手越武蔵。
日本人の三十代以上の年齢の者で彼を知らない人間はいないだろう。
学生時代から俳優として活動していた武蔵はとにかくストイックな人間ということで有名だった。
俳優である父の通夜の際、現場を放り出して駆けつけたら亡き父にどやされると、現場を優先した。
娘である優菜が生まれた際、ハリウッドでの撮影のために出産に立ち会わなかった。
根っからの俳優である武蔵がいるだけで、撮影現場には良い緊張感が生まれると言われるほどに彼の役者魂は周囲に影響を与える。
レオもアイドル時代に武蔵のことは心から尊敬していたほどである。
そんな武蔵だが、最近Vtuberにハマっているということが話題になっていた。
実際に本人からそのことが語られたわけではない。
共演者達がバラエティー番組で話題に出す程度ではあったため、手越武蔵という俳優を知っている人間達からしてみれば、その情報は眉唾物であった。
そして、発表された武蔵とよく共演するカリューとのVtuber紹介番組。
このニュースにVtuberファン達はSNSでザワついていた。
番組への期待が高まる中、〝武蔵&カリューのV語り〟第一回の収録が始まろうとしていた。
第一回は放送開始スペシャルということで、生放送で行われる予定だった。
「環奈ー! 久しぶりー!」
「優菜、久しぶりね。元気だった?」
「ったりまえよー」
林檎が現場に到着すると、既にカリューは現場入りしていた。
林檎と共に現場入りしたかぐやは、二人のやり取りを微笑まし気に見守ると、丁寧に挨拶をした。
「お久しぶりです。カリューさん。本日は宜しくお願い致します」
「かぐやさん、こちらこそ本日は宜しくお願い致します。あっ、そういえば3Dアニメ見ましたよ!」
「あはは……ありがとうございます。楽しんでいただけたようなら何よりです」
かぐやは先日、勝輝と共に3Dアニメの収録を行った。
技術班として新たに加わった元バーチャルリンク3Dアニメーションチーム。
リアルタイムトラッキング技術の高い者を多く抱えるにじライブではあるが、こうした3Dアニメーションに関しては他に比べて一歩劣るところがあったため、今回3Dアニメーションチームが加わったことで、また企業としてできることの幅が広がったのであった。
「手越さんはもういらしているのでしょうか?」
「はい、タケさんはあっちでスタッフと打ち合わせしてますよ」
カリューが視線を向けると、そこには真剣な表情でスタッフと念入りに打ち合わせを行っている武蔵の姿があった。
「っ」
「大丈夫だよ、優菜。いつも通り、自分らしくすればいいんだよ」
「環奈……ありがと」
カリューに背中を押され、林檎はぎこちない足取りで武蔵の元へと向かう。
「あ、あの!」
林檎が声をかけると、スタッフを含めて一斉に全員が林檎に視線を向けた。
「
武蔵はそう言うと、右手を差し出した。
親子だというのに、まるで他人のような言い回しに林檎は息を呑んだ。
武蔵は林檎を娘である〝手越優菜〟ではなく、共演者である〝白雪林檎〟として扱うつもりなのだ。
父親の初めて見る俳優としての姿。
それを見たことで、林檎はいろいろと抱えていた複雑な思いが霧散するのを感じた。
「改めまして、にじライブ所属三期生白雪林檎です。本日は宜しくお願い致します」
「こちらこそ」
二人は親子としてではなく、演者として固い握手を交わした。
「かぐやさん、ありがとうございます」
「どうしたんですか、藪から棒に」
その光景を見ていたカリューは、唐突にかぐやに礼を述べた。
「にじライブがなければ優菜はきっとこんな風に立ち直れなかったと思います。だから、彼女の友人として創設者の一人であるあなたにお礼を言いたかったんです」
「私はきっかけに過ぎません……せやけど、そのきっかけになれたのならここまでやってきた甲斐はあったわ」
ニカっと笑うかぐやに、カリューも自然と笑顔を浮かべていた。
「本番いきます!」
リハーサルを終えると、ついに生放送の時間がやってきた。
段取りはあるとはいえ、これは地上波で放送される。
いつもと違った緊張感に林檎はどこか落ち着かない様子だった。
『Vtuber。それは無限の可能性を持つ存在。現在、Vtuberの始祖であるアイノココロを始めとして多くのVtuberが存在している。この番組は、そんなVtuberをスタジオに招いて彼女達の魅力を伝えていく番組である』
オープニングの後にナレーションが流れると、さっそくスタジオには武蔵とカリューが映し出された。
「どうもどうもー! Vtuber大好きアイドル、カリュー・カンナでーす!」
「やあ、Vtuber大好きおじさんの手越武蔵だよ」
[きちゃああああ!]
