にじライブでは、にじライブカフェというファン向けのカフェを開く企画が立ち上がっていた。
メニューはどれもライバーをイメージしたものを用意する予定である。
まだメニューなどの詳細は何も決まっていない状態の中、レオと夢美はかぐやからある提案を持ちかけられていた。
それは二人の幼馴染みである布施真礼にスイーツメニューの監修をしてもらうというものだった。
「二人共久しぶり! 元気にしてた?」
打ち合わせのため、にじライブの事務所には真礼がやってきていた。
久しぶりに会う幼馴染み。
その姿を見たレオと夢美は驚きのあまり絶句した。
「……えっと、布施だよな?」
「……何か、かなり雰囲気変わったね」
「あー、あれから結構痩せたからねぇ」
久しぶりに会う真礼は以前よりも、かなり痩せていた。
「こうやって見ると、マジで別人だな」
「小学校のときから可愛かったから予想はしてたけど、痩せると破壊力やばいわ」
「あはは、お腹周りは肉割れでエグいことになってるんだけど」
和やかな雰囲気で三人が談笑していると、レオと夢美の後ろにいた林檎が真礼の前に来て挨拶をした。
「おー、あなたが噂の幼馴染みのパティシエちゃんかー。はじめましてー、二人の同期の白雪林檎でーす」
「はじめまして、布施真礼です。ん、あなたもしかして……」
林檎の顔を見るや否や、真礼は怪訝な表情を浮かべる。
しばし考え込んだ後、合点がいったという表情を浮かべて、叫んだ。
「あー! あなた確か、私が修行中のお店に来店したピアニストさんの娘さんでしょ!?」
「ほ?」
「あ、ごめんなさい。私が一方的に知ってるだけで面識はないの」
首を傾げる林檎に真礼は慌てて謝罪すると、どういった経緯で林檎のことを知ったか告げた。
「修業時代、有名なピアニストのお客さんが来るって聞いて厨房からチラッと覗いたことがあったんだ。めっちゃ綺麗なピアニストの女性が連れてた女の子。あれ、たぶんあなただと思う」
「あー、そういえば、パリの名店でママが好きなお店に連れ回されたときあったなー」
林檎は母である郁江に付いていき、パリに何度も行ったことがあった。
その際、たまたま郁江に連れられている林檎を真礼が目撃していたのだった。
「すごい偶然だな」
「何か世間って狭いね」
「幼馴染みがたまたま同時期にVデビューしてる時点で今更だろ」
「それもそっか」
まさかの接点があったことにレオと夢美は驚いていたが、二人も天文学的な確率で出会ったようなものである。
四人が和やかな空気で談笑していると、事務所の奥から慌てたように企画部の人間がやってきた。
「お待たせしてしまい申し訳ございません。本日はご足労いただきありがとうございます。私、にじライブ企画部所属一之江英子と申します」
「頂戴致します。布施真礼です。本日は宜しくお願い致します。すみません、名刺とか用意していないものでして……」
「構いませんよ。本日は宜しくお願い致します」
挨拶もそこそこに、真礼、レオ、そして事務所に呼ばれていた赤哉は会議室に通された。
「あの、そちらの方は?」
「おっと、失礼致しました。僕は名板赤哉、獅子島君やバラギさんの先輩ライバーです」
「ああ、にじレコの! 初めまして、司ーーじゃなくて獅子島と夢美の幼馴染みの布施真礼です。よろしくお願いします!」
真礼はレオと赤哉の番組である〝にじライブRecords〟を見ていたため、赤哉が誰かは把握していたのであった。
一通り自己紹介が終わったところで、一之江は早速本題に入ることにした。
「さて、今回の企画について布施さんは全面的に協力してくれるとのことでしたが、本当によろしいんでしょうか?」
「ええ、構いませんよ。うちの店、結構暇ですし……」
頬を掻きながら、真礼は哀愁漂う表情を浮かべた。
「味は良くても立地があれだしな……」
「実家だから移転するのも抵抗あるんだよね……」
実家が近所にあるレオは、真礼の店の状況に同情するように呟いた。
「でも、今回の企画の監修となれば宣伝効果は絶大ですからね! お金も入りますし! なので、全面的に協力させていただきます!」
「あ、あはは……よろしくお願いします」
真礼の店は資金繰りがギリギリの状態だったため、今回の話は渡りに船だった。
店の宣伝にもなる上に、にじライブからも報酬が出る。
彼女にこの話を断るという選択肢は存在していなかった。
「まず、料理のメニューに関しては、獅子島さんと名板さんに配信の企画で決めてもらおうと思っています」
「赤哉さん、めっちゃ料理してますし、飲食店経営の経験もありますからね」
「そういう獅子島君も、自分のグループの番組で毎週料理してましたもんね」
レオと赤哉はにじライブの中でも料理の出来る男性ライバーとして有名だった。
特に赤哉は定期的に自分で作った料理の写真をアップしているくらいだ。
彼ら以外に料理の出来るライバーと言えばバッカスが有名だが、彼は自分の店の経営で忙しいため、今回の企画には不参加だった。
