今日はクリスマス。
シューベルト魔法学園のメンバーであるレインは、リーフェ、つばさと共に歌ってみた動画を投稿した。
白夜とサーラもまひる、ハンプと共に朝昼夜亭としてクリスマスソングの投稿をしていた。
配信自体は休み、レインはどこか浮足立った様子で目的地へと向かっていたのであった。
「お疲れ様です!」
「おっ、日和ちゃんいらっしゃい」
「早かったね。ミャーコは?」
「相葉ちゃんは事務所で打ち合わせあるから、ちょっと遅れるってさ」
レインが目的地である喫茶店に到着すると、そこには店を片付けるバッカスとつばさの姿があった。
「それにしても、翔子ちゃんもすっかり馴染んだね」
「まあね」
つばさはにじライブに所属した後、以前のバイト先を辞めてバッカスの店で働きだした。
理由としては、バッカスの店の方がシフトの都合が付きやすく、求人条件も良かったためだ。
「他のみんなはもう来てるの?」
「智花さんと司、あと潤佳さんは追加の買い出しに行ってる。それ以外のみんなはもう来てるよ。ああ、日村君はまだだけど」
翔子は心底嬉しそうに店内を見渡す。
そこには、シューベルト魔法学園のメンバー以外にも、同じ四期生のメロウや魔王軍のメンバー達がいた。
そんな魔王軍のメンバーの中で、現在のフィアを担当している髙地伊吹がつばさの元へと駆け寄ってきた。
「翔子先輩! お久しぶりです!」
「おっ、伊吹もこれたんだ。よかった」
「はい! 翔子さんに呼ばれれば、どこへでも駆けつけますよ!」
興奮したように鼻息を荒くするフィアを見て、レインは苦笑した。
自分も林檎さんの前でああなってたな、と。
そのまま翔子とフィアが会話を始めたため、レインは消えるようにさりげなく二人から離れていった。
それから現サタンである日村紫耀が遅刻したりなど、トラブルはあったものの無事にクリスマスパーティは開催された。
『メリークリスマス!』
シャンパンで乾杯すると、バッカスが作った料理に舌鼓を打ちながら参加者達はクリスマスパーティを楽しんだ。
様々なアナログゲームを持ち寄って大勢で遊んだり、店内のモニターにゲームを繋げて遊んだり、カラオケ大会をしたり、思う存分クリスマスを満喫していた。
そんな大勢で楽しんでいる一同をレインは遠巻きから眺めて楽しんでいた。
「……こんな風にみんなで笑える日が来るとは思わなかったなぁ」
新旧魔王軍に加えてにじライブ四期生全員が集合し、そこにまひるまでいる。
仲間の絆だけが心の支えだったウェンディ時代との差にレインは安心感を覚えていた。
サーラはまひるや白夜といつものように楽しく料理を食べながら談笑している。
翔子はメロウや現ノームである上田蓮歌と一緒になって圧倒的な歌唱力でクリスマスソングを熱唱している。
途中からテレッテテレッテーという聞き覚えがあるイントロが流れ出したのは気のせいだと思い込み、いつも一緒にいたリーフェの方に視線を向ける。
「さぁて、どれがババかわかるかな?」
「その手には引っかから――う゛ぅ゛わ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!?」
「くっ、くくっ……いや、すごい声出たけど、絶対ババじゃん!」
リーフェを見てみれば、現サラ役である知念真理達とババ抜きを楽しんでいた。
レインは知り合いには饒舌になるが、これほどの大人数の中では基本的に集団に交ざれない。
元々の性格も相まってレインは大勢で賑わう場が苦手だったのだ。
「はぁ……」
ただレインがこの集団に交ざりづらい理由は他にもあった。
「……私、助けてもらってばっかりだなぁ」
レインは魔王軍時代、精神をすり減らした結果ウェンディ役を降りた。
