中島ケイト、本名キャスリーン・シンクレアは素直で感情を前面に出す子供だった。
建築家である両親を持ったケイトは、両親の仕事の都合で幼い頃に母の出身国である日本へとやってきた。
日本語もままならない状態。
日本での暮らしはケイトにとって苦労の連続だった。
「みなサン、ワタシ、ケイトいいマス。ケイティ、呼んでクダサイ」
それでも、持ち前の明るさと愛嬌でケイトは周囲からは愛されていた。
素直で明るくコミュニケーション能力のあるケイトにとって言葉の壁はさほど問題にはならなかった。
言葉が不自由なら助けなければいけない。
庇護欲にかられた周囲の者はいつだってケイトの味方だった。
そうして過ごしているうちにケイトは自分の現状に味を占めるようになった。
いつまでも日本に馴染めない、明るく元気なハーフの女の子でいよう。
それが一番楽だからだ。
だが、ケイトにとっての友人関係はまさに浅く広い、信頼とはかけ離れたものだった。
みんなに愛される中島ケイトを演じ続けたケイトは、心のどこかで素の自分を出せる友達を求めていた。
愛想笑いが増え、面倒な話は日本語がわからない振りでかわす。
ケイトは女子特有のドロドロした人間関係に疲れていた。
きっかけはただの気まぐれだった。
自分が普段だったら絡まないような人間に関わりたくなったのだ。
「何読んでるんデスカ?」
「は、はい!?」
「ワタシ、アニメ好きデス! ラノベは難しくて読めマセンガ、深夜アニメとかこう見えて結構見るンデス! 何かおすすめないデスカ?」
ケイトは非常階段でライトノベルを呼んでいた女子生徒に声をかける。
制服のリボンの色から女子生徒はケイトの一学年上の先輩だった。
如何にもオタク然とした先輩は、目を泳がせながらもケイトと話をした。
「あ、アニメ好きなんです、ね! え、えーと、ははは……あ、私、結構いろいろ好きなんですけど、その――」
しどろもどろになりながらも自分の好きなものについて語る先輩を見てケイトは思った。
こんなにも夢中になれるものがあるのが羨ましい、と。
「あ、私もう行きますね。友達が待ってるので」
「と、トモダチ?」
先輩の言葉にケイトは心底不思議そうな表情を浮かべた。
友達がいることに疑問を持たれた先輩は密かに傷つきながら去っていく。
おどおどと挙動不審な足取りで歩く先輩にタックル気味にもう一人の女子生徒が元気に話しかける。
「お待たせ、待った!? 帰るよニノ!」
「ぐふっ」
楽しそうに会話をする二人を見て、ケイトはポツリと一人呟く。
「羨ましいなぁ……」
ボッチで周囲に馴染めていないような先輩。
彼女には心を許せる友人がいた。
それに比べれば、自分の交友関係など薄っぺらく価値のないものだと感じてしまったのだ。
それから中学卒業後、ケイトは両親の仕事の都合でイギリスに戻ることになった。
イギリスに引っ越して再び人間関係がリセットされる。
絶対に手紙を送るといった友人からの文は一通も届かない。
優しい両親に恵まれた学校生活。
自分は恵まれているというのに心を蝕む孤独。
それを紛らわせるために、ケイトはツウィキャスという配信アプリで配信者となった。
ありのままの自分でいられる居場所だと思ったツウィキャスでは、ケイトはそこまで伸びることはなかった。
「あー、クソ! また微妙だったし! もういいし! こんなクソ垢いらね!」
伸び悩んだ結果、ケイトはアカウントを丸ごと削除した。
それからアカウント爆破を繰り返してケイトは〝お茶魔女ミソラ〟という名前で素を隠してやり直すことにした。
お茶魔女ミソラとなったケイトは、片言で話すハーフの女の子として人気を集めた。
普段よりは素を出せていたものの、本当の意味での素は出すことはできなかった。
誰も素の自分なんて求めていない。
みんなに愛されるキャラを演じなければ自分は愛されないのだ。
本音を封じ込めてケイトはそのまま大学へと進学した。
両親がそれなりに有名な建築家ということもあり、ケイトはそのまま何も考えずに理系の建築学科へと進学した。
キャス主を続けながらも、ケイトは周囲と変わらず浅く広い交友関係を育んでいた。
そんなあるとき、Vtuberという存在を知った。
数多のVtuberが存在する中、ケイトは海外でも注目されているある切り抜き動画を見た。
「あ゛あ゛ゴミカスゥゥゥゥゥ! 死ねぇぇぇ!」
それは夢美がクソゲーと名高いゲームで発狂している切り抜き動画だった。
ケイトの夢美に対する第一印象は〝やべー女〟この一言に尽きた。
夢美は普通に出会ったらまず関わり合いになりたくないようなタイプだった。
それでも、一視聴者として見ている分には夢美は面白かった。
そうして夢美の配信を見ている内にケイトは気が付いた。
夢美はデビューしてすぐに化けの皮がはがれ、ありのままを曝け出して人気になった。
猫を被り続けた自分とは対照的な存在だ。
同期である獅子島レオとの絡みもケイトは好きだったこともあり、あっという間にケイトは夢美の大ファンになっていた。
素の自分を曝け出しても周囲から愛される夢美は、ケイトにとって憧れの存在だったのだ。
自分もこんな風に自由に自分らしく配信をしたい!
