本番がはじまり、Vtuber紅白歌合戦は大いに盛り上がっていた。
集まったVtuber達は誰もが歌唱力に定評のある者達ばかり。
歌ってみたというジャンルが好きな者にとっては、これほど刺さる内容のものもないだろう。
「それにしても、この企画に出るのって結構勇気いるよな」
「どうしてですか?」
「生放送じゃ、ミックスとか加工での誤魔化しが利かないからだよ」
レオの言葉に首を傾げたメロウにつばさが答えて補足する。
「私も歌い手だったからわかるけど、歌ってみた動画って結構誤魔化しがきくんだよね。だから、歌ってみた動画と生放送で歌ったときに差が出る人は昔から結構いたんだ」
「この企画は生放送で万単位の人間が見て注目度が高い。そこで普段の歌ってみた動画との歌唱力に差がありすぎると、な」
「なるほど……」
レオもつばさもメロウも、生放送だろうと歌唱力に支障がない実力者のためこの企画は追い風にしかならないが、全員が全員そこまでの実力者というわけではない。
メロウは改めて周囲の人間がどれだけの覚悟でこの場にいるのかを理解したのであった。
「あっ、次は伊吹と恋歌の番だ!」
つばさはフィアとノームが前に出てきたことで、嬉しそうに声を上げた。
「魔王軍の四天王が一人、フィア・シルル見参!」
「同じく魔王軍の四天王が一人、ノーム・アースディです。本日はよろしくお願いします」
軽い挨拶の後、一旦ノームが画面からフェードアウトする。
フィアとノームはそれぞれソロで歌うつもりなのだ。
「そういえば俺、あの子の歌聞いたことないんだけど、つばさから見てどうなんだ?」
「ふふっ、聞けばわかるよ」
つばさは意味深にそう言って笑うのと同時に、イントロが流れ出してフィアが歌い出した。
「生活の偽造~♪」
「おっ、ずとまよだ!」
曲が始まり、レオは自分の好きな曲だったこともあって最初は選曲センスに注目していた。
しかし、フィアがサビに入った瞬間、レオは否応なく彼女の歌唱力に注目することになった。
「このまま、奪って! 隠して! 忘れたい~♪」
「あの子、喉どうなってんだ!?」
「低音も高音もめちゃくちゃ安定してますね……」
レオとメロウはフィアの持つ歌唱力に度肝を抜かれていた。
それは技術に対してではなく、純粋に彼女の持つ強靭な喉から発せられる歌声に魅了されていたのだ。
「伊吹って本当に楽しそうに歌うんだよね。声量もすごいし、あの子の歌声を聞くと元気が出ると思わない?」
「そうだな。すごい原石がいたもんだ」
「でも、驚くのはまだ早いよ」
感心しているレオに、つばさは悪戯っぽく笑った。
フィアが歌い終わるのと同時に、今度はノームが前に出てきて歌い始める。
「沈むよう~に♪ 溶けてゆくように~♪」
「なっ……」
レオは曲の出だしを聞いただけで絶句した。
ノームが歌ったのは、かつてレオが夢美の収益化配信で最初に歌った曲だった。
「騒がしい日々に~♪ 笑えない君に~♪」
「マジかよ……」
先ほどのフィアとは違い、高い技術を感じさせる歌声にレオは唖然としていた。
「確かにあの人クラスならつばささんの後釜になるのも納得ですね……」
メロウもレオと同様にノームの歌に聞き入っており、改めて彼女がつばさが引退した後にノームを引き継いだ人間だということを痛感していた。
魔王軍の二人の歌を聴き終わったレオは、冷や汗をかきながらつばさに尋ねた。
「なあ、つばさ達のときも思ったけど、何であの事務所こんな逸材が揃うんだ?」
「うーん、ガチャ運?」
「当事者がそれ言っちゃうんですね……」
ケロッとした表情で身も蓋もないことを告げるつばさにメロウは苦笑した。
そうこうしている内に、ついにレオ達にじライブ代表の出番がやってくる。
「さて、二人共気張っていくぞ!」
「「おー!」」
勢いよくステージに飛び出した三人は、流れるように自己紹介をした。
「みなさん、こんばん山月! にじライブ所属、獅子島レオです!」
「はいはい、どうもー! にじライブ所属、土佐つばさでーす」
「はーい、メロメロメロウ! にじライブ所属、波風メロウだよー!」
この企画の大本命でもある三人の登場。
SNSでは早速この三人の名前があっという間にトレンド入りし、同時接続数も跳ね上がるという盛り上がりを見せた。
「さて、今日で今年も最後!」
「全力で楽しんでいってね!」
「我らにじライブ! 最後まで全力で駆け抜けるよー!」
今回の企画で評価される点は歌唱力。
多くの参加者がそう考えていたが、視聴者に評価される点はそこだけではない。
多くの視聴者に刺さるであろう選曲、曲に合わせたパフォーマンス。
この二つは歌い終わった後にどれだけ視聴者の印象に残るかという点では重要だった。
「それじゃ早速、お願いしますね二人共!」
「「任せろ!」」
メロウが画面上からはけたことを確認すると、レオは早速パフォーマンスを始めた。
「つばさ、けもみ家の力を合わせるときが来たぞ!」
「オッケー、心を一つにしてブチかますよ!」
つばさがそう告げた瞬間に、レオのマネージャーである飯田の提案で選ばれた曲のイントロが流れ始める。
「獅子島レオ!」
「土佐つばさ!」
「「ジョグレス進化ァァァ!」」
レオとつばさは力いっぱい叫ぶと、手を繋いでぐるぐると回り始めた。
「今、未来を懸けて~♪ ふたつのチカラがぶつかる~♪」
「もう、とまどうヒマは~♪ 残されてないんだぜ~♪」
レオとつばさが歌った曲は、日曜日の朝に放送していた二十代後半から三十代前半には刺さるアニメの挿入歌だった。
モンスターの進化曲。
これはアニメを知らない人間も聞き覚えのある主題歌とは違い、本気で好きだった人間にはより深く刺さる選曲だ。
またVtuberが好きな層には、このアニメを好きな年齢層も多く存在する。
つまりこの選曲は、より強く多くの視聴者に印象に残るために演出までアニメと合わせたレオ達の戦略だった。
「「Standing by your side! どちらに立つか~♪ 選ぶんだ、君のその手で!」」
力強い歌声で紡がれるサビの部分を聞いた視聴者の脳内には、雄々しい二頭の獣が一つになって君臨する光景が浮かび上がる。
それだけ、二人の歌は完成度が高かった。
人を楽しませることにおいて、一切の妥協をしないにじライブの姿勢を前面に押し出した二人の歌でSNSは盛り上がり、あっという間に曲名までもがトレンド入りした。
「「ありがとうございました!」」
ピッタリと声を揃え、全く同じタイミングで頭を下げると、二人は全く同じ歩幅で画面からはけていった。