奏の企画したコラボ配信は夢美が優勝し、A5ランクの和牛の完璧な食レポをしたことで大好評のままに幕を閉じた。
「皆さん、今回はありがとうございました!」
奏は自分の未熟さを思い知りながら、改めて今回のコラボ相手である夢美、桃華、アダルティーナへ礼を述べていた。
「ごめんね、好き勝手暴れちゃって」
「もうちっと相手は選ぶべきだったな!」
「また誘ってね!」
奏の礼を素直に受け取った三人は笑顔を浮かべた。
奏は改めて、今回三人をコラボに誘って正解だったと感じていた。
自分の未熟さを思い知り、また頑張ろうと思えるきっかけを作ってくれた。
奏にとって夢美、桃華、アダルティーナは、普段のファンからの評価とは対照的に、とても輝かしい存在に見えていた。
「奏ちゃん、次は私も誘ってください。また盛り上がる企画をやりましょうね」
「和音先輩……はい!」
「それじゃあ、私はMVの収録あるから。あ、そうだ」
和音は奏の頭を撫でて優しく微笑むと、夢美の方へと向き直った。
「夢美さん、遅くなりましたけどメジャーデビューおめでとうございます!」
「どしたの急に。この前RINEでお祝いのメッセくれたじゃん」
「自分の口から直接お祝いしたかったんです」
夢美も和音も最近は忙しい身であるため、なかなかオフに二人で会うということができなかった。
そのため、和音はメッセージで夢美に祝福の言葉をかけたが、どうしても直接自分の口から祝福の言葉を告げたかったのだ。
「あはは、ありがと。和音ちゃん、今度のライブ絶対みんなで見に行くから頑張ってね!」
「ええ、夢美さんもメジャーデビューしていろいろ大変でしょうけど、お互い頑張りましょう!」
ライバー活動も、恋愛も、と口の動きだけだけで告げると、和音は収録の準備を始めた。
「……やっぱり、こういうのいいなぁ」
一連のやり取りを見守ると、アダルティーナはどこか吹っ切れたように笑顔を浮かべてVacterのスタジオを後にした。
「アダルティーナ」
「桃タロス、どうしたの?」
スタッフに挨拶をしながらアダルティーナが出口に向かっていると、桃華がアダルティーナを呼び止めた。
「フリーでの活動をやめるって本当かよ」
アダルティーナは所属していた事務所が運営困難となり運営を終了した。
それ以降は持ち前の自由さを売りにフリーでの活動を行っていた。
それをやめると風の噂で聞いた桃華はアダルティーナのことを気にかけていたのだ。
「本当よ。オフレコだったんだけど、あかやんの情報網?」
「はっ、あいつの人脈なめんなよ」
「何であんたが得意気なのよ……」
赤哉の功績を自分のことのように誇る桃華に呆れながらも、アダルティーナは苦笑しながら告げた。
「私さ、やっぱり諦めきれないんだ。キラキラしたステージで歌って踊るの」
アダルティーナはその下ネタだらけの言動などに目が行きがちだが、歌声やダンスなども得意としていた。
バーチャル四天王の中でも、メジャーデビューをしているのはアイノココロとアダルティーナだけだ。
ライブでも高いクオリティの歌とダンスを披露したことで、彼女の実力は広く知れ渡っている。
しかし、所属事務所が運営を終了したことで、資金の関係上アダルティーナがライブを行うことは厳しくなってしまったのだ。
登録者数こそ百万人を超えており、知名度もあるアダルティーナだが、最近の勢いで言えばにじライブに後れを取っていることは否めなかった。
「アイドル売りなんて諦めた〝汚れ〟なんて思われてるけど、私はもう一度ステージに立ちたいんだ。最近、特にバラギちゃんを見て思ったの。この子みたいに立ち塞がる壁をブチ壊してアーティストとしても活動したいって、ね」
「自由さを投げうってでも企業に所属かよ。言っとくけど、箱推しって概念のあるにじライブはおすすめできないぞ」
「わかってる。どうあがいても私があそこに交ざるには異物感が否めないからね」