[いやVtuber大好きおじさんは草]
[カリューのVオタは有名だけどもwww]
[タケさん!?]
[Vtuber大好きおじさんは草]
[※この人はハリウッド映画に出演したこともある日本を代表する俳優です]
ツウィッター上での番組の実況ツウィートでは、武蔵がVtuber好きであることに対しての反響が多かった。
芸能界の大御所であり、堅物のイメージが強い武蔵が見せるコミカルな一面は多くのオタク達の心を掴んでいた。
「まさかタケさんとVtuber番組できると思ってませんでしたよ!」
「いやね。撮影の合間にVの切り抜きを見てたら『Vの番組やりましょう!』って声がかかってね。私自身もビックリしているんだよ」
「ちなみにカリューを選んだのは?」
「芸能界で一番Vに詳しいのは君だろう? 君以外に適任はいないさ」
[それはそう]
[タケさんがVの切り抜き見てるのシュールwww]
[スタッフもビックリよ]
「カリューは元々Vが流行ってるって聞いて、どういうのか気になって見だしたら沼にハマっちゃったんだよね。最初のきっかけは坂東イルカさんのDBDのキラーで殺戮の限りを尽くす動画だったよ!」
「うむ、あれは私も見たがまさに〝元祖清楚()〟だったね。私がVtuberにハマったのは恥ずかしながら割と最近でね。焼きり――白雪林檎さんの単発動画やバラギさんの発狂切り抜き集、獅子島君の歌枠がきっかけだったよ」
[焼き林檎って言いかけて草]
[バラギだけ呼び方訂正されてないwww]
[まあ、バラギはバラギだから]
[にじ三期生推しは草]
すらすらとVtuberについての話をするカリューや武蔵の姿を見て、視聴者達は確信する。
彼らは本物だと。
「おっ、タケさんは三期生推しですか!」
「ああ、特に獅子島君とは昔から面識があったからね。彼がアイドル時代のときはよく共演もしたものだよ」
[そういえば、獅子島レオってシバタクだったっけ]
[JUMPは名作だった]
[確かタケさんは主人公の恩師の役だったっけか]
話題は三期生の話からレオの話へとシフトしていく。
レオは元々芸能界にいたため、話題にしやすかったのだ。
「レオ君といえば、カリューも実は繋がりがあるんですよ! 今のカリューのマネージャーってレオ君のアイドル時代のマネージャーなんです!」
「おお、そういえばそうだったね。何かと縁があるようだね」
[STEPとカリューのマネ一緒だったって、マジで言ってんの!?]
[カリューとレオ君、どっか似てると思ったんだよなぁ]
[全ての元凶はシバタクのマネージャーだったのか……]
普段のU-tube上でのコメント欄と違い、ツウィッター上では〝STEP〟や〝シバタク〟の名前が飛び交っていた。
レオが司馬拓哉であるということは、Vtuber好きならば知らない者はいないほどに有名な話である。
もはや隠す必要がないなら、いろいろと裏話をした方が盛り上がる。
身バレを気にする必要のないレオはもはや無敵の存在となっていた。
「さてさて、こんなにオープニングトークで話した以上、誰がゲストにくるかわかりますよね!?」
「うむ、それではゲストに登場していただこうか!」
オープニングトークが終わり、画面が切り替わる。
テレビ画面上には、トラッキングされた林檎とかぐやの姿が映し出されていた。
「「いや、出づらいわ!」」
前振りであれだけレオの話題を出していたのに、レオが出ないという状況に二人はツッコミを入れながら登場した。
[レオ君じゃないんかーい!]
[いや、告知で知ってはいたけどもwww]
[むしろ何故レオ君を呼ばなかったのか]
[レオ君、今めちゃくちゃ忙しいから出れなかったのかな……]
[バンチョーと白雪は人選としてはいいんじゃないだろうか]
[にじライブを代表する人間だもんな]
[それならかっちゃんも呼んでほしい]
[首領とか畜生イルカも出てほしいわ]
[アダルティーナは地上波NG疑惑]
林檎とかぐやの登場に視聴者は大いに沸いており、あっという間にツウィッター上でトレンド入りを果たした。
番組はVtuber全体を対象としているのだが、今日のゲストが林檎とかぐやということもあり、視聴者の多くはにじライブに詳しい者に偏りがちだった。
こうしてひとまず〝武蔵&カリューのV語り〟は順調な滑り出しを見せるのであった。