「それで、布施さんにはスイーツや飲み物の方を監修していただこうと思っています。受賞経験もありますし、何より、獅子島さんと茨木さんの幼馴染みという点は、ファンの方も喜ぶ要素だと思います」
真礼はパリの修業時代にいくつもの賞を取っている。
その上、今回の企画で真礼はレオと夢美の幼馴染みのパティシエとして呼ばれたということになる予定だった。
関係性オタクの多いにじライブのファンを集めるためにも、この肩書きは何よりも大きかった。
「わかりました。一応家でメニューの案をいくつか考えてきたのですが、見ていただけますか?」
真礼はそういうと、大学ノートを取り出して一之江に手渡した。
そこにはこだわり抜いた真礼のアイディアが詰め込まれていた。
「これは……すごいですね」
ノートに書きこまれた案は、ライバーのイメージを尊重しつつも、スイーツとして味に妥協のないものばかりだった。
「材料費を抑えてこれだけのものが作れるのですね……」
「そこはまあ、普段からやりくりしているところなので」
にじライブカフェでは原価を抑え、デザイン性で勝負する予定だった。
そのため、真礼の味にもデザインにも妥協のない案は大変助かるものだった。
「獅子島さんのイメージドリンクは〝飲むチーズケーキ〟ですか。特にこれ、おいしそうですね」
「あー、これ一応元々新メニューとして出す予定だった奴なんですけど、せっかくだからこっちで出しちゃおうかなと思って」
「新メニュー!? よ、よろしいんですか?」
「ええ、今回の企画で得られるメリットを考えれば全然いいですよ」
真礼の思い切った判断に一之江は度肝を抜かれた。
「にじライブは事務所自体に人気がある稀有なVtuber運営事務所だと私は思ってます。なので、デザインにも味にも価格にも妥協しない〝頭のおかしいこだわり具合〟を見せつけた方が成功すると思います。……私の幼馴染達を見ていて、勝手ながらそう判断してこちらの案を考えさせていただきました」
「布施……」
レオの方を見て真礼は笑顔でウィンクをする。
レオと夢美という規格外の存在を友として持つ彼女もまた、規格外の存在だったのだ。
「あの、布施さん」
それからしばらく呆けていた一之江は振り絞るように言った。
「ライバーに興味はありませんか?」
「へあ?」
「「ちょっ」」
真礼は突然告げられた衝撃の一言に目を見開く。
レオと赤哉もさすがに一之江の言葉は予想外だったのか、言葉を失っていた。
「私は企画部なので、こんなことを言うのもおかしな話なのですが、絶対布施さんはライバー向きな人材だと思います!」
「何、突然スカウトしてるんですか!」
レオは突然真礼をスカウトし始めた一之江を止めに入った。
「いや、だってこんな逸材放っておくのもったいないですよ!」
「四期生の申し込みはもう終わってるでしょう! 布施も気にしなくていいぞ?」
ライバーにスカウトされても困るだろう、とレオは真礼に気を使っていた。
「ライバー……宣伝効果……お金……パティシエ系ライバー……新メニュー企画枠……実用性のあるキッチン用品でグッズ販売……」
「これは、完全に目が$マークになってますね……」
完全に脳内でそろばんを弾いている真礼の様子に、赤哉は苦笑しながらもにじライブ適正は高いな、と思うのであった。
それから脱線した話を元に戻し、打ち合わせはスムーズに進んだ。
真礼の案は、にじライブの予想を遥かに超えるほど低コストかつハイクオリティのものばかりだった。
確認のため、精査こそする予定ではあるが、ほとんどは採用されたも同然だった。
「打ち合わせ終わった?」
「おう、バッチリだ」
「ま、ボチボチって感じね」
夢美は林檎を含めた事務所にいたライバーと交流を深めていた。
特に用事のないライバーも誰かいるだろうと、定期的に事務所に入り浸っているのだ。
真礼は夢美に近づくと小声で尋ねる。
「……手紙、まだ渡してないの?」
「……まだ、だけど。渡すときは決めてあるから心配しないで」
「……そっか、頑張ってね!」
以前、長い年月を経て返却した夢美の手紙。
それについて夢美はどこか含みのある答えを返した。
真礼も夢美の答えに対して、悪いことにならないと判断して笑顔を浮かべるのであった。
「えっと……」
そんな中で、夢美と一緒にいたミコは戸惑ったように真礼を見ていた。
「ああ、ミコ。紹介するよ。布施真礼。俺と夢美の幼馴染で、俺達の地元のケーキ屋をやってるんだ」
「はじめまして、ミコちゃん。いつもうちの幼馴染二人がお世話になってます」
「「何か引っかかる言い方だな、おい」」
「は、ハジメマシテ! 星野ミコと申しマス!」
ミコはいつものように片言で挨拶をした。
「確か、夢星島コラボで娘役やってるよね」
「何か真礼もすっかりVオタになったよね」
「Vオタって言ってもいいのかなぁ。普段はあんた達の配信くらいしか見ないわよ?」
