レオ、夢美、ミコは夢星島のコラボのためにスタジオで収録をしていた。
「今日も撮れ高たっぷりだったな」
「あんた達が暴れるから、こっちは大変だよ。まったく……」
「…………」
収録を終え、笑顔を浮かべるレオに対して、夢美は疲れつつもどこか楽し気な表情を浮かべていた。
夢星島コラボとなると、レオとミコがはしゃいで夢美が二人を窘めて進行をするという流れができていた。
一仕事終えてスッキリとした表情を浮かべる二人とは対照的に、ミコはどこか浮かない顔をしていた。
「「ミコ?」」
「えっ、あっ、はい! 今日も楽しかったですね!」
レオと夢美が心配そうに顔を覗き込むと、ミコは慌てて表情を取り繕って笑った。
明らかに様子のおかしいミコに、レオと夢美は顔を見合わせて頷いた。
「まあ、いろいろと悩み事はあると思うけど、困ったことがあったら相談しろよ?」
「私達は何があってもミコの味方だからね」
何があったかは追求しない。
あくまでもミコが相談してくれるのを待つ。
優しい表情を浮かべる二人に、ミコは少しだけ肩の荷が下りたような気がした。
「ハイ! 踏ん切りがついたらチャント相談シマス!」
「「……そっか」」
相変わらず片言でそう告げるミコに、レオも夢美も苦笑するのであった。
「あっ、ミコちゃん! ちょうど良かった。今、大丈夫?」
「おっ、レオにバラギもおるやん。ちょうど良かった。今、ええか?」
スタジオを出ると、ちょうど事務所の方からかぐやと四谷がやってきた。
四谷はミコに、かぐやはレオと夢美に話があったため、そこで三人はいったん解散することになった。
それから会議室に通されたミコは、四谷から何か注意を受けるのだと空気で察した。
しかし、四谷から出た言葉は心からの心配の言葉だった。
「ミコちゃん、大丈夫?」
「Huh……?」
てっきり何かしらのダメ出しが来るものだと思っていたミコは間抜けな声をこぼした。
「ミコちゃん、あなたアンチスレ見たんじゃない?」
「な、何を言ってるんデスカ。日本語のスレッドは難しくて読めナイデース」
「はぁ……本当はあなたから打ち明けてくれるのを待とうと思ってたんだけどね」
あくまでもシラを切るミコに、四谷はため息をついて告げた。
「ミコちゃん、あなた本当は日本語全然しゃべれるでしょ」
「っ!」
隠し通せていると思っていた事実を指摘され、ミコは驚いたように目を見開いた。
「数ヶ月も一緒にいればさすがにわかるわよ。日本語が不自由にしてはイントネーションがわざとらしいし、文法も完璧だもの。評判も良いし、ミコちゃんがそういう風に普段から振る舞うと決めているのなら指摘はしないつもりだったけど、今の状況はさすがにマネージャーとして看過できない」
「あはは……愛さんには敵わないなぁ」
真っ直ぐに自分を見据える四谷の視線に耐えかねて、ミコは力なく笑って白状した。
「そうだよ。ずっとイギリスにいたってのも嘘だし。私はこの通り日本語ペラペラですよー」
「やっぱり……」
「でもね。母語は英語だし、英語の方が話しやすいのはホント。日本語はお母さんが家で使ってるから錆びついてないってだけだし」
ミコはイギリスで生まれ育ったが、両親の仕事の都合で日本にも何年か住んでいた。
彼女の日本語は日本人と遜色ないほどに流暢だったのだ。
「前に言ったよね。アンチスレは精神衛生上よくないから見ないようにって」
にじライブでは、ライバーがアンチスレッドを見ないようにデビュー前から注意をしている。
あくまでも炎上したときのみ、マネージャーが確認するという方式をとっているのだ。
Vtuberというコンテンツを好きな者もいれば嫌いな者もいる。
それは仕方のないことだ。
アンチスレッドはそういった者達の不満を吐き出す場所として機能しているため、存在自体は悪ではない。
ただそれをわざわざ本人が見に行くのは、心にダメージを負うだけで何の生産性もない行為だった。
コンテンツの魅力を理解できない人間が無責任に吐き出す言葉など、毒にしかならないのである。
ミコはデビュー前に四谷から注意を受けたとき、日本語がわからないから見ることはない、とはぐらかしていた。
しかし、ここ最近のミコの元気のなさを四谷は見抜いていた。