サーラが全員が無理をしないようにするために抜けたのに対し、レインは抜けやすくなった途端に抜けた。
まるで逃げやすくなった途端に真っ先に逃げたみたいで、他のメンバーに罪悪感を覚えていたのだ。
幼少期からリーフェに救われ、推しである林檎にも救われ、今も事務所やスタッフ、ファン達に救われている。
シューベルト魔法学園のメンバーで、白夜の次に登録者数が多いのはレインだ。
白夜はダントツで伸びて当然としても、自分が現在の位置にいていいのか。
そんな風にレインは思い悩んでいたのだ。
「あの……二宮さん?」
「ふぇっ!?」
「あははっ、そんなに驚かなくてもいいじゃないですか」
集団から離れたところで酒を飲んでいたレインの元へやってきたのは、現ウェンディである西畑夏帆だった。
「夏帆ちゃん、その、久しぶり……」
「はい、ご無沙汰してます!」
大変な立場を押し付けてしまったこともあり、レインはウェンディに対して他のメンバーよりも気まずさを感じていた。
「スゥ――……そういえば、夏帆ちゃん事務所辞めたあとってどうするか考えてるの?」
レインはふと、年内で魔王軍が活動を終了することを思い出していた。
沈黙が気まずかったこともあり、レインはそのまま魔王軍のことについて話を振った。
「はい、考えてます」
ウェンディは朗らかに笑うと、自分の思いをレインへと告げる。
「私、最初は魔王軍がなくなるのが嫌でウェンディ役に応募したんです。でも、思ったよりも状況は悪くてどうにもならなくて……それでも、大好きだった魔王軍が居場所と名前を変えて復活した。松本さんの覚悟を見て胸が熱くなりました。この人達がまた笑えるお手伝いができたから、本当に嬉しかったんです」
「夏帆ちゃん……」
「だから、一番好きだったウェンディがレイン・サンライズとして楽しく配信している姿を見て今も幸せです。でも、それだけじゃ足りなくなっちゃって」
小さく舌を出すと、ウェンディは悪戯っぽく笑った。
「私も繋ぎとしてじゃなくて、もっと自分でファンのみんなと楽しんで配信をしたい。ウェンディとして活動して……そして、あなたを見て新しく夢を持てたんです」
「それって……!」
「待っていてください。いつか絶対あなたとコラびょっ!?」
表情を引き締めて決意を口にしようとしたところで、ウェンディは勢い余って舌を噛んでしまった。
「うぅ……舌噛んだ……」
「ぷっ……かわいいなぁもう……」
涙目になるウェンディを見て、レインは小さく吹き出した。
いつの間にか、胸に痞えていた悩みはなくなっていた。
「せっかくだしバトルでもする?」
「おっ、いいですね!」
レインは自分の荷物からゲーム機を取り出すと、ウェンディに勝負を持ち掛けた。
「私のすなかけとかげぶんしん戦法についてこれるかな?」
「運ゲーじゃないですかそれ!」
この後、レインに一方的に蹂躙されることになったウェンディはまた涙目になるのであった。
パーティは盛り上がり、全員がそれなりにお酒が入った状態となっていた。
保護者的立ち位置にいるサーラやバッカスはほどほどで止めていたが、ほとんど全員がかなり酔っている状態だったのだ。
「生田海荷、歌います!」
「上田恋歌も歌いまーす!」
「「チチをもげ!」」
「ぷっ、くくっ……あっはっは! ……ひぃひー!」
「はい、伊吹ちゃんの負けー! バカ決定戦優勝おめでとう!」
「くぅ……! 潤佳さんも人のこと言えないですよ!」
「へっへっへー! 負け犬の遠吠えだねー!」
「はぁ……完全に司君の煽り方が移ってる……」
「とりあえず、お冷用意しておこうか」
店内は混沌としていた。
このときの様子は後日雑談枠で語られ、大いに盛り上がるのだがそれはまた別の話である。
