流行ってるみたいだね」

「ええ、ココちゃ――アイノココロさんの動画はよく拝見してますよ」

 

 動画配信サイトU-tubeで動画を投稿する者をユーチューバーと呼ぶが、最近では3Dモデルを使用したVtuberという存在が現れ始めた。

 ユーチューバーとは違い、3Dモデルを使用して本人は顔を出さないため、Vtuberにはユーチューバーとは別の面白さがあった。

 

「すごい時代になったよねぇ。あれって誰でもなれたりしないの?」

「3Dモデルの制作にかかる費用や、機材のことを考えれば無理でしょうね」

「バ美肉おじさんとかって個人でやってなかったっけ?」

「あの人並みの専門知識を〝誰でも〟持っていると思いますか? まあ、確かにVtuberに挑戦する敷居を下げてくれたことには間違いありませんが」

 

 Vtuberの中には個人で活動している者もいるが、素人が気軽に手を出せるものではないことは明白だった。

 

「そっかぁ、うちのアプリでそういうの出せたりすれば売れると思ったんだけどなぁ」

「……それは確かにおもろいなぁ」

「何かいい方法があれば……って、今関西弁使った?」

「いいえ、標準語ですよ」

 

 それから退勤後も香澄の脳裏には、綿貫の何気ない一言がこびり付いて離れなかった。

 

『そっかぁ、うちのアプリでそういうの出せたりすれば売れると思ったんだけどなぁ』

 

「誰でもVtuberになれるアプリ、か……」

 

 殺風景な一室の中で、諸星はボーッとしながら好きなVtuberである元祖Vtuberアイノココロの動画を閲覧していた。

 

『あいどーも! バーチャルユーチューバーのアイノココロです!』

「ココちゃんは表情がコロコロ変わってかわええなぁ――せや!」

 

 口元を緩めてココロの動画を見ていた諸星は何かを閃くと、すぐ様ノートパソコンを開いて思いついたアイディアを資料としてまとめ始めた。

 それから数日後、諸星の呼びかけによって営業部の綿貫幹夫、総務部の内海光、開発部の千石健介、日比谷昂輝、それに加えて取締役の人間が会議室に集められた。

 

「みなさん、本日はお集りいただきありがとうございます。この度、誰でもVtuberになれるアプリ〝二次元LIVE(仮)〟についてご提案させていただきます」

 

 諸星の提案した新プロジェクト。

 それこそがにじライブの全ての始まりとなるのであった。

 

「……タマァ、許さへんで!」

「痛い痛い痛い! かぐやちゃん! 痛いわよ!」

「……………………は?」

 

 事務所に響き渡る悲鳴で目を覚ますと、諸星――かぐやは自分の目の前で内海が涙目になっているのが目に入った。

 

「もうどんな悪夢を見たら人のお腹を掴んでくることになるのかしら」

「あっ、すまん!」

 

 かぐやは万力のような握力で掴んでいた内海の腹部から慌てて手を離した。

 いまだに痛そうに腹部を抑えている内海は、恨みがましくかぐやに白い目を向けた。

 

「事務所のソファで寝ちゃうくらい疲れてるんだなって思って、毛布を掛けようとしてあげたのに……」

「いや、ホンマにごめんて! ちょっと昔の夢を見ててな」

「はぁ……まったく、乱暴なんだから……」

 

 頬を膨らませると、内海はため息をついてかぐやへと告げる。

 

「もう、しっかりしてよ。かっちゃんの3D配信が近いんだから」

「わかっとるって」

 

 近々、勝輝の3D化配信が行われる予定だ。

 かぐや、勝輝、内海にとっても勝輝の3D化配信は絶対に成功させたいものだった。

 内海に謝りながらも、ふと手に残っている感触が気になったかぐやは内海の腹部に視線を向けて手を閉じたり開いたりしていた。

 

「……何よ、その視線は」

「いや、もしかして最近太っ――」

「諸・星・さ・ん?」

 

 その後、事務所の休憩スペースで内海にこってり絞られているかぐやの姿が目撃されることになるのであった。

 




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