Vの者!~挨拶はこんばん山月!~   作:サニキ リオ

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最近、感想返し遅くなって申し訳ありません……


【クリスマスライブ】後方彼氏面する彼氏

 Vtuber事務所と聞かれ、多くのVtuberファンが想像するのはにじライブである。

 大抵の場合、有名なVtuberがいても所属事務所までは把握することは少ないのだ。

 そんな中、最近知名度を大きく上げている事務所がある。

 

 それは和音が所属しているVtuber事務所Vacterだ。

 Vacterはにじライブよりも前のVtuber黎明期から存在する事務所であり、ライブ配信が主流ではなかった頃から運営をしており、生き残ってきた。

 和音が根強く活動し、カラオケ大会以降に勢いづいたこともあり、事務所の勢いも増した。

 元々声優事務所と親会社が同じこともあり、和音の同期には声優が多かった。

 今では声優だった同期は引退してしまっているが、和音の心が折れることはなかった。

 今は頼れる仲間も増えた。

 いつの間にか、和音にとってVacterは大切な居場所になっていた。

 そんなVacterがここ最近急速に勢いづいているのにはある理由があった。

 それはアダルティーナの移籍と、和音の後輩である清澄奏の勢いである。

 Vacterには歌唱力が高い者が集まる傾向にあり、事務所も歌を通した活動を主体としたVtuberを集めている。

 

 頭のおかしいVはにじライブ担当。

 そう思われがちだが、アダルティーナと奏が加入したことにより、Vacterもコメディ色が強くなり始めた。

 アダルティーナは言わずもがな。

 奏も段々と化けの皮がはがれ始め、すっかり彼女も〝やべー奴〟の仲間入りを果たしたのだ。

 そんな勢いづいているVacterだが、クリスマスには事務所主催のライブがあった。

 以前から和音が体力づくりに勤しんでいる理由の一つでもあり、事務所の知名度が上がったこともあり、チケットはあっという間に完売した。

 レオ達は自分達でチケットを何とか購入できたこともあり、和音にチケットを融通してもらうことはなかった。

 他にもメロウやつばさなども今回のライブが気になっていたため、オンラインチケットを購入し、生配信でライブの開始を楽しみに待っていた。

 

「にしても、拓哉と由美子もやるよねー。あんなん公開告白でしょ」

「いやいや、あれはあくまでもただの歌だから」

「そうそう、真礼の名前を出すために昔の話を出しただけだしね」

 

 レオと夢美はそう言うと、揃って悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 先日の林檎の企画〝思い出で殴り合おう〟では、レオと夢美が昔話をお互いに披露し、半ば告白ともとれる言動をしたことが物議を醸しだしていた。

 この件については〝匂わせ〟ではなく、にじライブカフェの宣伝を狙って真礼の名前を出すためで、深い意味はないとレオも夢美も後日行った雑談枠で否定した。

 もちろん、思い出話は事実であり、歌や動画もそれを盛り上げるために合うものに仕上げただけと言ってしまえば、いくらでも言い訳はできた。

 視聴者達は「それでもてぇてぇ!」と、どの道喜んでいたのだが。

 

「そういえば、園山。小説の方はどうなんだ?」

 

 レオはその場にいた三期生以外の者にも声をかける。

 園山は今や和音の恋人である。

 当然、彼女の晴れ舞台を見るために彼もライブ会場にやってきていたのだった。

 

「あー、まあ、なんだ……二次選考で落ちたよ」

「あっ……」

 

 気まずい話題を振ってしまった。

 レオが謝罪を口にしようとしたとき、園山は吹っ切れたように笑って告げた。

 

「でも、いいさ。俺はまだ二十代だし、挑戦する機会はいくらでもやってくる。気長に挑戦し続けてやるよ」

「園山……お前、変わったな」

 

 去年の今頃、レオと園山はバイト先の居酒屋の厨房でお互いにクリスマスを謳歌するカップルに毒を吐いていた。

 そのときと比べて、今の園山は憑き物が落ちたようにすっきりした顔をしていたのだ。

 

「そうか? まあ、前よりは前向きにはなれたと思うぞ。小説も二次選考落ちっつっても、一次選考は通れたってことだからな。一歩前進だ」

「そっか、これからも応援してるよ」

「何ならボイスの台本だって書いてやるよ。原稿料はもらうけどな」

「ははっ、じゃあ今度のお正月ボイスの台本頼むわ」

 

 打てば響くような男二人のやり取りを見ていて、林檎はニヤニヤしながら夢美を肘で小突いた。

 

「で、宇多田ちゃんはこんないい感じの彼氏がいますけど、友人の由美子的にはどうなんー?」

「それ奈美ちゃんにも言われたから……」

 

 どこかうんざりした表情を浮かべながらも、夢美はレオを見て口元を緩めていた。

 

「おっ、フラスタすごいことになってるな」

 