「っていうかさー! 優菜さんってマジでやべえよな! あんな完璧超人そうそういないよ!」
「そうだね。うんうん、わかるよー」
そんな中、白夜は甘くて飲みやすいからという理由でカルーアミルクをハイペースで飲んだこともあり、人一倍酔っていた。
「ねえ、ニノ。司君飲み過ぎじゃない?」
「だ、だよね。これどうしよっか?」
かろうじて正気を保っていたレインとリーフェは、呂律の周らない白夜の対応に辟易していた。
「いっそのこと優菜さん呼んじゃう?」
「それはダメだって! せっかく三期生で仲良く出かけてるのに迷惑になっちゃうよ」
「いやいや、バラレオてぇてぇのサポートにもなるし、優菜さんは喜ぶと思うよ?」
「それは……そうだね」
林檎は三期生との仲を大切にしているが、カプ厨であるため理由をつけてレオと夢美を二人きりにできるとあれば、喜んで飛んでくる。
ほくほく顔でやってくる林檎の表情を想像したレインは林檎へ電話をかけることにした。
『はい、もしもーし』
「急にすみません! に、二宮日和です!」
『おー、ニノちゃん、どうしたのー?』
「じ、実は今、四期生のみんなとかでクリスマスパーティをしておりまして……その司君がですね、飲みすぎちゃって、さっきから優菜さんのこと呼んでるん、です」
多少盛ったが、白夜が酔って林檎の話をしているのは事実だ。
そこからレオと夢美を二人きりにできるから、と続けようとしたときだった。
『えっ、司君が? わかった、すぐに向かうよー』
「えっ、あ、はい……」
司が呼んでいると聞いただけで、林檎はこちらに来ることを二つ返事で了承した。
酔って上機嫌な司を見てレインは「こいつ何したんだ?」と訝し気な表情を浮かべた。
「優菜さん、来てくれるって」
「おー、良かった良かった! じゃあ、私はあっちに交ざってこようかな!」
「ちょっと相葉ちゃん!」
リーフェは逃げるように歌唱力つよつよ組の方へと向かっていく。
レインは呆れたように笑った後、白夜に水をしっかりと飲ませて介抱した。
「ごめーん。遅くなったー」
「優菜さん、メリークリスマス! わざわざ来てくださりありがとうございます!」
「メリクリー。いいって、いいってー。それより酔い潰れてるバカはどこー?」
「……こっちです」
林檎が店内を見渡すと、レインが白夜が酔い潰れている席へと連れていく。
「ほら、司君。林檎さんが来てくれたよ!」
「ん? あれ、優菜さんが何でここに――いっ!?」
目を擦りながら席から立ちあがった白夜は、酔っていたこともあり足がもつれてその場に転びそうになる。
「危っ、な!?」
「っ!?」
林檎が慌てて駆け寄ったことで、白夜はそのまま林檎の胸に頭を突っ込むことになった。
レインも含めてその場の空気が凍る。
「……ほら、飲み過ぎだよ。潤佳も連れて今日は帰った方がいいよー」
「あっ、はい。何か、その、すんません……」
「気にすんなってー、こんなの減るものでもないしさー」
それからまひると白夜がタクシーを拾って帰るところを見届けた後、レインは林檎に尋ねた。
「あの、優菜さんは一緒に行かなくて良かったんですか?」
「私もこっちのパーティ楽しんでこうかなってー」
レインの聞きたいことは微妙にズレた答えが返ってきたことで、レインは困惑する。
「……それなら一緒に楽しみましょう!」
「オッケー!」
レインは見てしまったのだ。
いつも飄々としている林檎が、白夜が胸に頭を突っ込んできたときに顔を真っ赤にして狼狽していたのを。
「覚悟の準備をしておいてください! 今日は帰しませんよ!」
「ぷっ……! な、何でワザップジョルノ……!」
だが、その光景は自分だけの秘密にしておくことにしたのであった。