にじライブのライバー達は、三期生のデビューを皮切りに勢いづいていた。
元々にじライブはVtuber業界でも配信を活動の主体に行うスタイルを浸透させたとされ、業界トップに躍り出ていた。
一期生、二期生も当時は何度かSNS上で話題になったことはある。
だが、今までは定期的に話題になることはあっても、三期生、四期生ほど常に話題になっているということはなかった。
まるで化学反応が起きるかのように、どんどん盛り上がっていくにじライブ。
そんな事務所に紆余曲折あり、拾い上げられたレインとリーフェは自分達がいかに恵まれているかを噛み締めていた。
「まさか、もう50万人いくとは……」
「びっくりだよ」
リーフェはレインの暮らすアパートへと遊びに来ていた。
リーフェとレインは小学校時代からの付き合いがあった。
中学高校時代も同じ学校へ通っていたため、ある意味レオと夢美よりも長い付き合いの幼馴染と言えるだろう。
リーフェが生主になったのも、Vtuberになったのも、全てレインからの誘いがあったからだ。
「にじライブ様様だよねぇ」
しかし、今回ばかりは違う。
夢美の言葉がなければ、たとえレインがにじライブに行くことになってもリーフェは首を縦には振らなかった。
主体性もなく、レインの保護者気分で長いこと過ごしていたリーフェは、やっと自分が心からやりたいと思える活動が行えるようになったのだ。
「司君と智花さんも3D化するし、何か実感わかないなぁ」
「最初から3Dやってたのに何を今更って気もするけどね」
事務所が違うだけでもこんなにも違うのか。
レインもリーフェもそう思わずにはいられなかった。
もちろん、元々魔王軍としての実績があることを前提とした待遇ではある。
それでも、自分達が事務所に返しきれない恩ができたことには変わりなかった。
「……事務所に恩返しできるように頑張らなきゃ」
「バーカ」
表情を引き締めて眉間に皺を寄せたレインに、リーフェは容赦なくデコピンを放った。
「痛っ、何すんのォ!」
「ニノは気負い過ぎ。にじライブは〝ライバー達が自由に楽しく配信活動を行える環境を提供する会社〟なんだからさ。下手に気負って苦しくなってちゃ本末転倒っしょ?」
「相葉ちゃんは本当に前向きだよね……」
昔から変わらないリーフェの性格に、レインは呆れながらも安堵のため息をついた。
「そういえば、爆速で私達の歌ってみた動画のイラスト描いてくれた絵師さんって、結局どんな人なんだろ」
「NONAME先生かぁ……」
レインはベッドに寝転がりながら、自分達の再起に大きく貢献してくれたイラストレーターへと想いを馳せた。
「にじライブと契約してるイラストレーターでもないし、SNSのアカウントも持ってないみたいなんだよね」
「でも、内海さんとは知り合いなんでしょ?」
「「うーん……」」
考えても答えは出ない。
謎に包まれたイラストレーターは一体何者なのか。
内海からは連絡先は教えてもらえず、感謝の言葉は伝えておくと取り付く島もなかった。
「内海さんのプライベートの友達とか?」
「でも、あのクオリティのイラスト描けるんだよ。たぶん、イラストレーターとしては活動してるでしょ」
どうしてもイラストレーター〝NONAME〟のことが気になった二人は、改めて自分達の歌ってみた動画についてコメント欄を見てみることにした。
これだけ画力のあるイラストレーターだ。
誰かがそれらしい可能性を書き込んでいるはずだ。
好奇心に駆られた二人は、大量のコメント欄を漁っていく。
[NONAME先生、一体何者なんだ]
[けもみ先生とらずりー先生、絵柄は両方に寄せてるっぽい]
[SNSやってないってことは、にじライブとの契約イラストレーターか?]
[エモイ、ただただエモイ]
コメント欄を見ても誰も答えにはたどり着けていない。
そのうえ、コメント欄を漁っているうちに魔王軍時代のファンらしき視聴者達の温かい言葉を見ているうちに、二人とも目に涙が浮かんでいた。
「相葉ちゃん、やっぱり私頑張りたい」
「……だね。この人達だけは何があっても絶対に裏切りたくない」
レインとリーフェは、決意を新たにライバーとして邁進していくことを誓った。
そんな長く辛い日々を乗り越えた二人を、彼女達のファンは心から応援していたのであった。
同時刻。
レインとリーフェと同じようにシューベルト魔法学園の歌ってみた動画を眺めている者がいた。
「――けっ、何が神絵師だよ。脳死手のひら返しオタク共が」
コメント欄に書かれているイラストへの絶賛の嵐。
それを見てイラストレーターNONAMEこと
足元には転がったビールの空き缶。
食べ物の汁などが飛び散った液タブに今日もイラストを描きながら、ため息をついてカレンダーに目をやった。
「今週はまひるの弟の3D化か……」
前のアルバイト先からもらってきた会社のカレンダー。
そこには赤ペンで今後のにじライブの予定がびっしりと書き込まれている。
カレンダー書き込みには、亀梨の執念のようなものが滲み出ていた。
「まひる、か……」
亀梨の脳裏には、穢れのない純真な笑みを浮かべるかつての先輩の姿が否応なしに想い浮かぶ。
『タマちゃんってイラストうまいし、何でもできてすごいよね!』
『えー、こんなの大したことないですよ、まひる先輩』
『ううん! タマちゃんはすごいよ!』
『うえっ、まあ、ありがとうございます……』
会話するだけでペースを乱される存在。
計算ずくで成り上がった当時の自分とは違い、純粋な素質で事務所のNo.2になったライバー。
そんなまひるが亀梨は心から気に食わなかった。
「でも、みんな元気でやってんのか……って、何言ってんだか」
つい自分の口から零れ落ちた言葉に驚いた後、亀梨は頭を振って自分の感情を制した。
今更、どの口で安堵などしているのだろうか。
そんな権利もない癖に。
『なあ、タマ。その、このままじゃまずいと思うんだ。自分がどうするべきか、もう一度考えてみてくれないか?』
「ハンプ先輩、アタシみたいな根っからのクズは更正なんてできやしないんすよ」
口うるさく自分のあり方を考え直すように告げてきた先輩の姿をかき消すと、亀梨は再び作業へと戻った。
そんなとき、亀梨のスマートフォンに通知が来る。
[二度と視界に入るなクズ]
[とっとと消えろ]
[存在しているだけで吐き気がする]
バイト先のライングループに並ぶ罵詈雑言の数々。
それを一瞥すると、亀梨は深いため息をついた。
「新しいバイト先探さなきゃなー……まーじで特定厨死ねや」
吐き捨てるように呟くと、亀梨はスマートフォンをベッドの方へと乱暴に投げ捨て、流しているBGMの音量を少しばかり上げるのであった。