 会場内に入ると、ファンや業界関係者から送られたフラワースタンドが大量に飾ってあった。

 和音には、レオを含めたカラオケ組の名義で送られたものや、夢美個人で送ったもの。

 アダルティーナには、ココロをはじめとしたバーチャル四天王の連名で送られたもの。

 奏には、夢美が気を利かせてミコにフラワースタンドを送るように頼んだこともあり、ミコ名義のフラワースタンドが届いていた。

 それ以外にも、Vacter所属のVtuber宛にはたくさんのフラワースタンドが送られていた。

 レオ達がフラワースタンドに見入って写真を撮っていると、園山は落ち着かないように辺りを見渡した。

 

「ん、園山。誰か探してるのか?」

「いや、まあ、な。それより俺は二階席だからここでいったん解散だな」

 

 歯切れ悪くそう言うと、園山はそそくさと去っていった。

 

「ねえ、拓哉この写真みんなで呟かない?」

「おっ、いいな。いったん飯田さん達にチェックしてもらうか」

「オッケー、私も亀ちゃんに送信したー」

 

 夢美の提案に全員が賛同し、マネージャー達のチェックを挟んだのちにそれぞれのアカウントで写真が投稿される。

 

[今日はVacterさんのライブにきたぞ!]

[和音ちゃんおめでとう!]

[隣でバラレオが大はしゃぎしてる件]

 

 投稿された写真にはあっという間に大量のいいねがつく。

 クリスマスに三人一緒に出掛けていることもあり、改めて三期生の仲の良さが知れ渡ることになった。

 それから三人は自分達の座席に移動した。

 

「はー! なんかドキドキする!」

「不思議だよねー。何か自分達がライブするわけじゃないんだけどねー」

 

 夢美と林檎は興奮したように、ペンライトの色を切り替える予習をしている。

 そんな中、レオは真っ直ぐにステージ上の巨大スクリーンをじっと見つめていた。

 

「拓哉、どうしたの?」

「いや、あいつがこうして大きな舞台に立つと思うと感慨深くてさ」

 

 レオにとって和音はアイドル時代に出会った同志である。

 和音が芸能界で打ちのめされ、レオも同様に打ちのめされて夢破れた。

 あれから何年もの時を超えて司馬拓哉は獅子島レオに、朝月李は七色和音となった。

 一足先に夢の大舞台に立つ同志の姿をレオは余すことなく目に焼き付けるつもりだったのだ。

 

「会場を震わせるライブになるのは()()してる。でもさ、俺はハードルを軽々越えて最高以上のパフォーマンスを見せてくれる気がしてならないんだ」

「ふふっ、そうだね。きっと今日のライブは忘れられないものになる」

「楽しみだなー」

 

 そうこうしているうちにライブが始まる。

 巨大なスクリーンに真っ先に登場したのは奏だった。

 

『みなさーん、今日は私達のライブに足を運んでくれてありがとうございまーす!』

 

 

 

「「「「うおおおおおお!」」」」

 

 

 

 奏の登場に会場は一気に盛り上がる。

 化けの皮こそ剥がれているが、奏は何だかんだで可愛いさでも人気が高い。

 そんな奏は一曲目からアップテンポな曲で会場を盛り上げる。

 その歌声もさることながら、解釈一致と言わざるを得ない元気いっぱいなパフォーマンスに、レオは感心したように見入っていた。

 

「あの子、結構やるな」

「奏ちゃん、意外と歌声はハスキーなんだね」

「てか、最近のVはハスキーな声の子多くない?」

「……言いたいことがあるならはっきりいいなよ優菜ちゃん」

「褒めてんだよー。低音出せる人って高音も練習すれば出せるようになるから、声の幅広くて羨ましいんだよねー」

 

 盛り上がりはそのままに、奏はステージに出てきた他のメンバーと入れ替わるようにステージ袖に引っ込んでいく。

 それから和音の出番がやってくる。

 

『みなしゃん! 今日は来てくれてありがとうございましゅ!』

 

「あ、噛んだ」

「いや、あれはわざとだな……」

「手品のタネ明かしみたいなのやめろ」

 

 和音は挨拶を終えると、表情を引き締めて堂々とした姿で歌い出した。

 

『ゴキゲンな蝶になって~♪ きらめく風に乗って~♪ 今すぐ君に会いに行こう~♪』

 

 和音が選択したのは、レオもたびたび歌っている懐かしのアニメ主題歌だ。

 かつて、和音はこの曲で勝負し、汚い大人の思惑で心を折られた。

 この晴れ舞台でこの曲を選択したのは、偶然じゃない。

 レオはサビに入る直前、和音が猛獣のような笑みを浮かべているのを幻視した。

 

『さあ、みなさんも一緒に!』

 

 そして、次の瞬間――

 

 

 

『無限大な~夢のあとの~♪ 何もない世の中じゃ~♪ そうさ愛しい~♪ 想いも負けそうになるけど♪』

 

 

 

 広いライブ会場に和音の歌声が轟く。

 力強いなどという表現も生温い、獣のような咆哮と聞き間違えるほどの歌声。

 和音の歌ってみた動画を聞いたことがある者でも、唖然とするほどの声量。

 会場全体のファンを飲み込む歌声を披露する和音に、レオは見入っていた。

 腕を上げたなんて次元じゃない。

 限界など見えない和音の成長に、レオは全身が総毛立った。

 