衝動のままにケイトは三期生募集オーディションのページを開いたが、既に応募は締め切られていた。
ケイトは知らないことだが、本来ならばにじライブはもっとライバーを募集する予定だった。
しかし、一般枠で司馬拓哉という大物が応募してきたことと、夢美という凄まじいポテンシャルを秘めたライバーがデビューしたことで、サポート体制を整えるために三期生の募集を打ち切ったのだ。
そんなケイトにもチャンスが巡ってくる。
それは、にじライブEnglishのライバー募集オーディションだ。
条件は英語圏の国籍の人間であること、日常的に英語を使用している人間であること、配信を行える環境が整っていること、この三つだった。
全ての条件を満たしていたケイトは、確実に合格するためにある策を講じた。
それは大学の海外留学プログラムだ。
海外にいるライバーよりも、日本へ滞在する予定のある者の方がサポートしやすい。
特に初めての試みとなれば、事務所側もよりサポートしやすい人間をとるはず。
計算高いケイトはそこまで視野にいれて両親を説得して、留学することへの承諾をもらった。
成績も良かったため、スムーズに留学の準備も進んだ。
にじライブEnglishのオーディションもキャス主時代の経験から、それなりの動画を送ることができた。
特に片言でも日本語を話せることができ、トーク力もあるケイトはオーディションの中でも抜きん出ていた。
競合を抑えて見事にライバーとなることができたケイトは〝星野ミコ〟という名前でデビューすることになったのであった。
【Vtuber】星野ミコアンチスレ【にじライブEnglish】
30:名無し
箱のトップが百万人ってタイミングで追い抜くとかないわ
31:名無し
海外ニキによいしょされてるだけで実際はつまらん
33:名無し
見事にシバタクとバラ姫を踏み台にして箱を食い荒らしたな
33:名無し
海外勢どころか日本勢も食い荒らそうとしてるのが見え見え
34:名無し
いい子ちゃんぶってるけど、絶対腹黒い
35:名無し
キャス主の〝お茶魔女ミソラ〟時代は定期的に病んでたな
36:名無し
天真爛漫なロリキャラで売ってるけど、実際は大学生らしいぞ
37:名無し
事務所の看板と海外勢の強みだけで伸びたようなもん
38:名無し
こいつのせいで三期生の絡み減ったから嫌い
39:名無し
親の脛かじってるんだから娘ポジピッタリじゃんwww
40:名無し
バラ姫ファン自称してるけど、絶対シバタクに近づくための嘘だろ
41:名無し
王のリスナー案の定荒れてて草
42:名無し
どうせこいつがトップになったところで変わらん
42:名無し
マジでバチャ豚気持ち悪いな
43:名無し
推しが一位じゃなきゃ気に食わないんだろうよ
44:名無し
推しがトップになったところで自分は底辺だってのにな
45:名無し
そんなこともわからないのがバチャ豚のキモイところ
46:名無し
わかってたら登録者数でムシキングなんてしないだろwww
「……ふざけんな!」
登録者数百万人が見えてきたミコは自室で荒れていた。
定期的に気になって見てしまうアンチスレッド。
予想通り荒れているスレッドにミコは苛立ち紛れにスマートフォンをベッドに投げつけた。
「どうせ、私のことちゃんと見てない癖に……!」
自分でもデビューして人気になることを優先したことは否めない。
ありのままの自分が人から好かれないことも理解している。
それでも今日まで自分なりに必死に頑張ってきた。
だというのに、どうしてこんなにも自分を認めてくれない人間がいるのだ。
「何でだし……私、こんなに頑張ってるのに……!」
ミコは人から嫌われることが怖かった。
そのため、ミコには彼女を心から応援しているファンの存在が見えなくなっていたのであった。
補足:アンチスレでライバーは普段とは違った呼ばれ方をしております。
かぐや:王 にじライブのトップだから。アンチスレでは口の悪さや圧の強さから、性格悪そうと言われている。
レオ:シバタク アイドル時代の呼び方。シバタク時代のアンチも合流済み。
夢美:バラ姫 レオのおこぼれ、リスナーから過剰に持ち上げられていると見られているため、蔑称としての姫。
ミコ:ミソラ キャス主時代の名前。スタンスは現在と同じだが、定期的に病んでいた。
バチャ豚:Vtuberファンを指す蔑称。アニ豚や声豚などと同じ感じで使われていますね。