アダルティーナは新たに企業に所属するには有名になりすぎていた。
たとえ性格的な相性が良かったとしても、アダルティーナがにじライブに所属する場合、事務所のおかげで人気になったわけではないため〝アダルティーナは何かにじライブのライバーじゃない感〟が出てしまうのだ。
アダルティーナが所属するとしたら、彼女の人気を下回っている事務所に所属することが必要だった。
「大丈夫。もう入る場所は決めたから」
「ああ、そういうことか」
アダルティーナがどこの事務所に所属するか察した桃華は、納得したように先ほどまで収録を行っていたスタジオに視線を向けた。
下ネタライバーとして名を馳せた者同士、親近感を覚えていた桃華に自分の真意を伝えたアダルティーナは言うべきことは言ったという表情で別の話題を振った。
「それより、光ちゃんは元気?」
「内海さんは今も私達を支えてくれてるよ」
内海の話題が出たことで、桃華は苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる。
「あいつがいなけりゃ今頃は一緒にライバーとしてやれてたのにな……」
「桃タロス……」
溢れんばかりの怒りを堪え、拳を握りしめる桃華にアダルティーナは痛ましげな表情を浮かべた。
「私も赤哉も内海さんがいなけりゃ、ここにはいない。私達に居場所をくれたのはあの人なんだ。でも、私達はあの人の居場所を守れなかった……!」
「仕方ないよ。あれは箱根さんのやり方がうまかった」
「うまいもんか。ちゃんと〝竜宮乙姫〟を見てればどっちが加害者で被害者かなんてすぐにわかったことだ! 私はなぁ……タマの奴も許せねぇが、正義の味方面して乙姫さん叩いてた奴はもっと許せねぇんだよ」
こめかみに青筋を浮かび上がらせ、かつての
桃華の握りこぶしにそっと手を重ねると、アダルティーナは優しく言い聞かせるように言った。
「Vtuberを嫌悪する層は一定数存在する。どんなに頑張ったってそれはどうしようもないことなの。彼らは意地でも私達を貶めようとしてくる。棲み分けすることもできず、自分の不愉快なコンテンツを潰したくてしょうがない救いようのない存在よ」
「だから、隙を見せるなってか? 冗談じゃねぇ」
アンチは隙あらば揚げ足をとってくる。
隙を見せないようにすれば配信で出来ることの幅は狭まる。
桃華としては、後者は絶対に選びたくない選択肢だった。
そんな桃華の言葉を、アダルティーナは首を横に振って否定した。
「違う。彼らの攻撃なんて効かなくなるくらいに強くなるのよ」
アンチの手綱を握ったり、潰すという行為は不可能に近い。
だが、それ以上に応援してくれるファンの存在を増やすことはできる。
「あんた、アンチ多いでしょ?」
「けっ、今年も嫌いなVtuberランキング3位だよ。不名誉なことにな」
「でも、桃タロスを応援してくれるファンの母数の方が絶対に多い」
桃華は過激な発言や下品な発言によって、Vtuberのイメージを著しく損なっているとしてVtuberアンチからは攻撃材料、Vtuberの過激なファンからは夢を壊す存在として嫌われていた。
それでも彼女が登録者数四十万人というファンを抱え、普段の配信の同時接続数も安定して五千人を超えているという事実は〝吉備津桃華〟というライバーが事務所を代表する人気ライバーである証拠だった。
「わーってるよ。これからも私は私らしく配信をする。それについてこれる奴だけ大事にする。それだけだ」
「うん、桃タロスはそうでなくっちゃね!」
桃華がブレずに自分らしく活動することを再確認できたアダルティーナは、満足げに笑って歩き出した。
そして、振り返らずにそのまま桃華へと最後に声をかけた。
「桃タロス、頑張りなよ」
「けっ、言われなくても!」
不敵な笑みを浮かべて桃華は大先輩からの激励を素直に受け取るのであった。
次回は普通ののんびり回なのでご安心を