『On My Love~♪ ……ありがとうございました!』

 

 あれだけのパフォーマンスをしておきながら、和音は一切息を乱すことがなかった。

 改めてレオは現状に満足せず、高みを目指して研鑽を怠らないようにしようと決意するのであった。

 

 

 

 ライブは大盛況のままに終了し、ネット上でもVacterは大いに話題になっていた。

 会場を出た三人は熱に浮かされたようにふらふらと歩いていた。

 

「すごかったな……」

「うん、圧倒された……」

「アダルティーナも前に歌ってみた動画出したときとは比べ物にならないほど歌唱力上がってたねー。MCは下ネタぶっこみ過ぎて周りが大変そうだったけど」

「アダルティーナさんはああ見えてステージに関してはベテランだったな。おちゃらけてるように見えて間のとり方とか完璧でビビったよ。……そういえば、園山は?」

 

 ライブの感想を語り合っていると、レオは園山の姿が見えないことに気がついた。

 

「奈美ちゃんとよろしくやってんじゃない?」

「いや、撤収作業で忙しい宇多田とは夜に家デートって言ってたからそれはない」

「クリスマスに家デートねー……」

 

 林檎は頭に浮かんだそれを振り払うと、グループチャットの画面を開いた。

 

「あっ、用事あるから先に帰っててだってー」

「電源切ってたから気がつかなかったな」

「あたしも……じゃ、帰ろっか」

 

 三人が揃って帰路に就こうとしたとき、林檎のスマートフォンに着信があった。

 

「ちょっとごめんねー……はい、もしもーし。おー、ニノちゃん、どうしたのー? えっ、司君が? わかった、すぐに向かうよー」

 

 林檎は驚いたような表情を浮かべたまま通話を切った。

 

「ごめん、二人共。ちょっとこのまま司君達のとこ向かうわー」

「ああ、そういえば今日は元魔王軍のメンバーでクリスマスパーティやってるんだっけ?」

「まひるちゃんも参加してるって言ってたね」

「うん、何か司君飲み過ぎちゃってるみたいで、やたらと私のこと呼んでて収集つかないから来てくださいって、ニノちゃんから」

 

 レインからの連絡を受け、林檎はため息をつきながらもどこか楽し気な表情を浮かべていた。

 

「というわけで、あとは二人でゆっくりクリスマスデート楽しみなよー」

「おう、今日はありがとうな」

「また一緒に遊ぼうね、優菜ちゃん!」

「バイバーイ!」

 

 こうして林檎が離脱したため、レオと夢美は並んで駅まで歩いていた。

 その途中、偶然用事があると言っていた園山を見かけた。

 

「おーい、園山ー!」

「あ、司馬!?」

 

 園山が驚いたように振り返る。

 そんな彼の前には、和音と似た顔立ちの女性が立っていた。

 

「司馬? 司馬ってまさか……!?」

 

 女性はレオを見て怪訝な表情を浮かべていたが、何かに気づいたように目を見開いた。

 その反応でレオも彼女が誰か理解した。

 

「もしかして宇多田翠さんですか?」

「え、ええ……」

 

 和音からほとんど絶縁状態だと聞かされていた母親、宇多田翠。

 レオがアイドル時代に出会った和音のマネージャーでもあり、一欠片の好印象もない人物である。

 

「どうしてあいつのライブに?」

「あいつのライブ……そういえば、あなたもVだったものね」

 

 ヒステリックに叫び散らしていた昔と違い、憑き物が落ちた表情を浮かべた翠は静かに言った。

 

「奈美の彼氏である園山君に説得されてね。……正直、行くつもりはなかったのだけど」

 

 ため息をつくと、翠は自嘲するように言った。

 

「今更母親面をするつもりもないし、その権利もない。それだけのことを私はした。でも、今日はあの子が立派にステージで歌う姿を見れて良かった。園山君、無理にでも連れてきてくれてありがとう。これからもあの子をよろしくね」

 

 深々と園山に頭を下げると、今度はレオに向き直った。

 

「それと、司馬君。あのときはごめんなさい。あなたに言われた〝朝月はあんたのラジコンじゃない〟って言葉、本当にその通りだったわ。どうして何もかも壊れてしまう前に気づけなかったのかしらね……」

 

 寂し気にそう言うと、翠はゆっくりと駅の方へ歩き出した。

 翠が和音に見限られたのは完全に自業自得だ。

 彼女を擁護する気など微塵もない。

 

「翠さん。挫けても、失敗しても、落ちぶれても、やり直すことはできます。それだけは覚えておいてください」

 

 それでも、レオは翠へと言葉を送った。

 相手のことを考えず自分の考えを押し付けて失敗した身として、これだけは言っておかなければいけないと思ったのだ。

 

「司馬君、ありがとう……」

 

 そんなレオに涙を流しながら礼を述べて翠は去っていったのであった。

 


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