かぐやという事務所の看板的ライバーの快挙を邪魔したことでスレッドが荒れているタイミングでミコの様子がおかしくなった。
これにより、ミコがアンチスレッドを見ていると確信したのだった。
「見てもしょうがないことはわかってるし……」
「なら――」
「でも、頑張って結果出したのにこんなに私のこと嫌いな人がいるのは嫌だし!」
Vtuberにとって登録者数百万人は快挙である。
達成してるのもバーチャル四天王のみ。
ミコは五本指に入る屈指の人気Vtuberという存在になれたのだ。
それでも、ミコはその事実すら見えなくなっていた。
「コメント欄にだってそういうクソ野郎は来るし、でもわざわざ見に来てくれてるなら楽しんでもらいたいし……」
ミコはキャス主時代から来る者は拒まずというスタイルで配信を行っていた。
当時も人気者だったミコの元にはアンチが湧いていた。
その当時も掲示板で扱き下ろされる自分の評判を見ては精神的に病んでいたのだ。
そんなミコに四谷ははっきりと告げる。
「ミコちゃん、あなたには何が見えているの?」
「Huh……?」
「あなたの魅力が理解できないから〝アンチ〟なのよ。彼らを屈服させることなんてできやしないの」
コントロールしてる人間はいるけど、と苦笑すると四谷は続ける。
「アンチにスルーやブロックって対応をするから、効いてるって思われるのは嫌かもしれないけど、構ってもらえないとわかればアンチはおのずと沈静化するわ。間違っても〝お気持ちツイート〟なんてしちゃダメよ?」
アンチという存在に共通する思考は、自分には馴染めないから気に食わないという思いだ。
馴染めないのならばコンテンツから離れればいいのに、彼らは自分の価値観が絶対だと信じて疑わない。
だからこそ、嫌いなコンテンツを攻撃して自分の価値観が絶対だと証明しようとするのだ。
おかしいのは自分じゃない。
自分が楽しめないコンテンツで楽しんでいる者とコンテンツそのものがおかしいのだ、と。
「ミコちゃんには大勢のファンもいる。私達マネージャーやライバーの皆さんもついている。彼らを見ないで、あなたを攻撃するアンチばかり見るのは――寂しいわ」
「愛、さん……」
「あなたを支えるためのマネージャーよ? もっと頼ってくれたっていいじゃない」
寂しそうに告げる四谷に、ミコは目に涙を浮かべた。
自分は何も見えていなかった。
そのことがようやく理解できたのだ。
「だから、アンチなんかに依存しないで。自分を嫌いな一人より、自分を好きな九十九人を大切にしていきましょう」
「はい……!」
「まあ、アンチを気にしちゃう癖はなかなか直らないと思うから、そこは徐々に直していきましょう。私だけじゃなくて、みんな力になってくれるわ」
子供のように泣きじゃくるミコの頭を撫でると、四谷は優しい声音でそう告げた。
「さて、百万人企画もいろいろ考えなきゃね」
本当ならもっと企画について話し合う必要もあったのだが、ようやくミコは前を向いたところだ。
ひとまず心身ともに落ち着いた頃を見計らって、後日改めて企画については打ち合わせる予定にしたのだ。
「四谷さん、お疲れ様です」
「あっ、内海さん。お疲れ様です!」
ミコを見送ったタイミングで、四谷の元に内海が現れた。
「どう、星野さんは立ち直れそう?」
「ひとまずは病み続けることはないと思いますが、これからも手厚いサポートは必要だと思います」
人はそう簡単に変わらない。
いくら気にしないようにしていても、またいつ気になってアンチスレッドを見るかわからない。
ミコの精神状態はまだまだ不安定だった。
「お願いね。アンチに依存しちゃうとなかなか治らないもの」
「えっと……」
アンチへの対応マニュアルの作成者である内海の言葉に、四谷はどこか気まずそうな表情を浮かべた。
彼女が元・乙姫と知っている四谷は、内海の言葉に重みを感じて言葉が出なくなってしまったのだ。
そんな気まずそうな四谷の様子を察して、内海は苦笑しながら謝罪した。
「空気重くしちゃって、ごめんなさい。でも、これだけは覚えておいて。どんな辛いときでも絶対に見捨てないでいてくれる人がいるだけで、救われるものなの」
そう告げると、内海は自分のデスクへと戻っていくのであった。