真礼はレオと夢美の配信は時間があるときには見るようにしていた。
今回は企画が関わってくるため、一通りのライバーの配信は確認していたが、沼にハマっているかと言われれば微妙なラインである。
ふと、目の前で愛想笑いを浮かべていることが気になった真礼は、ミコへ声をかけた。
「ねえ、ミコちゃん。ちょっと話さない?」
「わ、ワタシですか?」
「そ、あなた」
そう告げると、レオと夢美に目配せをして真礼はミコを連れ出した。
「あの……」
真礼に連れられて休憩スペースにやってきたミコは困惑したように声をかける。
「ああ、急にごめんね。どうにも放っておけなくてさ」
苦笑すると、真礼はミコに告げる。
「空気を読む、ってさ。疲れるよね」
「――どうして」
真礼の言葉に驚いたようにミコは目を見開いた。
「ま、私も同じタイプの人間だからね」
真礼はレオと夢美からミコのことについて相談されていた。
本音を隠し、周りから愛されるように振る舞う。
そんなミコが心に孤独を抱えていることをレオと夢美は気づいていた。
しかし、持っている者が持たざる者にかける言葉は心に響きにくい。
自分の傲慢な性格を自覚し、謙虚な性格になったレオ。
いい加減で強欲に見えるが、その実誰よりも心優しい夢美。
ミコにとってこの二人は手の届かない憧れの存在だったのだ。
そんな二人にわかったような言葉をかけられてもミコの心は満たされない。
レオと夢美はそのことをよく理解していたからこそ、周囲の顔色を窺って生きて辛い思いをした真礼に相談を持ち掛けたのであった。
「嫌われたくない、みんなに好かれたい。そう思って周りの顔色ばかり見ちゃってさ。薄っぺらい友人関係しか手に入らない。そんなことわかってる癖に本音は言えなくて、それでも心を許せる友達は欲しいと思っちゃう。私、そんな人間なんだ」
「私と、同じ……」
真礼が告げたことはミコが抱えている悩みそのものだった。
その他大勢に好かれるために、大切な友人が手に入らない生き方をしてきた。
それでもミコは心から気を許せる友人を求めてしまうのだ。
それを得るためには、自分の本心を曝け出さないといけないということも知りながら。
「嫌われるのって怖いよね。私もそうなんだ」
「……真礼サンは、どうしてあの二人と友達になれたんデスカ?」
それは純粋な疑問だった。
自分と同じように生きてきた人間がどうして、届かないと思っているレオや夢美の親友でいられるのか。
それがミコにはわからなかった。
「小学校のとき、由美子はいじめられてたの。私はグループの女子達に嫌われたくなくて、裏でこっそりサポートしてたんだ。まあ、それも司馬への好感度稼ぎだったわけだけど」
ミコに尋ねられ、真礼はゆっくりと自分の過去を語りだした。
「でも、司馬は由美子に惚れてて、私は嫉妬してた。あ、もちろん今は司馬に恋愛感情なんてないよ?」
「うわ、えっぐ……」
あれほど仲良さそうな三人がキツイ三角関係にあったことを察し、ミコは露骨に顔を顰めた。
「正直、私のしたことは最悪だったよ。由美子が司馬にお礼を言いたいって手紙を書いたんだ。でも、それがグループの女子に見つかってもう私じゃ止められなくなった」
「あっ! そこで、由美子さんを庇ったんですね!」
ミコは合点がいったという表情を浮かべて答えたが、真礼は苦笑しながら首を横に振った。
「見捨てたの。私は由美子よりもグループでの立場を選んだ。そのせいで由美子と司馬の関係も壊れたの」
「Huh……?」
予想外の答えが返ってきたことにより、ミコは間抜けな声をこぼした。
「それからは空虚なもんだったわ。嫌われないように立ち回って信頼できる友達は誰もいない。パリに留学してパティシエの道に進んだものの、このままパリで店を出すのも気が引けて実家の店を継いだの。お菓子作りだけが生きがいではあったんだけどね」
あ、これ二人には内緒ね? と悪戯っぽく笑うと真礼は続ける。
「あるとき、司馬と由美子が仲良さそうにうちの店にやってきたんだ。私のせいで壊れたと思ってた仲はいつの間にか修復されてて、とっとと付き合えよって感じになってたの。それでね、昔のことを謝る私に言ってくれたの――ありがとうって」
真礼は当時のことを思い出し、嬉しそうに微笑んでミコへと告げる。
「ねえ、ミコちゃん。あの二人は大丈夫だよ」
「――っ」
「あなたの素がどんな性格かはわからない。けど、あの二人は絶対にそんなことであなたを嫌いになったりしない。あまり、あの二人を見くびらないでね」
真礼の告げた言葉にミコはあることに気が付いた。
ミコはレオと夢美を心のどこかで信用していなかったのだ。
「真礼さん、ありがとうございました!」
大切なことに気が付かせてくれた真礼に、ミコは深々と頭を下げる。
「いいのよ。大切な幼馴染達のためだもの」
それに対して、真礼は優しく微笑むのであった。